助け合い?  .

※時間軸はMS【VS密林の王】の後日です。



「ねえ、クロノ。付き合ってくんない」

ソファに座り、テーブルの上にエトリア草花図鑑を置いて熱心に眺めているクロノ。
それを見て暇だろうと思い、ゼロは誘いをかけた。
別に一人で行ってもいいのだがギルドに入ってからというもの、団体行動に慣れてしまって一人で居ると逆に落ち着かないのだ。

「ふむ。俺は男だがそれでもいいか?」
「かまわないよ。クロノがいいならね」

クロノは視線を図鑑にやったまま答えた。
彼は、時々悪ふざけをする。
それにすら慣れたゼロは、たまには悪ふざけに付き合ってみることにした。

「…どこへ行くんだ?」

しかし、逆にクロノの方が耐えられなかったらしく視線をこちらへ向けて話題を戻してきた。
そうなるのなら最初から言わなければいいのに、とゼロは苦笑する。

「盾を買いにシリカ商店に。ケルヌンノスの石頭のおかげで盾がひしゃげちゃってさ」
「ああ、俺も見たかったな。皆がとても可笑しそうに話すから」
「…見て楽しいものじゃないよ。もう、皆して笑い話にするんだからキライだよ」
「まあまあそう言わずに。ゼロのその行動がなかったらそうやって笑うことすらできなかったんだからな」
「だよね。さすがクロノは分かってる」

惜しまずに微笑を零すゼロに、クロノも微笑み返す。
机の上の花図鑑を閉じて、ソファから立ち上がった。

「そういえば、皆の姿が見えないが?」
「朝っぱらから読書に没頭してるからだよ。ソラッドは日課でカナタがアルバイト。ハークスは実家に医術書を取りに行ってくるって出て行った」

ちなみに出て行ったのはついさっきで、クロノにも声をかけていた。
それでも気づかなかったのは、没頭加減に気づいたハークスが短い言葉で済ませたのだろう。

「そうなのか。どうりで辺りが静かだと思った」

きょろ、と見回すクロノ。
普段あれだけ騒がしい家が今のように静かなら気がついてもいいものだとは思う。
けれど、そんなことはゼロにはどうでもよくて。
クロノに外に出るように促し、二人で家を出た。

「それにしても、ゼロは今まで何をしていたんだ?」
「僕?特に何も。部屋でぼーっとしてたんだけど、立てかけておいた盾の状態に目が行ってね」
「なるほど、それで買い物か。…なら、趣味とかないのか?伐採とか」
「…伐採って趣味に分類されるの?や、答えなくていいよ。 僕の趣味…ねえ」

顎に手を当て、真剣に考え始めるゼロ。
どうやら本当に趣味らしい趣味をしていないらしいことにクロノは苦笑する。
樹海へ行くのが暇つぶしだなんて、やってられないだろうに。

「ああ、そういや、クロノみたいに花を育てたりとかには、興味あるよ」
「…花を?」

クロノはここ最近、草花に関する本から得た知識を使って、ハークスの家の前に花壇を作った。
今はまだ芽しか出ていないが、根気よく世話をすればいずれ花が咲くだろう。

「そうか。お前はてっきり男が花なんて、と笑う側だと思っていた」
「…少し前まではね。でも、クロノが一生懸命なの見て、いいなって思っただけ」
「ふふ、それは嬉しい傾向だな。ゼロ用に反対側にもう一つ花壇を作ろうか」
「え、実行早くない?」
「早いものか。何事にも新しいことを始めるには勢いが必要だ」

そうこうしている内にシリカの店が視界に入り、自然と二人の会話も止まる。
元々二人だけで話す機会が少ない二人だ。話題もそう多くない。
けれど居心地の悪さを感じないのは、仲間としての信頼関係があるからだ。

「いらっしゃーい!お、珍しいお客さんだねー」
「こんにちは。何か、パラディン用のいい盾ないかな?」
「それなら、そっちに飾ってある三つしかないんだ。お気に召す物があればイイんだけど…」

言われて、壁の天井近くに飾られた三つの大きな盾を見上げる。
どれも装飾が施されていて、確かにパラディンの盾らしい物だ。

「イイのがなかったら、発注も出来るよ。ただ、時間がかかっちゃうけどね」

それに、ボクの工房で作ったものじゃないし…と小声で付け足す辺り、シリカは自らの取り扱う武器防具に誇りを持っているようだ。

「…それじゃ、この左のを。持ってみてもいい?」
「もちろん!あ、待ってね。今降ろすよ」

カウンター裏から脚立を取り出し、左の盾を降ろすシリカ。
重量のあるそれをふらつくことなく降ろしてみせたシリカは、ゼロに盾を渡す。

「この三つの中じゃ、一番材料のいいやつだよ。さすが見る目あるね、カルジェリアの人は」
「ありがと。…これ、ハークスの家に送っといて」

彼女の素直な賛美を受け取ったゼロは、盾の代金を彼女に手渡した。

「毎度あり!」

あの大きな盾を持って帰るわけにも行かず、配達を頼んで店を出る。
外で待っていたクロノが、出て来たゼロに微笑んだ。

「いい物が見つかったか?」
「まあまあ、ね」
「素直じゃないな。そんなに満足そうな顔をしといて」
「…余計なお世話だよ、クロノ」

む、と唇を尖らせるゼロに、クロノは声を出して笑う。
手近にあったその頭をぽんぽんと軽く叩くと、連れ立って歩き出す。

「子供扱いしないでよ」
「さて、家に戻ろうか。以前花屋に貰った種が余っているんだ」
「人の話を…」
「花壇を作るためのレンガも調達しないとな。少し寄り道をしようか」
「………うん」

一人で話を進めていくクロノに、ゼロは諦めて項垂れた。
人選を間違えたとは思わないけれど、さすがにクロノを一人で相手にするのは気が疲れる。

「クロノが貰った種って何?」
「それが、色々な花の名は教えて貰って覚えたんだが、結局何の種を貰ったのか忘れたんだ」
「…それで?」
「名は花が咲けば分かる。それを楽しみにしようと思ってな」
「なるほどね…クロノらしいっていうかなんていうか」

レンガを両腕で抱え、家に着いたかと思えば、クロノが園芸セットをどこからか引っ張り出してくる。
正面から家を見て玄関の左に作られたクロノの花壇。
それと対称になるように、花壇を作るよう言われる。

「こうでいいの?」
「そうだ。さすが、几帳面だな」
「だってズレてたら気にならない?」
「俺は結果よければ全てよしだからな」

クロノに指示されるとおりに花壇を作っていくゼロ。
隙なくレンガを並べ、肥料を混ぜた土を流し込み、平坦になるようにスコップで伸ばす。

「後は種を埋めるだけだ。ほら」
「同じ種ばかりだね」

手のひらの上に乗った小粒の種たちを一瞥し、それを受け取った。

「種によって必要な日光や水の量が変わるみたいだからな。まずはこれから始めるといい」
「クロノもこれだけ?」
「ああ。知識はあっても、ただの不器用な初心者には変わりないから」
「ふうん…」

やわらかい土に人差し指を埋め、小さな穴を開けていく。
そこへ、一つずつ丁寧に種を埋めた。
ひとまずの作業は終わりだ。

「これで、毎朝水をやればいい」
「雨の日は?水のやりすぎもよくないって聞いたことある」
「こいつらは比較的強いからな、配慮は必要ないだろう。気になるのなら木の板を被せるといい」

クロノの答えに頷いて、立ち上がったゼロは花壇を見下ろした。
小さいながら自分で作った花壇と、泥にまみれた自分の手。

「なんか、楽しいや」

そう呟くと、クロノの優しげな笑いが聞こえた。

「ねえ、クロノ。クロノの持ってる本貸して。読むから」
「重いものが多いから、俺の部屋で読むといい」
「そうするよ」

読むのはもちろん園芸の本。
今はまだ小さな名も知らない花から始めたばかりだが、ゼロはいつか果樹にも挑戦したいと思っていた。

家の中、届いていた盾を見てさすが仕事が早いなと、苦笑する。
それを自室に運んだゼロは、ソラッドとクロノに割り当てられている一階隅の部屋の有様を見て眉を顰めた。

「何この部屋。どこで寝てるの?足の踏み場は?信じらんない!」
「俺もソラッドも…その、片付けは苦手でな。前まではハークスが文句言いながら片付けてくれていたんだが、最近は見て見ぬフリをされていてこの惨状だ」

反省している様子はあるものの、やはり片付ける気はないらしい。
けれどこのごちゃごちゃした部屋の中に目的の本があることも間違いなくて。
ゼロは覚悟を決めて腕の袖をまくった。

「いいから、片付けるよ!要る物は退けて!僕の片付けは捨てる片付けだからね!」
「な、なに…ッ、それは困るぞ!?」

珍しく慌てた素振りを見せるクロノ。
きっと重要な書物や思い出の品、はたまた樹海探索に必要な薬品まで埋もれているんだろう。
部屋の隅に積んであるふわふわのしっぽたちはたぶんカナタからの没収品か。
すぐさま、あれは捨てようと心に決める。
いくらふわふわとはいえ切断した物だと思えば気持ち悪い。

「黙って。いい?物があるから散らかるんだよ。ほら、さっさと退けないと放り出すよ!」
「わかった、わかったから!せめてソラッドが帰ってくるまで待ってくれ。アイツの大事な物まではさすがに俺も分からないからな」
「それもそうだね。人手も多いほうがいいし」

そうしてソラッドが帰って来るまでを二人それぞれに過ごし、帰ってきた彼に事情を説明した上で返ってきた言葉は。

「そうはいっても、俺の物なんてほとんどないぞ?」

首を傾げながらそう言うギルドマスターに、ゼロはクロノへの怒りに震えた。

「待ち損じゃないか!捨てるよ!もう未練はないね!?」
「ある…っ、あ!こら!それは伐採後の年輪をメモした大事な資料…っ!待て!エトリアリスの模型に触るな!」
「これも、これも不要、なにコレ?ああ、いらないね。これと、これも」
「あああああああ」

夜も更けて片付けも終わった頃、そこには見違えるほどに整頓された部屋と、真っ白に燃え尽きたクロノの姿があったとか、なかったとか。
08.09.23




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