酒飲み仲間  .

ここで働いているカナタの姿は今はなく、彼は今頃自室で休んでいることだろう。
ちらほらと客が見える酒場で、一つのテーブルを三人が囲っていた。

「それにしても、あいつらの手綱を持つのは大変じゃないか?」

カルジェリアのギルドマスター、赤髪が特徴的なソラッドがグラスを大胆に傾けながら問う。
それに答えるのは、すでに一人で瓶二つ空けているレンジャーのリヒトだ。

「確かに大変だが、それすらも慣れてしまったみたいで。慣れというのは恐ろしいな」

話題に上げたのはリヒトの所属するパーティーを率いるガッシュと、その相棒のクリイムのこと。
彼らは街中でも十分手に負えないというのに、樹海ではさらに真価を発揮するらしい。

「一度、ガツンと言ってみたらどうだよ?」

ほんのりと頬に朱を奔らせて、グラスに入った氷をカラカラと鳴らすハークス。
今日はこれで全員だが、いつもならばアルケミストのヒメリも参加している。
彼女は研究に没頭したいらしく、今回の誘いには断りを入れてきた。

「それであいつらが学習すればいいけど」
「あー…無理か…」
「せめて加減を覚えてくれれば、多少は楽になるかもしれないな」

少し目を離せば、平気で樹海の奥へと突っ込んでいく二人の姿を思い出してリヒトは溜息を吐く。
純粋な好奇心というものは罪だ、とも思う。

「ソラッドたちも、ゼロ君やカナタ君を気にかけているんだろう?」
「ゼロは暴走さえしなきゃ聞き分けはつくし、カナタは天が味方してるのか、あいつの暴走で逆に助けられたりしてる」

やや疲れた顔のハークスに、その状況を身を持って体験しているソラッドも苦笑した。
例えばカナタが好奇心に駆られて走って行き、それを追いかけた直後、さっきまで居た場所にFOEの不意打ちが炸裂していたりだとか。
全体攻撃だったため、喰らっていたら危なかった。

「それも、ある意味では苦労だな」
「はは…」
「俺はもうそろそろカナタに振り回されるのはごめんだぜ」
「カナタでなくとも、お前以外は全員お前を振り回すぞ」
「ああそうだろうよ分かってんじゃねえか。頼むから少しは考えて行動してくれ」
「うーん…どうにも、考える前に体が動いてしまってな」
「…今更治るとも思ってないさ」

言外にどうしようもないと言って肩を竦めるソラッドに、ハークスも溜息を吐く。
大概にしてハークスとリヒトは苦労性らしい。
カルジェリアにはあともう一人、3PTをまとめているクレハという苦労人も居るが。

「そういや、リヒトさん。姉貴に殴られたんだって?」

普段から苦労している分、立ち直りも早いハークスがリヒトに質問を投げかける。
疑問系ではあるが、姉から直接聞いたため確認といった方が正しい。

「ああ…少し、無茶をしてしまったようで」
「それも悪ガキ二人組のせいか?」
「ガッシュが危険に陥って、クリイムが庇い、キサラギが巻き込まれて、最終的にその三人を助けることになってな」
「…光景が目に浮かぶな」

その場の状況を話さずとも、あのメンバーならやりかねないミスだ。
これには、普段から街中での二人の悪戯を止めて回っているソラッドも頷けた。

「それで、殴られた感想は?」
「…痛かったな。物凄く。ガッシュとクリイムが毎回あれを喰らっているのだと思うと多少頭が弱くなっている気がするのも頷けるというか」
「恐ろしい悪循環だな」

そろそろあの二人の脳細胞は数えられるほどになってきているのではないかと思うほどだ。
リヒトは三本目の瓶を床に置き、四本目をグラスに注ぐ。
そこへグラスを差し出したソラッドにも注ぎ、ついでにハークスにも薦めるが、こちらは断られた。

「…お前らなんでそんなに飲めるんだよ」
「俺はそういう習慣があったからな」
「私は家系かな。両親とも飲める人だったから」

少しも酔っていない様子でグラスを傾ける二人。

「もしかして、ザル?」
「いや、俺は一定量を超えたら酔いが回ってくる。リヒトは?」
「ザルにも勝ったことがあるぞ」
「…枠かよ。ありえねえ…」
「さすがに三日三晩飲んでいると、互いにテンションがおかしかったがな」

思い出して笑うリヒトが、何故だか人間に見えない。
ハークスは乾いた笑いを零しつつ次の話題を出そうとしたところで、ゴン、という音が隣から聞こえて肩が跳ねる。

「…ソ、ソラッド?」
「………」

何の前触れもなく突然テーブルに突っ伏してぴくりとも動かなくなったソラッド。
さきほどまで和やかに談笑していたというのに。
いち早く動いたリヒトがその顔を覗き込むと、どうやら寝ているらしいことが分かった。

「一定量とやらを超えたのかもしれないな」
「びっくりさせる奴だな、いちいち…!」
「ふふ。もう夜も遅くなってきたな。そろそろ解散しようか?」

尋ねるリヒトに、ハークスは人差し指一本を立てて返す。

「もう一つだけ、いいか?」
「ああ」
「リヒトさんなら、こいつが無茶するのを止めたい時、どうする?」
「うーん…」

酔いで熟睡するギルドマスターの頭の上に手を乗せて真剣な表情で訊ねるハークス。
それに、深刻な問いだと察したリヒトは腕を組んだ。

「こういうのはどうだ?お前が死んだら俺も死ぬ、と。ありがちだが、ソラッドには効果がありそうだ」
「…俺に、こいつの、後を、追えって…?」

一句一句を区切って震えた声で言うハークスに、リヒトは苦笑いを零した。
その理由がなんとなく分かってしまったからだ。

「冗談じゃない。命が幾つあっても足りねえって!」
「私もそう思うよ」
「くそ、でも確かに効果はありそうなんだよなあ…」
「何も君じゃなくとも、他のメンバーに言ってもらうのはどうだ?」
「他のヤツらだと俺が言わずとも、本気で言いそうだから困る」
「ああ…なるほど。1PTは皆情に厚いからな」

一人一人メインパーティーのメンバーを思い浮かべて、リヒトも納得する。
パラディンであるゼロは仲間を守ることを第一としていて、自分の怪我はあれで意外と省みない性質だ。
バードのカナタは根拠のない自信を持って平気で無茶をする。
ソラッドと同種と考えていいだろう。
そうして理知的であるはずのクロノ。
彼もまた自分に与えられた指令はこなすが、不測の事態には反射的に行動してしまうタイプで。
そこまで考えたところで、ハークスが大きく息を吐いた。

「候補として考えとく。ありがとう」
「どういたしまして。手伝おうか?」
「いや、大丈夫だ」

ソラッドの体は小さく、肩を取って運ぼうにも身長が合わず逆に運びにくいのだ。
手馴れた様子でソラッドを背負ったハークスは、会計をリヒトに頼む。

「俺らの分はカナタにツケといてくれ」
「…いいのか?」
「酒代が少し増えたところであいつの借金はなくならないからな。普段の迷惑料だ」

さらりと言ってのけてそのまま帰ってしまったハークスに、残されたリヒトはどうしたものかと悩む。
ハークスは料金を置いていかなかったため、もちろんのこと自分の分しか持っていないリヒトには払えない。
知らないうちに借金が増えていくバードを不憫に思うべきか、普段から四方に振り回されているメディックに目を瞑るべきか。
リヒトは迷った挙句、後者を選んだ。

自分の分は払い、あの二人の分は言われたようにカナタへツケる。
店主もカナタへのツケには慣れているらしく、手際よく金額を書き込んだサクヤに笑顔で見送られ、リヒトは腑に落ちないものを感じつつも酒場を後にした。
08.10.23




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