幸  .

退屈な毎日。
その日も俺は自分が何をしているのか、何がしたいのか分からないままこの街を彷徨った。
そしてこれは、日も沈み、月明かりと街灯だけが道を照らした夜の話。

腰につけた鞭をいつでも取り出せる格好で、気だるげに背中を丸めて歩くのが俺の癖。
最近の楽しみは夜の冒険者狩りだ。
強いヤツほど俺は燃える。
その余裕綽々としたツラを恐怖と痛みに歪ませるのがたまらなく気持ちイイ。
そうして今日も一人で、当てもなく標的を探していた。

「見ィつけた」

ニィ、と自然と口の端が上がる。
今日の標的はあいつだ。赤い髪をしたソードマン。
夜目の利く両目を凝らせば、スラリとした長身に整った顔立ちの男だと分かる。
鋭い目つきからはそいつのプライドの高さが窺えた。
お高く留まったヤツは好きじゃない、その綺麗な顔を無茶苦茶にしてやりたい衝動に駆られる。

後ろから近づいてその肩を叩いた。
そうして振り向く相手の、その仕草がいちいち目につく。
悪い意味じゃなく惹きつけられる、その事実が俺の機嫌を更に悪くした。
いくら造作がいいからといって、完璧な人間がいるはずがない。

「なあ、兄さん。ちょっと相手してくんない?」
「他を当たれ」

気を引けなければ意味がないから、少し下手に出てやれば…なんだその態度。
たった一言で切り捨てて去っていく後姿に無償に腹が立つ。
いつもならああそう、と見逃す俺だが、こいつだけは気に食わない。
いわゆる同族嫌悪ってやつか。

「待てよ」

腰の鞭を引き抜いて、足を狙った一撃を見舞う。
だが、相手は俺よりも一枚上手だった。
後ろを向いて歩いていたはずのそいつは、まるで見ていたかのように避けやがった。

「俺に武器を向けるとは、な。その心意気は買ってやろう」

お前、何様だよ。
言いそうになる言葉を飲み込んで、俺は再び鞭を振るう。
けれど、何故かあいつには掠りもしない。
俺の方がスピードはあるのに、全て紙一重で避けられて苛立たしさも次第に増す。

「くそ…ッ!」
「短気だな」

やけくそ気味に仕掛けても、相手には全く通じなくて。
こんな屈辱を味わわされるのは初めてだ!

「筋は悪くない。相手が悪かったな」

不意に、夢中で振るっていた鞭がそいつの腕に絡まる。
それはわざとで、逆に俺の方が捕らえられた。
鞭を持つ手を離せばいいだけのことなのに、丸腰になるのが恐怖と感じる。

「…何モンだよ、あんた…!」
「クエスト消化に貢献する善良な冒険者だ」

そう言って懐から取り出したのはクエストの依頼書。
それは、何度か見たことがある。
夜中に街を徘徊し、次々と冒険者を襲う輩を捕獲すること。
つまりは俺の指名手配書ってわけだ。

「…わざわざご苦労サマなこって」
「全くだ。ついでに憂さ晴らしに付き合ってもらおう」
「は…、」

武器を放す恐怖に勝てなかった俺は、気づけば地面を転がっていた。
あれだけしっかりと握っていた鞭も手元から離れ、そいつの足元に落ちている。

「…ってぇな!何すんだよ!」
「お前が今までしてきたことだが?」

音も無く近づいてきていたそいつに、俺は胸倉を掴まれ殴られていた。
手加減のないそれに口の中が切れ、口の端から血が垂れる。
気色の悪い感触に嫌気が差し、口の中に溜まった血液を地面に吐き捨てた。

「満足かよ」
「まだだ」

その短いやり取りを最後に俺は顔がボコボコになるまで殴られ、抵抗の気力を失くしたところでようやく解放された。
体中が痛くて、痛すぎて、痛いのかすらも分からない。
こいつの容赦のなさは、はっきり言って善良な冒険者のものじゃない。

「俺の名はキング」
「キ、ング…?」

もう喋ることすら困難だった。
それでもしっかりと働いている耳で聞き取った音を、俺の口は復唱する。
キング、王様、だって?冗談にも程がある。
はずなのに、その名を聞いてどこか納得した自分が居た。

「そうだ。お前のその忍耐力を買って、選択肢をやろう。俺につくか、牢で過ごすか」
「…あんたについたって、公宮の手からは逃げられない」
「俺につけば、お前は真昼でも自由に街を歩けるようになる。信じるかどうかはお前次第だ」
「…馬鹿じゃねえの、あんた」
「もう一発殴ろうか?」

ポキリ、とキングの指の関節が鳴り、痛みを覚え込まされた俺は反射的に後退さる。

「RSF。第一区で尋ねれば分かる。返事は明日中。逃げられるのも明日中だ」
「…誰が…っ!」
「言っておくが俺も短気だ。気が変わればお前を突き出す。但し、もう一つ言っておこう」

そう言って笑みを浮かべたそいつは、俺の腹に片足を置き、ゆっくりとしゃがんで徐々に圧迫して来た。
苦しい。苦しくて仕方がない。
けれど、頬に添えられた手の優しさが俺を錯覚させる。

「俺はギルドメンバーには優しいんだ。大切な臣下だからな」
「キング…」

重い低音が耳をくすぐり、熱に浮かされたように名を呼べば、彼は満足げに頷く。
そうして、足を退けて立ち上がったかと思えば、キングはその退けた足で俺の鳩尾を蹴り上げ、再び地面に転がした。

「かは…ッ」

思わずこみ上げてきた物を吐き出し、視線だけを向けると、去っていく後姿が見えた。
絶対的優位に立ち、圧倒的暴力を振るう反面、あんなに甘い笑みを浮かべることができるなんて。
どこか恍惚に似た高揚感を感じ、俺はそのまま体中の痛みを無視してキングを追いかけた。



「と、まァ、こんな感じ?」

珍しく俺に興味を示したオージュに俺とキングの馴れ初めを話してやった。
たぶん、あの時の俺は殴られ過ぎて頭がどうかしてたんだと思う。
今になって冷静に考えると、自分をボコボコにした奴についていくはずがない。
むしろ自分なら積極的に逃げただろう状況だった。
なのに、それをしなかったのは、キングの言葉があったからに違いない。
改めて、キングの影響の大きさを感じる。

「それでサチがこんなことに…」

静かに聞いていたオージュは、ひたすら殴られまくった話に眉を顰めながら、痛そうな目で俺を見た。

「おい、ちょっと待て。なんだその残念なものを見る目は!心外だ!」
「まあ実際残念だからしょうがないよね」
「お前はちょっと黙れイアン!」

つか、どいつもこいつも俺をなめ過ぎだ!
なんで年下にまで哀れみの目を向けられなきゃなんねェんだ!

「というより、キングってそんなに凶暴だったんだ。知らなかった」

俺がムキになっているのを尻目に、イアンは手に持ったパンを齧る。
こいつは、俺より後にRSFに来たんだ。
こいつはこいつでキングを困らせたらしいが、俺が受けたような仕打ちはなかったらしい。
なんだかんだで長い付き合いだが、キング絡みの話は、実は誰もしたがらない。
キングは結果さえよければ全てよしってタイプで、その経緯を知る者は諸々の理由で口を閉じることが多いんだ。
俺は最底辺だろーから惜しげもなく堂々と言えるけど!

「兄貴は敵には容赦ねーもん。破壊あるのみってやつ」

唯一キングの全てを知るオージュは、さもそれが当然かのように言う。
これが慣れか…。

「今帰った。…どうした、そんな所に固まって」

噂をすればなんとやら。
当の本人、キングが帰宅し、もふで戯れながら話し込む俺らを目敏く見つけた。
いや、正確に言えばオージュを、か。

「おかえりー。ちょっとサチの昔話聞いてただけー」
「そうか。特に興味を惹かれる話題ではないな」

なんて、ひどいことをさらっと言ってくれる。
それでも、見れば見るほど非の打ち所のない良い男だ。
男女問わずモテているのは言うまでもなく。

「キングキング」
「何だ、気色悪い」
「ひでえ」

ちょっと嫌そうな顔を見てやろうと呼びかけたのだが、実行する前に心が砕けそうになる。
それでも満面の笑みで言ってやった。

「でも好き」

さて、どんな罵倒が飛んでくるかと心が高鳴る。
キングも珍しく目を丸くしていて、でもきっと次には眉が吊り上がるに違いない。
そう思っていたのに。

「ほう…お前、そうやって笑うと可愛いな」
「………はあ!?」

予想外の反応に、思わずドン引きする。

「ちょっ、待てよ!いつもみたいに罵倒して…」
「安心しろ。気は確かだ」
「どういう安心!?」

あ、今ちょっと笑った。
どうやら今日は機嫌がいいらしい。

「さて、今からまた別件の買い物に出るが、栄光ある荷物持ちに志願したい者は?」

そう言ってさっきまでの用だったらしいクエスト関連の書類を、いつもクイーンが座っている机の上にバサッと置いた。
俺らは探索の休日でのんびりしていたいのが正直なところ。
いつもならキングに喜んでついていく俺だが、さっきの今だとどうにも気が乗らない。

「俺、パス」
「あれ、珍しいね。サチがパスするなんて」
「んじゃオレ行こっかなー。久しぶりに兄貴と買い物したいし」

オージュが立ち上がり、キングの傍へと行く。
これは楽園だ、と言わんばかりに好機を逃さず素早く志願する。
…のが普段の俺のはずなんだが、やっぱりその気になれない。
気持ち悪い。

「…サチ、どうしたの、ほんと」
「お前まで俺に優しくすんな」

久しぶりにイアンと目が合って、苛々が口を出た。
それを耳聡く聞いていたらしいキングが、ようやく何か納得言ったような表情で俺を見る。

「サチ。お前はもしかして褒められたり優しくされるのが苦手なのか?」
「あ?別にー?」

キングはいつも、誰と話す時でも、話す相手の目をじっと見る。
普段なら、ああちゃんと俺を見てくれているんだ、と安心するその癖だが、今は居心地の悪さしか感じない。
キングから顔を背けて、イアンを見る。

「素直に言ったら?」
「何を」
「罵倒してくださいって」
「アホか!」

腹が立って手を伸ばしてイアンの頬をつねる。

「…やめてよ。僕は別に罵倒されても嬉しくないから…」
「引くな!こっちが引くわ!」

本当にイアンは俺を怒らせる天才だと思う。
何が気に食わないかって、全部だ、全部。

「ふむ…まあ、サチの扱いに光明が差したのは収穫だな。行くぞ、オージュ」
「さらりと手ぇ出してるけど、繋がないからな。イアン、サチ、行ってくるー」
「うん、いってらっしゃい」
「ってらー」

玄関の戸が閉じる音が聞こえて、ふあ…と欠伸をする。
この熊に触ってるとやたら眠くなってくる。

「寝るの?」
「寝る」
「そう。じゃあ、毛布持ってきてあげる」

と、気を利かせたらしいイアンのその台詞を聞いて、一瞬で鳥肌が立つ。

「っ、気持ち悪い…。ほっといてくれ」
「ほんとに慣れてないんだ」

さも、おかしいと言わんばかりに笑みを浮かべるイアン。
その表情が、こいつが銃を持っている時に似ていて、唯一俺の好きな顔だった。

「それじゃ、おやすみ。風邪引いてこじらせて寝込めばいいよね」
「…ハ。看病はオージュに頼んどいて」
「自分の面倒くらい自分で看なよ」

ひでえ。
でも、イアンにしては上出来だ。
もふ のつぶらな瞳を見上げながら、俺はゆっくりと瞼を落とした。



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10.09.12




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