海の見える丘で  .

コンコン、とノックする音を聞いて玄関の扉を開けると、そこにはルーンとカディセスが二人並んで立っていた。
珍しい訪問者に目を丸くする。

「こんにちは、ソラッドさん」
「ああ、俺はルーンの送迎だけだから」

挨拶をするルーンに、手をひらひらと振って元来た道を帰ろうとするカディセス。
その背中に、部屋の中から飛び出した何かが飛びついた。
金髪碧眼の少年、ゼロだ。
いつの日からか、悪友となったらしい二人は傍目から見ても仲がいい。
腹が黒い同士、会話は聞けたものじゃなかったが。

「せっかく来たんなら寄っていきなよ?カディセス」
「だからってお前な…いきなり飛びつくな」

もちろんゼロはそんなカディの言葉など聞き流してさっさと彼を家の中へ招き入れてしまった。
素早い。

「それで?何の用なんだ?」
「大した用ではないんですが…少し歩きませんか?」

首を傾げて問いかけてくるルーンに、俺は断る理由もないため着いて行くことにした。
人通りの多い大通りを二人でゆっくりと歩いていく。
夕方の朱に染まった街はまだ活気づいていて町人の賑やかな声があちこちから聞こえてくる。
商店街を通るときに店の人に声を掛けられるのも日常茶飯事になってきた。
急な事だったため財布を持ってきていなかったので何も買えはしなかったけど。

そうして連れてこられたのは街外れの丘。海が一望できる絶景スポットだ。
よく若いカップルに人気だと耳にするが、実際に訪れたことはなかった。
俺とルーン以外の人の姿も見えない。

「ソラッドさんはエトリアに来るまで海を見たことがなかったらしいですね」
「…ああ。誰に聞いたんだ?」
「カナタさんに」

特に喋られて困る内容でもなかったが、カナタのお喋りは近いうちにどうにかしておこうと思う。
不意にルーンが座ったので追いかけるようにその場に腰を降ろす。
緑の香りが鼻をくすぐり、目の前の水平線が空と海の境界線を引く。

「樹海を探索してばかりでは、海を見に来ることも少ないでしょう。あ。…休日は鍛錬ばかりしているとも聞きましたので」
「そうか。確かに、海はこれでまだ2回目だけど。…やっぱり綺麗だな」

夕日に染められて所々が淡い朱色になっている水面を遠い目で見つめていると、隣でルーンがくす、と吹き出した。
はっ、と我に返って彼を見ると、手を口に添えてくすくすと笑っている。

「すみません。なんだか瞳を輝かせる子供みたいに見えてしまって…」
「子供に子供って言われると、世話がないな」

苦笑気味に返すと、ルーンは笑うのを止めて鞄の中から小さな包みを取り出した。
僅かにお菓子の甘い匂いが漂う。

「これ、今日の朝作ったクッキーです。この間の姫リンゴのお礼に」
「食べてもいいのか?」
「ええ、どうぞ」

可愛らしい包みを開けて中を見ると、小さく美味しそうなクッキーがいくつか入っているのが見えた。
その中の一つ、真ん中にチョコチップの乗ったクッキーを摘み上げて口へと運ぶ。
サクッとした音がそのクッキーの見た目どおりの美味しい感触を伝えた。

「美味しい」
「良かったです。味見できるほど量を作らなかったので…」

もう一枚、もう一枚、と食べていると、クッキーはあっという間になくなってしまった。
それぞれに違うトッピングが施されていて、稀に見る飽きの来ない物だった。

「ルーンみたいにお菓子を作れるヤツが俺のパーティーに居れば、ゼロとカナタも少しは大人しくなりそうなものなんだけどな」
「ガッシュ君だと、駄目なんですか?」
「あいつは自分のパーティーがあるからな。中々会わない」

肩を竦めてみせると、ルーンも納得したように頷いた。
交流が深いためかカルジェリアとファウンスは、それぞれのギルドの形態を互いに理解している。
同じ目的を持つギルド同士は争うものばかりだと思っていたが、ファウンスとの縁は切っても切れそうにない。
願ってもない良い友好関係だろう。

「あ。ソラッドさん、見てください。僕が見せたかった物です」
「…海が…」

水平線の向こうへ沈んでいく太陽。
その姿を半分にまで減らされた天体は、海を炎のように紅く染め上げていく。

「少し、ソラッドさんの髪の色に似ていると思いませんか?…この海を見た時、絶対に貴方に見せようと思ってたんです」
「そっか…。ありがとう、ルーン。凄く綺麗だ」

この心の内に湧くものを、感動というのだろうか。
改めて自然の雄大さを思い知らされる。

「なんか…こうしてると恋人同士みたいだな」

冗談のつもりでそう言って笑うと、先程まで微笑んでいたルーンはその大きな瞳を見る見るうちに見開いていく。
少しして、ふと我に返ったのかルーンは眉を下げて困ったように笑った。

「そうですね…」

つぶやかれたその声が、少し寂しそうに感じたのは気のせいだろうか。
沈んでいく太陽を見送って、俺たちは丘を後にした。

ここからだとカインの家の方が近いだろうと話し合って、このままルーンを送ることになった。
俺は別に一人で帰っても何事にも対処できる自信があるし、カディセスの方もカルジェリアのギルド員が何人か付いて送るだろう。

「わざわざ送ってもらってすみません」
「いや、良い物を見せてもらったよ。クッキーも、ありがとう」

家の前で手を振って分かれると、帰り際にカディセスとゼロ、カナタの姿が見えた。
カディセスも見送った後、俺は二人を連れて帰路へ着く。
たまには鍛錬をやめて自然と触れ合うのもいいかもしれない。





おまけ

「ねえ、ソラッド。キミから甘い匂いがするんだけど?」
「…ああ、ルーンにクッキーを貰った」
「ええー!!ずるいよソラッドだけ!僕も食べたい!」
「カナタ、今からカインの家に押しかけるよ」
「あいあいさー!ソラッドも強制連行ー!」
「ちょっ…、お前ら…!」

帰りの遅くなった俺達を迎えたのは、夕食を食べ終えたハークスとクロノのくつろいだ姿だった。
俺達の夕食はどうやらクッキーだったらしい。
07.08.31
加筆修正:08.09.30




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