カナタのバイト  .

僕のバイトの時間はこれといって決められていなくて、連日で行ける日なんかは、明日は何時に来て欲しいなって独り言を装って呟かれる希望を聞いて出勤する。

探索が休みになった今日のバイトは夕方からだ。
お気に入りのオカリナを片手で吹き鳴らしながら、もう片方でリュートを持ち運ぶ。
バイト中は長い髪が邪魔になることもあって、働くときだけ髪を一本に纏めていた。
仕事着は向こうのロッカーに置いてあるから、普段着のままで歩いて金鹿の酒場へと向かう。

「こんばんはー!」
「あら、こんばんは。来てくれたのね」
「うん。最近忙しいでしょ?」
「そうねえ。色んなギルドが増えてきて、嬉しい忙しさだわ」

店主であるサクヤさんは今日も変わらずに綺麗な微笑みを浮かべる。
僕もその嬉しさは分かるから、すぐに笑顔で同意した。

「今日も出入りが多そうだから、頑張って頂戴ね」
「はーい!」

カウンターから見送られ、僕はその奥へと引っ込んだ。
自分のロッカーから仕事着を取り出して、なるべくすばやく着替える。
まだ夕方だっていうのに、食事を取りに来た人や、すでに飲んでいる人まで居た。
今日も楽しく働けそうだな。

「お待たせー」
「カナタ君、コップもお皿も割らないこと、テーブルを壊しちゃだめ。分かってるわね?」
「あはは…気をつけます」

ソラッドに出会った日にテーブルを木っ端微塵にして以来、サクヤさんからの注意事項にテーブルを壊さないことという項目が増えた。
さすがにあれはやりすぎだと思ったけど、いつまでも根に持たれると僕も乾いた笑いしか返せなくなる。
反省、反省。

「それじゃあ、早速これを運んでくれるかしら?」
「あそこのテーブルだね」

野菜と肉、パスタの乗った三皿を片手に、右手にはトレーに三人分の水を乗せて運ぶ。
これくらいの重さはまだ序の口だ。
その内二つのテーブル分の料理を持たされることになる。
美味しさと早さと笑顔がこのお店の売りだ。

「またどうぞー♪」

料理を運び終えたら別のお客さんの会計と見送り。
見送りといっても、カウンターから笑顔で送り出すだけなんだけど。
満足そうに帰っていくお客さんを見ると、やっぱり嬉しくなってつい鼻歌を歌ってしまう。

「カナタくん!大変、あの人たちを止めてくれない?」

贔屓にしてくれているお客さんの相手をしていたサクヤさんが足早にカウンターに戻ってくる。
その白く細長い指が示す方向には、よくあるお客さん同士の揉め事だ。
騒ぎになれば執政院の衛士が来てしまうし、穏便に終わらせたい。
ほんと冒険者って頭に血が昇りやすいんだから。
なんて、今頃は自室でごろごろしてるだろう自分のギルドのパラディンの姿を思い浮かべたりして。

「はいはーい、すみませんが揉め事は外でお願いしまーす!」
「あァ!?」

揉めている二人の間に割って入ると、柄の悪いソードマンに睨まれる。
けれど、僕の身長もそれなりにあるわけで、あまり威圧感は感じない。

「ですから、揉め事は外でお願いします。他のお客さんの迷惑でしょ!」

こんなことは日常茶飯事で、最初こそ丁寧な僕の口調も次第に崩れてく。

「んなもん知るかよ!」

まったくもう、血気盛んなことは結構だけど、それを発揮するのは樹海内だけにしてほしい。
未だ睨み合う二人。挟まれる僕。集まる視線。

二人の視界にはもう僕の姿は入ってないらしい。
ふう、と息を吐いて、二人の頭を掴むと、多少手加減してぶつけ合ってやる。
それでもガンッ、といい音がした。

「いってー…!何すんだよお前!?」
「客に手を上げやがった…!」

うんうん。よく言われるよー、それ。
僕こう見えてあんまり我慢強いほうじゃないから、すぐに手が出るんだよね。
とりあえず二人の矛先が僕に向いたことを確認して、頷く。

「外へ出るか、ご飯食べるか、どっちにしますか?」
「まず謝罪だろ、謝罪!」
「忠告はしましたよー?聞かなかったのはそっちでしょ」

聞き分けがない冒険者に、むう、と唇を尖らせる。
こういう騒ぎが長引くのはあんまり好きじゃない。
大人な人なら、最低でも二度目に忠告した時点で引き下がってくれるんだけど。

「調子に乗りやがっ…」
「だから、調子に乗ってたのはそっちですってば」

怒りに任せて振り上げられた手を掴んで、ソードマンの人をじっと見る。
ミシ、と音を立てて割れたのは、ソードマンが身に着けている手甲だ。
さっきお見送りした時につい歌っちゃってたのがやっぱり猛戦舞曲で。
上がった手をちょっと止めるつもりだったのに、防具までやっちゃった。

「あ、ごめんなさい」

これは僕が悪い。
絶句したソードマンの手を離して、ぺこりと頭を下げる。

「お、思い出した…!こいつ、どっかで見たことあると思ったら…!カルジェリアのバードだ!」

そう言ってもう一人の迷惑なお客さん、レンジャーの人が僕を指差す。
知らない人にまで知られているのは嬉しいけど、指を差されるのは好きじゃない。

「その通り、カルジェリアのバードのカナタです。ついでに一曲、どうですか?」

もう喧嘩は止まったみたいだし、僕の出番もなくなった。
あとは迷惑をかけたお客さんたちと、やり場のなくなった怒りを抱えたままのこの人たちを落ち着かせたい。

結局返事は貰えなかったけど、僕はカウンターまで戻ってリュートを手にする。
そうするだけで、僕のことを知っているお客さんは目を輝かせて拍手をくれる。
バードにとってこの上なく弾きやすい、良い雰囲気だ。

「何かリクエストはありますか?」

店内に聞こえるよう少し大声で聞けば、どこからか次々とリクエストがあがる。
その中でも一番多かった僕もお気に入りの曲を奏でることにした。

「それじゃ、安らぎの子守唄を」

途端に静かになった店内を見渡して、ゆっくりと曲を奏で始める。
やっぱり弾いている時が一番気持ちいい。

いつの頃だったか、リュートを弾くこともバイトの内容に入っていた。
本来なら立派なサボり行為も、サクヤさんの好意で許してくれている。
それが嬉しくて、僕は今日も金鹿の酒場で詩歌を歌うんだ。


リクエストありがとうございました!
08.10.13




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