やすらぎのこもりうた  .

(リクエスト:カナタとガッシュとアレアヴィス)

ソラッドが森の破壊者と一対一の戦闘から帰還して以来、何かの発作のように時々ソラッドの体調が崩れる。
今もまだ当人の体調が優れないということで、先の探索に万全を期すため探索予定は全て休日となったんだけど…。
彼にはハークスが付きっ切りで看病に当たっていて、
邪魔だと追い出されたゼロとクロノ、そして僕はエトリアの街中へと散って行った。
今日は夕方からは兼業してるウェイターのアルバイトが入っているからいいものの、それまでをどう過ごすかが問題だ。

ゼロへついていってもいつものように昼から酒場でずっとオレンジジュースだろうし、
クロノには何故かついていけない。物理的ではなく、精神的に。
ハークスはいつもなら図書館やら、自室で勉強に勤しんでいるけど、今は看病中。
一番ついていって楽しめるソラッドが休みを取っているとなると、お手上げ状態。

(女将さんに無理言って今から働かせて貰おうかな…)

なんて考えていた矢先、不意に視線を感じて振り返る。
けど、誰の姿も見当たらない。

『畏れよ、我を…』

脳内に過ぎった言葉と共に、身も凍る恐怖が僕を襲った。油断していた自分の失態に小さく舌打ちする。
こんなことを出来るのはカースメーカーしか居ない。でも一体どうしてカースメーカーが僕を狙うのだろうか。

『命ず、言動能ず』

次いで、固まったように身体が言う事を聞かなくなる。声を発するにも恐怖に声も出ない。
もし声が出たとしてもこんな人気の無い路地裏では誰にも届かないだろう。
絶望的な状況に冷や汗が流れた。

「よっし、よくやったアレア!いっくぞー!特殊必殺技略して特技!アームボンデージっ!」
『…封の呪言:下肢』

が、先程まで味わっていた絶望感は目の前に現れた見知った顔の言動によって見事に崩れ去った。
そう、悪ガキ代表のガッシュだ。今回はクリイムではなくアレアヴィスを引き連れているようだけど。

そうこう考えている内に、僕はガッシュお得意のボンデージ技とアレアの呪言をモロに喰らって手械と足枷で戒められた。
知り合いだからこそ警戒は解いたものの、理由次第では叱らなくちゃいけない。
その内に僕から恐怖という感情が消えて、青褪めた顔で必死に空気を吸い込んだ。
アレアヴィスが最初の呪言を解いたらしい。

「カナタゲット!さっすがアレアだな!」
「う、うむ。大した事ではない」

ベタ褒めしながら頭を撫でるガッシュに対して、
アレアも褒められてまんざらではないのか照れた顔を隠すために顔を逸らしていた。

「ってそんなことはどーでもよくて!どういうつもりなの、二人共?」
「どういうって…今日休みだって聞いたから遊んで貰おーと思って」

にっ、と子供っぽく笑う彼は、そう、僕より年上のはずだ。
アレアの年齢は本人が数えていないから分からないけど、そうなると僕は名目上カルジェリア内で最年少になる。
それでも年齢の上下を感じさせないよう振舞ってきたが、どうもガッシュも年齢云々はテキトウらしい。
精神年齢で言えば、アレアと並ぶだろう。

「遊ぶくらいなら普通に誘ってくれればいいじゃないか」
「えー?だって、そんなのつまんないじゃん!」

つまんないってそんな。被害にあった僕のことはどうでもいいの?

「ほら、カナタも街中で油断するとどうなるか分かっただろ?おれらじゃなかったら危なかったし?」
「…う」
「どうやら反論できないようだな」

現状で口は塞がれなかったから、なんとかしようと思えば出来たのかもしれないが、
恐怖に包まれた身体ではまともに歌えたかすら怪しい。
アレアヴィスの言う通り反論できずにいると、急に体が宙に浮いた。

「え?何…っ」

仮にもダークハンターで前衛もそつなくこなしているガッシュは、僕を軽々と持ち上げる。
枷が邪魔で抵抗しようにもできない。

「よーし、じゃあ出発!」
「うむ!」
「うわああああん、ソラッドー!ゼロー!ハークスー!クロノー!助けてー!」

まず最初に思い当たった仲間の名前を叫ぶが、訳が分からないままにあっという間に連れ去られた。
路地裏をすり抜けるように走っていく二人に、もう止められないことを悟った僕はがくりと項垂れた。

「悪いよーにはしないって!」
「ソレって悪い人が言う定番のセリフだよね!?」
「…ならば、悪いようにする」
「宣言してどうするのさ!」

カナタの美声による叫び声はいくら路地裏といえども、聞いた人も居たわけで。
後に噂が噂を呼んで誇張された話によると誘拐事件にまで発展したのだが、それも時間と共に消えていった。





街外れの草原。直射日光が照らす木々は眩しいほどに輝き、花は活き活きと太陽に葉を向けていた。
そこでようやくガッシュの肩から下ろされ、そろそろ痛くなってきた枷も外される。

「あー、楽しかった!」
「色々な輩に追いかけられたがな」

途中、騒ぎを聞きつけた第2PT、第3PTの面々が追いかけてきたのだが、
ガッシュのボンデージ技や、アレアの先制スタナーを駆使してここまで来たのだ。

「クリームまで無視しちゃって、大丈夫なの?ガッシュ」
「だって、アイツも引き入れようと思ってたけど、近くにリヒトが居たから絶対何か仕掛けられるし。
 計画がパーになるくらいなら、振り切った方がいいかなって。まあ、後で謝るし!だいじょーぶ!」
「我もクレハを引き入れたかったのだがな…」

ふう、と残念そうに息を吐くアレアヴィスを、僕とガッシュは同時に見た。

「「それは無理だって」」

あ、なんかクリームの気持ちが分かったかもしんない。
ガッシュと息が合うのってなんだか清々しい気分になる。

「それで?そろそろ目的聞いてもいいかな」

僕が小さな花畑の真ん中に腰を降ろすと、ガッシュは胡坐をかいて座り、
アレアヴィスは座り込んだ後に何故かその場で膝を抱えた。一番落ち着く態勢らしい。

「あんなー?おれらカナタの歌声好きだからさ。今日ヒマだって聞いたからチャンスだと思って」
「酒場では酒臭い輩が囃し立てるであろう?一度そなたの歌を静かな場所で聞いてみたかったのだ」

期待に目を輝かせて僕を見詰める4つの瞳。
うわー、何この子たち。すっごく可愛い。なんかこう…愛でたくなるっていうのかな。

「つまりは、僕の歌が聞きたいんだよね?」

簡潔に問いかけると、二人は示し合わせたようにこくこくと何度も首を縦に振った。
自分の所属するパーティの中では、樹海探索中に何度も歌っているけど、
現時点で他のパーティと組んだことは無いし、酒場も騒がしいから、この子たちが聞いていないのも納得できる。

でも、生憎とリュートは本部に置いてきてしまった。
楽器ならオカリナを持っているけど、それじゃあ歌えない。

「じゃあ、伴奏なしで」

わくわくとした目線に、気恥ずかしさを感じながら、最近よく歌うようになった詩の一節を口ずさむ。

安らぎの子守唄。

柔らかな音が周囲に溶け込んでいき、緩やかに流れる風は小さい花たちを優しく撫ぜていく。
ふわりと花弁が舞い上がり、木々たちがさわさわとバックコーラスのように囁き出した。
太陽は暖かな光をもたらし、まるでステージを作るように青草を輝かせ、池の水がきらきらと反射する。

その幻想的な光景に思わず息を呑んだ二人は、その歌声に酔いながらうとうととし始める。
子守唄といえども、普段樹海で歌っているときは誰かが寝た試しはない。
こういう安らぎある場所で歌えばその効果が出るんだろうか。

やがて近寄ってきた二人の頭を撫でながら、僕は歌い続ける。
超自然へ向けて親近感を込めて褒めるように、畏敬の念を込めて感謝するように。

そうして暫く歌っていた僕は、二人の安らかな寝息を聞いて歌うのを止めた。
こうやって寝かせてあげるって言うのは気持ち的には良い気分だけど、二人共僕の膝の上で寝るのは…ちょっと。

それからまた暫く我慢してたけど、そろそろ足の痺れが限界を訴えてきていた。
なんとか態勢を変えようと奮闘していたところで、複数の足音に気づく。
逃げる理由も無いので待っていると、予想に違わずガッシュとアレアヴィスの保護者たちだった。

「ああ、やっと見つけた。カナタさん、アレアに何もされてませ…」
「ガッシュが迷惑を掛けてすまない。キミがパニックを起こしていたから心配していたんだ…が」

二人が繰り広げたギルド全体を巻き込んだ壮大な鬼ごっこから、この草原に狙いを定めて追いついてきた鬼二人。
クレハとリヒトは、探していた二人の自パーティーのメンバーの様子に苦笑する。

「僕の歌が聞きたかっただけみたい。歌ってあげたら眠っちゃって」

白いふわふわの髪と、さらさらの黒髪を撫でながら、正反対の髪色なんだと小さな発見をしてくすり、と微笑んだ。

「すみません。すぐ連れ帰りますから」
「それは嬉しいけど、あんまり怒らないであげてね」

クレハの目を見つめながらお願いすると、彼は小さく頷いてアレアヴィスを起こさないように抱き上げた。
アレア、今起きてたらきっと喜ぶんだろうな。
やがて態勢を整えたクレハは僕に一礼すると、颯爽と草原を去って行った。
やっぱりあの第3PTを纏めるリーダーだけあって行動が早い。

クレハの後ろ姿を見送るように眺めていると、膝に乗っていたアレアヴィスが居なくなった僕の体を風が一撫でする。
…温かかった体温が無くなるのは、少し寂しいかも。
ああ、まだ一人残ってたんだっけ。

「それと、リヒトも。怒るのは少しだけ。ね?」
「ああ。善処しよう。ただ、クリームについては保証できない」
「んー…その辺は仕方ないかな」

リヒトの口ぶりからして、クリイムは相当怒ってるんだろう。
ガッシュは大丈夫だって言ってたけど、喧嘩にならないよう付いててあげようかな…。

ひょい、とガッシュもリヒトに持ち上げられて、僕の足がやっと自由になる。
…うん。無理。足が絶好調に痺れて動けない。

「カナタ、無理そうなら人を呼んで来るが?」
「ごめん、お願いしていいかな」

とりあえず態勢を変えてみたが、痺れがそう簡単に取れるはずも無く。
頷いて踵を返したリヒトは、数歩歩くとこっちに向き直った。

「キサラギでも構わないか?」
「…え、キサちゃん?」

僕の間の抜けた声と共に姿を現したキサちゃん。
彼女もここに狙いを絞って来たらしい。

「殿方一人持ち上げることなど造作もないこと。修行だと思えば簡単にこなせますが」

僕の姿を見て事情を察したのか、淡々とした口調でそう告げたキサちゃんに対して、思わず言葉を失った。
いや、さすがに女の子に運んでもらうっていうのは…。

「遠慮なさらないで下さい。
 私ならば何も問題はありせんし、世間体が気になると言うのならば顔は伏せていて頂いて構いません」

そう言うと、キサちゃんは僕の返事を待たずに足の動かない僕を抱き上げた。
…ってちょっと待ってよ。

「な、なんでお姫様抱っこなのかな…?」
「生憎と私には貴方様のような身長はありませんので、担ぐにしても引き摺ってしまうのです。
 お嫌でしょうが、少しの間大人しく我慢していただければ、他のメンバーに会った時にその方に代わって頂きますので」
「あ、じゃあ、ガッシュと僕を交換するっていうのは…、あ!」

救いの手をリヒトに求めようとしたところで、既に彼の姿が無いことに気づく。

「あまり拒否されてはいくら私でも傷つくと言うもの。ご希望ならば、降ろしましょうか?」
「…うう。ごめん、運んで」
「ええ、喜んで」

さすがブシドーということだけあって、
背が高く、相応して体重もある僕を抱えているにも関わらずキサちゃんの足取りはしっかりとしていた。
僕は必死に顔を伏せ、公衆の面前でお姫様抱っこをされているという羞恥的な事実に耐えながら、
今日一日一連の流れを思い返す。パニクって、歌って、お姫様抱っこされて。
気分的には損だらけだったのだが、

(まあいっか。楽しかったし)

どうやらポジティブな思考回路をしているらしい僕は、キサちゃんに地面に降ろされた時にはすっかり立ち直っていた。
07.08.08




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