レンズと作例

―"Sonnar"という名の思想―


 Sonnarとは、Zeiss ikon社が発売した35ミリカメラ、Contaxの為に用意されたレンズです。コンタックスが「撮影者の意図を、忠実に画像で再現する機械」であるならば、そのレンズは「撮影者の意図を、忠実に画像で再現する光学機器」でなければなりません。ゾナーは史上初の万能性を持った大口径レンズであす。コンタックスの開発において、カメラ以上に大きな意味を持っていたのはレンズの開発である。ゾナーの開発は“Ernostar”シリーズの開発で知れる。ルードビッヒ・ベルテレ(1900〜1985)によってなされました。

 エルノスター型レンズは、基本的に3枚玉のトリプレットの発展させた大口径レンズですが、ゾナーもまた基本的には3枚玉トリプレットの発展させた大口径レンズと位置付けることが出来ます。ゾナー型レンズの特徴は、基本的に3群の貼合わせレンズでです。非常にコストのかかるレンズで、まず大塊の光学ガラスが必要となり、曲率の高いレンズを製作する高度な加工技術、さらに曲率の高いレンズ同士を、光軸をずらすことなく、張り合わせる高度な熟練も必要とされました。その為に、ゾナーの製造は非常に高価なものとなってしまいました。

 事実、コンタックスT型とテッサー5cmF2.8が300ライヒス・マルクだったのですが、ゾナー5cmF1.5も300ライヒス・マルクでした。つまり、カメラ+レンズと同価格だったのです。なぜ、このようなコストの嵩むレンズ設計にしたのか? それは、なるべく、空気とレンズ面の接触を少なくして、空気とレンズ面に起こる反射を防ぐ為であす。これによって、光量の損失とコントラストの低下を防ぎ、明るいレンズにも関わらずきわめて鮮鋭な画像が得られました。

 ライカのズマール(Summar)5cmF2が、6枚玉で空気接触面が8だったのに対して、ゾナー5cmF2は6枚玉で空気接触面は6.5cmF1.5ゾナーは7枚玉で6である。この差は大きいものです。レンズの大口径化に必要な条件として、各光収差を抑えつつ、レンズ枚数を多くして少しずつ光を屈折させるのはレンズ設計の要件ですが、1930年代頃には、まだコーティング技術(反射防止膜)が無かった為に、各レンズを張り合わせて空気間隔を減らすという手法をベルテレは採用しました。つまり、コーティング技術の欠如が生んだ産物であったと云うことが出来ます。

 ゾナー型レンズの欠点として、比較的に周辺の湾曲収差が大きいことが知られています。特にゾナー型を継承したBiogone 3.5cmF2.8ではその傾向が顕著であり、建築物などの直線を画像に入れると、湾曲が判り易くなります。しかし、湾曲収差は像の鮮鋭さに関係なく被写体の幾何学的形状を結像で歪ませる収差であるので、コーティング技術の因る光量損失とコントラスト低下を秤にかけ、湾曲収差が比較的大きいにも関わらず、このレンズ形式を選んだと考えられます。

 しかし、のちに、コーティング技術が開発され発展すると、空気とレンズ面に起こる反射と光量低下は、レンズ設計において大きな足枷とはならなくなりました。これを発明したのもツアイスですから、皮肉な話です。これによって、製造コストのかかるゾナー型は衰退しますが、技術史的な意義は大きいものです。なぜなら、それまで大口径レンズに較べて、昼夜を問わず高画質な画像をはじめて得ることができた史上初の大口径レンズであり「撮影者の意図を、忠実に画像で再現する光学機器」だったからです。

 ゾナーは、主に標準レンズでは5cmF1.5、5cmF2、中望遠では8.5cmF2、望遠では13.5cmF4の4種が製作されたが、その他に18cmF2.8と30cmF4が存在しています。



―Olympia Sonnar18cmF2.8―

 Sonnar18cmF2.8は究極のゾナーとされ「Olympia Sonnar」と呼ばれました。このオリンピア・ゾナーは1936年のベルリンオリンピックに向けて開発されたものであり、コンタックスのみならずツアイス・グループ、ドイツ光学技術の象徴とされたものであり「光の巨人」と呼ばれました。最初に生産されたモデルは、コンタックスの連動距離計に直接連動し、後のモデルではFLEKT-SKOP(フレクトスコープ)という一眼レフ装置(ライカで云えば、VISO‐FLEXに相当する)で使用するモデルになります。主に、中古市場で流通しているのは、フレクトスコープを使った後期型モデルです。

 直接連動モデルの初期型は、きわめて珍しいモデルです。このHPに紹介するオリンピア・ゾナーは、最初に生産された50本中の24番目のもので、直接連動型です。もしかしたら、1936年のオリンピックに実際に使われていた可能性も否定出来ません。現在までの調査では、この製造番号1503724の個体は、戦前期の日本に輸入された数本のうちの1本であると考えられています。

 このオリンピア・ゾナーには、革製の専用トランクが付属しています。この革製トランクは、旧日本軍のものと酷似しており、更にトランクの一部に刃物で切り取った形跡があります。時代背景から察するに、旧陸海軍の関連する組織、または研究施設が所有していた可能性が高いと思われます。このオリンピア・ゾナーは敗戦時にトランクごと非合法に持ち出され、組織や施設の刻印を消すために、トランクの一部が刃物で切り取られたと考えています。

 現在、オリンピア・ゾナーの極初期ロットである50本のうち、所在が確かめられたのは、この個体を含めて4本だけです。このオリンピア・ゾナーについての詳細は、筆者のカメラレビュー誌における著作をご覧下さい。

カメラレビュー53号〜50人のコレクターに聞く私の1題
森 亮資著「距離計連動型のオリンピア・ゾナー18cmF2.8」94〜95ページ 朝日ソノラマ 1999年

カメラレビュー59号〜ニコンS・コンタックス・バヨネットレンズ
森亮資著「オリンピア・ゾナー18cmF2.8<距離計連動型>」69ページ 朝日ソノラマ 2001年



Lenses & Pictures

Olympia Sonnar 18cm F2.8

Sonnar 5cm F2 (Contax-I)

Sonnar 5cm F2 (Contax-III)