カナタの戦闘  .

世界樹の迷宮第一階層。
冒険者の中でもビギナークラスが足止めを食らうその場所は、僕らにとってはすでに庭のようなものだった。
僕が所属するギルド、カルジェリアは第一階層の魔物も殆どアルケミストのおかげで知り尽くしており、目立ったアクシデント(例えば、下層の強い魔物が上がってきていたりだとか)の報告もない時は小数での探索が許可されていた。
そんなわけで、僕はゼロ君を率いて今日もウサギ狩りだ。

僕の得物は二種類。前衛用の剣と、後衛からも攻撃できる弓。
戦闘の激しくなってきた下層では使い分けの判断が難しくなってきていた。
だからこそ、せめてそれぞれのスキルアップはしておこうと、ソラッドの言うところの鍛錬に来たんだけど。

「こんな雑魚じゃあ、話にならないね」

そう文句を言うゼロ君の足元には大量のモグラの死骸。
戦利品として価値のある皮や骨を採ることすら面倒なのかそのまま放置している。

「まあまあ。そんなこと言わずに!」

だって、森ウサギは第一階層にしかいない。
それを言ってしまえばゼロ君が帰ってしまうことは明白で。
(以前クローゼットにうさぎの尻尾を詰め込んでたら悲鳴を上げて真っ青になっていた。それ以来、彼の中で若干トラウマになっているらしい)
そうなれば僕は寂しくて収集どころじゃなくなるから、詳細を言わずについてきてもらったんだ。

「居た!」

ガサッ、という茂みを掻き分ける音と、特徴的な鳴き声。
目的の森ウサギだ。

僕は背負った矢筒から矢を引き抜き、弓に構えて狙いを定める。
相手は動いているから、こちらも照準をずらしながら。
茂みの中へ飛んでいった矢は、獲物の断末魔と共に的中したことを知らせた。

けれど、僕はそれに喜ぶ暇もなく、一匹、また一匹と見つけては射っていく。

「カナタ、右」
「わ!」

もう剣を抜くことすら面倒になったらしいゼロ君が端的に示した方向には、今にも体当たりしてきそうな森ウサギの姿。
でっぷりと太った体に、長い耳。
森という名にふさわしい緑色の体は保護色となり冒険者の死角を突いてくる。

慌てて剣を引き抜き、その首を飛ばした。
最近買ってもらったこの剣は、恐いほどによく切れる。
地面を転がっていくそれに眉を下げて後味の悪さを感じながら、それでも無事だった尻尾の部分を回収した。

魔物たちの気配がなくなった頃に、茂みへと入って先程仕留めた数匹のウサギからも尻尾を剥ぐ。
ゼロ君は、元は魔物の一部だから気持ち悪いという。
この、ふわふわ加減の可愛さがどうして分かんないのかな。

「ねえ、ちょっと?」
「うん?」

たくさん回収できてほくほくしていると眉間に皺を寄せたゼロ君に肩を掴まれた。
毎度のことながら僕の方が身長が高くて、見下ろす形になっちゃう。
そんなゼロ君の視線は僕の両手一杯に抱えている大量の尻尾に釘付けだ。

「もしかして、それ集めに来たわけ…?」
「ち、違うよ…っ、これはただ倒したついでで…!」
「それにしてはさっきから森ウサギしか倒してないよね?」
「人間ってやっぱり欲には勝てないと思うんだ!」
「やっぱり集めに来たんじゃないか!」

あ、バレた。
失敗、失敗って舌を出してみると、その舌を掴まれる。

「じぇ、じぇろくん…?」
「全く口だけはよく回るんだから…!いい?僕はもう帰るけど、それはちゃんと売ってくるんだよ?」

首を左右に振ろうにも、言葉を伝えようにも、舌を掴まれたままじゃ上手く伝えられない。
それを察したらしいゼロ君はすぐに離してくれた。

「聞きたい答えはイエスのみ。いいね?」
「はーい…」

有無を言わさない剣幕に、僕は仕方なく頷いた。
今度は誰にも見つからないような隠し場所を探して、そこに保存しようと考えながら。
僕をおいてさっさと歩いていってしまうゼロ君の背中に、僕は呟く。

「ゼロ君のけちー…」
「聞こえてるよ!」

聞こえるように言ったもん!
振り返ったゼロ君にそう言おうとした瞬間、僕は直感的に弓を構えていた。
無意識に慣れた動作で背中から矢を引き抜いてゼロ君の背後に迫る魔物を撃ち落とす。
急所を突いた矢に、魔物は地面に落ちて絶命したことを確認した。
なんとか間に合って、よかった。

「…別に、保存するのは構わないよ。部屋に置いて欲しくないだけで」

暫くの沈黙の後、ゼロ君はそう言ってそっぽを向く。
きっと彼にとって精一杯の譲歩だろうそれを、僕は笑顔で受けた。

「じゃあ、リビング!クッションにするのはどうかな?」
「前言撤回!僕の目に付くところに置かないで!」
「他にどこに置けって言うのさー!」

樹海で大声を出すことはあまり賢いとは言えないけれど、互いにフォローし合える信頼関係があるからこそ。
僕らは糸代を節約するため、終わらない言い争いを続けながら樹海を出た。

後日、こっそりゼロ君のまくらをウサギのしっぽを詰め込んで作った枕に取り替えてみたら、彼は予想外にぐっすり眠っていた。
いつもなら、夜中になれば魘されていたのに。
思わぬ発見に、僕は暫くその悪戯を黙ったまま過ごし、珍しく安らかに寝息を立てるゼロ君を眺めた。



リクエストありがとうございました!
08.10.15




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