オレンジ  .

※時間軸はMS【冒険者ギルドでの出会い】の直後です。



扉を潜ると共に足早に去っていく足音を聞きながら、グラスに残ったオレンジジュースを飲み干す。
飲み終えたグラスをギルド長へ返しながら、小さく息を吐いた。
勧誘をしなかったことに対しては後悔はしていない。
だが、もう少し柔らかい言い方ができたかもしれないという後悔はあった。

「お前さん、勿体無いことしたな。あいつは性格には難があるが実力は確かだ」
「言っただろ。やる気のない奴は要らないって」

事実、協調性がなさそうなのは一目で分かったし、いくらやることがないとはいえ昼間から(酒でないにしろ)飲んでいたという点がどうも解せない。
退屈ならば鍛錬をすればいい。
日々鍛錬を怠っていない自分にとって彼の存在は異質だった。

どうして彼が鍛錬をしていないと分かるかという質問は正に愚問だろう。
筋肉の少ない細い腕。焼けていない肌。気だるそうな歩き方。
そこまで思い返して、今度は深く息を吐いた。
今この状況で人を選ぶのは得策ではないと心のどこかではちゃんと冷静に物事を見ていたからだ。

「そうか。…ここからは独り言だがな」

そう切り出したギルド長を見上げる。
筋骨隆々のこの男のような冒険者が仲間になれば頼もしいと言うものだ。

「ここ最近よくオレンジジュースだけを飲みに来るパラディンが居てな。ある日オレンジジュースしか頼まない理由を聞いたことがあった。その時は曖昧にされたんだが、後日珍しく酔って来やがってな。その時に過去を告白しだした」

そこまで話すと、ギルド長は自分も椅子を引いて座った。
俺は話が長くなりそうだと頬杖をついたまま目を閉じて聞く態勢に入る。
ギルド長がそこまで彼を推す理由が気になったからだ。

「なんでも少し前に辺境の村が野盗集団に襲撃されたらしくてな。そこの守りに当たっていたそいつは成す術もなく野盗が村に入ることを許しちまったらしい。その村の特産物がみずみずしくて美味しい自慢のオレンジで、ジュースにするともっと美味しいんだってご丁寧に語るだけ語ってからすぐに寝ちまったんだが、」

ふう、と息をつくその瞬間、周囲がひどく静かに感じた。
俺はその辺境の村を嫌というほど知っている。だって、

「酷く魘されてた」

そう告げると、ギルド長は話しは終わりだとばかりに立ち上がった。
それに気づいた俺は財布からオレンジジュースの代金である5エンを取り出してカウンターに置く。
財布の紐を固く結んで腰に引っ掛けると、傍に置いた剣を背負って席を立った。

「毎度。気は変わったか?」
「まあな。どうやら知り合いみたいだ」
「…へえ、そりゃまた」
「ご馳走様。それと、独り言を言う時はもう少し声を抑えた方がいい」

独り言であって独り言じゃねえ!という叫び声を聞きながら、冒険者ギルドを後にする。
カチャカチャ、と背中の剣と軽めに着込んだ鎧が歩く度に音を立てた。
今、向かっているのはここ最近通っている林の中の素振り場。
寂れていて自分以外の人を見かけたことがないため、随分と重宝させてもらっている。

そうして歩きながら、一人小さな声で自嘲気味に呟いた。

「感謝すべき人間を見誤るとは、な」

だって、その村は俺の故郷だったから。
真っ先に応戦したパラディンたちの勇姿を知らない訳がない。
村は滅んでしまったが、住人の殆どは逃げることができ、今は別の場所で静かに暮らしている筈だ。

彼を、次に会った時に勧誘しようと心に決めた。
勧誘も今更ながら、謝罪して許されるものだろうかと。

(ならいっそ、話さないというのも一つの手か)

着いた先で剣を抜き、素振りを始める。
確かな重さが腕に圧力をかけ、その重さに振り回されないよう風を斬る。
素振りを欠かさず続けて、早くこの剣をモノにしたい。
その一心で振り続けてきた。
型にはまった素振りから、徐々に我流の剣技に変えてゆく。

そこで、不意に感じた視線。

「…お前か」

剣を降ろして気配のする方向を振り返ると、先ほど酒場で見たパラディンが木々の間からこちらの様子を伺っていた。
今からやるべき事は分かっている筈なのに、言葉として出てこない。

こうして、まだ心の整理のつかない内に勧誘の好機はもたらされた。
07.08.15




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