ウソップ日記・2




 俺の名はウソップ。海の甘く危険な香りの誘われ、幾人もの女を振りきり、旅だった男だ。
 人は、嫉妬と憧れを込めて、俺を、「海の恋人ウソップ」と呼ぶ。
 今日も、この俺を愛して病まない君たちのために、俺のプライベートな一部を、そっと教えてやろう。



         △月×日


 外にいると吐く息が、白く凍るようになった、今日、ゾロが風邪をひいた。
 なんとかは、風邪をひかないと言うアレは、どうやら間違いだったらしい。
 まあ、日々体を鍛え、精神力を高めているこの俺には、無縁の惰弱な病ではあるが・・・。
「だから、言ったでしょ! 寒くなって来たんだから、そんな薄着で居ちゃ駄 目だって! だいたい甲板の上で朝まで寝てたなんて、何考えてるのよ! あんたも人間のつもりなら、ちょっとは体の事、労ってあげたらどうなの!?」
「・・・喚くなよ。頭がガンガンすんだろ」
「熱があるんだから、当たり前よ!」
「あー。最近雨で体が動かせなかったから、ちょっと鈍ってるだけだ。こんなの汗かきゃ治るさ」
「ゾロ!!」
 ヒラヒラと手を振って、部屋を出て行ったゾロに、握りしめたナミの拳がブルブルと震えだす。
「・・・ウソップ」
 地を這う様なその声に、俺はゆっくりと振り返った。
「あの馬鹿・・・一回殺して来て!!」
 所詮、女と言うモノは、最後には男を頼るように出来ている。
 そう、この俺の様に男らしい男を・・・。
「さっさと、行けー!!」
 フッ、ヤレヤレ、女の我が儘にも、困ったもんだ。
 俺は、ニヒルに笑いながら、その部屋を後にした。
 ダイニングを出て、少し歩くと、刀を振っているゾロと、それを見ているサンジが目に入った。
 サンジの奴、さっきまでルフィに飯を作っていたような気がしたが、いつの間に外に出たんだ!?
 イヤ、それよりも、ゾロだ。・・・まさか、本当に体を動かしているとは、思わなかった・・・。
 脳まで、筋肉で出来ている奴の考える事は、・・・理解出来ない。
「・・・ゾ・・・・・・!!」
 呼びかけようとした、瞬間。おもむろに伸びたサンジの足が、思いっきりゾロの背中を蹴り上げた。
 きれいな放物線をかいて、ドボンと海に落ちる、ゾロ。
 ・・・・・・!!
 何なんだ!? もしかしてサンジは、さっきのナミの話を聞いていて、それを実行に移したのか!?
 違う!! それよりも、ゾロだ!! いくら、あいつが人間離れしてると言っても、あの熱で寒中水泳は、本当に死んじまう!!
 男らしさの形容詞でもあるこの俺は、もちろん、すぐにゾロを助けるために、流氷の漂う海に飛び込もうとした。
 さあ!! っとばかりに覚悟を決めた瞬間、サンジがヒョイっと体を海に投げ出し、沈みかけたゾロの体を抱き上げた。
「おい、ウソップ。梯子を下ろしてくれ」
 ・・自分で蹴り落として、なぜ、自分で助ける!?
「早くしろよ。寒いじゃねーか!」
 理解不能のその行動に、思考回路がストップした俺に、サンジがもう一度、呼び声を上げた。
 当然の事だと言えば、当然だが、海から引き上げられたゾロの病状はかなり悪化していた。
 ハンモッグでは、体力的に苦しいからと、急ごしらえされたソファのベットに、グッタリと横たわり、吐く息がかなり熱い。
「オイ、飯だ。起きろゾロ」
 足で器用にドアを開けたサンジが、鍋とワインを持って現れた。
「サンジ! 俺のは!?」
「お前は、さっき、食ったろ?」
 キラキラと目を輝かせたルフィの前を、サンジがスタスタと歩いていく。
「ホラ、これ持って来てやったから、飲んでろ」
 そう言って渡されたワインは、もうすでに封が開いていた。
 サンジ・・・。この俺に、・・・こんなモノを渡すとは・・・。
「ゾロ! 起きろ。俺様が、わざわざお前の為に作った特別メニューだ。ありがたがって、食ってから寝ろ」
「・・・・・・」
 ゲシゲシと枕を蹴られながらも、もそもそと起き上がる。
 この扱いに、文句の一つも言わないって事は、よっぽど体調が悪いんだな、ゾロの奴・・。
「口開けろ」
 ・・・サンジが・・・ゾロの口元に、粥の入ったスプーンを差し出した!?
 何となく、信じられないモノを見た様な気分で、目を見開いた俺の体に、ルフィがコトンと倒れてきた。
 見れば、いつの間にかワインを飲み干したルフィが、くぅくぅと寝息を立てている。
 おかしい。ルフィは、ナミやゾロほど酒豪じゃないが、これくらいの量で酔うほど、酒に弱くはなかったはずだ。
「ホラ、口開けろって」
「・・・自分で食える」
 憮然と答えるゾロを、サンジがフンっと鼻で笑った。
「お前用のスプーンは持って来なかった。これは俺用のスプーンだ」
「・・・言ってる、意味が分からねーぞ」
「お前は馬鹿か!? 俺用のスプーンは、俺しか使っちゃいけないって事だろうが、・・・ほら、口開けろって」
 オイオイ、何なんだ、その無茶な理屈は・・・。
 アングリと、口を開けたまま、言葉を綴れない俺に、サンジがチロリと一瞥をくれた。
「ウソップ、お前、酒飲まなかったのか?」
「あ・・・、ああ、ルフィが全部飲んじまった」
「・・・そうか、キッチンに新しいのがあるぜ、飲んで来いよ」
 そう言ったまま、ゾロの口元に無理矢理スプーンを押しつけるサンジ・・・。
 何となく、この部屋に居づらい気分になるのは、気のせいだろうか・・・。
 と・・・取りあえず、サンジが俺の為に用意したワインでも飲んで来るとしよう。
 この、冷たく澄み切った夜に、波の音を聞きながらワイングラスを傾けるのもまた、ロマンチックな俺らしくて良いだろう。
 そうさ、それがこの俺にふさわしい一日の終わりかたさ。
 ・・・なんとなく、蟠った心を抱えたまま、過ぎていった、ある寒い日の夜だった。


                                            おわり