「私のアイデンティティ」と言うのは、「心理学者で文化庁長官もお務めになられたことのある、河合隼雄氏によると「私は私であって他のなにものでもないことが自分自身によく納得できること」と言うことである。
 「飛ばないことを決意した蝶」のアイデンティティとは如何なるものか。想うにしんどい選択である。
もっと普通でいたい――。ところがである。「普通」はそれほど楽なものなのか、いや、「普通でない」方が、ひょっとしてオモロイのではないか。そもそも「普通」ってどういうこと?
 人間と言うのは自分のアイデンティティを求めて堂々巡りをしているものらしい。
山崎作品の華麗な観念の世界を如何に他人様の前でミリョク的に演じられるか、私共「フリーダム・クリエイト」のアイデンティティを試されているのであろう。
  あーしんど。

中西宣夫