とある一ギルド員の一日 .
(リクエスト:緑レンジャー)
枯れた木々と、流れる砂が、その場所をより一層寂れたものに仕立て上げている。 枯レ森という表現は率直ながらしっくりと馴染む名前だ。 そこへ冒険者がまた一人、流砂に足を取られて流れて来た。 つばの広い帽子を目深に被り、わずかに見える新緑色の髪は暑さを凌ぐように掻き上げられ、 ゴーグルに覆われたブラウンの瞳は真っ直ぐ、終わりの無い流砂の先を見据えている。 「…やってらんねーな」 引き結ばれた唇から漏れた声は、やや掠れ気味に言葉を紡いだ。 流されるままにようやく辿り着いた固い地面を片足で踏みしめると、近くの枯れかけた蔓を掴んで勢いを付けて流砂からもう片方を抜く。 ゴーグルを外して帽子の上に戻し、そのまま油断なく周囲を窺う姿は、レンジャーとして熟練者であることを窺わせた。 「ちょっと待てよ!…っこの、一匹狼!」 砂の流れる方向と同じ方向へ無理矢理足を進めて追いついて来たらしい赤髪のソードマンが、 怒鳴りながらレンジャーの肩を引っ掴んだ。振り返ったレンジャーを緑の瞳で射抜くように見つめる。 「ああ、ノロマじゃねーか。遅かったな」 「のろまじゃねえ!お前が早いんだっつの!」 捲くし立てるソードマンに対しレンジャーは肩を竦めたが、素早く何かの気配を察知すると、 ソードマンの腕を引きつつ後ろへ飛んでその場から退いた。 刹那、振り下ろされる斬撃。 「うおわ!?デスマンティスか!」 「オレが腕を引いてなかったら深手だったな。感謝しろよ、ノロマ」 「のろまじゃねえって、言ってんだろ!」 態勢を立て直したソードマンの怒声と共に放たれた一撃は、デスマンティスを真っ二つに切り裂いた。 ヒュウ、と後ろから称賛の口笛が吹かれる。 「やっぱ扱いやすいわ、お前」 「な…っ!」 手をヒラヒラと振って一人奥へと進んでいくレンジャーの姿を見とめ、ソードマンは剣をしまって後を追う。 「お前な!先に行くなっつってんだろ!?」 「早く帰って女の子達と戯れたいんだよ、オレは」 「気持ちは分かるけどせめて俺を置いていく、…な゛ッ!」 言う事を聞かない自由気ままなレンジャーの足を止めようと必死で叫んでいたソードマンは、 急にぴたりと足を止めたレンジャーの背中に顔面からぶつかった。 軽装とはいえ前衛を任せられているこのレンジャーは中に鎧を着込んでいるため、 そのあまりの衝撃にソードマンは思わず鼻頭を押さえてしゃがみ込む。 「いってー…!今度は何!」 「採掘ポイント。ほら、お前もちゃんと掘れよ」 「…そうだった。カリナン掘らねえとリーダーに縛られる…!」 頭に思い浮かぶ、笑顔で鞭を構える男の姿にソードマンは身を竦めた。 どうやら確実な恐怖が根底に根付いているらしい。 そうして男二人が採掘ポイントにてその日に取れる量だけ採掘した結果。 袋は確実に膨らんだが肝心の物は手に入らず、見る見る内に二人の顔には絶望の色が浮かんでいく。 「…オレ、シャドウエントリで逃げるから」 「お前だけ逃がすか!」 「勘弁してくれよ…。三点縛りのエクスタシーはもう懲り懲りなんだ」 「しっかりしろ!んな事、全員が思ってるっつの…!」 どこか遠い目をし始めたレンジャーを、ソードマンが胸倉を掴んで揺さぶる。 彼らがこれほどまでに恐れるリーダーは、若いにも関わらず白髪の似合うダークハンターだ。 「こうなったらここで一晩過ごして明日再チャレンジするか…」 「それはそれで『遅いよ?』って縛られそうなんだけど!?」 現実逃避から目を覚まして無難な方法を考えてみても、ソードマンの言う事にも一理ある。 カリナンくらい取って来る、と自信満々で出てきたのが裏目に出てしまった。 「諦めよう」 「は?」 深く考えるよりも簡潔な答え。 今までだってもう何度も受けているのだから、今更じゃないかと投げやり気味に。 そう言うとレンジャーは帽子を取って汗で崩れた髪を整えた。何かに詰まった時によくする癖だ。 しかし、ソードマンは納得できなかったらしく眉間に皺を寄せた。 「…なら帰れよ!帰って、正直に話して、縛られて、午後のナンパ時間潰されろ!」 声を張り上げてそう言い放ったソードマンは、大きな声を聞きつけてやって来た魔物たちを切り伏せながら、 流砂に乗って何処かへ去って行ってしまった。逆上すると一人で突っ走るのはソードマンの悪い癖だ。 「ったく、一人で行ってどうするよ?はぐれた方が余計怒りを買うだろうが」 それにしても一体どこへ行ってしまったのかと、レンジャーは再び帽子を目深に被ってソードマンの消えた方向へ歩く。 流砂の手前でゴーグルを装着し、流れに乗った。面倒事を避けるために、警戒歩行も忘れない。 「あっちか」 やたらと響いてくる、次々と何かが倒れる音。十中八九ソードマンが魔物を薙ぎ倒しているのだろう。 方向を確認すると、その方向への流砂へ乗り換えながら着実に進んでいく。 時折近くまで魔物の死体が流れて来るのだから、進むのにも一苦労だ。 手近な枯れ木の細い幹を掴んで、流砂から足を引き上げる。 そして見据えた目前には、まさに地獄絵図のような光景。 いつもなら何も感じないが、八つ当たり的に倒された魔物たちにレンジャーは深く同情した。 その惨状の中、目に入った鮮血。魔物のものではなく、人間のものである証拠の赤い血。 それは転々と道標のように地面に染みを作っていた。 ゴーグルを外し、僅かに目を細めて眉間に皺を寄せる。 「あいつ、無茶しやがったな…」 ソードマンの残した赤い道標を辿り、行き着いた先は地下18階。 幸いにも先に行った彼が魔物を薙ぎ倒していたためここまで魔物に遭う事はなかった。 だが実力があるとはいえ、さすがにここまで一人で潜って元気なままとはいかない筈だ。 事実、赤い染みはどんどん大きさを増している。 失血で倒れるのも時間の問題だろうと焦りを感じたレンジャーは、彼にしては珍しく走っていた。 だだっ広く見通しの悪いこの空間を今ほど憎らしいと思ったことはない。 それでも彼の足裁きは俊敏で、レンジャーの得意とするファストステップを用いてただ一箇所を目指している。 血の跡を辿らずとも分かる、ソードマンが行き着きそうな場所。 「見つけたぞ」 「なんだよ、帰らなかったのか」 思いのほかソードマンが元気なのは、彼の目の前にある泉のおかげだ。 治癒効果のある清水が上階からぽたぽたと落ち、長い時間をかけてその水嵩を増やしている。 「帰れる訳がねーだろ。一人で帰ったらそれこそ酷い」 「だから俺は縛られる気はないってば」 一通りの治療を終えたのだろう、ソードマンは外していた鎧を再び着込んだ。 器用さでは天地の差があるが、鍛えられた肉体と並外れた生命力の高さは同じ前衛として羨ましいものがある。 そんな視線に気づいたのかソードマンは苦笑して、控えめに小さく膨らんだ袋を差し出してきた。 「カリナン。一個だけだけど手に入ったから」 「…は? どうやって?」 手に入れることを諦めようとすら思っていたものを、このソードマンは地下へ潜っただけで手に入れたという。 一日に採掘できる量は限られているため、階数を変えても見つけることは不可能な筈だ。 「魔物、これでもかってほど倒しただろ?もうすぐレベル上がりそうだったから、スキルアップ図ってみた」 にっ、と人好きのする笑みを浮かべてVサインを作る彼を、レンジャーはこれほどまでに頼もしいと思ったことはなかった。 諦めていた分、急に力が抜けた気がして息を吐きながらその場に腰を降ろす。 「おーい…?リアクションがないと俺もさすがに頑張った気がしないんだけど」 「…お前が男前過ぎて言葉も出ねーんだよ」 溜息をつきながら、手袋を外して清水に素手で触れると、心地良い冷たさがレンジャーの素肌を包む。 隣にソードマンも腰を降ろし、装備の少ない足の衣服を捲くり上げると、そのまま足を水の中に突っ込んだ。 「なー、惚れ直した?」 「元から惚れてねーし。自意識過剰め」 「のろまの次はそれ!?あーあー、さすがの俺でも傷つくんだけど」 ソードマンの足がばちゃばちゃと水を跳ね上げる。 それを遠目に見ながら、レンジャーはぼそりと小さく呟いた。 「…今、なんて?」 「もう言わねー」 「ちょ…っ、ごめんって今度はちゃんと聞いとくからさ!」 「ほら、とっとと帰るぞ。糸寄越せ」 清水から手を出して軽く水気を振るいながらソードマンを急かす。 レンジャーの性格上、礼を言う事など滅多にないため、こういった場面では妙に恥ずかしくなるのが難点だ。 外していた手袋に指を通して、相方が鞄の中から糸を取り出すのを待った。 が、中々出てこない。 「ごめんついでに本当にごめん。忘れた」 緩慢なレンジャーの動きが完全に止まった。 資金節約のため樹海地軸に近い場所で済まそうと思っていたというのに、 一人突っ走ったソードマンのおかげで地下18F、上階にしても下層の地軸に行くにしても中途半端な距離。 「この…っ」 レンジャーの思いつく限りの罵倒と共に、百戦練磨のソードマンが地に倒れ伏す音が樹海内に響いた。 「ああ、カリナンはちゃんと取って来れたみたいだね。実に残念だ」 「さらりと本音を言うな本音を」 涼しい顔でカリナンを受け取り、それを一瞥してから後方に控えていたメディックに放り渡すリーダーを、 無事に樹海から帰還したレンジャーは恨めしそうに見つめた。 同じく樹海に潜っていたソードマンは、頭の大きな瘤を眼鏡の似合うアルケミストに冷やしてもらっている。 「ま、経緯はどうあれ、これでクエストは完了できるし。よくやってくれたよ」 「オレはもうアイツと二人で組むのは嫌だからな」 「なんだよ!糸買うのは俺だけの仕事じゃないだろ!それにいつもはこいつが確認取ってくれるのに!」 文句を言うソードマンにこいつ、と指差されたアルケミストはふう、と息をつく。 ズレた眼鏡を中指で上げ、意図したかのようにレンズを光らせた。 「心外ですねえ。それじゃあ私が悪いみたいだ。いつまでもハンカチを忘れる子供では困るのですが?」 「うぐ…」 言い返せずに押し黙るソードマンを尻目に、自由奔放なレンジャーは珍しくも疲れによる溜息を吐いた。 それを見ていたリーダーのダークハンターはさぞ愉快な事のように笑う。 「あはは、溜息なんてついてたら逃げちゃうよ? 幸せとか色々…、ね?」 「お前が言うと冗談に聞こえねーんだからやめてくれよマジで」 頭の帽子を深く下げて、リーダーの笑っていない目から逃げるように目を逸らすと、 不本意にもソードマンと目が合ってしまった。 改めて目が合うと、どうにも居た堪れずに床へと視線を移す。 「とりあえず、お二人が無事で良かったです。それじゃあ、僕はクエストを報告してきますね!」 このメンバーの中で一番の良識人、しかも周囲の濃さに圧倒されない独特の天然さを持つメディックは、 縁の太い眼鏡の奥にある優しげな目を更に細めて、個性溢れるメンバーの間をすり抜けて扉の外へと姿を消した。 「ついでに他の戦利品も売って来るとまで言わないのがアイツらしいよな」 「意図的なのか、あるいは忘れているだけなのかは気になるね。まあ、どちらにせよ売りに行くのは任せたよ」 「やっぱオレかよ…」 渡された戦利品の重みは、ソードマンの無差別戦闘によるものが大きい。 後でもう一発殴ろうと心に決めたレンジャーは重い腰を上げてギルドを後にし、エトリア市街の雑踏へと紛れて行った。 あとがき リクエストして下さった音刃雫様のみお持ち帰り可です。緑レンジャー、とのことでとりあえずツンデレな隠れ苦労人にしてみましたがどうでしょう。(← リクエストありがとうございました! |
07.08.19 |
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