関西山行レポート

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章魚頭姿112m (2002/07/14) {紀三井寺→南海和歌山市駅}

たこのあたまのすがた山という。本名は高津子山。タカズシヤマといって、和歌山の往時の名所、和歌の浦の海岸べりにある。往時は海岸からロープウエイが山頂まであったそうな。ご自慢の景勝地もいまでは、コンビナートが立地する殺風景となっていて、わざわざ訪れる観光客もめっきり減ったのだろう。   

紀三井寺に行き、葉が生茂る桜を眺めたあと市中を縦断するかのように歩く。寺の境内から山頂の展望台が望めているので、まあ3、40分と踏んだが、これがなかなか遠い。炎天下の歩道歩きにはいささかネを上げた。                    

徳川御三家のシンボル、東照宮の前で一服。ここで道を聞いた地元のおじさんは、海岸沿いに歩き、トンネルを抜けて、満波ホテルの前から登るとよいと言った。ところが下山路に取った山道を下ると、なんと東照宮の境内に出た。近道があるとは知らず、教えてももらえず、テクテクと歩いたわけ。            

登山口は舗装されている。車が上がれそう。少し登って振り返ると、海が見えて、それなりに楽しみが増す。林の中も歩いて、山道らしい気配があるが、なにしろあっという間に山頂につく。ここに遠望した展望台がある。台風の余波か風が強く、それが心地よく感じるほどアセをかいていたので、爽快である。

展望台からは海南の方まで入り江のような和歌の浦が一望だ。反対側は市内中心部が眼下に広がり、和歌山城も垣間みえる。 山に登る楽しみの一つに、この景色を眺めるというのがあるが、ここタコノアタマノネスガタ山なる山の展望はなかなかいいものだった。 市民も気楽に登っているのか、帰途、ベンチで抱き合って接吻している高校生男女に出会った。驚かさないようにやや遠めから手を打って、通行人の存在を知らせてやったが、ヤボなもんだ。                 (藤田健次郎)  
章魚頭姿山    (2005・10・11)


新和歌の浦に張り出す片男波人工海浜から
眺めたタコの山。どうみても、タコの頭に見え
ないぞ。


前に行っても後ろに下がっても、
タコの頭にならないが、気のせいか、
むしろ右側の天神山の方がタコの頭
に見える。山すその建物は新和歌の
浦のホテル街。往時の賑わいがありま
せんがね。  



紀州徳川家の東照宮。片男波公園から徒歩
10分。極彩色だが、意外にもこじんまりした
拝殿。国の重文。


今回は和歌公園わきの散策路から歩く。
関戸、満波、東照宮などからも登山路
がある。散策路は広く、道なりに進めば
約30分で、展望台のあるタコの頭に着く。



正確には高津子山展望台とあ、平成11年
完成とある。それ以前は海辺と結ぶロープ
ウエーが運行されて、ここには回転展望台
があったという。


そのロープウエーの映像が寅さんシリーズ
39作「寅次郎物語」に一瞬映っている。
展望台からの眺めは、さすがに素晴らしい。
万葉歌人、山部赤人の詠んだ「若の浦、、、
鶴鳴き渡る」の一首をしのぶいい眺めであ
る。



眼下は新和歌の浦。遠景の山は名草山。
中腹に桜の名刹、紀三井寺がある。



満波ホテル前に下山、海沿いに潮の香りを
浴びつつ、東照宮の前に戻ってくる。御手洗
池の公園から、今一度、タコの頭を仰ぎ見る。
左側の高見が、それであるが、やはりタコに
は見えないね。


                                 
須磨アルプス= (2002/06/23) {阪神須磨浦公園→阪神板宿駅}
六甲全山縦走路の起点、(昔は塩屋)から高取山(328m)までを歩く。標高200m前後にある馬の背と呼ばれるところが、いわゆる須磨アルプス。名前の通り、赤茶けた岩場が剥き出し、左右に谷が深くて、狭い尾根筋のアップタ゜ウンに緊張するところ。日本アルプスの剣呑を擬しての名づけであることに間違いない。その部分をハイライトとして約13キロメートルの、結構歩きでのあるハイクでした。                       

まずは須磨浦公園のロープウエー下の登路をのぼって、鉢伏山(234m)に向かう。 神戸の海と山が最接近するネックであることが、振り返れば、見て取れる。展望台に上がれば、眼下に凪いだ大阪湾が一望。明石大橋の雄姿も間近だ。遥かに友が島、関西空港、葛城山と金剛山が並び立つスカイラインもはっきりと。この景観と神戸の密集した町並みが、絶えず樹間から見ることができるのが、このコースの売り、特徴である。              

登山道がよく整備されているように、樹木の名前もちゃん名札がついている。常緑樹、シャシャンボなる不思議な名前の木、備長炭で知られるウマメガシの雑木林が目立つ。赤黒く熟したヤマモモの実の落下多し。旗振山(252m)は、其の名のごとく、旗を振って遠くに合図を送ったところ。今ふうに言えば、情報ネットワークの中継地点。情報は米の相場であったらしい。ここに毎日登山を楽しむ人たちの署名所にあたる茶屋があった。 

次の鉄拐山(234m)なる山頂には「三等角点」というかつて見たことがない表示が国土地理院の標示そっくりに埋めてあった。これは、なんだろうか。                      

「おらが茶屋」は立派な建物。トイレとレストラン完備。ここは高倉山(200m)なのだ。宮崎辰雄元神戸市長による石碑があり、ポートアイランド埋め立て用に土砂採取し、山を削り取る予定であったが、景観に配慮して若干の山容を残したとある。彼は元同市の山岳連盟会長を務めていた。長い階段を下降して高倉台団地を通り抜け。350段もの石段を さすがに息を切らして上りきると、こんどは栂尾山(274m)。狭い山頂に丸太作りの展望台があり、ここで昼食をとるグループが占領していた。  

小さな頂上に二等三角点がある横尾山(312m)にたどり着く。ここから須磨海浜水族園と水泳場が近くに見下ろせる。一息ついて、いよいよ難所の馬の背。ハシゴ段で一気に下降してから、そろりそろりとバランスを取って歩く。狭い所は二箇所。せいぜい数十センチの幅員だから、雨風のときなどは要注意だろう。歩きなれた人はヒョイヒョイと軽く渡っている。ピカピカの鎖場も二箇所あり、助かる。越えて登ると、東山(253m)。   
  
 ここで昼食にした。アセに濡れたシャツを着替える。同行者が重いのに運んできたワイン、テンプラなとに舌鼓。ありがたく頂戴して、しばしくつろぐ。 アイスクリームやチョコも頂く。これまた感謝、感謝。 にぎやかに和やかに山歩きの楽しみ。                              

再び、街中に下りる。かなり街中を折れ曲がってから縦走路に戻るわけで、このあたりは、経験者でないと、かなり分かりずらい。きょうのゴール、高取山(328m)は、相当きつかった。低山なのに裾野がジクザクに長い。下りてくる登山者に行程を尋ねて「あと半分くらい」と言われたときは、正直ガックリした。なかなか骨の折れる登りをして、石段に着いたときは、ホッ。荒熊神社の境内に入った。                         
                              
山頂は鉄塔のあたりかと登路を探るが分からず。またまた他の登山者に聞くと、石段を登ったところにあると教えてくれたが、これはニセ山頂。尾根伝いに少し進むと、高取神社の境内地に入り、お墓や石碑に囲まれた小さな広場に出た。ここが頂上らしい。神域とあって、山頂表示もない。別の石段を下っていくと、神社の本殿がある広場に出た。ここが毎日登山者や参拝者の礼拝、休憩するところ。鳥居に「敬神尊皇 崇高清浄」などと刻まれている。                              

ここから見下ろす神戸の市街地は素晴らしい。海に臨む市街地が広がっている。夜景ならなお目を奪う景観であろう。長めの休憩のあと、地下鉄板宿駅を目指して下った。同行者の万歩計によれば、凡そ13・5キロメートル。時間にして六時間半の歩きであった。                                 

この日の疲労度からすると、56キロメートルあるという宝塚までの全山縦走路というのは、手を出せない、いや足が出せない長距離であることがよく分かった。         (藤田健次郎)
  
芳山=518m (2002/03/17) {近鉄奈良駅往復}    
例年よりサクラの開花宣言が10日も二週間も早いと予想される春暖の日曜、奈良の柳生街道、別名、滝坂の道を大勢で歩いた。めざしたのは街道筋から少し離れた芳山。Hoyama と読むのが珍しい。                            
石切峠近くにある峠の茶屋は、ひなびた農家のような構え。中は土間と六畳二つ間。土間に草餅や缶ビールを売っているが、余り商売熱心ではないらしい様子。欄間にヤリや鉄砲が飾ってある。呑み代のカタに置いていったという浪花節が残っているのがもっともらしい。                     

この茶屋の二百メートルほど先を左に折れて山中に分け入ると、綺麗に刈りそろえられた茶畑が現れる。その先に開閉式網戸が開いており、そこで芳山石仏と目立たぬ小さな案内札を見逃さないように進む。左手に木材搬出用につけられた小道があるので迷うところ。事実、一時迷ったのである。

コースを修正すると、あとは道なりに進み、斜面を登る。しばらくして道は二股に分かれる。右は石仏へ。左手は山頂へつながっている。山頂への尾根にでると「松国家持山」の石柱を足下に見たあと、いったん下り、登り返すと山頂。                                          

視界は利かない。台風禍のせいか折れた杉材の中に埋もれるように三等三角点の標石。こんな地味な山にも登ってくる人がいるとみえてプレートが二、三吊るしてあった。石仏跡にもどって昼食。同行の皆さんからアルコールやらオヤツやらデザート果物をもらったりして、順不同の飲み食いで満腹。

石仏は背丈を超す大きさの石に刻まれた三面体。稚拙な彫刻だが、山中での修業がしのばれる力作。石仏といえば、この滝坂の道は、いろいろな石仏や磨崖仏が目立つ。飛火野から歩いてくると、寝仏、朝日観音、夕日観音、首切り地蔵、地獄谷石窟仏といった具合。                       

往路は首切り地蔵から本道を通り、復路は峠茶屋を過ぎたあたりから地獄谷を巡って帰った。凡そ十キロメートル、七時間かけての楽しいのんびり歩きでした。                                         


   

大和三山 (2000/8/19) {マイカー 橿原市中心街}

いつも金剛山や二上山から遙か見下ろしている大和三山を巡った。まず耳成山(139m)。三山で一番低い。遠目には山というよりも森のよう。登山口という表記がある ところは、耳成山公園とあり、きれいな無料駐車場がある公園。池はびっしり蓮が埋まっている。すぐに石段。林道ふうの緩いスロープを数分歩くと、耳成神社。社殿は 手入れが行き届かず、ガタピシ。朽ち果てそう。昭和31年2月11日、市制実施廃村記念と添書された旧村役場の奉納絵が系が掲額されている。当日は建国記念の日かな。ここが山頂かと思いきや、背後に三等三角点がある台地状の頂があった。明治天皇大演習御統監之地との石碑。ここらあたり古色蒼然の雰囲気。 なぜか木の幹に ゴミがはいったレジ袋がたくさんぶら下げてあり、興ざめ。              

(写真は甘樫の丘から畝傍山、前方に二上山)

ついで橿原神宮の境内でもある畝傍山(199m)。こちらは三山の最高峰=写真=。広大な神宮の玉砂利を踏んで、大門を二つ抜けて樹林の参道を行くと、登山口の小さな木札。 ここから登り25分。途中、右手に小さな神社。左手に小さな池。あとは雑木林のなかのジクザク路を進む。直登すれば、きついが簡単に行けるのだろうが、参拝者にも 配慮しているのか、ジクザグの一辺が非常に長く、その分、ゆったりとした勾配。ホラ貝の吹鳴の稽古をしている中年男女に出会った。山頂は、ここにも三等三角点の標柱が゛ あった。樹間から橿原の街や金剛葛城山系、大峰山系が間近に眺められた。ゴミ袋、樹木にぶら下がる異景、ここもだ。下山後、社殿で参拝。                

                 

天香具山はここから3キロ東。時間切れとなり、レポートは次回に後回し。                                


                             

三石山=736m (2002/03/01) {南海高野線御幸辻駅→紀見峠駅}                              

和歌山県橋本市にある三石山は、ダイトレコースの岩湧山系より東にあるので、つい行く機会を逃していた。駅から道なりにニ十分で杉村公園内に入る直前、左手の池に遊んでいたカモのうち三羽が路上に這い上がり、ヨチヨチ歩いていた。青首のカルカ゜モだった。                              

杉村公園てば樹林が手入れされていた。春の準備が進んでいる。つり橋があると聞いていたが、結構長く、アーチ型に反っており、水面まで高さがあった。水は緑色が深く静か。これには参った。こちらは吊り橋恐怖症患者。手すりがついているけれど、腰までの浅いもので、これがどうも気にかかる。結局、敬遠。別ルートから、この吊り橋を渡っていくコースと合流。        

落ち葉、雑木林、ゆるやかな傾斜。道はしっかりと付いており、テープも要所の木に巻きついていて安心。倒木の多い水流溝を伝って、次第に登っていく。これといって景色が開けるわけでもないが、一方では危険な個所もないので、友人とおしゃべりしながらのハイキング登山。                          

途中から合流したり。分岐したりする細道がたくさんある。関電巡視路の進入口を見送って、またv字溝を長く歩く。単独行の男性に追い抜かれた。この日、山で出会ったのは、この人と山頂で昼飯にしたいたとき、登ってきた単独の男性の二人きりだった。

最後は急登。植林内の勾配がきつく、湿った山土がよく滑り、山靴を汚しなが

ら一気に登った。駅からほとんど休むこともなく、二時間で頂上に到着した。三等三角点あり。山頂は見通しゼロ。ボーイスカウトによる山名札がたくさん木にくくりつけられていた。                                   

帰途は北へ向けて踏み跡をたどると、十五分くらいで、舗装された林道に出た。そこに立派な案内標識=写真=が建てられていた。紀見峠駅まで道なりで行ける。紀伊見荘=写真=で温泉、グラスワインを飲んで、のんびりくつろいだ。あとは最寄りの紀見峠駅から帰るだけである。 (藤田健次郎)                  

蛇山=358m (2000/1/21) {JR谷川駅→タクシー*神姫バス和田下町→JR谷川駅}

平成13年の干支にちなんだ山。地元では城山。岩尾城跡と呼んでいるように戦国時代の山城があった低山。前日降った雪が 盆地の田園風景を銀世界に変えており、久しぶりに眺める懐かしいような雪国の集落を振り返りながら、登る。登山口は和田 小学校の校庭を抜けて、すぐのところ。雪と枯れ葉が混じった坂道。一行のほとんどがここでアイゼンをつけたが、つけるかどうか 微妙な積雪と傾斜。すぐにダルマ岩への分岐。ここから斜面は一層厳しくなるが、その分、盆地の景色が一望のもとに開ける。迷うこともなく 狭い頂上に立つ。説明板に「土塁使用と石造使用の混在した山城は日本城郭史上、非常に貴重」と最大級の評価がなされているのが、 ウソみたいな狭隘にお城のテッペンでした。幸い、風がなく青空に日がさして、お昼を楽しめた。下山路は北側を取る。雪が多く、 スリップを心配しつつ、徐徐に二つのピークを越えて、最後は二体ずつのお地蔵さんが収まる祠の道を どんどんくだり、ついで小さな鳥居をいくつかくぐると、歩道に出た。すぐそばにバス停あり。山名をオロチ山と読む説もある。なぜ、蛇なのか 山容から推測できる理由、見あたらず。(藤田 健次郎)                          


再度山=417m (2000/12/18) {阪神元町駅*阪神三宮駅}

山手女子学園の横の坂道を通って、大師道へ。弘法大師が入唐する前に安全祈願に訪れ、帰国後また訪れた という伝承から名付けられたという再度山に行く。児童生徒たちのハイキングコースとあって、道は舗装、地道、石畳と表情を変えてても よく整備されて、なんの危険もない。雑木林のまだ紅葉が残っていて、目を奪う。稲荷茶屋で一服、早朝登山の人たちの話を 女主人に聞く。あとは大龍寺まで一気に歩く。この近くの善助茶屋跡に「毎日登山発祥の地」の石碑、日本人初の登山会「神戸徒歩会」 の木札を見る。往時を偲んでいると、おりよく港から汽笛がボウーと尾を引いて、ほんとコウベは山と海の町。大龍寺境内で「ぼけなし観音」に 手を合わせて、裏の頂上へ向かう。ミニ三十三番札所を登りつめて、一軒の家屋横から、ようやく山登りらしい きつい傾斜。十分のガンバリで狭い土俵のような山頂に立つ。展望は雑木に覆われてダメた゛った。修法ケ原池には セキレイが飛び、カルガモが浮いていたが、さすがにボートは姿を消していた。帰途、灯籠茶屋に寄って、ここでも早朝健康登山の実状を聞いた。あの震災後、山歩き人が減ったという。(藤田健次郎)                    


神野山=619m (2000/5/14) {近鉄奈良駅→近鉄バス神野登山口*近鉄天理駅}

登山口までバスでT時間ちょっと。奈良は奥深く、そこまで行くと、ものの半時間も緩い山道を歩けば、もう山頂につく。立派な一等三角点があった。展望台は曇り空の下、歩行距離と景観ではいささかモノ足りない。いまはツツジの花が群れ咲いて、ところによっては素晴らしい眺め。橙と紫色の濃い二色があざやか。神野寺は、クリンソウ、シャクナゲ、八重のサクラが少しずつ咲いていた。斜面で焼き肉パーティを開くグループもいて、家族ハイキングに手頃の山。鍋倉渓谷という名の真っ黒い妙な石がごろごろと転がる奇勝がある。延長650メートル、ただただ、鍋黒色の岩石なり。太古の噴火の影響とか。大和茶の産地、新茶の緑の畝が美しい田園風景をかもしだしている。(藤田健次郎)


百丈山=557m (2000/5/5) {JR加茂駅*近鉄奈良駅}

GWの人混みを避け独りでのんびり歩こうと南山城地方の百丈山へ。加茂駅から登山口小杉までのバスは午前午後の各一本のみ。この山はあまりガイドブツクにもなく地図と磁石は必携。舗装路をしばらく歩き、大智禅寺へ着く。入口左に整備された道があり、これを行くとピカピカのステンレス製の貯水槽が並ぶ。ここから谷筋に細々と山道が続くも堰堤で突き当たり、付近をウロウロし、谷を渡り左手の斜面を強引に登る。踏み跡とも見える?のをひろいつつよじ登る、汗がどっと出る、蜘蛛の巣がもの凄い。悪戦苦闘、やっと稜線に出てほっとする。要所に下山の時のために地面に目印を付けて登ってきた。稜線ははっきりした踏み跡が続いている。更に高みを求めて忠実に尾根を外さないように登る。広い尾根筋が緩やかになるとひと頑張りで百丈山頂上だった。途中誰にも会わず道標など一切なかった。周りを四つの石で囲まれた4等三角点があり、周囲は杉林で展望はダメ。山名表示板もない静かで素朴な頂上だった。(山城吉太郎)


高籏山=710m (2000/4/22) {JR島ケ原駅*伊賀上野駅}

明治27年刊、志賀重昂著“日本風景論”には「高畑山」として紹介されている山。昔、頂上から伊賀上野へ米の相場を合図の旗で知らせたとか。それが山名の由来か。車利用なら海抜約600mの御斉峠まで行けるがこれではあっけない感じ。島ヶ原駅下車、車道を緩やかに登り中村、正月寺、坂出、下垣内、中矢の各集落を通り、キヤニオン上野ゴルフ場からさらに北へ。西山集落から谷筋の道が地元の人の話で利用されてないとかで取りやめ、中出バス停を左折、ここに高籏山への道標あり。ここまでアプローチに約1時間。あとは一本道で迷うこと無し。近江・伊賀国境の稜線に出て東へ一頑張りで二等三角点のある山頂着。松の木が点在し南面は笹が刈り払いされて展望はよい。但し今日は曇り空で遠くは霞んでいて駄目。山中誰にも会わず静かな山登りでした。(山城 吉太郎)            

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三峰山=1235m (2002/02/10) {近鉄榛原駅→奈良交通バスみつえ青少年旅行村往復}

大阪など都心から樹氷の山を楽しむには高見山、三峰山、金剛山、ちょっと足を伸ばして比良山系といわれる。もっとも高見と三峰は結構遠い。しかも両山とも榛原駅からのバスとあって、この朝、降車した榛原駅は恐ろしいほどの混雑。ホームから階段、陸橋をうめつくす登山客の大集団。                  

一瞬、明石歩道橋の雑踏転倒圧死事故の再来かと身構えたくらい。三連休の中日でっせ。近鉄駅側の誘導態勢がお粗末なのは、一体どういうつもりか。歩道橋上での待ち合わせなどは認めず、早く階段下におろすぺき。帰りの切符の販売も駅下でやれるようにすべきだ。其れに比して言えばバスの奈良交通側乗客接遇はよくがんばっていた。                  

前置きが長くなったが、10時四十分ごろーーー混雑のあおりをうけてーーー遅くに旅行村についたら、最終バスは午後四時発とのこと。したがって5時間以上かかりそうな新道峠を経る周回コースをやめて、登尾コースから山頂→八丁平→不動滝コースをとることにした。                           

雪がない林道歩き、木橋を渡って登尾の山坂にとりつく。すぐにツアー登山のグループに追いつく。道幅がないため追い越しをためらいつつ旅行村から上がってくる車道との合流点にある小屋でアイゼン装着。ここへ来る間際ころから積雪が目立つようになる。寒さ厳しく、ときおり粉雪が舞う。小屋の脇に大きな鹿肉。アバラ骨のようだ。自然の冷凍庫にあるようなものか。人出を見込んで、湯豆腐を売る店が出張っている。

不動滝からの登り道との合流点を目指して進む。傾斜のきついところとゆっくりした道とがほどよく現れる杉林のなかを行く。大勢の登山者が一列縦隊で縦隊気味。団体ツアーの数十人が息を切らして、とても追い抜けない。ペースダウンしてついて行く。

避難小屋を過ぎたあたりから積雪は一層深くなり、コース外では三、四十センチの真新しい積雪。サラサラと風に舞う上質の雪が清々しい。二時間で山頂らしくない山頂へ。山名表示の標札は記念撮影をする人が順番待ちする賑わい。視線を伏せるほどの強い降雪、時折横殴り吹く風。手が痛くなるような寒気。実際,手袋を脱ぐと、指先が痛い。結局、雪上に立ったまま昼食を取り、冷気からのがれるように下山。

不動滝は、中くらいの滑滝。雪の杉林越しに眺めると、いかにも冷たく寒そうであった。林道をしばらく歩いたあとアイゼンを外す。登尾コースへの分岐点すぎたあと、アイゼンを清流で洗った。いい山歩きだったが、なにかとせわしない山歩きでもあった。シーズン最盛期は大混雑で×ということか。
                                 (藤田健次郎)


三国山=885m (2000/4/23) {マイカー、河内長野・滝畑ダム周回}

いいお天気。滝畑ダムの岩湧山登山口にクルマを置いて、御光滝林道、千本杉峠、三国山。再び千本杉峠に戻り、近畿自然歩道の尾根を槙尾山まで。そこからダイヤモンドトレールを滝畑ダムへ戻った。歩行六時間、歩きでがあった。金剛葛城山系を歩いていて、とかくこの山の緑色の大ドームが気になっていたので、それを確認しに行った。「運輸省大阪航空局、三国山航空監視レーダー」という四階建てビルに相当する巨大な建物があった。拾いモノだったのは、このレーダードームのすく近くの斜面からの展望。二上山、葛城山、金剛山、岩湧山の全部が見える大パノラマ。ヤマザクラまだ散見。山吹、白い桐の花?満開。いい散策路だった。(藤田健次郎)


大暑山=564m (2000/4/16) {阪急桂駅*西向日駅}

大暑山と書いて、おおしよざん、だいしよざん、ともいわれています。桂駅からバス便もあるが登山口迄足慣らしのためダイレクトに歩く。北春日の集落を過ぎて山道へ。この時期この界隈はタケノコ掘りが盛ん。樹林帯をゆっくりの上り坂、時折右手眼下に歩いてきた市街地が俯瞰出来る。やがて西山団地グランドからの道に合わさり左へ登る。一頑張りで三等三角点のある大暑山頂上へ。木が茂り展望は駄目。気温が低く6.7℃で風が冷たかった。                               

ここから南へ緩やかに起伏をかさねて車道に出る。道なりに登り途中一カ所シヨートカツトして小塩山(642m)頂上へ。ここは三角点はなく山頂部分が淳和天皇陵であり立ち入り禁止となっている。はかにNTTの中継塔等が林立している。展望は車道からまずまず。ここまで誰にも会わなかったが、南春日方面へ下山途中からかなりのグループが次々登ってくる、聞けばこの周辺にカタクリの花があるとか。右京の里住宅から小畑川沿いに西向日駅までたっぷり歩いた半日でした。総歩数33.500歩。(山城吉太郎)                              


竜神山=496m (2000/4/8) {JR紀伊田辺駅 タクシー*御坊駅}

南紀の干支の山。天王寺より紀州路快速で紀伊田辺まで約2時間40分、登山口の大西橋までタクシーで約10分。表参道の一の鳥居からみかん畑の中を緩やかに登る。この道は上の竜神社への参道でもある。終点は車4,5台は駐車可能。ここから山道だがだらだらと展望のない道が長い。途中、露岩帯に手すり柵が設けられている。山頂手前で道は二分し右へ行き崎の堂の岩峰へ、田辺方面の展望よし。更に登って竜神社へ、海神三神を祀り雨乞いの宮である。


すこし戻り分岐から三星山(548m)を目指す。竜星のコルまで約150mの急降下が勿体ない。コルには左右にふみあとが下界へと続くが直進して約200mの急登に挑む。いきなり岩場が現れ木の根っこ、岩角をつかむ。危険な個所はロープが3カ所程あり、脚力よりも腕力を要求されどっと汗が出た。あとは忍の一字でひたすら登り、頂上へひょいと出た。露岩帯にあがると南東にどっしりとした高尾山が南西に田辺湾の海が見える。真新しい三等三角点がある。下山は南へ約20分下り西岡のコルまで、ここで西へズミッコ谷沿いに緩やかに下り、続いて佐向谷道へ、沢を3回程飛び石伝いに渡り出る。しばらくで車道となり、甘夏の落果を拾って歩きながら食べる。美味しい。バス道まで来たところで山中で会った人の車が横に、御坊駅まで乗せて貰った。三星山は標高は低いが案外手強い山だった。(山城吉太郎)                                   


醍醐山=450m (2000/3/26) {京阪六地蔵駅→醍醐三宝院*JR石山駅}

秀吉の「醍醐の花見」で知られる醍醐寺から笠取山の岩間寺、そして石山寺の三寺。西国三十三所の第11,12、13番札所を歩いた。醍醐寺の境内は、花見に備えて、朱の垂れ幕が一面に掲げられて、なんとも華やか。山上まで二十丁。うち十六丁までが、石段と地道の上り。三丁がやや下り坂で、残る一丁が、本堂への上り。冷たい醍醐水にノドを潤す。岩間寺へは雑木のなかを人里まで下山、笠取から上り返す。落葉が散り敷かれた長い山道だ。御詠歌が聞こえると、まもなく境内へ。昼飯後は、石山の瀬田川畔まで下り一方。延々15キロの歩きだった。(藤田健次郎)                           


飯盛山(河内)=314m (2000/12/10) {JR野崎駅*JR四条畷駅}

 師走の納会を兼ねての山行だったが、すばらしい名残の紅葉と落ち葉の敷き詰められた散策路に満喫、拾いもの の楽しい山歩きでした。お染め久松の野崎観音に立ち寄って、裏山からハイキングコースに入る。吊り橋をわたり、 勾配のきつい坂を登ると、眼下に河内平野。尾根筋伝いにゆっくりと山頂へ。楠正行の大きな立像がある。ハンサムな若々しい像である。番屋 のような建物に、まだ残る「国威宣揚」の文字。愚かしい狂気の記念碑としては、遺す値打ちがあるかもしれない。小雨の中、雑木林を縫って、 室池へ向かう。このせせらぎがあるコースはモミジ、イチョウなどの黄葉、紅葉が実にあざやか。わざわざ京都に行かなくてもいいな、という のが、道連れの仲間たちの感想。一駅分を歩いた格好で、そこからミナミの納会場に向かったことでした。(藤田健次郎)                        


飯盛山(泉南)=384m (2000/2/27) {南海本線孝子駅*みさき公園駅}

和歌山との府県境にあるのも、低山だが、アプローチは奥が深く、かつ三等三角点がある山頂はみごとに展望が開けていて、なかなか気が晴れるいい山だ。見晴らしのよさを買われて幕末には異国船の到来を監視する「番所」があったという。今はひっきりなしに飛び立つ関西国際空港からの航空機を遠望したり、岬公園の遊園地、深日港の船の出入りを見下ろしたりできる。孝子駅から「かんのんみち」を「禁殺生」の大きな石碑が目をひく高仙寺に上り、あとは冬ざれの雑木林の尾根道をアップダウン。結構、距離感もある静かな山道。残雪がシダの群生地のあちこちにこびりついていた。海からの風は冷たいが、家族向きのいいコースであった。(藤田健次郎)                    


龍王ケ岳=498m (2000/2/11) {JR山陰線八木駅からマイカー往復}

干支の山、京都府船井郡八木町にある竜王ケ岳(りゅうおうがだけ)へ。八木駅前から神吉方面へのバスは、午前中2便で接続が悪い。ここで車で来た者と合流、登山口の和田入口まで。辺りは一面雪、滞留している霧のため草木に霧氷の花が咲く。この辺りの標高は約330mだからたいしたことはないと思ったが、2,3のコブを上下するので案外手間どる。二つ続きの池を経て山道に変わる斜面を上がると渋坂峠からの尾根に出た。積雪10〜20p。しかし登山道の判別はつく。アツプダウンを数回繰り返す。イノシシが掘り返したあとが数カ所、生々しい感じだ。秋には松茸があるのかテープが張り巡らされており、指導標はないがこれがルート判断の目安になる。最後の急登のあとNHKTVのアンテナ、もう一段登ると関電送電線鉄塔あり、その上が三等三角点のある山頂だった。展望は東面のみで三郎ケ岳、牛松山、地蔵山、三頭山等々。帰りは京都府自然200選に指定された“大杉”(幹回り5.40m)がある近くの日吉神社へ寄った。(山城吉太郎)                        

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龍門山=757m (2000/2/13) {和歌山県・粉河町へマイカー往復}

おくればせに干支にちなむ山ということで、紀州富士へ。少し歩いても汗ばむバカ陽気のなか、ミカンや桃の木、柿の木が植わる斜面から田代コースを行く。振り返ると、眼下に紀ノ川が蛇行しており、その先に三番札所、粉河寺の森が見える。紀州と和泉を分かつ紀泉山脈によりそうように広がる大きな眺め。冬枯れの雑木林が明るく、気持ちがいい。磁石岩をすぎて、まもなく三等三角点のある廣い山頂。おだやかな日だまりで昼飯をたべていると、頭上空高くにハングライダーが悠々と飛翔。次第に増えて十数機が乱舞する。ここは紀ノ川からの上昇気流と高圧線のない環境をいかして、ハングライダーの好適地とか。明神岩風穴を覗いて下山。土地の登山者の話では、五月ころはピンクの桃と白い梨の花が咲き競い、絶景とのこと。楽しみだ。

                        (藤田健次郎)


霊仙ケ岳=536m (2000/1/9) {JR山陰線亀岡駅→京都交通バス法貴倉庫前}

「れいせんがだけ」と読む。バス停から西にしばらく歩いてすぐに登山道。よく踏まれた道が緩やかに続く。両側は竹林やヒノキの林。しばらくして分岐があり右をとる。やがて急坂となり自然林の展望のない道をひたすら……平峠の手前が斜面をへつる感じで歩きにくい、少々ヤブっぽい。稜線に出て右へ。あとは踏みあとを辿って疎林の中を登り、一旦下り登り返したところが山頂だった。三等三角点がある。山頂展望ゼロ。途中で右手に雲海(霧)に覆われた亀岡盆地があり、愛宕山、牛松山がその上にあった。頂上で気温6度だったのが、下界では3度という逆転現象だった。                             

続いてR423を通り京都縦貫道を潜って右折し平和台公園の中山池付近で昼食をとる。干支の龍にちなんだ龍ケ尾山(たつがおやま・412m)に登る。山頂近くを車道が横断しているので、登山という観念に乏しいのが残念だが、中山池から縦貫道を跨ぎ、あとは道なりに緩やかに登っていく。両側の斜面は時期になればワラビの群生地になるようだ。残土処分地やNTTドコモの無線中継所を過ぎてやがて亀岡ゴルフクラブとなる。クラブハウスを右に見て駐車場から左へ。5打席ほどある練習場のわきを通りヤブを少しかきわけたら山頂だった。ここも展望はない。三等三角点あり。踏みあとがあるので訪れる人があるようだ。亀岡周辺は一日中霧が晴れず、底冷えのする山歩きだった。(山城吉太郎)                          


蘇鉄山=6.8m (2000/6/11) {マイカー* 堺市大浜北町、大浜公園内}                                 

国土地理院に正式に山と認定してくれと要望していた蘇鉄山が、4月1日付け発行の二万五千分の一の地図に「一等三角点がある日本一低い山」としてお墨付きをもらった。それを記念して、この日、盛大に初の登山開き神事を行った。登山口にあたる神明神社宮司によるお祓い、祝詞、玉串奉納などがあり、大勢が参列した。経過報告によると、99年7月に山岳会結成、8月から登山証明書を発行、堺市公園部などの協力を得て、正式の山認定を申請していたという。式のあと、山頂で抜刀道や長刀術の演舞披露もあり、愛知県からやってきたという登山者たちでにぎわった。山名ゆかりの蘇鉄も新たに植えられていた。遊び心のままに、大まじめに山開きをしたのが、面白い。梅雨の晴れ間の愉快な出来事だった。(藤田健次郎)        

蘇鉄山 (2000/1/4) {マイカー*堺市大浜北町、大浜公園内}

天保山が日本一低い山(建設省国土地理院認定)とすれば、こちらは、一等三角点がある日本一低い山だそうだ。昨年七月に結成された蘇鉄山山岳会では、地元自治体の協力を得て、国土地理院に「山」としての認定を働きかけているという。山は大浜公園の松林の中にあり、一等三角点は、大切に四角のコンクリで囲われていた。山の故事来歴の説明板によれば、砲台の建設のための土盛りだが、明治18年に近くの御陰山に創られた三角点が、その後、ここに移されたという。この山は天保年間に港の浚渫作業でできたもので、その意味では大阪港区の天保山とは兄弟山なり、とのことだった。近くの神明神社では登頂 明書を発行しており小生は今年37番目の登頂者となった。                             (藤田健次郎)

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妙見山=660m (1999/12/12) {能勢電妙見口駅*}

クヌギの落葉が重なるU字溝を登る。両サイドは、ササの葉が背丈を越す。二度、小休止のあと、切り開きに出ると、大阪湾が遠くにかすむ展望あり。あとは、散策路のような山道を黙々と歩く。広い駐車場に出て、参道へ。途中、小雨がヒョウに変わるなど冷え込む。四等三角点のある山頂は、視界ゼロ。信徒会館の「星嶺」とか称するガラス張りの不思議な建物あり。山道もドライブウエーも、ゴミ散乱。汚い山にあきれる。いまどき珍なる汚さに寺も周囲も気づかぬ筈がないと思うが、知らんぷりか。山勢の衰えを感じる。本滝寺の軒先で昼食、ハダシでお百度参りする人の心とはなにかと驚嘆。(藤田健次郎)            


長坂山=585m (1999/11/21) {近鉄名張駅*}

この山は赤目四十八滝の西側にある。名張駅から車で滝口集落へ。ここに駐車して出発。白山神社前を通り集落をはずれ水神さんから夫婦川林道をどんどん緩やかに登り約30分。左へ沢を渡り登山道に入り20分ほどで鞍部に、左へ10分で三等三角点のある山頂に到着。ここまで歩きやすい道で頂上少し手前で眼下に赤目滝入り口付近が見えた以外は展望は全く駄目。下りは地図にもある破線路を北西に行く。やがて幅広い道となり、水路に使われたのか見事な石組みが延々と続き、緑色濃い苔が年代を物語っていた。あと僅かで出発点に戻った。山頂に山名表示板あるのみで指導標の類は一切なし。                                     (山城吉太郎)


高御位山=303m (1999/11/14) {JR山陽線曽根駅* JR宝殿駅}

いい小春日和になりすぎて、快晴無風。暑いくらいだったので、低山とはいえ、なかなか歩きでがあった。とっつきの豆崎で岩壁を上らずに尾根に行こうとして、約四十分のヤブこぎが誤算。序盤戦の消耗大。雑木と露岩の狭い尾根歩き。これが播磨アルプスと言われる所以か。左右の遠く臨海工業地帯のエントツ群や眼下の箱庭的風景を眺めながらのアップダウン。鹿島神社背後の大きな岩場登りは、面白い。何度か休憩しつつ山頂に着いたときは、相当へばった。山頂には方位盤、小さな神社、大正十年、この地より三百メートル滑空したという航空先覚者の顕彰碑、ふたりの男がロッククライミング実際にやっていた岩山などもあり興趣に富む。全行程14キロ。(藤田健次郎)


龍門岳=904m (1999/10/30) {近鉄大和上市駅→近鉄バス龍門山口神社* 不動滝→近鉄桜井駅}

下山路は多武峰、談山神社の紅葉を、と言うことで出発したが、暑い夏が長引いたためか、燃えるモミジは望めなかった。スタートしてかなりの林道歩き。ムカゴがたくさん成っていて、集める。洗濯女のはぎをみて、飛行術のさなかに墜落した久米の仙人が修行したという龍門寺跡を通過、小さな滝をみてからの急登は、こたえた。晩秋のはずなのに暑くて、大変。祠と一等三角点のある頂上について、安堵した。植林帯の中を延々と歩き、大峠で「女坂伝承地」(紀元二千六百年奉祝記念建立)なる石碑を眺めた。音羽山への縦走はやめて長い林道を不動滝に下った。(藤田健次郎)


鶏冠山=490m (1998/4/19) {JR草津駅→湖南帝産バス上桐生駅往復}

通称、「金勝アルプス」。手頃なハイキングコースだが、こじんまりとした滝、沢歩き、岩登りがあり、なかなか多彩で楽しいところ。奇岩が並び立つ景観、そしてコースを通してどこに目をやっても咲いているミツバツツジの淡い桃色の花が美しい。縦6メートル、横4.5メートルの「狛坂磨崖仏」も見物。こけむした花崗岩の岩に三体の阿弥陀さんが浮き彫りにされている。脇にホウキが置いてあり、篤志の人が、仏さんの塵埃を拭い去る趣向。同行者の一人が進んで、其れをしていて人柄が偲ばせた。鶏冠山は樹林の中で視界ゼロ。途中の右手下方に競馬で知られる栗東のトレセンが見えたし、天狗岩からは真っ正面に近江富士、そして別方向に琵琶湖が見えた。コース途中の白戸峰は、標高 549メートルで、鶏冠山よりも高い。又、路傍に可憐なイワカガミがピンクの小さな花をつけて背伸びしていた。(藤田健次郎)


青根ケ峰=858m (00/4/9){近鉄吉野線大和上市駅 * 吉野駅}

サクラはまだかいな、と吉野に出かけたが、奥、上、中、下千本、いずれも空振りだった。見頃に合わせるのは、なかなかむずかしい。ただ、桜本坊の境内にある「夢見の桜」と、拝殿の前の枝垂れ桜は、満開。日当たりがいいのか、種類によるのか、実に美しく、見事。これだけでも甲斐があった。大滝の蜻蛉滝からの林道建設工事が終わっていた。音無川から源流からの登り、そして斜面へのトラバース道は、平成十年の台風に荒らされていた。離合が困難なところが一カ所あった。長崎からやってきた一団とのすれ違いは、かなり時間がかかるほどだった。行程約15キロ。それでも天気がよくて、いい散策だった。(藤田健次郎)


青根ケ峰( 98/4/5 ) {近鉄吉野線大和上市駅 * 吉野駅}

名にしおう吉野のサクラを二年続けて見に行った。「下、中、上」と、さらに「奥の千本」と称される全山満開の絶景を上から見下ろす場所を求めて、まず青根ガ峰へ。ここは三等三角点がぽつんとある狭くて視界不良の地。但し、登る途中、北方にピラミダルな高見山の勇姿を眺められる。西行庵付近の「奥」は、つぼみ固し。金峰神社からの「上」になると、見事満開の春。古色蒼然の味わいがある神社内の枝垂れ桜が素晴らしい。蔵王堂へは、本道をさけて如意輪寺に向かう脇道が、これまたとてもいい。薄紅色の桜花、紅色の花を満載した椿の巨木、それに薄桃色のコバノミツバツツジが一つの場所で競演していて、花に酔うようないい気分。蔵王堂からは、すでに葉ザクラのところもあり、結局は、昨年同様、「吉野一望千里の桜」は、広域すぎて望めない。「下」から「奥」まで見るには、シーズン中に二度来なくては果たせないね、とは同行者との間での結論でした。         (藤田健次郎)

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愛宕山=924m ( 98/2/22 ) {JR嵯峨野線保津峡駅→ 水尾 * 清滝}

愛宕山は、京の町衆たちの「火廼要慎」の神様で知られている。ほかに「家内安全」、「会社発展」、「無病息災」にも御加護があると聞く。二月というのに、格別暖かい日和、保津峡上の駅で電車から降りると青空と真っ白な水流、さわやかなロケーションに感激した。
梅の香漂う水尾の山道には、柚子の実が散乱。独特の匂いが田舎の里を思わせる。柚子を生かした懐石と鳥料理が、この地の自慢らしく、立派な構えやしもたや風のお食事処がそこここにある。早朝登山で清滝方面から下山してきた一行は、「里で水炊きですわ」と息を切らしていた。乙な趣向を羨む。表参道では、柚子香と梅干しを少しばかり商う老女の店があった。長い下山路に膝が笑った。珍しくアイゼンもいらぬ春の早い愛宕さんだった。 (藤田健次郎)

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高安山から信貴山 =485m→437m ( 98/1/25 ) {近鉄信貴線服部川駅 * 西信貴ケーブル駅 }

 寅年にあたるので、ひとつ阪神タイガースファンとしては、ことしこそと秘かに期していたところ、山仲間の毎日新聞月歩会の世話役の話では信貴山にある朝護孫子寺に大きな虎をまつってあって、有名だとのこと。はじめて生駒信貴スカイラインをからむコースを歩いた。
十三峠の手前にある「水呑み地蔵」にいたる道筋には、二体ワンセットのお地蔵さんが林立している。これほど多いお地蔵さんを見たことがない。よだれ掛けもすべて新しい。裏を返すと、「志望校合格御礼」とあった。信仰といえば、高安山にも「宇宙念波研究所」という看板がある宗教法人の聖地があった。信貴山頂のお社では、三宝の上に生卵五つとコップ入りのお酒を供える善男善女の姿が目立った。なんでも神様は蛇だからだそうだ。ごったがえす境内で待望の大きな虎に出会った。象のように大きいのだが、張り子の虎というのが、少し気になるものの、しっかりと「十四年ぶりのタイガースV」を祈願してきた。

(藤田健次郎)

貴船山(716m 09/09/23)
{叡山電鉄貴船口駅→二の瀬駅}

久しぶりに叡山電車に乗った。貴船口駅で降りてエデ並木道を貴船神社へ歩く。あの川床料理旅館が軒を並べている前を通り過ぎて、奥貴船橋たもとから滝谷峠を目指す。           

川床料理のメニューを覗く。もっとも安いもので7000円。高いもので、12000円とある。高い。こんな高い料理を食する人々が多いんだろう。そうでないと、軒並みに十数軒が共存できるわけがない。世間は広いな、大きいな。           

ここから山道。大きな不気味な茶色のカエルに出会う。灰黒色のややグロな大きめのカエルもいた。もうじき冬眠を迎えるのだろう。静物のようにじっとしていた。貴船川の源流を丸太橋をいくつか渡り、せまい崖っぷちに。ロープがああるので、バランス取ってそろりそろり。あぶなっかしいところがあった。森のなかを歩いて、尾根へ。駅から2時間半近くたった。         







日当たりにいい斜面で昼食後、山頂へ。たくさんの石を積あげたケルンがあった。716mの山頂だが、植林に包まれて展望に欠ける。秋風が漂う静謐。                      

大岩分岐から夜泣峠分岐へ、雑木のなかを歩く。昔、コレチカ親王を抱い乳母がて峠越えをしたが、お乳がなくて夜泣きしたという故事に由来する峠名。まあ、京都北山らしい話である。



ここで白人家族が遊んでいた。そういえば、大岩分岐にも単独の白人男性がいた。貴船から鞍馬へ三時間かけていくと言っていた。二の瀬付近でコスモスを写す白人青年にもあった。こう頻繁に白人と出会うと休日はアウトドアで、、というのが彼らの好きなスタイルなんだなと思いをいたす感じである。


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