強制フラグ  .

※時間軸はMS【金鹿の酒場のウェイター】と同時期です。



主に冒険者の治療を生業とするケフト施薬院の朝は早い。
とはいえ今は治療を受けに来る冒険者もめっきり減ってしまい、やる事と言えば掃除くらいのもの。
とりあえず、と朝から取り掛かっていた病室の掃除は昼近くになってようやく最後の一室になった。
手を抜けない性分からか、毎回時計の針と睨めっこしている。
今日もそろそろ切り上げないと午後からの予定が迫ってきていた。
実際には予定というほどの事は何も無いのだが、午後からは薬品の買出しやカルテの整理、受け付けを主な仕事としている。
それともう一つ。
いざという時に治療器具が使えない事態では笑えないため、受け入れ態勢は常に万全にしておかなければならない。

最後の仕上げとしてベッドに備え付けられたテーブルの上を清潔な濡れ布巾で拭いてゆく。
そうして拭き終えた布巾をバケツに落とすと、ひとまず作業の連続で固まった体を解すために背伸びした。
自然と気の抜ける声を出してしまうのは仕方ない。

そうやって息をついた俺は換気していた窓を閉めて、戸締まりを確認し、バケツに手をかけようとした所で手が止まる。
部屋の換気のために開けていた扉に、人が立っていたからだ。

「ねえ、あんたがハークス?」

こちらの様子などお構いなく、金髪の少年はこちらの名を確認してくる。
普通にしていたら愛嬌のあるだろう顔をめんどくさそうに歪め、腕を組んで仁王立ちしていた。
もちろんこの少年とは初対面で、名前を教えた覚えなど全くない。
救急患者が居るというのならすぐさま応対するが、この様子では別件だろうと内心で訝しみながら小さく頷く。

「そうだけど。何か用か?」
「ギルド。入って」

直球かつ短く簡潔に言い放った少年は、同時に手に持っていた登録用紙を俺の目の前に突きつけた。
表情は相変わらず不機嫌なまま。

「…単刀直入すぎないか?」
「回りくどくても困るでしょ」
「つーか俺、お前とは初対面…」
「いいから。ほら、書いて」

近くにあったベッド備え付けのテーブルに登録用紙を置いて、どこからともなく現れた筆箱から取り出された鉛筆を手に握らされる。
その握らされた形のまま、用紙の上に手を移動させられた。
ちょっと待て。なんだこの強制フラグ。俺何か悪い事でもしたか!?

「よくない!説明しろ、説明!」
「…めんどくさいなあ」
「他人の今後の生活を変えようとしてるヤツの台詞かよそれ」

本当にめんどくさそうに言うものだから、もう説明されなくてもいいと自棄になってサインしそうになったが、それではいくらなんでも後々困るだろうと思い留まって少年が話すのを待つ。
頭の中で事柄を整理しているのだろうか、少年は中々口を開かない。
それでもこの沈黙はなんとなく居心地が悪かったため、頭に浮かんだことを適当に尋ねた。

「お前、名前は?」
「…言ってなかったっけ?僕はゼロ」

きょとんと目を瞬かせた後そっけなく名乗ったゼロは、そのまま横を通り過ぎて先ほど俺が閉めた窓をまた開けた。
心地よい風が病室を吹き抜け、彼が持ってきた登録用紙はあっけなく宙を舞う。
その様子が目に入ったものだから、慌てて手を伸ばしその紙を掴んでしまった。
そのまま飛ばしておけば巻き込まれずに済んだかもしれないのに。

「長いから、話すのは一回だけだよ」

窓枠に腕を乗せて、そよ風に吹かれるままに金色の髪を揺らす少年の瞳は果てしなく広がる空を見上げた。
その後姿を見ながらも、長くなるのなら立っているのは辛そうだ考えた自分は近くの椅子に腰掛ける。
聞く態勢を取ったこちらの気配を察したのかどうか、ゼロは口を開いた。

「…ほんっとにムカつくんだけど、協力するって言った以上僕は仲間を集めてやらないといけないんだよね。だからアイツ…ギルドマスターのソラッドと面識のあるあんたに白羽の矢が立ったってわけ。僕もメディックを仲間に入れることには賛成だから、あんたを勧誘に来た。ついでに今ソラッドは他にメンバーになってくれそうな人材を探してる。ギルド名はカルジェリア。探索目的は樹海踏破。ソラッドがソードマン、僕はパラディン。後はこれから増やす」

そこまでを一気に言い終えると、今度は窓を背にこちらを向いた。

「奥に行けば新薬を作るための材料が採れるかもしれないよ。その分、危険は伴うだろうけど」
「ソラッド…?あいつ、ギルドなんか作ったのか」
「冒険者ギルドのオッサンに唆されたみたいだね」

そう言って肩をすくめたゼロの内心が今だけは分かる気がした。
無謀にもほどがあるだろう。
さっきの話から想像するにギルドメンバーの当ては全くなかったのではないかとこちらが頭を抱えたくなる。
それもあいつらしいといえば、あいつらしいとは思う。
どこか、ほっとけない。
それに、ゼロの言う深層の樹海の薬草は確かに魅力的だ。
負傷した冒険者をのんびりと待つよりその場で癒したほうが早いというのも、ある。

「深層に潜るのが無理だと判断した時点でギルドを抜ける権利くらいは貰ってもいいよな?お試しってことで」
「…さあ、いいんじゃない?そんなことしたらあいつ、すっごい悲しむと思うけど。もちろん僕もね?」
「そういう良心が痛む発言はやめてくれ…。俺マジでそういうのに弱いんだからな…」
「ああ、そうなんだ?それはいいこと聞いた」

にっこりと目を細めたゼロの笑顔を見た瞬間、俺は人生屈指の後悔をした。

「じゃ、書いて」

笑顔のまま指差された先には、登録用紙をいまだしっかり握っている俺の右手があった。
08.02.10




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