湖魚の

 

 

1.フィールドにおける安全事項

 

@安全第一:

フィールドには多くの危険が潜んでいる。命に関わる危険もある。私たちヒトを含む動物は危険に遭遇する度に,その危険を瞬時に記憶し,生涯忘れないという驚異的な能力を持っている。一度体験した危険を忘れるような個体は,長い生物進化の過程で(生存競争の中で)自然淘汰され,危険を忘れない個体だけが生き延びてきた,ということだろう。

教育者としては,この驚異的な学習能力は大変興味のあるところで,授業でも何とかこの潜在能力を引き出したい,と思うことがある。かといって,教育手段として「危険」を利用することはできない。リスクの高い教育は決して正当化されない。フィールドでは安全管理より大切なことはない。

一方で,フィールドに危険は付き物であり,危険のないフィールドなど存在しない。フィールドに潜む危険を回避するには,隠れた危険を予測・発見する目(能力)を身につける必要がある。したがって,フィールドから危険を人為的に取り除いたり,危険のないフィールドをあえて選ぶようなことは望ましくない。フィールドにおける「危険学習」は,将来フィールドでの危険を予測・回避する上で必要な教育である。フィールドワーク実施に当たっては,十分な安全を確保しながらも,同時に危険に関する教育が求められる。そのため,以下の基本事項を順守する。

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写真:授業としてのフィールドワークは大学から徒歩圏内で行うことが多い。

 

A 教員が行う安全確保と安全教育

   フィールドで事故が起こる確率を考えると,安全確保を全く怠っていても,事故は起きないだろう。しかし,事故が起こる確率は必ず上昇している。すなわち「事故が起きていないから良し」という判断は不当である。事故が起きてからでは遅い(取り返しがつかない)場合も多い。何時も事故の確率を下げる努力を怠ってはならない。

   安全確保が最優先だが,危険を取り除く(危険の無い所を選ぶ)のではなく,危険を認識し,学ぶことが重要である。そのため,教員はフィールドに潜む危険の種類とその所在を十分に把握しておく必要がある。危険体験談,事故例などをもとに,危険予測と事故回避のための教育をおこなう。

   事故回避のため,フィールドの事前調査・確認は十分行う。フィールドワークは雨天中止だが,当日晴天でも前日の降雨で増水している場合は中止するか,別のフィールドで行う。また当日,フィールドワーク開始前に現場の見回りと安全の再確認を行い,天気予報でフィールドワーク中の天候を予測しておく。ゲリラ豪雨や雷など,天候の急変に備えてスマートフォンなどを携帯し,フィールドで雨雲レーダーなどをリアルタイムでチェックできるよう準備する。

   もしフィールド(とくに平坦な場所)で雷が発生した場合は,人に落雷する危険が高いので,直ちに近くの建物や自動車の中など,安全なところに避難する(天井や壁から離れること)。

   フィールドワーク実習中,教員1名では安全確保が十分出来ないことが多い(各々の学生に目が行き届かない)。したがって,TAなどの監視員を複数名つけて,フィールドワーク中に事故が起きないような体制で臨む。突然川に飛び込むなど,危ない行動をとって楽しむ(ふざける)学生もいるので注意する。一方で,監視・監督の行き過ぎで,学生が不快感を覚えるようではいけない。

   フィールドで事故を防ぐために,必要に応じてホイッスル,救命胴衣(ライフジャケット),ロープ等を用意する。また,事故が起きたときのために,消毒液,止血パッドなど応急処置用品(救急箱)を持参する。てんかんなどの持病を持つ学生は事前に把握しておき,不意の水難事故が起きないよう注意する。学生の中には破傷風予防接種などを必要回数受けていない(とくに外国人学生)ことも考えられるので,十分注意するとともに,傷の手当は確実に行う。さらにフィールドワーク引率者として,教員は予め応急処置に関する講習会に参加し,AEDの使い方,応急処置や蘇生の方法などを学んでおく(認定証等を得ておく)。

   また,フィールドワークを受講する学生に対し,以下の注意事項を徹底させる。


 

B 学生への注意事項

 

1.安全上の注意事項

 

【単独行動・危険行動の禁止】

フィールドには思いがけない危険が潜んでいます。深みにはまったり,足場が悪く川に落ちたり,頭を打って意識をなくしたり,毒のある生物に噛まれたり刺されたり,...そのような場合,近くに助けてくれる人がいないと深刻な事態になりかねません。従って,フィールドでは,単独行動(12人で離れた場所に行く行動)や危険な行動は絶対にしないで下さい。

 

【点呼の徹底】

川に流される,沼で深みにはまる,乗船実習で船から落ちるなど,危険が予測されるフィールドでは,少なくとも実習の開始時と終了時に人員点呼を行ないます。また,実習中も教員およびTAが頻繁に人員確認を行っています。もし,実習中に早退あるいはトイレ等で一時的に現場を離れる場合は,必ず教員またはTAに直接その旨を事前に伝えて下さい。もし,実習中に「行方不明者」が出た場合は,直ちに全員で捜索に当たると共に,警察に捜索協力を依頼します。

 

【遅刻厳禁】

フィールドワークを含む実験実習系の授業では,授業の最初に「注意事項」を説明します。この説明を聞かないで(途中から)実習に参加すると,事故につながる危険が格段に高くなります。もし止むを得ない事情で遅刻した人は,そのまま黙って参加せず,必ず最初に教員の指示を仰いで下さい。正当な理由なく遅刻した人に対しては,危険防止のため授業への参加を断る場合があります。

 

【服装等】

フィールドで雑草などが直接肌に触れると,皮膚が簡単に切れたり,かぶれたりします。また,素足が川原や水底の石に触れても,簡単に切れることがあります。フィールドには怪我をしにくい格好,動きやすく,汚れてもよい服装で来て下さい。フィールドの状況に応じて,長靴や胴長も必要になります。雨天時,および雨が降りそうな時は,傘ではなく,雨合羽を持参して下さい。悪い服装の例: 半袖,半ズボン,サンダル,ハイヒール,スカート,アクセサリー類,その他,常識を逸脱した格好。もし怪我をした場合は,軽傷でも直ちに教員またはTAに申し出て下さい。

 

暑い日は,熱中症防止のための帽子も必要です。また,こまめに水分補給する必要がありますから,水筒・ペットボトルを持参して下さい。必要に応じて日焼け防止クリームやサングラスも用意して下さい。もし頭痛など,実習中に具合が悪くなった場合は,我慢せず早めに教員またはTAに申し出て下さい。

 

2.法令上の注意事項

 

フナやアユなどのごく一般的な魚にも,禁漁サイズ,禁漁地区,禁漁期間,使用禁止漁具など,細かい規則(法律)があります.たとえば,報告書に「体長5cmのフナを採集してホルマリンで固定した」と書けば,犯罪を自己申告していることになります。フィールドで多く採れるブルーギルやブラックバスを,バケツに入れて生かしたまま大学に持ち帰ったら重罪です(個人は3年以下の懲役,300万円以下の罰金,法人には1億円以下の罰金)。魚貝類の採集に関しては,非常に多くの法令があるので,教員の指示を仰ぎ,違反しないよう注意して下さい.

 

法令の詳細は『遊漁の手帖』(滋賀県農政水産部水産課から無料配布,水産試験場でも入手可能)を見て下さい。もし,使用禁止漁具の使用,禁漁サイズの捕獲など,法令に触れる実習をする場合には,事前に水産課の担当者に「特別採捕許可証」を申請し,法令の適用除外を受ける必要があります。県立の研究教育機関といえども,このような申請をすることが義務付けられています。

 

3.フィールドワークのマナー

 

フィールドは,地元の人々にとっては庭のようなものです。何十年もその土地に住んでいるだけでなく,日曜日など地域ぐるみで草刈りや掃除をすることで“庭”の手入れもしています。そのような場所に,ある日突然学生が現れれば当然気になります。フィールドで地元の人を見かけたときは,最低限こちらから「挨拶」をするよう心がけて下さい。また,挨拶だけでなく,何をやっているのか(やろうとしているのか)説明し,理解を得るよう努めて下さい。地元の人から,そのフィールドに潜む危険(足場の悪いところ,ぬかるみ,毒のある生物など)を教えてもらえたり,そのフィールドの昔の様子など,貴重な話が聞けるかもしれません。

 

フィールドで魚を採集しようとする際,そこに釣り人が居た場合は,邪魔してはいけません。十分に離れた場所で採集する場合でも,釣り人より上流で採集すると,濁水が流れて,釣りが出来なくなってしまいます。十分に配慮して下さい。たとえ,大学の授業としてのフィールドワークでも,あるいは県知事の特別採捕許可証を持っていても,釣り人に対しての優先権などはありません。良識をもって行動して下さい。

 

 


2.フィールド採集の実際

 

@ 採集の目的:

琵琶湖に生息する魚類の多くは,春〜初夏にかけて湖岸域(流入河川,内湖,ヨシ帯,水田等を含む)に産卵回遊し,そこを再生産(繁殖)の場としている。この時期,稚仔魚で賑わう湖岸域の魚類相を調べることは,琵琶湖魚類の繁殖生態を知り,有効な資源増殖への方策を構築する上で重要である。したがって,以下に示す調査・実習を行う。

 

l  琵琶湖流入河川,内湖,および湖岸域において,魚類を中心に水生生物の調査(採集,分類,形態観察)を行う。

l  採集日時,天候等を記録。採集生物の種,大きさ,個体数,採集場所,採集方法を記録する。

l  採集域の環境(水温,水質,流速,水深,透明度,底質,水草の種類と量,川岸の様子など)を記録する。

l  採集した魚類等の一部は実験室に持ち帰り,外部形態・内部形態の観察を行う。種の特徴を理解し,魚類学の方法に基づく種の同定を行う。

l  生物相,個体数,年齢構成などから,水域の魚類資源の現状と生物的特性,生物多様性と種間関係,および生息環境の現状と問題点を認識する。

l  調査水域で減少している魚類を知り,その減少している理由を包括的に考える。それをもとに,水産資源の保護・増殖のための現実的な環境改善方策を自ら考え,提案・議論する。

 

A フィールドの選定:

l  フィールドワークとして魚類採集,魚類調査を行う場合,「魚が採れること」が要件である。研究として調査をおこなう場合,魚が捕れないという結果は当然ある。しかし,フィールドワークを受講する学生は,研究者ではなく素人であるから,魚が採れなければ学生の関心が急速に低下する。したがって,教員は予備調査を行い,魚のいる場所を把握しておく必要がある。

l  しかし魚の採れる場所には,釣り人など遊漁者がいることが多い。遊漁者がいる場合は,邪魔をしてはならない(前頁の学生への注意事項を参照)。したがって,魚が多くいて,遊漁者の居ないフィールドを見つける必要がある。これは大変難しい。場合によっては授業が始まる何時間も前から「場所とり」をすることになる。

l  増水時など,フィールド調査ができない時のために,予備フィールド(田んぼ,水路など)も用意しておく。田んぼの場合は,予め所有者の了解を得ておく。

l  農道や川の堤防などは道路幅が狭いので,自動車や自転車を駐車・駐輪するときは,一般車両の通行の妨げにならないよう配慮する。また,一般車両の通行を禁止している農道も多いので注意する。

その他,安全確保と場所選定については前項参照。

 

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写真:調査用具(投網,四手網など)の使い方と採捕の仕方を習う。


 

B 採集方法

l  採集用具(タモ網,四手網,投網,二手網(さで網),もんどり,刺網,小型定置網など),長靴,胴長,バケツ,エアポンプ,カメラ,筆記用具。

l  網の使い方,魚の採り方の要点: タモ網は動かしてとる(すくい採る)のではなく,足で水草などに隠れている魚を追い出して捕るのが基本(いわゆるガサガサ捕り)。もちろん四手網も同様の使い方をする。足を怪我しないように,胴長や長靴を着用すること。

l  投網は,漁師の技(漁法)ではなく,研究者が頻用する正式なフィールド調査手法として教える(習得する)。学生は,投網=漁師と思っているので,まずこの誤解を解く事が大切だろう。また,投網が意外と高価なこと,破れやすいこと,修理が大変なこと等もあわせて,正しい使い方を教える(学ぶ)。

l  魚類等を,川岸付近に繁茂する抽水植物や浮葉植物の周囲で採集する(主に四手網,投網)。

l  エビ類を,川岸近くの沈水植物や浮葉植物の多い場所で採集する。(主に四手網,タモ網)

l  ナマズの稚魚,種不明の稚仔魚などを,水田や水田脇を流れる水路などで採集する(主にタモ網)。

l  採集生物について,種・大きさ・個体数・採集場所,用いた採集道具などを記録。

l  生息数を推定―――標識放流法,除去法,CPUEなど(別記)。

l  採集した魚は,各種2〜3尾程度をバケツに入れて,生かしたまま大学(生物実験室)に持ち帰り,魚類学の方法で観察,分類・同定する。採集当日に観察できない場合は,70%エタノールや10%ホルマリンで固定保存,あるいは冷凍保存し,後日観察する。 なお,固定することで体色が変化するので,固定前に写真をとり,原色の画像を残しておく。 残りの個体はその場で種,数,大きさを記録し,必要なら写真に収めてから,放流する。

l  魚類採集にあたって,採捕禁止の魚種およびサイズに注意する。また,生きたまま運んではいけない魚種があるので注意する(「魚類フィールドワークに関連する法令等」の項を参照のこと)。

l  フィールドで採集した魚を,活かしたままバケツに入れて運ぶ場合は,エアレーター(電池式,ポンプ式)を使って酸素補給する。ビニール袋に酸素を充填する方法でもよい。短時間ならば,魚を傷めないよう注意しながら手で時々曝気するか,バケツの水を別の容器や袋に取って曝気する。(氷などで)水温を下げる方法も有効だが,下げすぎると魚種によっては蘇生しなので注意する。

l  魚採り自体は遊びの要素が強いが,遊びだけで終わることのないよう注意する。「今日は楽しかった〜」ではフィールドワークとは言えない。必要に応じて,レポート提出や学習到達度をチェックする小テストなどを課す。

 

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写真:抽水植物帯の生物を四手網で採捕する様子。

 


3.魚類フィールドワークに関連する法令等

 

滋賀県における魚類フィールドワーク関連の法令等は,滋賀県農政水産部水産課発行の小冊子『遊魚の手帖』(無料配布)にまとめられている。主な法令は以下の通り。

l  漁業法―――共同漁業権のある水域で,採捕の制限や遊漁料の徴収などの遊漁規則が適用される。

l  水産資源保護法―――採捕の制限,保護水面などが規定されている。

l  滋賀県漁業調整規則―――採捕禁止の期間,区域,漁法,サイズについて細かく規制されている。滋賀県内の釣具店等にも,県内で使用が禁止されている漁具が売っているので,注意すること。(詳細は,滋賀県農政水産部水産課HPを参照のこと)

*******************一部抜粋***********************

全長15cm以下のフナ類とコイの採捕禁止(第36条)

全長25cm以下のビワマスの採捕禁止(第36条)

101日から1130日まで,ビワマスの採捕禁止(第35条)

821日から1120日まで,アユの採捕禁止(第35条)特例あり。

網目が6cmよりも小さい「もんどり」の使用禁止(第51条)

四手網や刺網の使用禁止(第51条)

**************************************************

l  滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例(2003年から施行)―――オオクチバス,コクチバス,ブルーギルのリリース禁止。

l  外来生物法(2005年から施行)―――特定外来生物の飼育,栽培,保管,運搬,販売,譲渡,輸入,野外に放つことの禁止。特定外来生物を飼育する者は許可が必要。主な特定外来生物(魚類)は,オオクチバス,コクチバス,ブルーギル,チャンネルキャットフィッシュ,パイク類,パーチ類,カダヤシなど。罰則が非常に厳しい。(詳細は,環境省外来生物法HP参照のこと)

l  種の保存法(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)―――魚類フィールドワークに関連する種としてはアユモドキ,イタセンパラ,スイゲンゼニタナゴ,ミヤコタナゴが記載されている。(詳細は,環境省自然環境局野生生物課HPを参照のこと)

l  ふるさと滋賀の野生動植物との共生に関する条例(希少野生動植物保護条例)(2007年から施行)―――イチモンジタナゴ,ハリヨの採捕禁止,タイリクバラタナゴ,オオタナゴ,ブラウントラウト,カワマス,ピラニア,オヤニラミ,ガーパイクの類,ヨーロッパオオナマズが放流禁止,飼育届出義務となっている。

 


4.固定・保存の方法

 

外部形態をスケッチする場合,ホルマリン固定,エタノール固定のいずれの場合も,標本の元の色彩を大きく変えてしまうので,(スケッチに色彩等の特徴を書き入れる場合は)できるだけ新鮮な状態でスケッチすることが望ましい。 採集に疲れて,当日スケッチする気力が残ってないとき,あるいは直ちに固定したい場合は,固定する前に,デジタルカメラ等で写真を撮っておくことで,色彩等の情報を残すようにする。

標本の固定・保存に最もよく用いられるのは,ホルマリンである。通常,10%ホルマリン水溶液が使われる。これは,ホルマリン原液(37%のホルムアルデヒド水溶液)を水で10倍に薄めたものである。一般に標本の容量の30倍程度の固定液を用いて固定する。ホルマリンは徐々に分解して蟻酸(ぎさん)を生ずるので,通常弱酸性である。したがって,pHを中性にしたホルマリン溶液を用いることが多い。最も簡便なのは,炭酸カルシウム(チョークや貝殻を砕いたもので代用可)を飽和させる方法である(下記の表を参照)。組織切片用に臓器を固定する場合は,10%リン酸緩衝ホルマリンが第一選択となることが多い(表を参照)。

組織の固定は通常24時間程度で充分である。アルデヒド類は,タンパク間に架橋を形成して変性凝固させるので,免疫染色などでタンパク質を調べる場合は,24時間を超えるホルマリン固定は望ましくない。ホルマリン固定した組織はPBSで洗浄し,70%エタノールへ移すことで,染色性の低下を防ぐことができる。免疫染色に供するサンプルは,4%パラホルムアルデヒドで固定することが多い。ヘマトキシリン-エオジン(HE)染色などの形態観察には,ホルマリン中に永久的に保存可能だが,長期保存したものは染色性が低下する。

固定液にはリン酸緩衝ホルマリン以外にも多くの種類があって,目的によって使い分ける。なお,ホルマリンは劇物に指定されているので,そのまま廃棄してはならない。特定の処理法を用いて無毒化することが義務付けられている。

動物の組織は,血流が止まると同時に分解が始まる。したがって,組織中の成分を分析する場合は,できるだけ速やかに固定処理を行う必要がある。最初に分解されるのは,様々な代謝中間体だろう。これは,生体がどのように扱われたかによっても大きく影響を受けるので,適切な麻酔処理をするなど,十分な配慮が必要である。代謝中間物質を定量する場合,液体窒素で予冷したトングを用いて,組織を瞬時に凍結する方法が用いられる。RNAも非常に分解し易いので,液体窒素で固定し,そのまま液体窒素中に保存することが多いが,トングは使わず,組織の小片をそのまま液体窒素で凍結保存する。

RNAの固定方法として近年頻用されるのは,RNAlater®などのRNA固定液である。RNAlaterは冷却して使用するのが望ましいが,常温でも十分使用できるので(液体窒素に比べたら)ずいぶん便利な固定液である。RNAlaterに限らず,固定液を用いる場合の大原則として,生体から採取した組織片に,固定液が浸み込むまでの時間が短いほどよい。したがって,固定する組織片は小さいほどよい。

RNAlaterを用いる場合,組織片の最大長が5mm以下になるようにする。さらに,固定液の浸透を促すために,組織片と固定液を入れたバイアルを10分おき,あるいは連続的に12時間ほど緩やかに震とうする。大きな組織を固定する場合,あるいは組織中の血液を除去する場合は,灌流固定という方法を用いる。組織中のRNAを良い状態で固定・保存することは,遺伝子発現(RNAなど)の解析をする上で重要なポイントとなる。

標本中のDNAを分析する場合(魚種判別など),ホルマリン以外の方法で標本を固定・保存することが望ましい(ホルマリン固定した標本では,DNAが断片化しやすい)。DNAの分析を目的とする標本は,冷凍保存かエタノールで保存する。しかし,ホルマリンに長期間保存した標本であっても,DNAの抽出方法を工夫することで,mtDNAの場合で400塩基ぐらいまでPCRで増幅できることが分かっている。

 

 

10% 中性ホルマリン固定液

中性ホルマリンとは,10%ホルマリン液に充分量の炭酸カルシウム(CaCO3)などを加え,振とう後,24時間以上放置してビンの底に沈殿させた上澄み液。 ホルマリン標本用の固定液として用いる。

 

 

10% リン酸緩衝ホルマリン固定液  Lillieのリン酸緩衝ホルマリン)

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リン酸1水素2ナトリウム Na2HPO4            0.65g

リン酸2水素ナトリウム NaH2PO42H2O          0.4g

蒸留水                                   90ml

ホルマリン液 (ホルムアルデヒド37%含有)   10ml

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今日主流となっている組織用固定液。ホルマリン希釈液はpH4程度の酸性のため,リン酸緩衝液で希釈することで pH7.47.6にしたもの。リン酸緩衝液のモル濃度は厳密でなくてよい。リン酸水素ナトリウムの量は含水量によって調節する。免疫組織化学に用いる場合,ホルマリンによる固定は抗原性を損なうので,高濃度・長期間の固定は避ける。

 

 

PBS (Phosphate-buffered saline):リン酸緩衝生理食塩水

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NaCl                                 8.0g    137mM (最終濃度)

KCl                                   0.2g    2.7mM

Na2HPO4.7H2O             1.15g  4.3mM

KH2PO4                           0.2g    1.4mM

蒸留水                                          1 Liter

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*1M HClpH 7.4に調整する。

 

 

 

 

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