湖魚の

 

フィールドワークを研究につなげる

 

 

15.フナの増殖

2010年,2011年度フィールドワーク3報告集から抜粋)

 

@ 背景と目的

琵琶湖の年間漁獲量は,外来魚が増加する以前(1970年代前半)の6,500トンから漸減し,近年(20052009年)は1,5002,000トンで推移している。中でもフナ類とモロコ類の減少が著しい(各1/61/25の漁獲量)。ニゴロブナとゲンゴロウブナは琵琶湖固有種で,滋賀県の伝統食フナズシの材料として古くから利用されてきた重要な水産資源である。滋賀県はこれらを含む在来種の種苗生産・放流事業に努めている。

しかし,従来のコンクリート池を用いた人工的な種苗生産方式は多大の労力と費用を要し,十分量の種苗を生産できないという難点があった。そこで近年は,水田の持つ高い生物生産性を利用して,フナ類などの仔魚を水田に放養し,中干し時まで養成した後,琵琶湖へ流下させるような取り組みが行われている。水田は,仔稚魚の餌となるプランクトンが豊富で水温も高いため,稚仔魚の成長は良好である。また,外来魚もいないため,フナの産卵・初期成育の場として好適とされている。さらに滋賀県には,稚魚を育成できる水田面積が膨大にあり,今後のフナ増殖の躍進に期待がかかる。

 

   

 

しかし近年の漁獲統計を見る限り,在来魚の資源量に未だ回復の兆候は見られない。資源量が回復しない原因の一つに,水田から流下した(放流した)フナ稚魚が,流下地点周辺に多く生息する外来魚(オオクチバス,ブルーギル)の「集中的な食害」を受けている可能性が考えられる。すなわち,琵琶湖のフナ類の増殖事業が,かえって外来魚を増殖する事業となっている可能性も否定できない。従って,水田で育成したフナ稚魚の流下後の分散動態および外来魚による食害の程度を調べることは,種苗放流(流下)の効果を検証する上で必要であり,これをしないで種苗のみ放流し続けることは,外来魚の増殖にもつながる無責任な事業と考えられる。種苗の生産・放流および,それによって増えた外来魚の駆除の双方で,税金が消費(浪費)されてしまうからである。

そこで我々は琵琶湖沿岸の水田で育成したニゴロブナとゲンゴロウブナの稚魚を,水田から琵琶湖へと通じる小河川へ流下させ,流下地点周辺での採捕尾数の経日変化を調査した。また,同所的に生息している外来魚を採捕し,それらのフナ類に対する食害の程度を調べることで,外来魚のフナ稚魚に対する影響を推測した(食害調査に関しては次項参照)。

 

A 調査方法

521日にフナの孵化仔魚(毛仔,孵化後2日齢)を水田に放養した。収容に先立って,発眼卵または孵化仔魚の段階で耳石にALC染色(アリザリンコンプレクソン)による標識を施した。放養密度は10100/2とした。収容から1ヵ月間水田で育成したあと,62022日に水田の中干し時に水田わきの排水路へ流下させた。なお,水田での給餌,施肥等は一切行わなかった。流下魚の一部を実験室に持ち帰り,体長,体重,体高,肥満度などを計測・計算した。

フナ稚魚を,流下前(予備調査)から910日まで,流下地点周辺で定期的に再捕することで,流下魚の分散動態を調べた。再捕調査は,四手網を用いて単位時間あたりに再捕された流下稚魚尾数(CPUE)から,調査日ごと,調査地点ごとに残留率を算出した。流下稚魚の種判別(ニゴロブナ,ゲンゴロウブナ)はALC標識径とPCR-RFLP法(DNAの塩基配列に基づく方法)で,天然魚と水田流下魚の識別はALC標識の有無で行った。

 

P1050962  P1060043

写真:フナの産卵池に人工産卵藻を入れ,親魚を収容する(左),孵化仔魚の計数(右)

P1060055 P1060319 

写真:水田へ孵化仔魚を収容(左),1ヵ月後の中干し時に水尻から流下させる(右)

P1020879sm 

写真: 水尻から稚魚を流下させているところ(左);流下時のフナ稚魚(右)

P1060127 P1060134 

写真:四手網による採捕調査(左),河口付近での調査風景(右)

 

B 結果と考察

各水田のフナ稚魚の成長(体長と体重)は,放養密度に依存して抑制された。しかし,放養密度による肥満度の差は見られなかった。流下率に関しては放養密度や体サイズとの間に一貫した傾向が見られなかった。

水田から流下したフナ稚魚は流下地点周辺に留まらずに,流下後速やかに下流(琵琶湖)方向へ分散し,流下後約3週間でほとんど採捕されなくなった。また,ゲンゴロウブナの方がニゴロブナよりも流下後の分散が速い傾向にあった。

ニゴロブナとゲンゴロウブナの主な生息域は琵琶湖(本湖)である。このような魚種は,ほかの沿岸域やヨシ帯に生息する在来種に比べて,オオクチバスと出会う機会が少なく,増殖効率の高い魚種と考えられる。しかしながら,琵琶湖に移ってからは,オオクチバス以外の捕食者(ハス,ビワマス,鵜など)の食害を受けることが考えられることから,今後はより長期的な生残率の追跡調査を実施する必要がある。(オオクチバスとブルーギルによるフナ稚魚の食害に関しては,次項にまとめた)

 

P6080053 P1060086 P1020884sm

 

 


16.外来魚の食性調査

オオクチバスとブルーギルの消化管内容物の種判別

2010年,2011年度フィールドワーク3報告集から抜粋)

 

@ 背景と目的

琵琶湖とその集水域には外来魚(とくにオオクチバスとブルーギル)が多く生息しており,これら2種による在来種への食害および在来種との競合が問題となっている。在来種の多くは産卵と初期成育を内湖やヨシ帯などの湖岸域で行うため,この時期同所的に生息するこれら外来魚の稚仔魚への集中的な食害が懸念される。

食性調査は通常,胃内容物を検索する方法が一般的である。しかし,外来魚に捕食された被食者を同定する際に問題となるのが,消化の進んだ個体の外部形態による種同定である。また,種の特徴が未だ明確に表れていない稚仔魚では,捕食直後の損傷の少ない状態でも同定が難しく,誤同定のリスクが高い。このような問題を回避するため,DNAの塩基配列をもとに被食者を分類・同定する方法が有効である。在来魚の繁殖・放流時期に同所的に存在する外来魚の食性を,胃内容物の同定および糞のDNA分析により把握し,在来魚の資源管理と増殖に有用な知見を得ることを目指す。

 

P1020902sm P1020921sm P1060090P7130148 P1060516

 

方法

A 胃内容物の目視同定

胃の内容物を目視同定する場合は,消化が進まないように,採捕後直ちに腹腔内に99%エタノールを注射し,アイスボックス内に保管する(その後3時間以内に-20℃の冷凍庫に移して解剖するまで保存する)。ホルマリンはDNAの分解を促進するので,消化管内容物(糞など)をDNA分析に供する場合は,使用しないほうがよい。また,外来魚の採集と並行して四手網や投網による在来魚の採集を行い,調査水域の魚類相(生物相)を調べることで,外来魚の摂餌選択性を計算できる。

胃内容物の種判別は,肉眼と実体顕微鏡によって行う。外形の残っている胃内容物については,体長や脊椎の長さを測定・記録する。損傷が激しく外形による種判別が困難な場合は,分かる範囲で特徴を書き留める。また,必要に応じて写真に残す。また,稚仔魚の場合,耳石の形状から種の判別が可能な場合もある。消化が進み(標本の損傷が甚だしく)目視で種が分からない場合は「種不明」と記録し,曖昧な同定は避ける。

 

写真:中型のアユ(2尾,矢印)を捕食していたオオクチバス(左)と,スジエビ(円内部分)を多数捕食していたオオクチバス(右)

 

 

B 糞の採取と糞中DNAの抽出 

 胃内容物ではなく,糞のDNAを分析する理由は,胃内容物の場合,捕食直後の餌生物にバイアスが掛かり過ぎるのに対し,糞の場合はある程度均一化されていることによる。肛門から23 cmの区間を解剖鋏で切開し,腸壁の粘液を混入させないよう注意しながら,糞だけをピンセットで摘出し,1.5mL容マイクロチューブに入れて分析するまで-20℃で保存しておく。解剖個体ごとにピンセットや解剖鋏等を十分洗浄し,サンプル間のクロスコンタミ(微量混入)を防ぐ。糞からのDNA抽出は,0.2 mLPCRチューブに糞23 mgDNA抽出液(PrepMan Ultra, ABI社)20μLを入れて均一に混ぜ,サーマルサイクラーで加熱する(95℃,15分間)。室温まで冷却後,強く振盪し遠心分離(3000×g1分間)した上澄みを80倍希釈してPCRテンプレートとする。外来魚の糞に残存する餌生物由来のDNAを,以下に述べるqPCR-SSP法(quantitative PCR with species-specific primers,定量)およびクローンライブラリー法(Clone library, 定性,準定量)で分析する。外来魚の糞に含まれる外来魚自身のDNA(ホストDNA)を増幅しないようにプライマーを設計するか,PCR増幅産物を外来魚特異的配列を認識する制限酵素で処理する。

 

 

 

C qPCR-SSP法による外来魚糞中DNAの定量 

0.2mL-PCRチューブに反応原液11.5 μLPCRテンプレート1.0 μLを加え軽く振盪し,SYBR Green Iを用いたインターカレーター法によるqPCR反応を行う。本分析に先立ち,既知組成のテストサンプルを用いて様々な反応条件で試験分析を行い,反応条件の最適化を図る。プライマーは,既知配列のマルチプルアライメントをもとにプライマー設計ソフト(Primer3)により設計した魚類(両生類を含む),節足動物(甲殻類と昆虫類),軟体動物(貝類)のそれぞれに特異的なユニバーサルプライマーを用いる。

また,外来魚によるフナ稚魚への食害の程度を調べるため(前項参照),フナ類特異的プライマーも使用する。さらに,オオクチバス特異的プライマーおよびブルーギル特異的プライマーを用いて,それぞれブルーギルの糞およびオオクチバスの糞を定量PCRし,外来魚間の捕食/被食関係を調べると共に,エビ類による外来魚(卵)の捕食についても調べる。

いずれの場合も,増幅する配列部位は,ミトコンドリアDNA(mtDNA)の種内変異の少ない部位(16S rRNA)などが望ましい。mtDNAはゲノムDNA1000倍程度の量があるので,糞からでも餌生物由来のDNAを容易に検出することができる。検出率を上げるため,増幅産物はできるだけ短いほうが望ましい。qPCRで得られたCt値(増幅曲線のThreshold Cycle)は相対値(Ct = 201,000,000)に変換して後の解析に供する。

 

D クローンライブラリー法による外来魚糞中DNAの同定 

 上述のDNA抽出液をクローンライブラリー用(種判別用)のユニバーサルプライマーを用いてPCR反応を行う。上記のqPCR同様,mtDNAを増幅する。種の判別をする都合上,PCR増幅産物は,ある程度の長さが必要であり,種間変異も多い領域が望ましい。プライマー設計の都合上,PCR産物(fishes)が外来魚自身(ホスト)の配列を含む場合は,それを除去するため外来魚特異的制限酵素で処理する必要がある。

分析に先立ち,既知組成の試料を用いて,プライマーの動作チェックと反応条件の最適化を行う。PCR増幅過多によるキメラ配列やheteroduplexの発生を抑えるため,qPCRでサイクル数の適正化を行う。

PCR反応液を2%アガロースゲルで電気泳動し,目的バンドの切出し,精製,濃縮,脱塩を経て,PCR産物5’末端のリン酸化と3’末端の平滑化を行う。これにライゲーション反応液を加えてPCR産物をコンカテマー化し,プラスミドを加えて16℃で一晩反応させる。ライゲーション後のプラスミドをコンピテントセルに形質転換し,LB寒天培地で培養後,青・白スクリーニングとコロニーPCRにより,長鎖コンカテマーを含むコロニーをLB培地で培養し,プラスミドを抽出精製後シーケンス解析する。

得られた配列データから以下の方法で種を同定する。まず,魚類に関しては,予め調べておいた琵琶湖在来種のDNA配列とのマルチプルアライメントにより照合する。それ以外の種においてはNCBI-Blastで近似配列を検索する。なお,本法はメタゲノム的解析であるから,DNA配列が得られても,その配列の持ち主が特定できないことも多い。その場合は分類群(属,科など)のレベルで判別する。

 

E 摂餌選択性(E)の計算

(オオクチバスの場合)胃内容物および糞DNAから検出した生物種の内訳を,調査水域の魚類相(標準体長9cm以下の個体に限定)と比較し,オオクチバスの各餌生物に対する摂餌選択性(E, Ivlev’s selectivity index)を次式により計算する。

E = (ri-pi)/(ri+pi),ただし,

ri= 生物種iの摂餌量中の相対量(%)

pi= 生物種iの環境の餌料複合体中の相対量(%)

 

F 餌料重要度指数(IRI)の計算

捕食者の胃内容物を調べ,各餌生物種の個体数および重量から餌料重要度指数(IRIIndex of relative importance)を次式により計算する。

IRI(Ni%+Wi%)*Fi%,ただし,

Ni%= 餌生物i の個体数/全餌生物の合計個体数*100

Wi%= 餌生物i の総重量/全餌生物の総重量*100

Fi%= 餌生物i が出現した胃の数/調査した胃の数(空胃を除く)*100

 

 

結果

 

調査地点の魚類相(2010年フィールドワーク3結果)

*印は四つ手網で採捕(他は全て投網で採捕)

調査期間は6/17-9/102010.

魚類以外では,スジエビ,ヌマエビ,ザリガニ,カエル幼生,タニシ類が多数採集された。

 

 

目視同定による外来魚胃内容物内訳

2010年フィールドワーク3 調査期間:6/179/10)――オオクチバスの検体数152尾のうち,空胃個体は22尾(空胃率14%); ブルーギル74尾の打ち,空胃個体は1尾(空胃率1%)。オオクチバスの被食者のうち,コイ科はフナ以外のコイ科魚類を示す。ブルーギルの被食者のうち,ミジンコ類はDaphniaが主体,また,魚類はヨシノボリのみ。陸生昆虫は幼虫類,ダンゴムシ,甲虫,カメムシ,ハエ類。水生昆虫はユスリカ,幼虫類,ヤゴ類,アメンボなど。

2011年フィールドワーク3 調査期間:6/268/23)――採捕尾数は,オオクチバス173尾(内28尾は稚魚),ブルーギル202尾(内77尾は稚魚)。オオクチバスは体長1519p,ブルーギルは体長14p以下の個体が多く採捕された。オオクチバスはフナ流下後の調査期間中,フナ稚魚を26尾捕食しており,そのうちALC標識のあるフナは2尾であった。オオクチバスの胃内容物は,スジエビ,ヨシノボリ,アユ,フナ類,魚類(種不明)の順に多く確認された。

一方,ブルーギルの胃内容物は藻類,巻貝,ユスリカ幼虫が優占で,陸生・水生昆虫類,エビ類,魚卵など多様な餌料生物が確認された。また,流下2日後にフナ稚魚を4尾捕食しているブルーギルが1個体見られたが,その他の個体はフナを捕食していなかった。なお,この4尾はALC標識のあるフナ(ニゴロブナ3,ゲンゴロウブナ1)であった。

    

オオクチバスの体長と被食魚種の体長の相関関係

 

定量PCRの結果(2011年フィールドワーク3報告集より)

糞からフナのDNAが検出された外来魚(稚魚は含まず)は,オオクチバスが130尾中75尾(58%),ブルーギルが125尾中34尾(27%)であった(図9)。検出量はオオクチバス,ブルーギルともに流下直後に多い傾向にあったが,前者では調査期間を通して(8月下旬まで)検出された。また,オオクチバスの糞から検出されたフナのDNA量は,ブルーギルの約100倍であった。一方,外来魚の稚魚の糞からもフナのDNAが検出されたが,その定量値は成魚に比べてはるかに少ない量であった。しかし,ブルーギル稚魚の糞からは,オオクチバス稚魚の糞からよりも多くのフナDNAが検出された。

流下後に採捕されたオオクチバス(稚魚を除く)の糞中DNAのうち,節足動物のDNA72%,魚類DNA22%を占めていた(図10)。オオクチバスの糞からブルーギルDNAが僅かに検出された。オオクチバス稚魚では節足動物のDNAが多く,魚類DNAは殆ど検出されなかった。一方,ブルーギル(稚魚を除く)の糞中DNAのうち,節足動物のDNA96%,軟体動物DNA3%を占めており,魚類のDNAは殆ど検出されなかった(なお,植物餌料由来のDNAは定量しなかった)。ブルーギル稚魚の糞からオオクチバスDNAが僅かに検出された。

P9270007

考察

流下後のフナ稚魚は,ブルーギルによる食害はほとんど無く,18cm前後の中型のオオクチバスによる捕食が多く認められた。また,オオクチバスは30mm以上のかなり成長したフナ稚魚も捕食しており,水田での養成期間の延長あるいは放養密度の抑制によって流下魚の体サイズを大きくすることはあまり有効でないと考えられる。 流下直前に流下地点周辺で中型のオオクチバスの集中的駆除を行うことが,外来魚による流下魚の食害を低減する上で効果的であると考えられる。

水田から流下したフナ稚魚は,流下直後から琵琶湖へ降河し,流下後2週間程度で流下地点周辺の水域からいなくなる。また,ニゴロブナよりもゲンゴロウブナのほうが速やかに姿を消す。フナ稚魚の捕食はオオクチバスによるものであり,流下直後の捕食が多い。ブルーギルは殆どフナ(および他の魚類)を捕食しない。

以上のことから,水田から流下したフナ稚魚の生残率を高めるためには,流下前に周辺水域のオオクチバスを駆除する,ニゴロブナよりもゲンゴロウブナを多く流下させる,さらにフナ以外の餌料生物(エビ類,ヨシノボリ,アユなど)を増やすような取り組みも有効と考えられる。

 

図9.オオクチバスとブルーギルの糞から検出されたフナ類DNAの相対量

 

 


オオクチバスの摂餌選択性

被食魚種

魚類相*1

 

胃中*2

E

 

糞中*3

E

アユ

3

 

28

0.98

 

6*4

0.95

ヨシノボリ類

78

 

54

0.71

 

28

0.77

フナ類,稚魚

770

 

33

-0.46

 

9

-0.60

ドジョウ

13

 

1

-0.21

 

 

 

ワカサギ

1

 

5

0.95

 

 

 

オオクチバス,稚魚

40

 

0

-1.00

 

 

 

ブルーギル,稚魚

50

 

0

-1.00

 

 

 

摂餌選択指数 (E) の計算はイブレフの方法による。

サンプルサイズ (ri+pi) 6 未満の種はEを算出せず。

魚体サイズの大きい個体 (標準体長9 cm を超えるもの) は計算から除外。

*1 調査水域で採集された個体数

*2 オオクチバスの胃内から摘出された個体数。

*3 オオクチバスの糞中から単離されたクローン数。 オオクチバスとブルーギルの配列は制限酵素処理で除外したため,クローンに含まれていない。

*4 アユとワカサギの合計。

 

 

オオクチバス・ブルーギルの食性のまとめ

オオクチバスの食性

l  魚類(アユ,ヨシノボリ,など)とエビ類(スジエビ,テナガエビ)を多く捕食。

l  貝類や植物は殆ど捕食しない。

l  大きい餌生物を捕食する傾向がある(稚魚類は捕食しない)。

l  餌生物に対する選択性は,捕食者の嗜好性と飽食度,餌生物の食感,行動様式,捕え易さ,発見し易さ,大きさが関係する。

ブルーギルの食性

l  植物餌料を多く捕食。

l  陸生昆虫,貝類,ミジンコ類Daphnia spp.,水生昆虫,ヌマエビ,など多様な生物を捕食。

l  魚類はほとんど捕食しないが,魚卵は好んで捕食。

l  小さな餌生物(ミジンコ等のプランクトン)も多く捕食。

 

 


 

17.フィールドワークの結果を考察するに当たって

 

オオクチバスの餌生物に対する摂餌選択性を見ると,フナ稚魚に対する選択性がかなり低いことが分かる。これは,フナの体サイズの影響,すなわちオオクチバスが大型の餌生物に対して,強い正の選択性があることも一因と考えられるが,同じく小型のヨシノボリ類が,フナ稚魚とは対照的に多く捕食されていることから,大きさ以外にもオオクチバスがフナ稚魚を嫌う原因があるのかもしれない。

フナ稚魚と同じような体形をした魚に,タナゴ類がある。タナゴ類は英名でbitterlings(苦い小魚の意)と呼ばれるように,苦い味が特徴的だ。日本でもタナゴ類をニガブナ(苦鮒)と呼ぶ。これは,タナゴ類が捕食者の食害から逃れるための手段のひとつといわれている。オオクチバスなどの捕食者が,タナゴ類とフナ稚魚を区別できないとすれば,フナ稚魚の捕食が少ない理由のひとつがタナゴ類への擬態(?)という可能性も考えられる。しかし琵琶湖でタナゴ類の資源量が減少している今日,オオクチバスがタナゴ類の苦さを経験から学んでいるとは考え難い。むしろ,タナゴ型の体形をした魚類を本能的に避けるアプリオリ的な摂餌習性を持っているのかもしれない。

もちろん以上述べたことは想像であり,仮説に過ぎない。科学的に物事を考えることで,このような仮説が次々に生まれる。そして,このような仮説は実験によって検証することができる。これが,研究のはじまりである。フィールドワークでデータを収集したら,そのデータをもとにして多様に想像をめぐらせることが大切である。データを事務的に収集し,整理して報告するだけでは,じつにくだらないフィールドワークになってしまう。世界に1つしかない自分だけが持っている貴重な(秘密の)データをもとに,いろいろと想像し,新発見につながるような仮説を立てることが,研究の楽しみであり,入り口である。

ここで大切なことは,平凡な発想ではなく,奇抜な発想や逆転の発想ができるか,という点である。これは,バカな発想と紙一重のことが多いが,独創性につながる重要な一歩である。常識や他人の目にとらわれることなく,オリジナルに大胆に発想することが重要である。そのためには,まず自分でじっくりと考え,悩むこと。くよくよと悩むこと,思いつめることは,研究において大切な能力/才能である。

次に重要なのが,先生をはじめ,多くの人と議論することである。なぜ議論が重要なのか。それは,様々なものの見方,考え方を知る(気付く)ためである。独りよがりの考えは,やはり守備が弱い(とくに若い人)。先行研究をはじめ多くのことについて,先生や先輩は良く知っている(情報量,知識量において,若者の比ではない)。研究に関しては,すでに分かっていることを一生懸命に研究しても仕方がない(ほとんど価値がない)からである。

研究する価値のある「よい仮説」は,一個人のひらめきや斬新さ,あるいは思い込みだけでなく,議論の中で洗練されることが重要である。

 

 


 

18.環境指標遺伝子と環境診断

2007年度フィールドワーク3報告集より引用)

 

自然水域の環境評価は,そこに生息する水生昆虫,無脊椎動物,魚類などの環境指標生物をもとに行われることが多い。生物相に基づくこの方法は,特別な知識,技術,分析機器などを要しないことや採集の楽しさから,児童を対象とした自然観察会などでも一般に行われている。この方法は,生息する生物の種類と個体数(および補足指標として,大きさや年齢構成など)を指標としており,時間的空間的変動を超えた結果を出すことができる。しかし,個体数に基づくこのような指標は水質以外の環境要因,例えば,種間関係,餌生物の競合,天敵,季節,水温,水流,底質,繁殖場所などにも大きく影響される。

一方,水域の環境汚染度を診断する方法として,近年は無脊椎動物,水生昆虫,プランクトン,魚類など水生生物の体内の指標遺伝子(マーカー遺伝子)の発現度を調べる方法が研究されている。環境汚染やストレスに敏感に応答する指標遺伝子の発現度を調べることで,化学物質,例えば,難分解性有機化合物,農薬,環境ホルモン,重金属などによる水域汚染を,比較的初期の段階で診断するのが目的である。そのための指標遺伝子の検索と発現度の解析は,環境診断の有用な研究技法として期待されており,マイクロアレイ等を用いて汚染物質ごとにマーカー遺伝子の特定を進めている。このような環境毒性物質(汚染物質)が体内の遺伝子発現に与える影響を調べるトキシコゲノミクスの分野は,環境生物学の重要な研究領域となっている。

今回のフィールドワークでは,生物が環境から受けているストレス度を指標遺伝子の発現度をもとに診断することを試みた。指標遺伝子として選択したのは,解毒系の水酸化酵素であるCYP1A1で,使用した生物は犬上川(このフィールドワークのフィールドの一つ)で多く採集されるヨシノボリとスジエビである。遺伝子の発現解析はリアルタイムPCRで調べ,ベータアクチン対比量として求めた。なお,今回調べたCYP1A1の塩基配列は未知であったので,まずその塩基配列を調べるところから着手した。

実験の流れは以下の通り: DNAデーターベース(NCBIEnsembl)による近縁種の塩基配列の検索➔ マルチプルアライメント➔ 縮重プライマー作成➔ RNAの抽出,精製,濃度測定➔ RT-PCR,電気泳動,クローニング➔ スクリーニング,大腸菌培養➔ プラスミド抽出,精製➔ シーケンス➔ リアルタイム用プライマー作成➔ リアルタイムPCR データ解析。なお,この実験は以下に述べる農薬暴露試験とあわせて実施した。

農薬等が濁水とともに水域に流入すると,そこに生息する様々な生物が毒性物質に暴露される。その濃度が低い場合は,解毒系の遺伝子発現が増大し,生体が体内に侵入する毒物の解毒排泄のための機能を増大する。毒物の流入量が多い場合は,生物はその水域から居なくなる(逃げる)か,もしくは死亡する。

今回は2種類の市販農薬(農薬A,農薬Bとする)を用いて実験室での暴露試験を行い,斃死率および遺伝子発現を調べた。まず,24時間後の斃死率をもとに毒性を調べ,生き残った個体においては指標遺伝子(CYP)の発現を調べることで,生物の環境ストレス度を診断した。 暴露試験にはヨシノボリ(魚)とスジエビを用いた。

 実験は,300ml容のビーカーに,濃度を5段階に変化させた農薬溶液を入れ,各ビーカーにヨシノボリまたはスジエビを6尾ずつ収容し,弱く曝気しながら24時間暴露させた。

 結果を表4に示す。ヨシノボリでは農薬Aの濃度が5ppm以上の溶液で生残率が著しく低下した。農薬Bでは50ppmの濃度でも斃死は無かった。一方スジエビでは,農薬A,B共に,0ppmすなわち農薬を入れなかった対照区以外は,全区で全個体が死亡した。 したがって,濃度を下げて再度暴露実験を行った。 しかし,再実験での最低濃度(0.03ppm)においても全個体が死亡した。今回の実験で,同じ農薬でも,スジエビはヨシノボリに比べてはるかに農薬に弱いという結果を得た。

とくに農薬Bの実験ではヨシノボリは50ppmでも全て生存していたのに対し,スジエビは0.03ppmでも全て死亡した。農薬BのLC50はコイで2.8ppm(48時間),ミジンコで0.01ppm(3時間)と報告されており,魚類のほうが耐性があるようだ。一方,農薬AのLC50は,ミジンコで0.18ppm(48時間)と報告されているのに対し,今回のスジエビは0.03ppmで全て死亡したことから,スジエビはミジンコよりもこの農薬に対する耐性が低いことが推察された。

上記の農薬暴露試験で,生き残った生体(ヨシノボリのみ)の肝臓を摘出し,組織中の解毒系酵素の一種(CYP1A1)の発現度を対照区(農薬0ppm)のそれと比較した。肝臓の固定にはRNAlaterを用いた。CYP1Aの発現は,農薬Aによって明らかに増加したが,個体差が大であった(図7)。一方,農薬BはCYP1Aの発現を誘導しない結果となった。スジエビは,暴露試験で全個体が死亡したので,遺伝子の発現解析は行わなかった。

犬上川で採集したヨシノボリの肝臓中CYP1Aの発現は,暴露試験の対照区(0ppm)のものと比べて,平均値においてやや高いが,有意差は見られなかった。これより,犬上川の水質はCYPの発現を誘導するような物質は含んでいないことが示唆された。

 

写真:農薬暴露の簡易実験装置

 

表4.農薬Aと農薬Bの魚毒性とエビ毒性(24時間暴露)

 

ヨシノボリ

スジエビ

濃度(ppm

0

2

5

10

50

0

0.03

0.1

0.3

1

農薬A

0

0

5

6

6

0

6

6

6

6

農薬B

0

0

0

0

0

0

6

6

6

6

各区,全6尾中の死亡個体数を表す。

 

図7.CYP1A遺伝子の発現解析:

農薬A(050ppm),農薬B(05ppm)に24時間暴露したヨシノボリの肝臓のCYP1A遺伝子のmRNAレベル。発現度はベータアクチン対比量として表示。各カラムは平均値,エラーバーは標準偏差,数字は調べた個体数(n)を表す。 「犬上川」は,同河川で採集したヨシノボリの同遺伝子の発現度を表す。

 

 

 

 

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