やっと帰宅して帰ってきたのは、出掛けたときから2時間後くらいだった。
その時間の殆どは、教え子と『ある人物』について話していた。
もっとも、彼は『ある人物』のことなど憶えていなかったのだが……。

―――何処か、懐かしい響きの名前…。それなのに、俺は憶えていない……。
確か、『繪委』とかいう名前で…、一夏ちゃんが言うには俺は、その人と6年も過ごしたらしいけど……。―――



どうしても、思い出せない……―――



+ + + + +



(きっと、思い出さなきゃいけない相手なんだ…。)

一夏と別れてからも、帰り道を歩きながら誓唯は、繪委について思い出そうと必死だった。
思い出すことだけに集中し過ぎて、歩くことを忘れ、夜道でボーっと突っ立っていた様は、さぞ怪しかった事だろう。
考えるだけで思い出せないのなら、何か身の回りにきっかけが見つからないだろうか。
そう思って、足を急ぎ気味に歩かせ帰宅した。


家に着いてすぐ自分の部屋に急ぎ、そこを念入りに見回す。
そして、不思議な点を見つけた。

自分の部屋から繋がる、出入り口ではないどこかへ通じるドア。

「…………。」

(何で…気付かなかったんだろう……)

見つけたドアに近づくと、早速ドアノブに手を掛けた。
だが、すぐに開けようとはしなかった。

「…この先に、部屋なんかあったか?」

一人暮らしの誓唯に自室は2つも要らない筈なのに、そこにはドアがあって、奥に部屋がありそうで、何だか不気味な気がした。
もしかしたら、廊下があるのかも知れない。そう考えることも出来ただろう。
不思議なことに、今の誓唯には、そのような考えは思いつかなかった。

「俺は…この部屋を何に使っていたんだ…?」

ここは以前、自分が使っていたのだと思った誓唯は、再び自分の中にある記憶を辿っていった。
一夏の言っていた『6年間の記憶』が正しいなら、失くした記憶側にそのドアやその向こうのことが刻まれている。
いくら自分の記憶を辿っても、彼は目の前にあるドアについて思い出せなかったから。

(…取り合えず、ここを開けてみてから…だよな。)

自分の家のドアの向こうがどうなっているかなんて、開けてみればすぐ思い出すだろうと、ドアノブを握ったままだった手をひねった。
微かに、己の恐怖心を誤魔化すための感情で…ノブをひねったのは秘密だ。

ドアは誓唯が押すと開いて、星空が目の前に現れた。

「………っっ?!」

……が、よく見ると、恒星が描かれている部分だけに蛍光塗料を使った、星座のポスターだった。
ライトのスイッチがあったので押してみたら、最近まで、誰かが使っていた様子の残った部屋だと判った。

「…何だよ、脅かすなよぉ……」

妙にほっとして、気が抜けた。
ドアの向こうが星空だったら、自分の踏み出した場所は家の外で、引力によって地面に叩きつけられていたかも知れない。
そしたら、打ち所が悪くて骨折していたかも…なんてことを考えていたのだった。
だが、ほっとしたのも束の間で、誓唯の頭にすぐ、一つの疑問が浮かんだ。

(この部屋…誰が使っていたんだ……?)

実は繪委の部屋だった場所なのだが、誓唯はこの記憶の色濃い場所に辿り着いても、まだ失ったそれを思い出せずにいた。

(この服も、このベッドの色も、何の星かよく分からないこのポスターだって…俺の趣味とは正反対……)

自分の部屋の中と比較しながら、繪委の部屋を見て回った。
自分の趣味とは正反対のものがかき集められた場所なのに、居心地は悪くなかったことが不思議だった。
むしろ、懐かしいとさえ思った。
この部屋の雰囲気と匂いは、どこかで感じ取ったことがあるようで…。

「…ここ、前にも来たことある……?」

記憶を無くす―舞夏と繪委が消えた日―以前、繪委が誓唯の部屋を訪ねる回数よりは少なかったが、
誓唯も、今彼がいる部屋には何度か足を運んでいた。
数日前までの、紛れもない事実。
あやふやで…不確かな感覚が、失くした記憶を呼び覚まそうとしている。

「………アルバム…?」

繪委の部屋の本棚の片隅に、そう呼ばれるものがひっそりと収まっていた。
目を皿にしてまで失くした記憶の手がかりを探して、再び見つけた不思議なもの。
誓唯はそのアルバムに手を伸ばし、本棚から抜き取ると、その表紙を開いた。





▼To Be Continued......