ダイヤモンド・ヘッド・スペシャル  


ハワイ・ワイキキの浜辺から見た観光地定番の火山跡


01/09/11に起きた米国同時多発テロ以来、ご多分にもれずハワイにも海外からの観光客は激減しているという。その風評はほんまかいな、そういえばツアー渡航費が割安だな、というわけで02/01−02にかけて6日間、3度目のハワイ観光を楽しんだ。航空機とホテルだけ予約。あとは自由行動というツアーです。この記録は、ホノルル定番の観光地ワイキキ・ビーチの後背を彩るお馴染みの、ダイヤモンド・ヘッド登山記です。登山? ハイキングです。
ダイヤモンド・ヘッドという名前はニックネームで、本来の名は「レアヒ」といいます。先住民のハワイ人の言葉です。「マグロの額」という意味です。言い伝えによると、18世紀後期、イギリス人の船乗りが沖合いの船からこの山の壁面にある方解石がキラキラ光るのをダイヤモンドと見誤り探索したことから、そう呼ばれるようになったと言われています。この山の成り立ちについてはおいおい紹介していきます。
ハワイへの観光客は激減しているらしい。世界のリゾート地もテロのお陰で影が薄くなっているらしい。パスポート・コントロールも入念すぎて時間が掛かる。われわれの感覚なら、観光客を一生懸命に呼び込んでいるのなら、簡素にスピードアッフ゜すればいいのにと思うほど、のんびりチンタラやっている。こちらのパスポートにあるパキスタンのビザに興味を締めて示していた。過敏になっているのだ。
というわけで、これまでになく空港は厳戒態勢。自動小銃を担いだ迷彩服の兵隊がパトロールしている。珍しいので背後から二枚シャッターを切ったら、フラッシュが同調して光った。こちらを向いて「オー、ノー」と叫んでいた。失礼しました。観光客誘致と迷彩服の落差の大きさにハワイの悩みが凝縮している感じ。でも外にでると、フラダンススタイルの女性がレイをかけて記念写真を迫ってきたりして、リゾートモードに急転換
するから面白い。
観光地、ワイキキは南北800メートル、東西3000メートルの狭い地域にホテルが密集しています。登山者はたいがいザ・バスに乗ってダイヤモンド・ヘッド最寄りのバス停まで行くことになります。なにしろビーチやホテルの窓から見えている山ですからバスの乗車時間は長くても15分くらいです。ザ・バスは市営。このバスは不思議なことに停留所に名前なし、ダイヤなし、運賃は初乗りでも、7,8時間かかる島内一周しても一律1ドル半。お釣りなし、駅名予告、案内一切なしです。駅名さえありませんから初めての乗客は緊張します。外の気配に五感を研ぎ澄ませて最寄駅であることを認識します。ダイヤもなくて一体、運行する交通局の方でも都合が悪いのではないかと、いらぬ心配をしてしまいます。日本なら、その不合理に口をとんがらす人が多いことでしよう。右はダイヤモンド・ヘッド直近のバス停です。
 バス道から山に向かう道への分岐に州自然記念碑と書いた地味な標札が建てられています。ダイヤモンド・ヘッドは国立の自然史跡に指定されている歴史的記念物であり、現在は朝6時から夕6時まで登山客に開放されているハイキングコースであり、そして今もれっきとした米国陸軍とハワイ州兵の軍事基地です。レーダー施設があるとのことです。今回、内部の軍施設に初めて兵隊が歩哨に立ち、施設内への検問をしているのを見ました。過去二回にはみられになかった光景で、ここにも全軍が警戒態勢にあるテロ以来のアメリカの厳しい顔に触れることができました。
ダイヤモンド・ヘッドは、約250ーー300万年前に火山噴火による隆起でハワイ諸島が生れ、さらに約30万年前の短い噴火でできた盛り上がりと考えられています。つまり、ダイヤモンド・ヘッドは死火山で、火口底を持つ外輪山です。クーレターというわけです。
緩やかな坂道を行くと、前方に見えてきたのは、そのクーレター(受け皿型)の縁の部分を抜けるトンネルです。カハラ・トンネルです。上下2車線の舗装路が通じています。トンネルは長さ50メートルくらい。今回は天井に明かりがついていました。一昨年は無灯トンネルでした。
トンネルの先はいよいよクレーター内部に入ります。ちょうどスタンドにぐるりを取り囲まれた野球場のダイヤモンドに入っていくような按配。もっとも野球場の何倍も広い。正確には1・4平方`メートルあります。私のように登山者の多くはバス停から歩きますが、希望すればワイキキからタクシーや観光パスでも開放時間内なら自由に中央部にある駐車場まで行くことが可能です。登って見る気はないけれど、中を見てみたいという観光客をいっぱい乗せたトロリーバスなんかがハイカーを追い抜いて行きます。
ダイヤモンド・ヘット゜を内側から見た眺めです。
低木の林があり、稜線に向かうにつれて茶褐色の山肌がはっきりと現れてきます。海側に面した外輪山の稜線の一番高いところが山頂です。ワイキキから眺めた定番のダイヤモンド・ヘッドの光景は、ここを指して見ているわけです。ここに米軍の監視施設がありました。沿岸防衛の最前線でした。米軍といっても第1次大戦以前のものです。第1次、第2次大戦を通して、ここから砲撃などの戦闘行為が行われたことはなかったと言われています。言ってみれば、肉眼による見張り所ですから、デモストレーションの意味はあっても実戦的ではなかったらしい。現在はワイキキビーチや太平洋の大海原を眺める素晴らしい展望台となっています。山頂部の左右にある盛り上がりの部分は、やはり米軍の監視施設の哨戒施設があります。
クレーターの中央部には駐車場があります。バス停から20分くらい。数十台が可能です。観光トロリーバスとかなんかは、この駐車場をぐるりと回って引き返して行きます。駐車しているクルマを眺めていますと、日本車が少なくありません。なかにはとてつもない胴長のリムジンもあります。シートが四、五列もある特大のセダンです。楽しいのは、ナンバープレート。ハワイ州のプレートには「ALOHA STATE」とあり、七色の虹が描いてあります。「観光立州」らしい遊び心というわけでしょう。駐車場は無料です。
登山口に受付小屋ができていました。これは一昨年三月にはなかった建物です。ここで大人1ドルの入園料を取られました。白人のおばさんがいて、日本語で話しかけたら、尋ねたことと無関係にいきなり「上まで30分」とだけ言って、他の仕事をしていました。多分、日本人の質問はいつもこれなので丸覚えしているのでしょう。入園料を取ることになってからなのでしょうが、簡単なパンフレットが置いてありましたし、トイレ付近にペンチが設置されていました。有料化した以上、見返りに環境整備をしたことが後でよくわかりました。たとえば、崖っぷちにはきちんと手すりが張り巡らされていましたから。
左の建物は、登山口近くにあるトイレです。無料です。日本のロールペーパーの三倍くらい大きな円周のペーパーがちゃんと備えられています。水洗です。流すと辺りいっぱいに水音が響く豪快なものでした。男女別の入り口の間に水飲み蛇口がありました。オアフ島は二つの大きな山系があるせいか水環境に恵まれており、珍しく生水がそのまま飲むことが出来る異国の地です。ここでペットボトルを満たしておけば、まず不自由しないことでしょう。なお、トイレも水飲み場もここが唯一の場所です。
トイレの近くのベンチと案内板掲示と電話ボックス。こういう設備も一昨年はありませんでした。思った以上に登山をする人が増えているのかも知れません。街でばら撒いているツアー企画を見ていたら、ダイヤモンドヘッド登山とシーライフ・パーク(水族館)見物を組み合わせた半日ツアーが29ドルで売り出されていました。およそ8年前に来たときにはなかった企画のようです。案内板には、この山の歴史や利用のされ方などを簡潔にまとめてありました。施主はハワイ州土地・資源局州公園部とありました。ここでのデータの記述は、この案内板に拠っています。
左の図は、ダイヤモンド・ヘッド・ハイキングコースを俯瞰した略図です。上が山頂部、下が登山口登山口付近です。そこでこのコースの概観をまとめておきましょう。山頂へのトレイルは、1908年に米国陸軍沿岸防衛設備の一部として建設されたものと言います。曲折の多い山道はラバと人手によって山頂の攻撃統制所建設のための資材を運びあげるためが目的でした。1940年代にカハラ・トンネルが貫通して火口への公共の入り口となったといいます。この年代は太平洋戦争のさなかと重なります。
登山口から山頂までの距離は、片道1・1キロメートル。火口底面から山頂までの高さは170メートル。登山口のある駐車場付近は海抜61メートルとありますから、二つを足せば、山頂の海抜は231メートルとなる低山です。
最初、平坦な山道、そして九十九折の坂道になり、ジクザクに上っていきます。それから山腹を斜めに貫通した狭いトンネルを上がり、やがて螺旋階段を経て、山頂部の尾根に出ます。ここて゛やっと太平洋の青い海原を眺めることができます。この間、健脚でしたら、30分でたどり着けます。


     ダイヤモンド・ヘッドUに続く