関西山行レポート


鳥見山(245m)
 
 外鎌山(293m) 
(05・01・08)

  (近鉄大阪線桜井駅→等弥神社→外鎌山→同大和朝倉駅)

05年の干支は酉年。干支にちなんだ山名の山を捜して登るのは新春を迎えた登山愛好者の楽しみの一つ。というわけで、奈良・榛原町の鳥見山に登った(ここはこちらをご覧ください)ところ、山の達人、山城吉太郎さんからのお誘いで、別の同名の山があることがわかり、ごいっしょに登ってきました。                       

同名であるとともに、妙なことに榛原町の隣接の桜井市内にあった。しかも榛原町の山と同様の神武天皇伝説が伝わっているというから興味深い。             

  桜井駅で大阪側からみて進行方向右の広場に出て、ロータリーを歩く。まっすぐ歩いて国道を横切る。田舎の町に部分的に都市開発が手がけられているようなたたずまい。右手に神社を見送り、ちょっと先の細い道は左折。そのまま直進すると、突き当たりが天理教の教会。右が円形の屋根をもつ市の図書館。バス停の名は神之森町。                            
           
バス道沿いに等弥(とみ)神社。正面に鳥見山霊▼ 参道記念碑の石碑。佐藤春夫、堀口大学、保田与重郎が、この地で歌を詠んだとあって句碑が散見される。佐藤春夫の句、草書体で前句は判読不明「、、、、みささぎ多し 艸もみじ」。  (注・▼は、田へんに寺)

          

等弥神社はずっと奥に本殿。まだ初詣気分が境内に残っており、盛り上げた砂、切り口新しい竹の造作、御幣、、。しかし、人影は少ない。われわれと同じような干支の山にこだわってきたのか、中年男女一組のみ。                        

境内から小さな鳥居を抜けて、山中へ。最初は階段、すぐに地道になり、落ち葉で埋まっている。遠くから電車の走る音をききながら、数度、左折を繰り返すと、小広い空き地。ここにも石碑。「見わたせば 大和国原、、、、」(以下判読不明)。木立の間から三輪山が盛りあがっている。                                

 石碑の裏側から、さらに雑木林を進むと、また石碑。「石庭}とある。境内の案内看板にも記されていたから、なにか由緒があるのだろう。まもなく山頂。駅から約1時間半か。さきほどと同じような丸い空き地。びっしり落葉のなかにまたも石碑。霊▼拝所の文字。榛原町の石碑と同様の表現である。展望はない。特別な環境にあるとか、特色ある景観があるとは思えない。なぜここが神武帝伝承なのか、わからない。         

 登り口とは反対側の下り道を樹木をつかみながら、下降開始。外鎌山を目指す。途中、何気なく右手をみると、これが絶壁。下方に斎場か砕石場のような風景。一気に古い家並みの下界に下りる。靴下製造組合会員なんて札が表札に並んでいる。ここら あたりの地場産業か。鎮守の森を右手に見て、粟原川を渡り、国道166号を横切り、朝倉台住宅地のゆるい坂を上がる。                             
 郵便局に続く静かな住宅の家並の前を歩くこと10分くらい。右手に外鎌山をみているのだが、登山口は浄水池のタンクがあるところ。タンクを左側から回りこむように車両通行止めのチェーンをくぐる。坂道を登り,配水場の入り口前にくると、これがもうけものの見事な展望地。眼下に千戸という住宅街が静まりかえっているが、その視線の先を奪うのが、金剛葛城山系の雄大な頂稜。双子の二上山もくっきり。濃緑のシルエットが見ものである。                                      
  お孫さんと犬の散歩をさせていた女性の話。ご自身も山歩きするという。「ここからの夕日は素晴らしいですよ。季節によって夕日の沈む場所が違ってきます。二上山の雄岳と雌岳の間を抜ける時期もあります」とのこと。それはきっと見事な眺めであろうと想像できた。 ここで午後1時前まで昼食。                                         
配水場の金網に沿って小高い山中へ。低木の幹をつかんだりしてジグザグの登り一本調子で、すぐに山頂の広場に到着。先ほどの休憩地から高度をそのままスライドしたように展望が一層開ける。金剛→ニ上山の双子峰のパノラマが見事である。こんなに足場がいい自然の展望台は得がたい。                            
中央に三等三角点。山城さんによれば、国土地理院の点の記には山名は高間山というそうだ。事実、木の枝にかかる札には「朝倉富士」「高間山」と書いてある。反対側に「妙法 白天龍王 西光龍王」などとある石碑。道標札の↓でに舒明天皇陵、鏡女王陵ともある。                                         

低いが視界満点の山頂から、由緒ありそな下山路を、まるで里山を絵にかいたような
山間に降り立つ。梅林。一輪の白い花が咲いていた。鏡王女陵はパスして、まもなく舒明天皇内陵。掃き清められた石段があるこじんまりとした陵。脇に小屋掛けが立ち、宮内庁の出先事務所がある。                                 

田舎の家並みを歩いて、出たのは鳥見山から降りてきた国道166号と合流、近鉄大和朝倉駅に向かう。途中、時雨のような雨に遭う。駅に着いたとき、雨は上がっていた。冬のいい低山歩きだった。(藤田 健次郎)                    



虎伏山(275m  10・05・09)
(南海本線樽井駅→JR阪和線砂川駅)

よくよくの遅ればせながら、今年の干支にちなむ山を泉南の虎伏山(とらふすやま、275m)に登る。    

南海本線樽井駅から梅林で知られる金熊寺(きんゆうじ)隣
の信達神社脇から斜面に取り付く。神社の掃除をしていた男性高齢者の話では、すぐに尾根のとりつくから、そのまま行けばいいと請合ってくれたが、これが大変な山歩きになった。

じつはあんまりの低山なので、そのあと四石山に登り、山中渓
まで歩き通す積もりだったのが、これがルートがつかめず、ひどいヤブコギ続きで難渋、結局、虎伏山だけで時間切れとなり、撤退した。

虎伏山は三角点もなく、ふつうの地図には山名表示もない。むろん山名の由来もわからないが、和歌山城の別称が虎伏山といい,その姿形にちなむと言われいる例からして、山形がトラのどこかと似ているのかな。樹間からは四石山がのぞけた。地図にもある砕石場の山腹に見えたが、今回はアクセスできなかった。

神社から一時間弱で山頂と思しき場所に着いた。写真のように先達者が木にテープを巻いていたが、小さく「?」の文字が添えてあった。実際,確信が持てない山頂だった。

あちこちで、松枯れ防止剤を注入するのか、松の幹に、こんなものが挿してあった。

ここらあたりは、秋にはマツタケが採れるらしく、「松茸山であるから立ち入り禁止」の札が尾根筋に残っていた。









    雲雀山(208m   04/01/10)

(JR紀勢線紀伊宮原駅→有田川沿い熊野古道→得生寺→
すく熊野古道標石→登山口→山頂→かんがい用水槽→糸我峠
→施無畏寺→栖原海岸→JR湯浅駅)               


 雲雀山は、その名のごとく、愛らしく可愛らしい山。のんびりと有田川を見下ろすミカン山である。一口にミカン山といっても、じつにミカンには多くの種類があり、それが山に同時に実っているのが面白い。ハッサク、夏ミカン、清美、伊予カン、三宝カン、、、聞きなれないミカンの名前を聞いたが、あいにくわすれてしまった。こんなにたくさんあるとは知らなかった。                          
 ミカンの森からラジオが聞こえる。動くラジオである。分け入ってみると、おばさんが腹ばいになるかのような姿勢で、ミカンの木の下を手入れしていた。おばさんは独り作業がさびしいのでラジオを腰弁みたいに括り付けているのだ。いまは、収穫が一段落して、いろいろな手入れの時期なのだ。                       
             
そのせいで、まだ十分に食べられるミカンがいっぱい木の下に落ちている。先に木の枝が付いているものもある。選別して摘果されたものだ。熟して落果したものでもない。農薬まみれのものでもない。大きいのも小さいのもある。通りすがりの者には、とてももったいなく見える。それで、つい拾い、かつ食べてみる。これが、おいしいんだな。木に残すものと間引くものとの区別がわからない。ほんと「落花狼藉」がおしいくらいだ。来季の収穫、味の良さをたもつためにはこうした無駄が必要とされているようだ。                    
             
 雲雀山は紀伊宮原駅から有田川を渡る。おおきな盆地を切り開く川。水は澄んでいて、中央付近の浅瀬に一抱えもあるような鯉が泳いでいる。じっとして鯉の背中だけが水面下に影のように写っている。だれも石を投げたり、捕獲しようとは思はないのだろうか。共存の境地であろう。            
 ツグミ、カルガモ、大サギ、コガモ、カワラヒワ、がいる。そういえば橋の袂の電信柱の上にイソヒヨドリのメスがいた。タカなど猛禽類もいるらしい。                                                
                                                 
 圧巻なのは河川敷よりのワンド、あるいは支流の水面。まるで水が泡立つように跳ねていたことだ。鮎らしい。陽気に誘われて気持ちが浮きたつのか、しきりにあちこちで水面で跳ねている。銀鱗の体が光を反射して美しい。水玉が飛び、小さな水の輪が広がる。面白く見ごたえのある豊穣の川の光景に足を止める。                            

中将姫ゆかりの得生寺に立ち寄る。継母との折り合い悪く中将姫は京の都から、ここに捨てられたという話。随分遠くに遺棄されたものだ。このあと奈良の当麻寺に移るのだ。自転車の少女二人が「おはようございます」と挨拶して追い抜く。                     

得生寺から傍の十日戎で幟が並ぶ糸我稲荷神社に向かう四辻で「すく熊野」の石柱。「すく」とは「まっすぐ」とのこと。すぐに雲雀山登山口があった。ミカン山への入り口。ミカンの搬出につかうモノレールが上方に向かっている。ゆるやかな道を登っていくと、途中、有田川を眼下に見る。「山と川のある風景」に懐かしさを感じる。なにしろ、わずか208mの低山だから、あっという間に登ってしまう。行場とか宝匡印塔とか修験の山のような施設がミニサイズで配置されている。山頂の背後からはやや広い落ち葉の農道。ミカン畑を縫うように歩く。                             

 次は糸我峠を目指す。万葉集に詠まれて熊野古道の要衝の一とか。山中に馬鹿でかい水槽があちこちにある。これはミカン畑の灌漑用らしい。たとえば水槽にこう書いてある。「県営畑地かんがい事業鳥尾川工区第三水槽・従型円筒コーンルーフタンク 貯水量710kl  昭和43年3月」。遠くの山頂に風力発電用の風車が立っている。生石高原の方向らしい。 
                           
 周囲は、ミカン畑。尾根も谷間も、すべてミカンに一極集中して壮観。糸我峠の日当たりのいい場所を選んでランチ休憩。のんびりと下界の穏やかな光景を
ながめながら、いい一時を過ごす。           

                                            
このあとは湯浅の駅に向かって長い下山路。太平洋の静かな海面がのぞけたと想ったら、またミカン畑。

 こうして下っていくと、詠み方も難しい施無畏寺の境内。ここにはトイレがあるので、拝借しておこう。なにしろ湯浅までの栖原海岸は
長い。視界をさえぎる堤防の向こうに太平洋を感じつつ、テクテクと歩き続けなければならない。小さな波止場にイソヒヨドリのメスがいた。         (藤田 健次郎)





愛宕山   雌岡山   雄岡山 シブレ山
 164m 250m 241m 250m
                                                                        (04/12/19)

 (神戸電鉄粟生線志染駅→緑が丘駅→栄駅→神戸市バス衝原→神電箕谷駅→阪急梅田駅)                              

 愛宕山小春日和が異常に長引く。したがって歩くのには、とても都合がいい師走の日曜、早朝、自宅を出る。まだ暗い。約2時間後に最初の駅,志染駅に降り立つ。ご案内は山の達人、山城吉太郎さん。同行者は森田さん、丸田さん、それにウチのカミサン。                                                  

 一度、国道に出て、小林東の交差点を右折して、田んぼの中の歩道を歩く。もう最初に登る予定の愛宕山がビニールハウスや枯れ田の向こうに見えている。播州平野の海側にはほとんど山らしい山がない、文字どおりの平野部。そのため、わずか164mの愛宕山でも、しっかり盛り上がった立派な山に見えるから頼もしく、かつ、おかしい。 
 

 道中、灌漑用あるいは水源なのか、池が多い。大きな池にドラムカンを土台にした筏の魚つり桟橋が水面に張り出している。朝早いが、もう大勢の魚つりフアンが横一列になって静かに竿を垂れている。桟橋上に簡易トイレが設けてある。排水はどこへ流れるのか。釣りに興味がないこちらとしては、ご苦労なこっちゃ、とひややかに見てるのだが向こうから、こちらのリュック姿を目で追っている人にとっては、なにが楽しくてシコシコ歩いているのか。そう思っているに違いないから、お互いさんだな。 
           

 田舎道も当節は舗装されており、車の往来も激しい。やがてその道は自然の傾斜を上っていく。土止めの木片を打ち込んで、丹念に整備された坂道を上ると、そこはもう愛宕山山頂広場。小さな祠、五輪塔、そしてはじっこに三角点。縁起かつぎのせいか、四方が削り取られている。何等なのか読み取れない。削った石片は、どういうことにご利益があるのかわからないが、こういう被害を受けた三角点をよく目にする。                                              

 雌岡山  あっさり一山登頂と冗談言って、暑いのでシャツを脱ぐ。異常に暑い師走。さて、次の雌岡山に向かう。メッコサンと読む。いったん降りて、再び上る。 神出神社の鳥居をくぐり、坂道にかかる。この坂は落ち葉がいっぱい、左右も雑木が茂り、なかなか一人前の山の風体。勾配がきつく、それなりに長い。で、途中の中間点あたりにベンチが二脚置いてある。一服して再度上る人がいるのだろう。                             
                                                
上りきると、意外にも広い駐車場に出た。神社参拝客はクルマで来るのだろう。場違いな駐車場竣工記念の石碑があるのに驚く。周囲は桜の木。春にはサクラ見物の宴会場に変わるのかもしれない。左手にトイレ。、さらに石段をあがると、神社の本殿前に出た。スナノオノミコトなどが祭神とある。ここが山頂。展望台があって遠く大阪湾、明石大橋、淡路島が望める。海上に浮かぶタンカーもくろい影となって動いている。あっぱれな展望である。                                                                
                                       

 海上方面からみると、雄岡山、雌岡山の二山は、標高こそ低いが、姿のいい山体であることから、神出富士と呼ばれているらしい。近畿自然歩道のコースでもあり、地元の人たちにとっては「毎日登山」の山である。神戸市内の六甲山系には、この毎日登山の会が盛ん。境内の端に物置があり、そこで登山者が出欠を記録している。ここは行政区画は神戸市西区なのか、垂水区なのか。別々の看板に二つの表示がある。


 登ってくる人も近隣の人が多いようだ。展望台で一息いれている夫婦者、早足でやってきて、すぐUターンする人。帰途、奥さん付き添いで体の調子が悪いという初老男性が話かけてきた。せめて大峰山、富士山に登りたいという。山の達人が百名山完登してると話すと、合掌して頭を下げている。話好きの還暦前の人だった。            
                           
 雄岡山 次は雄岡山。オッコサンと読む。メッコサンより若干低い。かつては男尊女卑の時代なのに低い方が男というのは面白い。赤いツバキが咲く舗装路。梅の木が多い。右手の樹間から神戸市のいわゆる西神地区の町並みが眼下にある。 サクラの木も多いから春先からずっと花道のようになるらしい。舗装された車道の行き詰まりが、つまり、メッコサンのもう一方の登山口であった。    
                   

 隣接の金棒池バス停の道を左折。左手は下山中から見えていたのが金棒池とその奥の大皿池。金棒池でも釣り客が大勢、竿を見つめていた。風除けにテントを広げている客もいた。一日2便ないし3便というバス道をテクテク。地酒,銘米を売る田舎屋敷ふうの店が池畔にあった。池のなかに彫像のように動かない青サギが2羽いた。         

山側に倉庫か工場のような建物をみたらバス道を横断、建物に沿って山中に向かう。とくに表示はないが、れっきとした雄岡山の登山口。短い坂を登ると、山田という表札の揚がる民家。そこから雑木林に水溝があり、これを伝って登ると、ほんの数分で、すぐに山頂に出た。一等三角点の標石が、ここでは形を残している。やはり右側の眺望がよく、西神方面から大阪湾が一望。、そして、あいにく生駒金剛山系は空気が澄んでいないので見えなかった。      
                                
 
 ここまでで11時20分。早昼とする。山頂はコンクリ製のがっちりした、しかし小粒の祠があり、中にお稲荷さん、地蔵さん、仏さん、いろいろが押し込められており、油揚げが置いてあった。こういうところにも庶民信仰が生きている。横に物置ようの建物。これも「毎日登山」の会員の出欠記録所である。壁に登山者の名と判子が並んでいた。   
                                             
 陽だまりが暖かい。Tシャツで、ビールを飲む。いい気分である。卵焼きを食い、おにぎりを頬ばる。そこへどやどやと登山者の一団がやってきた。女性十数人にリーダー格の男性二人。こいうのが、このごろの登山グループのパターンである。雌岡山でもすれ違った。帰途のバスに乗り込んできたのもそうだ。  
                    

 おそらく男性側が山行企画、交通の便も調べている。行き先の山はすでに経験してるか、事前調べをしてるのだ。女性はただついているくるだけ、ワイワイ騒いで、やたらに元気がいい。中高年登山がブームだというが、こういう一面が支えているところもある。 連中は左側から現れ、右手の、われわれが来た道を下って行った。 
       

 シブレ山 さて、下山。山道らしい雰囲気。縦横に細道が交差しているようだ。落ち葉を踏みしめて、どんどん下ると数分で民家の裏庭の横を通り、舗装路にでた。神電緑ヶ丘駅に向かう。志染駅から遠回りして、山三つを越えてきたことになる。ここから神電に乗って二つ先の栄駅で下車した。山歩き途中を電車で繋ぎ、四山目のシブレ山へ。                                           

妙な名前の山だが、丸田さんが調べたホームページによると、方言で湿った肥沃なところ、湿地を意味するとある。線路を横切り、山側に向かう。すぐに、道が二股に分岐しているところに来た。一つは下り坂。もう一つは上り坂。分岐に「私道につき立入り禁止」の看板。ごく当然のように上り道を行く。山に向かうのに、下るという道は選びにくいものである。                    
                           

 それが道迷いの原因となった。上り道は舗装されていて、トラックでも走れそうな広い道。段々に坂を登る。二股で右路を偵察すると、行き止まり。左手を下る。右手に池が現れた。水遊びを禁ずる看板を横目に再上昇。が、また分岐のように見えるところに出て、ここから下りである。下るのはまずいのではないか、とためらいつつ、ここも林間を偵察下降したが、林の中で行き止まり。                                   
  
                              
 道の選択を間違えたと判断、最初の分岐に戻ることにした。軽四輪が来た。土地のおじさん二人が乗ってるのだが、シブレ山そのもの知識がないため、あいまい。さっきの道をどんどん下るとよいなどというので、参考にならず引き返した。分岐で右手の下り坂を行くと、すぐに小川をはさむ小橋があり、その先の踏み跡が山中に入っていく。このような感じがいかにも登山路らしい。    
                                        
 小川の笹のなかに赤いカラスウリ。目ざとく森田さんが見つけ、足場が悪いのにとってくれた。カラスウリの朱入りの赤は独特の明るさ。赤くて黒いカラスにたとえるわけが、どこかにあるのだろうか。      
                               
                                   
 ここからは狭い羊歯にはさまれた道を一本調子で登り続ける。雑木のなかなので、視界は効かず、黙々と歩く。これが低山という思い込みがあるから、思いのほか遠く長く感じる。途中、かまぼこ板大のお手製の道標が樹幹にくくりつけられている。 
     
              
 樹間にグレイのNTTの無線中継塔が見えて、ほっとした。足元に番号を振った低いコンクリ柱が、どういう間隔か延々と続く。どうやら山頂まで続いているらしい。中継塔のすぐ脇まで接近して、少し登ると、やっと山頂に出た。三角点が猫の額ほどの空き地にあった。              
                                 

かくして、一日四山登頂の快挙を達成した。気持ちのいい汗をかいて、たぶん中継塔建設に開かれたと見られる幅広の地道をどんどん下降して、呑吐ダム畔まで降りた。衝原湖が正解名らしく、バス停も衝原だった。箱木千年家なる重文家屋で知られる集落である。久々によく歩いた。                       (藤田 健次郎)