喧嘩するほど…後日談  .

ファウンスにお礼を言いに行こうと家を出たのが午後を回った頃。
ソラッドはゼロとカナタを引き連れて、郊外にあるカインの屋敷を目指していた。

「ホントについて来る気?」
「もっちろーん!この時間に行ったらおやつに呼んでもらえそうだし♪」
「こら、カナタ。礼をしに行くんだ。下心丸出しなのは感心しないな」

先頭を歩くソラッドが、後ろのカナタを振り向いて言う。
それに、カナタが意地悪そうな笑みを零した。

「そういうソラッドだって楽しみなくせに」
「………否定はしない」
「二人共、もう帰っていいよ」

はあ、と溜息をついたのはゼロだ。
彼としてはなんと礼を言おうか真剣に考えている最中だというのに。
思い返せば相当尊大な態度を取ったから、まず家主に。
(僕の地雷を踏んだことは許さないけど)
それから、朝から私情に付き合って人気店へ並んでくれた友人に。
カルジェリアへの報告と、おやつを出してくれたギルドマスターにも。
フィレンはいつもどおりだったし、ハクトは居なかった。
この二人は適当でいいだろうと思いながら。

「留守でなければ、いいんだが」

カインの屋敷の前、ノッカーを叩くソラッド。
この屋敷に留守はなく例外なくいつも執事が出てくるが、それでも目的の人たちが探索にでも出かけていれば帰るつもりだ。
三回ノックをして待っていると、やがて扉が開いた。

「お、ほんとに来たな」

姿を現したのはこの屋敷の主。
その言葉にソラッドは笑って返す。

「またルーンがこの時間帯に俺らが来るとでも?」
「そうそう」
「ははっ!さすがだな」

ソラッドはどうやらルーンの驚異的な勘をすでに受け入れているらしく。
行動を予測されることは、ゼロもカナタもある意味恐いものがあると思っている。

「あ、中に全員居るから」
「そうか。お邪魔させてもらうよ」

後ろへ目配せし、それに頷いた二人は後に続いて屋敷へと入る。
しかし、いつ見ても広い。
豪邸とは無縁の暮らしをしてきたゼロとカナタは来る度に僅かながら緊張してしまう。
それこそ、持ち前のポーカーフェイスとハイテンションで表情には出さないが。
にしても、ソラッドはどうしてそんなにも堂々としていられるのかは、謎である。
相変わらず掴み所のないギルドマスターだと再確認させられるだけだ。

そうして通されたのは、何故そんなに広いのか、そう言いたくなるほどだだっ広いリビング。
そこにファウンスの面々は居た。
部屋のサイズに合わせるように大きなテーブルの上には、美味しそうなデザートと淹れたての紅茶がその香りを漂わせている。
そこへ、来客に気がづいたルーンがぱたぱたと走り寄ってきた。

「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思ってた」
「ああ。で、用意してたんだな?」
「うん。遠慮なく食べてね」
「じゃあ先に頂こうか。冷めてしまう方が勿体ない」
「そう言ってもらえると用意のし甲斐があるなあ」

違和感なく敬語の崩れたルーンと、それを気にもしていないソラッドの会話に一同呆然とする。
そんな視線にすら気づかず(あるいは意図的に無視して)、向かい合って席に着く二人。

「どうしたんだ?お前らも座れ。ルーンに失礼だぞ」
「あ、うん。食べるー」
「なんていうか、うだうだ考えてた自分が馬鹿みたい」

目の前で見せられたなんら変哲もない日常的な光景に、ゼロは体の力を抜いて大人しく席に着いた。

「皆も座らないの?」
「いや…珍しいな。お前が年上に敬語使わないなんて」

カディセスがルーンの隣の椅子を引きつつ問う。

「え?ああ…ソラッドとは、たまに一緒に出かけるからね」
「俺は敬語がどうとか、あまり指摘した覚えはないけどな」
「ふふ、だからかな。なんだか馴染みやすかったんだ」

にこにこと花を飛ばしているルーンに、これは上機嫌だと判断して他の面々も席に着く。
ルーンのもう一方の隣はちゃっかりフィレンが獲得していた。いつものことだが。

「それで、話があるんだけど」

皆それぞれ雑談をしながら並べられた菓子を食べていたのだが、話に区切りをつけたのはゼロだった。
そこで全員話を止め、ゼロが言い出すのを待つ。

「…今回は、僕の我侭で迷惑かけてごめん。それと、カディとルーンとカインは、ありがとう」

俺らの名前がない、とか呟いたハクトは無視だ。居なかったのだから当然だろう。
フィレンに至っては真剣に聞いているフリをして頭の中はルーンでいっぱいだ。

「ええ、どういたしまして。仲直りできたみたいでよかったです」
「礼を言われるのもいいが、お前に言われると調子が狂うな」

にこりと優しい笑みを浮かべるルーンに、頬を掻きながら苦笑するカディセス。
ゼロは自然を装って紅茶を飲むが、その行動はいわゆる照れ隠しだ。

「…俺もありがとうって言ってもらえた…」

二人とは別に、妙に感動している男も一人居るが。

「で、僕らもお菓子を持ってくるわけにはいかなかったから、これあげるよ」

そう言ってルーン、カディセス、カインの前に置いたのは、一粒の花の種。
それぞれに一つずつだ。

「これは?」

ルーンが種を手に取って首を傾げる。
情報通のカディセスは職業柄か、それをまじまじと観察していた。

「僕が品種改良した薔薇の種。運がよければ黄色い花が咲くはずだよ」
「…黄色い薔薇か」

興味津々と言った様子で見つめるカディセスに、ゼロは楽しそうに笑う。

「数がないから、失敗してたり枯れたらアウト。ま、大事に育ててよね」
「ありがとうございます」

繊細な物のようだから、あまり触らないほうがいいだろうとルーンはテーブルの上にそれを置いた。
見たこともない黄色い薔薇は、一体どれほど美しいものなのだろうか。

「…俺も貰えた…」
「さっきからうるさいよ」

ゼロからの普段の仕打ちからか、何故か嬉しくて感動していたら一刀両断される男、カイン。
ぐさっ、と刺さった言葉の棘をそのままに、種を大事にしまってめそめそとデザートの残りを口に運んだ。

「ゼロ。これが咲いたものはあるのか?」
「家にあるよ。乾燥させて飾ってる」
「見せて貰っても?」
「いいけど、安定して作れるようになるまで交配表は売らないよ」
「…………そうか」
「残念そうにされても、絶対ヤだからね」

本当は、対等でありたいと思っているカディセスに、自分が必死に試行錯誤している様を見せたくないだけで。
膨大な量の資料は、すでにカナタと部屋を共有しているゼロに与えられた収納スペースを埋め尽くす程だ。
完成した暁には彼に日ごろの感謝としてタダで譲ってもいいとまで思っている。

「お菓子は美味しいし、ゼロはお礼できたし、僕は幸せだし、一件落着だね♪」

ケーキを頬張りながら笑顔を振り撒くカナタに、皆一様に微笑ましそうな柔らかい笑みを見せた。





おまけ
「なあ、俺ら空気じゃねえ?」
「気にするな…今回は仕方ない」
「あーくそ!兄さんが居たら少しは出番が…」
「それでいいのか…?」
「よ く な い !」
08.10.03




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