骨なし魚(学会発表編)

 

 

●骨なし魚の養殖技術と食味評価 (2020年 日本水産学会・講演要旨)

杉浦省三(滋賀県大環境)

 

【背景・目的】水産食品の嗜好性は、骨のない寿司、刺身等で高い一方、骨のある焼魚、煮魚、干物等で低いなど、顕著な2極化が(とくに児童〜若者間で)進んでいる。一方で、骨をなくす加工方法(甘露煮、サバ缶、馴れ鮓など)では、栄養価や食味の低下、煩雑な加工処理などの欠点がある。本研究は、骨の柔らかい魚を養殖することで、魚の消費拡大ならびに国民の栄養改善への貢献を目的として行った。

【材料・方法】コイとホンモロコの稚魚を、佃煮サイズの大きさになるまで約1か月間養殖した。期間中、基礎飼料にリン(P)を添加したもの(P区)、もしくは基礎飼料にカルシウム(Ca)を添加したもの(Ca区)を給餌した。両区の魚は、化学分析(下記)と食味試験(塩焼にした魚全体を口に含んで食味する)によって、差異を判別・評価した。食味試験のパネルは19名(年齢19-22才、男女比約11)であった。

【結果・考察】Ca区のコイ:平均体重8.7gは(P区のコイ:平均体重8.0gに比べて)鱗と脊椎骨の灰分、CaPの各含量が顕著に低く(p0.01)、体脂肪含量および肥満度は高い値を示した(p0.01)。一方、このような差異は、ホンモロコ(平均体重P5.5gCa5.2g)では認められなかった。食味試験も、この結果を反映する形となった。すなわち、Ca区のコイは(P区のコイに比べて)骨が柔らかく(p0.01)、味(p0.01)や総合評価(p0.01)も高い結果となった。一方、ホンモロコでは両区間に有意差はなかった。また、女子は(男子よりも)骨に敏感な傾向が見られた。今後は、ホンモロコ用に、より強力な骨軟化飼料を設計し、他魚種(ドジョウ、アユなど)も含めて実験を行う予定である。

 

 

骨なし魚の養殖技術:ホンモロコ編 (2023年 日本水産学会・講演要旨)

杉浦省三(滋賀県大環境)

 

【背景・目的】魚離れが深刻化する近年、水産業界には消費者嗜好に適合した商品開発がこれまで以上に求められている。幸いにも、魚離れが最も深刻な若年層において、魚料理が敬遠される第一の要因が、多くの統計調査によって判明している。それは「骨があるから」というものである。このプロジェクトは、骨が柔らかく食べやすい骨なし魚”を養殖することで、魚離れに歯止めをかけようという独創的で現実的な取り組みである。

ホンモロコ(以下モロコ)は美味で養殖が容易なため、日本各地で養殖されている。体長は最大13pで、素焼き、天ぷら、南蛮漬け、佃煮などにして、丸ごと食すのが一般的である。このため、骨の柔らかいモロコは、骨を嫌う年少者や、歯の悪い高齢者にとって、より好ましい食材と考えられる。

【材料・方法】14種類の試験飼料を調製し、給餌試験(実験1〜6)を実施した。いずれもモロコ当歳魚に試験飼料を毎日2〜3回、飽食するまで給餌し、約1か月間養殖した。その後、魚体全体の灰分量もしくは脊柱灰分量(骨密度)を測定し、市販飼料または普通飼料で飼育した対照区の魚と比較した。また、骨格変形の有無・程度を、目視および光学顕微鏡を用いて確認した。

【結果・考察】主原料が魚粉の飼料(実験1)と大豆粕の飼料(実験2、3)を給餌したところ、いずれの場合も骨密度は有意に低下しなかった。次に、高タンパク飼料を給餌した場合も骨密度の低下は見られなかった。しかし、高脂質飼料を給餌した区では有意に低下した(実験4、5:魚体灰分量1.93vs対照区2.44%)。一方、飼料に水酸化カルシウムを添加した場合も、骨密度は有意に低下した(実験6:脊柱灰分量39.3vs対照区50.2%)。また、骨密度の低い個体ほど、肋骨、神経棘、血管棘などに変形が多く見られた。

骨を軟化するには骨密度を低下させる必要がある。骨の硬成分はヒドロキシアパタイトCa10(PO4)6(OH)2であるから、飼料中のカルシウム(Ca)またはリンを欠乏させることで骨密度の低下が起こる。しかし、Caは環境水中に多く溶存しており、魚類はこれを鰓から吸収するため、Ca欠乏になることはない。一方、リンは水中にほとんど溶存しておらず、飼料が事実上唯一の給源となる。したがって、リン含量の少ない飼料を給餌する、あるいはリンの腸管吸収を阻害する物質を飼料に添加することで、魚をリン欠乏にする(骨密度を低下させる)ことができる。上記の高脂質飼料は前者、水酸化Ca添加飼料は後者の作用機序によるものであろう。

 

 

骨なし魚の養殖技術:リン吸着剤の効果 (2023年 日本水産学会・講演要旨)

杉浦省三(滋賀県大環境)

 

【背景・目的】骨の柔らかい骨なし魚”を養殖するには、骨密度を低下させる必要がある。骨密度の低下は、飼料に含まれるリンの量を制限することで進行する。飼料中のリンは大別して、魚が吸収利用できる形態のリン(有効リンと呼ばれる)と、魚が吸収できない形態のリンに分けられる。有効リンは飼料中および魚の消化管内で「様々な物質」と結合し、魚が吸収できない形態のリンに変化することがある。このような物質のうち、有効リンの除去を目的に添加されるものをリン吸着剤と呼ぶ。本研究ではリン吸着剤を添加した飼料をニジマスおよびホンモロコに給餌し、骨密度を低下させる効果を検証した。

【材料・方法】実験1では、植物性原料から成る低リン飼料に、リン吸着剤としてミョウバンAlK(SO4)2·12H2Oを外割で8%添加した。これをニジマス(平均体重27.3g)に38日間給餌した。実験2では、4種類の試験飼料を調製した。いずれもミョウバンを外割で10%添加した。これをニジマス(平均体重23.2g)に3444日間給餌した。実験3では、6種類のリン吸着剤(Fe2O3FeCl3·6H2OFe2(SO4)3·nH2OFeC6H5O7·nH2OCa(OH)2(CH3COO)2Ca·H2O)を判定した。基礎飼料にいずれかのリン吸着剤を5%添加し、ホンモロコに45日間、ニジマスに39日間給餌した。実験4では、還元性物質(ビタミン数種、油脂など)を排除した5種類の試験飼料を調製し、ホンモロコに40日間給餌した。飼育期間中、ビタミンなどの欠乏症が起きないよう、ローディング飼料(loading diet)を週一回給餌した。実験1〜4ともに、給餌試験終了後、各区からランダムに抽出した78尾の脊柱灰分量(骨密度)を測定し、同時に骨格変形の有無・程度を調べた。

【結果・考察】リン吸着剤としてミョウバンを飼料に添加することで、ニジマスの骨密度は有意に低下した(脊柱灰分量39.3vs対照区46.4%)。ミョウバンの添加は、魚粉を主原料とする市販飼料においても有効であった(38.3%)。しかし、いずれの場合もアルミニウムの毒性によると思われる狂奔や斃死が試験終盤に見られた(実験1、2)。一方、第二鉄は通常の飼料に添加した場合、養殖魚の骨密度を低下させる効果は見られなかった(実験3)。しかし、還元性物質を除去した飼料に添加した場合、明確な効果が認められた(39.6vs対照区51.6%)。また、骨密度の低い個体ほど、肋骨、神経棘および血管棘の変形が増加する傾向にあった(実験4)。各種リン吸着剤の適正添加量に関しては、今後の研究課題としたい。

 

 

●骨なし魚の養殖技術:飼料原料の洗浄効果 (2023年 日本水産増殖学会・講演要旨)

杉浦省三(滋賀県大環境)

 

【目的】骨なし魚(骨の柔らかい魚)は、低リン飼料を水揚げ前1か月程度給餌することで作成できる。しかし、殆どの飼料原料はリンを多く含むため、低リン飼料を作るのは容易でない。先に著者はリン吸着剤を飼料添加することで、リンの腸管吸収を阻害する手法を報告した。しかし、リン吸着剤は摂餌忌避効果があり、摂餌低下・成長低下をもたらす欠点がある。本報では代替技術として、飼料原料を洗浄することで、飼料リンを低減する実験を行った。

【材料と方法】大豆粕、血粉、フェザーミール及び生鶏肉を用いた。最適洗浄条件を把握するため、パイロット試験(フィターゼ処理、洗浄・加熱条件等の検討)を繰り返し行い、その後、洗浄原料を配合した飼料を用いて飼育実験を行った。洗浄効果の判定は、洗浄原料の化学分析(全リン:P、粗タンパク:CP)及び実験魚の分析(脊柱灰分量、骨格変形、n=8尾)によった。

【結果と考察】大豆粕は120℃で10分間高圧蒸気滅菌後、粗砕しフィターゼで処理した(45℃、24時間)。これを0.02N塩酸で2回、水道水で1回洗浄した(洗浄前後のP% 0.670.18CP% 52.169.5、いずれも乾重比)。血粉は混練後に糸蒟蒻の製法でボイルし、水道水で3回洗浄した(P% 0.310.12)。フェザーミールは0.03N塩酸で2回、水道水で1回洗浄した(P% 0.200.17)。生鶏肉は脂身を除去した胸肉を電子レンジでタンパク質が変性するまで加熱し、粗挽き後、水道水で3回洗浄した(P% 0.620.24)。

 洗浄鶏肉を乾重比で約60%配合した飼料で、ホンモロコを18日間飼育した。脊柱灰分量は32.0%(市販飼料対照区51.6%)で、殆どの魚で肋骨の波状変形が見られた。洗浄大豆粕、洗浄血粉、洗浄フェザーミールを主原料とする配合飼料(洗浄飼料)をホンモロコ及びニジマスに約1か月給餌した。脊柱灰分量はホンモロコ43.4%、ニジマス34.5%(市販飼料対照区49.5%)であった。また、同洗浄飼料にリン吸着剤として塩化第二鉄を添加した場合、脊柱灰分量はホンモロコ45.9%、ニジマス28.1%であった。両種とも脊柱灰分量の低い個体で肋骨、神経棘及び血管棘の波状変形が認められた。以上の結果から、洗浄飼料は骨なし魚の養殖用飼料として有用と考えられた。

 

 

骨なし魚の養殖技術:大型魚の肥育効果 (2024年 日本水産学会・講演要旨)

杉浦省三(滋賀県大環境)

 

【背景・目的】骨の柔らかい“骨なし魚”は、魚を丸ごと食す小型魚で有用な技術である。骨の軟化に低リン飼料を用いる。一方、大型魚は下処理で骨を除去するため、骨を軟化するメリットはない。しかし、低リン飼料は、@骨軟化効果のほかに、A養殖の環境負荷(赤潮リスク)を低減する効果、およびB養殖魚を肥育する効果がある。リン不足はミトコンドリア内膜における酸化的リン酸化反応を阻害し、その基質となるエネルギー源とくに脂質の蓄積を亢進する。その結果、脂のよく乗った肉質となる。この効果を可視化する目的で実験を行なった。

【材料・方法】ニジマス(平均体重136g)を円型1トン水槽に19尾収容し、井水(16-19℃)を連続注水して100日間養殖した。期間中は11回、低リン飼料を食べるだけ給餌した。試験飼料は洗浄原料を主原料とし、塩化第二鉄、炭酸カルシウムなどを含むドライペレットとした。主な飼料成分は、粗タンパク48%、粗脂肪18%、全リン0.15%であった。給餌試験後、全魚体において、体重、脊柱灰分量および骨格変形の有無を調べた。また、ランダム抽出した7尾において、背筋の脂質含量を測定した。一方、比較対照として養殖業者から購入したニジマス5尾(平均体重608g)を同様に分析した。

【結果・考察】実験終了時の平均体重は467gであった。脊柱灰分量は平均35.5%(最小値29.4%)で、全魚体に軽度〜中度の肋骨変形(先端部のみ)が見られた。灰分量の低い個体ほど変形が大きい傾向にあった。一方、購入魚の脊柱灰分量は平均47.7%(最小値46.4%)で、軽度の肋骨変形が、先端ではなく基幹部に認められた(全魚体)。実験魚、購入魚共に外観に変形は見られなかった。背筋の脂質含量(平均)は実験魚10.0%、購入魚5.9%であった(p=0.0002)。以上の結果から、低リン飼料は大型魚の肥育に有効である可能性が示唆された。

 

 

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