骨なし魚の概要

 

 近年、日本人の「魚離れ」が深刻化しています。特に若い世代で顕著です。魚はDHAEPA、タウリンなど特殊な栄養素を多く含むため、魚離れは健康上の不利益となります。具体的には、子どもの脳の発育遅延、認知症高齢者の増加、心筋梗塞、脳卒中、がんなどの成人病(生活習慣病)の増加が危惧されています。すなわち、魚離れは個人のQOLだけでなく、社会全体の萎縮にも繋がる現象といえます。

 幸いにも、魚離れの最大の原因が多くの調査研究によって判明しています。それは「骨が嫌い」というものです。そういえば、骨のない寿司や刺身は、子どもの好きな料理のトップに挙がっています。骨を除去したフィレや、骨を柔らかくしたサバ缶なども人気食品です。これらは全て、加工処理によって骨を除去または柔らかくする方法で、煩雑、高価、食味の変化、栄養価の低下など、何らかの欠点があります。

「骨なし魚」は加工に拠らない方法として、骨の柔らかい魚を養殖しようという、世界的にも前例のないアプローチです。骨なし魚を養殖することで、短時間の簡単な調理で、魚を丸ごと食べることができるようになります。

 じつは、魚の栄養価は普段廃棄している部位(頭、内臓、骨など)が最も高いのです。丸ごと食べる「骨なし魚」は柔らかいだけでなく、栄養的にも格段に優れた食品です。骨の嫌いな子供や、歯の悪い高齢者にも食べやすい「骨なし魚」は、必要な栄養素を必要な人々へ自然に供給することのできる技術です。

 骨なし魚の消費拡大を図ることで、日本国民を栄養的に「底上げ」することができると、かなり大それたことを考えています。未来を担う子どもたちは、今よりも知能が向上し、日本を良くしてくれるかもしれません。高齢化が進む日本で、認知症の高齢者は減少するでしょう。さらに種々の成人病が減少することで、働き盛りの世代は日本社会を強く支えてくれるでしょう。確かにこれらは全て間接的な効果ですが、魚離れに歯止めを掛けようとする「骨なし魚」の真のねらいに他ならないのです。骨なし魚の研究は、研究論文を書くための研究ではなく、人と社会をより豊かにするための研究です。

 骨を柔らかくするためには「低リン飼料」を養殖魚に与えます。骨の主成分はリン酸カルシウムですから、リンの摂取量が少ないと骨の形成が阻害され、骨密度が低下します。骨密度が低下すると骨が柔らかくなります。なお、魚は水中のカルシウムを鰓(えら)から吸収するので、低カルシウム飼料は無効です。

 以上、原理は単純ですが実用化は難しいのです。なぜなら、リンは殆どの飼料原料に多量に含まれているため、低リン飼料の製造が難しいからです。様々な技術を研究・検討し、何とか低リン飼料を製造できるようになりましたが、未だ開発途上の段階です。現在の技術レベルでは、飼料のリン含量0.3%程度が限界です。これをさらに削減すれば、骨なし魚の効率的な生産が可能となるでしょう。

 一方、低リン飼料は環境負荷を抑え、水域の富栄養化や赤潮を未然に防ぐ働きがあります。すなわち、環境にやさしい持続可能な技術(SDGs適合技術)です。この副次的効果を、骨なし魚養殖の推進力にしたい考えです。

 また、リンが不足すると、ミトコンドリア内膜における酸化的リン酸化反応が阻害され、魚は代謝的に肥満体質になります。このため、脂のよく乗った高品質なサーモン、マグロ、ブリなどを生産することができます。このように、低リン飼料は大型魚の肥育飼料としても有用なのです。

 さらに、骨なし魚には(他のハイテク技術と異なり)実用化を妨げるようなハードルが無いのも特長です。すなわち、遺伝子やゲノム改変、添加物や薬物の使用が一切ないのです。ですから、法的な基準だけでなく、消費者受容性においても安全安心な食品といえます。

 

 

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