アジア・トレッキング

雪嶽山(ソラクサン) =韓国(1708m)(1999/11)

←−−北側の鞍部からみた山頂


韓国の第三位の山、雪獄山(ソラク山)に登った。朝鮮半島を分断する軍事境界線は三十八度線沿いだが、東部では、韓国側がこの線を越して存在するので、ソラク山も三十八度線を越えている。この国きっての広大な国立公園内にある。登山コースはいくつかあるが、南北、どちらかから山越えするのが、一般的コース。北側が国立公園の表玄関で諸施設、国民休暇村などがあり、南側からは、勝手口という感じ。


その南側の五色温泉から入山したのは、暁闇の午前六時。朝弁と昼弁の二食携帯。韓国人ガイドが道案内してくれる。総勢七人なり。いらい、約十九キロメートルを約十一時間十五分かけて歩いた。登山口には小屋があり、係員がいて、百円相当の入山料を支払う。すぐに水音がして沢伝いに緩やかな傾斜を登っていくコースと知る。ガレとも石段が崩壊したともつかぬところを長く歩く。ほとんど直登状態でのぼる。七時すぎ、尾根筋に到達。隠れていた険しい岩山の峰が遠望された。おりからの日の出に遭遇した。クヌギの林越しに日本より、約一時間遅い、火の玉のような日の出に感激。


途中、道標があるが、すべてハングル文字オンリーなので、意味不明。標高を示す洋数字のみ判読する。尾根筋からいったん急下降し、再び大岩小岩で埋まる沢と合流する。ここで朝飯。九時頃、丸太階段が随所に登場、土壌の流出が激しいよう。大きな、しかし、水量の少ない滝が現れる。露出岩をよじ登る箇所も二つ、三つ。このあたりから積雪がみられ、やがて、山頂にかけて一面の雪と化して行く。リス、小鳥多数。人を恐れぬ振る舞いが可愛い。


傾斜が急になり、松林の中をジクザクに登ること三十分、頭上が明るくなり、右手の方角の視界が広がる。前方に「大青峰待避所」、つまり、頂上直下の避難小屋の建物が見え出す。百人収容できる避難小屋は、迷彩色に塗り固められていて、さすが南北最前線寄りの無人小屋。寒気厳しく、かすむ空。女学生二人、男女一組の登山者がいた。大休止のあと、一気に雪を踏み散らして山頂へ。


出発から四時間、積雪強風の頂上に立つ。=写真左側。筆者は前列右の赤シャツ=山頂は丸く狭い傾斜地。北からふきつのる風で、衣類がはためき、体がグラリ揺れるほどだ。新雪はとばされてしまい、ツルツルの固い雪が覆う。ハングル文字の標石のみ。朝鮮半島の背骨、太白山脈の一つだが、ほとんど独立峰に近い山容なので、視界は全方位。眼下は、まばらな松の木が生える奇岩奇峰が重畳と続く。さながら山水画の山岳世界=写真下=。だが、遠霞の空では、展望が効かない。太白山脈の端にある北朝鮮側の金剛山が見られるかもしれないという期待は、望めなかった。


下山路は長かった。全行程の三分の二は下山路だ。逆に北側から登ると、実に長丁場の登りになるわけだ。北側の積雪は、深い。ところよっては、山靴が全部沈む。鞍部におりて、国立公園管理事務所で通過届けを出す。中青峰上に二つの大ドームあり。軍事施設であるようだが、何か不明。急な傾斜で雪に足を取られ、転倒に継ぐ転倒。雑木の枝を頼りにしずしずと降りたり、勢い止まらず斜面を駆け下りたり。難渋の下山行。だいぶ下ってから、カメラがないことに気づいたが、後の祭り。転倒の際、腰のベルトケースから飛び出したようだ。


小青峰で積雪消える。あたりの風景は、鋸歯状態の岩峰が屏風のようにそそり立つ奇勝。長い鉄の朱塗りの階段を下り、正午すぎに喜雲閣待避所に到着して昼飯。キムチと味の薄いビールで一息つく。韓国産ビールは、ハイト、カス、ラガーの三種を滞在中に飲んだが、度数は日本製と変わらぬが、色、味とも妙にコクがない。よく言えば、淡泊端麗。当方の好みから言えば、ミネラルウォーターのごとし。


それはさておき、喜雲閣からでも北側の登山口、飛仙台まで八・五キロメートル。さらに公園事務所まで二キロの行程。やがて、怪奇な垂壁がせばまり、天が狭く見え出すと、登山道は行き場を失い、崖っぷちに朱塗りの鉄の階段を架設して続く。この合わせれば、数百段に上る鉄橋が、対岸に道を求めて渓谷を何度か横切ったり、崖を一気に下降したり。


千仏洞渓谷は、なかなか素晴らしい景勝地。松の緑、紅葉と黄葉。いくつもの滝と翡翠のような色あいの流れ。五連瀑布、盗賊瀑布=写真左側=、神仙岩、鬼面岩。多くの見所が次々と現れて、飽きない。飽きないが、いかにも長い。谷沿いを延々と歩いて、ようやく大きなアーチ型の鉄橋を見たときは、さすがにホッとした。登山口の終点、飛仙台では、金網の柵が張りめぐらされており、頑丈なカンヌキ錠がつけてあった。ここから先は、家族連れやアベックの賑わうレジャー公園の散歩道となった。