湖魚の

 

種を見分ける技術 

 

5.種の判別

 

フィールドに出て「生物調査」をするには,採集した生物の種類を正確に判別する必要がある。しかし,これは案外難しい作業である。 図鑑を見ても,100%の自信を以って種の判別が出来ることはまれで,「多分,―――だろう」という曖昧さが残るのが普通である。魚類の場合もこの例に漏れず,種の同定はしばしば困難を極める。なぜなら,近縁種はどれも外観が似ているばかりか,同一種でも成長や繁殖(成熟)に伴い,体形や体色が変化したり,オスとメスとで顕著な差が生じたり,変種,亜種,交雑種などのバリエーションも多いからである。しかし,まずは何という魚が採れたのか分からないことには,何も始まらない。

フィールド調査で,採集した生物の種類を正確に同定する作業は,一般に思われている以上に大変責任の重い仕事である。採集した生物の種類を間違って報告してしまうような無責任なことは,もっとも避けなければならない。なぜなら,そのような調査結果を見た人を大いに混乱させることになるからである。それは,嘘をつくのと事実上同じこと。そのような倫理に反する事態を避けるため,初心者は専門家に頼ることが多い。

しかし,専門家がいつも傍らにいて教えてくれる訳ではないので,多くの場合,自分で種を判別する必要性が生じる。では,専門家はどのように種の判別をしているのだろうか。その極意(コツ)を学ぶことが,魚類フィールドワークの初心者にとって重要である。

専門家は長年の経験によって,外観の僅かな違いや特徴をもって瞬時にして見分ける場合も多いが,そうでない場合,特に稚魚などの場合は,外観に未だ種の特徴が明確に現れておらず,見ただけでは分からない場合が多い。そのような時に使われるのが,魚類学の方法に基づく種の同定法である。外観からたとえ90%以上の自信で種判別が出来ていても,残り10%のリスクを避けるため,このような魚類学の方法で正確に(間違いなく)種判別をすることが要求される。同時に,何を基準に種の判別をしたのか,その根拠を記録する必要がある。

初心者および“自称専門家”の中には,泳いでいる魚を見てその種類,大きさ,数まで分かるという。あるいは,稚仔魚でも外観から種が分かるという。この場合,たとえ当人が神業で魚種を正確に見分けていたとしても,当人以外の者がその能力を信用する術がない。したがって,このような種同定の方法は,当人に100%の自信があっても調査方法として受け入れられない。

もし,そのような結果を報告する必要性が生じた場合には(例:泳いでいるのを見たが,捕獲できなかった),必ずその同定方法と同定の根拠を明記して,読者に信頼性の判断を委ねるしかない。いずれにしても,種の同定に関しては,当人ではなく,万人が納得する(信頼できる)方法で行うのが原則である。

次の表に,魚類学の方法による種同定について要約する。通常1から5の順番で行うが,1で種がはっきり特定できても,それ以外の方法も併用することが望ましい。とくに,研究論文等として発表する場合は,正確性に万全を期すために,5まで行うことが望ましい。なお,5を行うのであれば,1〜4を行う必要はなくなるが,5では,種しか同定出来ないのに対し,1〜4ではそれ以外の多くの情報(大きさ,体型,雌雄,成熟度など)が得られる。出来るだけ多くの情報を記録する意味でも,時間と労力の許す限り,全て行うことが望ましい。


 

種判別の基本: 種に固有の特徴を知る ➔ 種を見分ける

種判別の順番

(1 5)

内容

1.外観

(外部形態)

最初に用いる指標。ある程度の経験が必要。しばしば不正確。 成熟・雌雄・成長段階・生息環境等で変化する場合あり。

例:顔,体形,体色,鰭(ひれ)の位置と形,鱗(うろこ)の種類と形。脂鰭(あぶらびれ)の有無口ひげや歯の有無と形状,斑紋のパターンなど。 生きた個体であれば,泳ぎ方や動きなども重要な指標。

2.数える

(計数形質)

しばしば不確実。発生初期の水温の影響で多少変動する。

例:鰭条数(きじょうすう),鰓耙数(さいはすう),側線鱗数,脊椎骨数,幽門垂数など。(図を参照)

3.測る

(計測形質)

各部の比率=体型。めやす(参考)程度。

例:全長,体長,体高,体幅,頭長,尾柄高,体重,体高/体長比,頭長/体長比,腸長比,肥満度,生殖腺体指数(GSI),肝指数(HSI)など。

4.解剖する

(内部形態)

標本を破壊(解剖)してしまうので,あまり用いられないが,種の特徴に関する多くの情報が得られる。 しばしば不正確。

例:胃や幽門垂の有無,肝臓や腎臓の形,腸長,大腸の螺旋弁,咽頭歯(いんとうし)や耳石(じせき)の形状。

5.遺伝子配列を調べる

正確。種内変異(亜種,系群,系統の違い,地方変異など)も識別可能。魚体のごく一部があれば分析可能。

佃煮,蒲焼き,缶詰,糞などの損傷したサンプルでも有効。ホルマリン固定した試料,酸で保存した食品等ではDNAが分解していることが多い。分析作業が14よりも煩雑。種以外の情報(体長,性別など)が得られない。

例:ミトコンドリアDNA,核DNA

太字は種同定の重要な指標。

 

 

魚の成長段階を表す名称

 

フィールドワークでは通常,採れた魚の大きさ(標準体長等)を測定し記録する。しかし,採れた数が多かったり,大きさが小さい場合は,おおよその体サイズや,下記に示す成長段階ごとの呼称を用いる。

 

l  卵(らん)Eggs:卵の発生段階によって以下の呼称を用いる。

► 未受精卵Unfertilized eggs:排卵後,受精前の生きた卵

► 受精卵Fertilized eggs:受精直後〜第一卵割まで。第一卵割以後の卵は,その発生段階(嚢胚期など)または積算温度(受精後の日数と水温から算出)で呼ぶ。

► 発眼卵Eyed eggs:胚の眼球が外部から確認できる段階〜孵化直前まで。

l  仔魚(しぎょ)Larva(複数形はlarvaeラービィ):仔魚期はさらに以下のステージに分ける。

► 孵化仔魚Hatched larva:孵化直後の仔魚

► 前期仔魚Pre-larva:孵化直後から卵黄(さい嚢)を吸収し終わるまで(独立栄養期)

► 後期仔魚Post-larva:さい嚢を吸収後(すなわち従属栄養期開始)から〜計数形質が種固有の定数に達するまで

l  稚魚(ちぎょ)Juvenile:計数形質が定数に達してから〜生活様式(生活域,食性など)が成魚と同じになるまで?

l  若魚(わかうお)(未成魚,幼魚)Adolescent, Post-juvenile:成魚と同じ生活様式を始めた時期〜性成熟まで(第2次性徴まで)

l  成魚(せいぎょ)Adult:最初の産卵・放精以降〜

l  (老魚)Senescent:種の再生産に関与しなくなったもの,または単に高齢魚。

 

サケマス類では,上記区分とは別に,以下の呼称をよく用いる。

 

l  Alevinアレビン:孵化〜卵黄吸収まで(前期仔魚に相当)

l  Fryフライ:卵黄吸収後〜全長5cm程度まで(後期仔魚〜稚魚に相当)

l  Parrパー:全長515cmぐらいまで(幼魚に相当),体側に斑点模様(パーマーク)のある淡水生活期の幼魚。

l  Smoltスモルト:海水生活への移行期の魚で,パーマークが消失し全身が銀白色になる。体型もやや細くなる。

 

 

6.外部形態

 

種の判別で最もよく用いられる方法で,外観で確認可能な種の特徴(顔,体型,斑紋,色,鰭,ヒゲや歯など)をもとに種を判別する。また,頭長/体長比,体高/体長比,など体型を示す指標も使われ,さらに,鰭条数,側線鱗数など計数形質も種固有の特徴として用いられる。

 

@ 各部名称

 

 

A 魚体の計測

長さの測定には通常,ノギスや計測板を使う。全長,尾叉長,標準体長,被鱗体長の違いに注意。体長(Body length)は標準体長と被鱗体長の総称であり,不正確な言い方。

 

 

全長(Total length: TL):

最前部から最後部までの長さ。ただし,口は閉じた状態,尾鰭は自然に開いた状態で計測する。尾鰭は擦れや病気などで通常よりも短くなるケースが多々あるため,全長は魚体の大きさを表す(記録する)数値としてはあまり用いられない。ただし,稚魚以下のサイズでは,脊椎骨末端が正確に特定できないことから,全長を用いることが多い。

 

尾叉長(Fork length: FL):

上顎先端(吻端)から尾叉までの長さ。計測の先端と末端が正確に特定できることから,しばしば用いられる。とくに,マグロ,サバ,アジ,カツオなど尾柄が細く硬く,脊椎骨末端が分かりにくい種で頻用される。 なお,ハゼやドジョウの類,ウナギ,ナマズなど,尾鰭が丸型の種については,尾叉が無いことから「尾叉長は無し」としている。

 

標準体長(Standard length: SL):

上顎先端(吻端)から脊椎骨末端までの長さ。未成魚〜成魚において最も一般に用いられる計測項目。脊椎骨末端の位置は,解剖して確認するのではなく,便宜上,魚体を水平に寝かせ,尾鰭を持ち上げた時に,一本のしわの出来た箇所としている。

 

被鱗体長(Scaled length):

 上顎先端(吻端)から尾鰭の鱗の終末までの長さ。標準体長の代わりに用いられる。特に,脊椎骨末端の位置が分かりにくい種で代用される。

 

尾柄高(Depth of caudal pedncle):

 尾鰭の付け根の最も細くなっている(くびれている)部分の高さ。やや特殊な計測項目。

 

頭長(Head length):

 上顎先端(吻端)から鰓蓋膜末端までの長さ。

 

体高(Body depth):

 体の高さ(ただし,鰭は含めない)。

 

写真:近年は,琵琶湖で体高の高いギンブナが増えている。

 

 

B 鰭条数(きじょうすう)と鰭式(ひれしき)

 

鰭条数は,鰓耙数(さいはすう),脊椎骨数,側線鱗数,幽門垂数(ゆうもんすいすう)などと並んで,重要な「計数形質」(Meristic characters)のひとつ。種や系群によって固有の数があるので,それらの識別・同定のための指標として頻用される。しかし,仔魚では,計数形質が未だ種固有の定数に達していないことがあるので,用いられない(→DNAによる種判別)。鰭条には2種類あり,硬くて針のようにとがっている鰭条を棘条(きょくじょう)または棘(きょく)と呼び,その後方に続く先の広がった軟らかい鰭条を軟条(なんじょう)と呼ぶ。

 

アユの背鰭: 鰭条は全て軟条,鰭式は,D.10

 

鰭条数には,「鰭式」と呼ばれる決まった表記法がある。鰭式の最初の文字はアルファベットで,D.Dorsal fin(背鰭)の頭文字を示し,最もよく用いられる。他には,A. (Anal fin,臀鰭), P. (Pectoral fin,胸鰭), V. (Ventral fin,腹鰭)。また,胸鰭をP1と表記し,腹鰭をP2 (Pelvic fin)と記す場合もある。尾鰭(Caudal fin)は,鰭条数の計数にほとんど用いられない。鰭式では,アルファベットに続いて,棘条の数をローマ数字で記し,続く軟条をアラビア数字で記す。棘条と軟条の間は,コンマで仕切る。また,第一背鰭と第二背鰭がある場合は,ハイフンでつないで表記する。第3章(セクション11)に,主な淡水魚の背鰭鰭条数を鰭式で示した。

 

C 鱗(うろこ)Scales

 琵琶湖に住む魚類は,鱗の種類によって大きく2つのグループに分けることができる。円鱗(えんりんcycloid scales)は表面が滑らかで,ニシン目,コイ目,サケ目など下等真骨類(古いタイプの分類群)に見られる。櫛鱗(しつりんctenoid scales)は表面がざらざらしており,鱗の後部に小棘をもつ。これはスズキ目などの高等真骨類(新しいタイプの分類群)に見られる。円鱗と櫛鱗は,顕微鏡で容易に区別できるが,手で撫でるだけでも区別可能だ。

円鱗をもつ種は手で体表を撫でると(あるいは手でつかむと)滑らかな感触なのに対し,櫛鱗をもつ種はざらざらした感触がする。とくに,体を逆なですると(尾から頭のほうに向かって撫でると)違いがよく分かる。

 

鱗の種類には他に,楯鱗(じゅんりんplacoid scales, サメやエイなどの軟骨魚類),硬鱗(こうりんganoid scales, ポリプテルスなどの軟質類,ガーパイクとアミアを含む全骨類),稜鱗(りょうりんscutes, アジ科魚類),コズミン鱗(cosmoid scales, ネオセラトーダス,シーラカンス)などがある。

 

【観察】スライドグラス(サランラップ代用可)に鱗をのせ,水を23滴落として観察,スケッチする(観察中にウロコが乾かないように注意)。成長帯(間隔が広いところ)と休止帯(狭いところ)の確認,および円鱗か櫛鱗かの区別。

 

 

スケッチについて

 

スケッチは,魚体側面の左右どちらでもよいが,頭左尾右がその逆よりも一般的です(図鑑でもそのような向きになっている)。なお,上面(上から見た状態),下面,前面,斜め面などのスケッチは特別の場合を除き,用いられない。

 

スケッチは見たままの状態を描くのではなく,分かり易い状態で描いて下さい。たとえば,各鰭は,開いた状態で描き,内臓は塊の状態ではなく,良く解して(腸は1本に伸ばして)全ての臓器が見える状態にして描いて下さい。(腸の巻き方や各臓器の配置など,あるがままの状態で描く必要のある場合は,この限りではない)。

 

また,生物学のスケッチは正確さが要求されることから,点描するのが原則ですが,フィールドワークの授業では「点描の必要はない」。理由は,点描は時間がかかる描き方であること(授業時間がもったいない),点描という長〜い単純作業の間,頭の中は別の(関係ない)ことを考えていること,そして点描しても観察度は向上しないためです。

 

フィールドワークにおけるスケッチの要点は,注釈メモや細部拡大図の併用です。全体図だけでは細部が上手く描けないので,拡大図の添付は必要です。スケッチで表現できない特徴(例:色調,硬さ,寄生虫,出血斑,炎症,壊死,腫瘍,など)は,注釈メモとして詳細に書いて下さい。以上の点に留意し,よく観察して完成度の高いスケッチに仕上げて下さい。

 

 


7.内部形態

 

@ 内部器官から得られる情報

内部形態の観察に先立って魚体を解剖する。解剖鋏を最初に入れる部位は,肛門,狭部(咽喉部)のどちらでも良いが,いずれの場合も,内臓を切らないように鋏を浅く入れて腹部を切開する。とくに,肛門から鋏を入れる場合は,切り込みを入れたあとに鋏をいったん抜いて再度入れ直さないと,腸を縦に切開してしまうことになるので注意。次に,えらの直後から側線部まで切り,側線に沿って肛門部まで切開する。このとき,浮袋を潰さないよう注意する。切開できたら,内臓を観察し易いように,丁寧にほぐして手前に引き出す。腸管を引っ張ってちぎらないよう注意する。出来るだけ,個々の臓器が見えるように配置し,スケッチする。

 

写真:ニジマスの内部形態:腸管は短く幽門垂が多い。幽門垂は十二指腸から分枝した消化吸収器官。腸管内部の表面積の約70%を幽門垂が占める。

 

内部器官のうち,いくつかは種の判別に重要な指標となる。まず,重要な計数形質として,鰓耙数,脊椎骨数,幽門垂数が挙げられる。とくに,鰓耙数は鰭条数と並んで最も頻用される計数形質である。腸長比も重要な種の同定基準となる。他に,肥満度,生殖腺体指数(GSI or Gonad-Somatic Index,生殖腺重量/体重),肝指数(HSI or Hepato-Somatic Index,肝臓重量/体重)も系群などの識別に用いられる。胃や幽門垂の有無も分類群の識別に使われる。肝臓や腎臓の形も変異が大きく大まかな識別が可能である。大腸の螺旋弁の有無も分類群の識別に使われる。さらに,咽頭歯や耳石の形状からも種の判別ができる。

フィールドで採取した魚を解剖する目的として,種判別以外に重要なのが,環境評価のサンプルとして用いる場合である。フィールドで取れた魚を見て(魚の外観で)環境を評価することは難しいが,内部には多くの情報が詰まっている。これは,人の健康状態を調べるのに,人間ドックや血液等の検査をするのと同じこと。ただ,魚の場合,バラバラに解剖できるので,人間とは方法がかなり異なるが,目的は同じだ(異常の早期発見,原因の特定,およびその解消)。

たとえば,オスの魚で,卵黄タンパクの前駆物質であるビテロゲニンの血中濃度が高ければ,環境中に内分泌かく乱物質(環境ホルモン)の濃度が高いことが疑われる。また,肝臓や生殖腺などの特定の遺伝子の発現を調べることで,環境中の汚染物質やストレスの影響などを生物的に評価することができる。実際にこのような手法で環境診断する方法が研究開発されている。いくつかのマーカー遺伝子の発現度を調べることで,環境ストレス度を診断することが行われている。人間の場合でも,例えばマーカー遺伝子の発現度を調べることで,ガンの早期発見が可能となっている。

魚類と人間は,外観や生態は異なるが,体の内部構造(つくりと働き)は驚くほど共通している。内臓には多くの有用な情報が詰まっており,魚類フィールドワークでも今後この情報の分析をもとに,魚類生息環境の評価技術を確立していくことが期待される。

 

A 鰓耙(さいは)Gill raker

多くの硬骨魚類では,鰓弓(さいきゅうgill arch)の内側に鰓耙と呼ばれる小突起が並んでいる。鰓耙は口内に入ってくる水中のプランクトンなどを濾して集める役目をする。鰓耙の数や形は,魚の種類によって固有であり,種を同定するのによく使われる。一般に,プランクトン食性の魚では,鰓耙は長く密なのに対し,肉食性(魚食性)の魚では短く,数も少ない。

写真:ニゴロブナの鰓(左)とライギョの鰓(右)

ライギョの鰓耙は退化してこぶ状の突起になっている。こぶの表面はおろし金のようにざらざらしている。また,ライギョの鰓弁は非常に小さい。

 

【鰓の観察・鰓耙の計数】

鰓耙数を計数するときに最も多い失敗は,鰓弓を末端ではなく途中で切ってしまう場合だ。鰓耙は,鰓弓の端から端まであるので,必ず最末端で切ることが重要。そのために,鰓を切り出す前に,鰓蓋と下顎部〜目の周辺部に至る広域を切除し,鰓全体を露出させる。そして鰓弓末端の担骨の部分から切り出す。感覚的に言えば,鰓を切り出すというよりも,鰓以外の部分を取り除くと考えたほうが,失敗が起きにくい。

鰓耙数の計数は第一鰓(一番外側の鰓)を用いて行う。もし切り出しに失敗した場合は,反対側の鰓を使ってより慎重に行う。切り出した鰓は,水道水で軽く洗浄し,ティッシュペーパー,雑巾等で水分を吸い取ってから観察する。鰓耙数が多く,鰓耙同士が互いにくっついて計数しにくい場合は,シャーレに水をはって,その中に鰓を浸した状態で計数する。鰓耙が白いことから,その計数は背景が黒い机や下敷きの上で行う。柄付針や先の尖ったピンセットを使うとよい。なお,計数中の人には話しかけないのがマナー。

 

 

B 鰓弁(さいべん)Gill filament

鰓弁は鰓弓の外側に2列に並ぶ赤く見える部分。各鰓弁にはさらに両側に突出する薄い二次鰓弁(鰓葉:さいようGill lamella)がある。

 

 

水中に溶けている酸素を取り込み,同時に二酸化炭素を放出する呼吸機能のほかに,アンモニアの排泄,血液pHの調節,無機イオンの取込みと排泄(浸透圧調節)など多くの機能を果す。これは,鰓葉の上皮細胞にある様々なイオンチャネル,トランスポーター,ナトリウムポンプなどの膜蛋白質の働きによる。

 

二次鰓弁の薄い上皮をはさんで,血液と水は逆方向に流れ,効率よく酸素を取り込めるようになっている。これを対向流システムという。

鰓に相当する人間の器官(相同器官)が,副甲状腺といわれている。副甲状腺は鰓がもつ呼吸機能は留めていないが,鰓のもつ機能のうち,血中カルシウムの調節機能(カルシウムの収支)を保持している。

 

C 咽頭歯(いんとうし)pharyngeal teeth

コイ科,ブダイ科,ベラ科,ウミタナゴなどの魚は喉(のど)に歯を持つ,これを咽頭歯という(コイ科魚類は口に歯が無い)。この咽頭歯で硬いもの(貝など)を噛み砕くことができる。実際に,コイは巻貝類を多く食べることが知られている。

 咽頭歯の形状は種によって固有なので,種の分類同定の指標としても使われる。また,咽頭歯を支えている骨を咽頭骨という。これらは筋肉に囲まれているので,その摘出は,頭部を熱湯または電子レンジで加熱してから行う。

 

D 耳石(じせき)

魚類の頭骨の中には,耳石という骨片があり,体の平衡感覚を保つ働きをしている。耳石は脳のすぐ下,眼球(視神経)の後ろにある。硬骨魚類には,3種類の耳石 (扁平石 sagitta,礫石 lapillus,星状石 asteriscus )が左右それぞれ一組ずつ合計6個ある。3種類の耳石は,内耳の別々の場所に収まっている。ヒトの耳石は「聴砂」とも呼ばれる。魚が運動すると内耳のなかの内リンパ液が動き,耳石がずれて感覚毛を刺激する。この刺激が平衡感覚のシグナルとなっている。

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耳石は炭酸カルシウムが層をなして形成され,種によって独特の形を有するため,種の判別にも使われる。また,炭酸カルシウムの層は1日に一本「日輪」として形成されるため,日齢や年齢の推定にも利用される。

耳石の輪紋を正確に読み取るためには,耳石を様々な角度から削ったり,研磨したり,熱や酸でコントラストをつけたりする必要がある。一方,耳石のストロンチウム(Sr)の沈着部位を調べると,その魚の海水履歴がわかる。これは,海水中のSr濃度が高いため,海水期間中はSrの沈着量が多くなるためである(例;ウナギ,サケなど回遊魚の生活周期の解析に利用される)。

 

さらに,耳石をALC(アリザリン・コンプレクソン)という紫色の色素で染色する標識方法が広く用いられている。この色素は耳石内に生涯残るので,漁獲した魚が放流魚か天然魚か区別できる。

染色は,発眼卵〜稚魚をALC水溶液に1日浸漬することで完了する。染色する時期や回数によって,何通りもの組合せが可能である。

 

P1050093sm 耳石標識田口ホンモロコ(ALC,dot)

稚魚の耳石の摘出(左)と耳石ALC標識の確認(右)―――2010年度環境フィールドワーク3報告集より抜粋

 

 

E 内臓の名称と機能

 

Stomach

基本的に,人間の胃と同じ構造・機能を有する。コイ科魚類や,ベラ,ブダイ,メダカ,ダツ,サンマ,サヨリには胃が無い,従って,胃酸の分泌もない。無胃魚や消化腺が未発達の仔魚では,蛋白質を高分子のまま腸後部〜直腸の上皮細胞から飲細胞運動(pinocytosis)によって取り込む。

 

肝臓 Liver

最も大きい臓器(通常,体重の1〜2%)。胆汁(bile)を生産する。胆汁は胆嚢に蓄えられ,輸胆管によって腸の始部に分泌される。体内の物質代謝の中枢である。コイなどでは,肝臓は腸管の周囲で複雑に枝分かれした不定形をなっている。また,多くの魚種では膵臓組織が肝門脈に沿って,肝臓内にも複雑に侵入するため,これらを肝膵臓と言うこともある。越冬前にグリコーゲンや脂肪などの栄養分を多量に蓄積するので,肝重量が増加する。逆に,春先は栄養分を消費しているので,肝重量は少ない。解毒器官として,肝臓には多くの解毒関連酵素があり,その遺伝子発現を調べることで,環境汚染物質への評価が行われる。卵黄タンパク前駆物質ビテロゲニンの濃度やその遺伝子発現を調べることで環境ホルモンへのストレス診断にも使われる。

 

胆嚢(たんのう)Gall bladder

 胆嚢は肝臓から分泌された胆汁を一旦貯蔵するところ。肝臓の近くに位置する。胆嚢には空腹時には胆汁がたまり,透明感のある黄色〜青緑色を示す。胆汁は界面活性剤として食物中の脂肪を乳化し,脂肪消化酵素のリパーゼが作用しやすくすることで,脂肪の消化吸収に重要な役割を果たす。胆嚢は苦玉とも呼ばれ,胆汁は非常に苦い味がする。魚を捌く(さばく)時に,これを潰してしまうと,身に苦味が移って好ましくない。

 

膵臓(すいぞう)Pancreas

硬骨魚類では,膵臓は幽門垂や腸管の周囲に分散していたり(サケマス類),肝臓組織中に混在しており(コイ,ドジョウ,マダイなど),肉眼で認めることは困難。ただし,ウナギや軟骨魚類では膵臓は1つの孤立器官として認められる。各種消化酵素を含む膵液を消化管内に分泌するほか,重炭酸イオンを分泌して,腸管内のpHを89にする。インスリン,グルカゴンなど内分泌器官としての働きもある。膵液を運ぶ膵管は,輸胆管と並んで十二指腸の始部に開口する。

 

脾臓(ひぞう)Spleen

魚類では前腎とともに重要な造血器官(注:魚類には骨髄がない)。暗赤色の小さい器官で,腸管の湾曲部に埋没していることが多い。(ヒトの脾臓は,胎児期のみ重要な造血機能を有する)

 

腎臓(じんぞう)Kidney

魚類の腎臓は中腎が発達したもので,背骨の内側に細長く付着している赤褐色の器官。形は魚種により様々。機能は,体腎部では排泄器官で,前腎部では造血器官である。哺乳類も胎児期には中腎を有するが,退化し,後腎が発達する。魚類の腎臓中には白色のスタニウス小体(Corpuscles of Stannius)が2〜6個点在する。スタニウス小体は,魚類特有の内分泌器官で,腎臓に付着して存在する。血中カルシウム濃度を低下させるホルモン(スタニオカルシンstanniocalcin)を分泌する。

 

腸(ちょう)Intestine

 

写真:テラピア(左)とニゴロブナ(右)の腸長の違い。テラピアは植物プランクトン食性,ニゴロブナは雑食性。

食性の違いは,鰓耙数だけでなく,腸の長さにも違いを生じる。

 

腸の長さと巻き方は魚種によって様々だが,食性に関連している。一般に,草食性,プランクトン食性の魚では長く,肉食性の魚では短い。軟骨魚類やサケ科魚類は,腸の後半部分(大腸)に螺旋弁(らせんべん)がある。腸長比(腸管の長さ/体長)は,しばしば種の同定に使われる。腸の長さは,幽門から肛門まで(コイ目など無胃魚の場合は,食道〜肛門まで)。腸を切り出してまっすぐに伸ばしてノギスまたはものさしで測定するが,腸はかなり伸縮するので,紙の上などで腸長を測ると,腸が台座に貼り付いて引き伸ばされた(または縮まった)状態になり,正確な長さが測れない。腸長を正しく測るためには,腸を生理食塩水かPBSでよく濡らし,自然な状態にして測定する。

 

幽門垂(ゆうもんすい)Pyloric caeca

十二指腸の壁面が拡張して生じた房状の盲腸で,腸の表面積を増大することで,消化吸収効率を高める働きをしている。幽門垂の数は,ゼロ〜百本以上と,種や系群によって大きく異なることから,計数形質のひとつとして用いられる。 無胃魚には幽門垂も無い。また,幽門垂の中にしばしば寄生虫がおり(特に天然魚),これを系群の識別に使うこともある。幽門とは,胃の出口(十二指腸への入口)の関門のことを指す。

 

鰾(浮き袋) Air bladder, Swim bladder

鰾は,哺乳類の肺に相当する器官(相同器官)。肺魚類,全骨類(ガー,アミア),多鰭類(ポリプテルス類),およびアロワナ目(ピラルク,ノトプテルス,ヘテロティス,バタフライフィッシュなど)においては肺の機能が残存するが,その他の硬骨魚類では,退化して鰾となっている(呼吸機能は消失)。鰾は発生の初期に消化管から膨出してできる。底生魚では鰾は小さく,カレイやカジカでは,退化消失している。

 

生殖腺 Gonads

生殖腺は鰾と腎臓の間に位置する細長い組織で,未成魚ではひも状だが成熟すると肥大する。成熟期の卵巣はオレンジ色,茶色,緑色,灰色など,魚種によって違う。成熟した精巣は通常白色で,脂肪組織と間違えやすいが,精巣の場合,輸精管が生殖孔までつながっている。生殖腺の卵や精子の状態からその種の産卵期を推定することができる。肉眼で卵巣(Ovary)か精巣(Testis)か判別しにくい時(未成魚,非産卵期など)は,生殖腺の組織観察を以って,雌雄の判別を行う。

 

心臓 Heart

心臓は鰓の後下部の峡部(Isthmus)内側の囲心腔(いしんこう)という部屋の中にあり,1心房,1心室,心臓球,静脈洞の4室からなる。高等動物の心臓に比べて構造が簡単である。

 

筋肉 Muscle

筋肉は大別して赤色筋(赤筋,血合)と白色筋(白筋)がある。赤色筋を構成する筋繊維は,血管に富み,主として脂質をエネルギー源として,好気的代謝をする。したがって,持続的な活動に適応している。一方,白色筋は血液の流量が少なく,グリコーゲンをエネルギー源として,嫌気的な解糖反応によって収縮する。そのため,瞬発力は強いが,長続きしない(疲労が早い)。従って,白身魚を釣る場合は,持久戦が有効。 


 

8.DNAによる種判別

 

@ 分析の背景と目的

初夏のフィールドで実際に魚類採集をすると,最も多く採れるのが,稚仔魚である。しかし,小さすぎて何の稚仔魚なのかは分からない。琵琶湖に生息する魚は,成長段階によって生息場所を変える種が多い。たとえば,水田で産卵するニゴロブナは,仔魚〜稚魚期と,未成魚〜成魚期とで生息場所が変わる。このような場合,成魚なら外観(見た目)でニゴロブナと判別できるが,稚仔魚では未だ種の特徴が明確に表れておらず,この段階で種類を見分けるのは難しい。フナ類は正確な同定が困難な魚の代表格で,かなり成長した個体(体長25cm)であっても,種の同定が難しい。

 

写真:外観で稚仔魚の種類を見分けるのは難しく,誤同定のリスクが高い。

 

フナ以外の魚でも,やはり仔稚魚期の種判別は不可能に近い。残念ながら,前項で述べた外部形態,内部形態,計数形質による種判別(いわゆる魚類学の方法)でも,稚仔魚の同定は難しい。これは,計数形質が定数に達する稚魚期以降でも,近縁種間では,計数形質の差が無いためである。

しかし,仔稚魚が育つ環境を保護したり改善するためには,(成魚ではなく)仔稚魚の段階で種類を見分ける必要がある。種に特有の繁殖生態を明らかにすることで,繁殖保護を始めとする湖魚の増殖事業をより効果的に行うことができる。すなわち,フィールドワーク調査では仔稚魚の種類を正確に判別する技術がとても重要となる。その際,間違った種類を報告するという無責任な事態を避けることは,研究者としての義務である。

稚仔魚の種類を同定する方法は2つあり,1つ目は,その稚仔魚を水槽で大きくなるまで(種の特徴が明確に表れるまで)飼育し,十分に成長した時点で種の同定をする方法。2つ目は,DNAの配列を調べる方法である。迅速かつ正確な手法として,DNA配列に基づく方法が近年よく用いられる。

DNAは種に特有の“バーコード”のようなもので,正確に種類を見分けることができる。DNA分析に使うサンプルの量はほんの少しだから,稚魚でも殺さずに種類を調べることができる。

DNAは遺伝情報を記録した大切な物質だから壊れないように丈夫に作られている(この点でRNAとは対照的)。佃煮や蒲焼きなど,長時間煮込んだようなものでも,DNAは無くならずに残っている。DNAが残っている限り,その生物の種類が特定できる。

ソーセージやお菓子,缶詰など加工食品中にも,少量のDNAが分解されずに残っているので,原料に使われている生物の種類や産地を特定できる。さらに,ごく微量しか含まれていなくても分かる。 種類だけでなく,系統や産地なども分かる。遺伝子分析の技術は,いま非常に多くの分野で使われている。

 

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A 分析の概要

分析に先立って,試料からのDNAを抽出する。尾鰭の先端を1mm切除し,PrepMan UltraなどのDNA抽出液を加え,サーマルサイクラーを用いて100℃で10分間加熱し,DNAを抽出する。抽出液を適量の蒸留水で希釈し,遠心した上澄をPCRテンプレートとして以下の分析に供する。

外部形態などから,分析しようとする魚の種類がおおよそ分かっている時は(例:フナ類,タナゴ類,ハゼ類など),@PCR-SSPSequence- Specific- Primers法),

またはAPCR-RFLPRestriction Fragment Length Polymorphism法)で分析する。

分析しようとする魚の種類が全く分からない場合は(例:卵,前期仔魚など),Bシーケンシング(配列の解析)を行う。いずれの方法もPCRDNAの特定の部位を増幅して行うが,増幅する部位は,種に特異的な配列のある部位であることが条件となる。以下にそれぞれの概要を述べる。

 

B PCR-SSP

PCR-SSP法は,DNA塩基配列の種間変異が多い部位にプライマーを設計することで,特定のプライマーの組合せでPCRが可能か否かを基にして種を同定する方法である。原理的には最も簡便な方法だが,同時に,誤判定も起きやすい。PCR-SSP法では,特異性を出来るだけ高くするため,予めアニーリング温度,テンプレート量などPCR反応条件の最適化を済ませておく。また,プライマーの非特異的アニーリングを防ぐため,抗体等で安定化したTaqを使う。

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写真:PCR-SSPの例(電気泳動写真)

 

C PCR-RFLP 

 PCR-RFLP法は,用いる制限酵素でPCR産物を切断できるか否かによって塩基配列の違いを検出し,種を同定する方法。1塩基の違いを検出する方法であるから,その部位に種内変異があると誤同定となる。

DNA配列の種内変異は,主要な実験動物ではよく調べられているが,魚類では未だ十分な知見がない。このため,RFLPには常にブラックスワンの問題が付きまとう。

また,理想的(種特異的)な部位が見つかっても,その配列を認識・切断する制限酵素がない場合も多い。その場合,本法は適用できない。

 

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写真:PCR-RFLPの結果例

 

D シーケンス解析

種間変異の多い部位をPCR増幅し,そのDNA配列を解析する方法。SSPRFLPに比べて煩雑だが,最も確実な方法。PCR産物をダイレクトシケンシングすることで,簡便化が可能。

 

E RAPD法(Randam Amplified Polymorphic DNA

種判別に有効な方法。ある程度,種の見当が付いている場合に使われる。ランダムプライマーという短いプライマーを用いてPCRを行い,増幅したDNA断片の組成(バンドパターン)を対照魚(すでに種の特定出来ているサンプル)と並行して分析・比較し,電気泳動で確認することでDNA多型を検出する。DNAフィンガープリントともいう。

 

亜種(sub-species),系統(strain),系群(sub-population)など,種以下の変異(種内変異)や交雑種もDNA配列をもとに識別可能。

同一種であっても,長期の生殖的隔離(Reproductive isolation)と,突然変異による遺伝形質の変化,および環境適応によって,DNA配列が異なっている。

 

 

 

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