怒りの矛先 .
施薬院からソラッドを連れてハークスの家へ帰ってくると、扉を開けた先には留守を頼んだハクトの他に何故かルーンが待ち構えていた。 「・・・お、お帰り兄さん・・・」 「何でルーンがここに居るんだ・・・・」 予想外の人物の登場にハークスの口があんぐりと開く。 ソファに座っていたルーンは少々険しい顔をしながら立ち上がり一行を迎えた。 ぺこりと律儀に礼をとる。 「勝手にお邪魔してしまって申し訳ありません」 「あ、いや。・・・・なんでここに?ハクトが何か話したのか」 「んなッ!?俺は何にも言ってねえよ!」 不機嫌なルーンと一緒の居心地の悪い空間を耐えたハクトにハークスのじと目が突き刺さり思わず大声で反論してしまう。 「ハクトからは何も聞いてはいませんよ。昨日執政院の兵士が慌てた様子でハークスさんの家の方向へ走っていった事、今日は探索を予定していたにも関わらずハクトから休日を要求された事、そして今日樹海に向かう皆さんを見かけた時にソラッドさんが見当たらなかった事。以上を踏まえて緊急事態が起きたのかとこちらを訪ねさせて頂いた次第です。他に何か質問が?」 いつものルーンと違い殆ど無表情でひんやりとした口調で訊ねられ言葉を失うハークス。 代わりに前に出たソラッドは自分より幾分低いルーンに片方だけになってしまった目線を合わせて困ったように首を傾げる。 「・・・・ルーン、怒ってるのか?」 そう落とされた言葉にルーンの瞳が益々冷たい光を帯びる。 ふいと外された視線に捉えられたのはカナタの目元。 「泣いてらしたんですね、カナタさん」 「ふえ?・・・・あ、えと・・・・」 唐突な話題転換についていけずにどもるカナタ。 その様子に目を細め、改めてソラッドに視線を戻す。 「視力を失くされましたか」 「・・・・・・・ああ」 いつになく強い口調のルーンにソラッドも心苦しく感じながら真剣に返す。 すると、細くて白い手がゆっくりとソラッドの方に伸び胸倉を掴んだかと思うと強い力で下へと引っ張られる。 「ソラッド!?」 「ルーン!」 周囲の反応は全く意に介さず自ら引き寄せたソラッドの顔を覗き込むように上から見下ろす。 一方、胸倉を掴まれたままのソラッドは始めこそ驚いたものの今は静かにルーンを見返していた。 「・・・・無様ですね」 小さな口から零された容赦の無い言葉に周囲から一切の音が消えうせる。 「引鉄は、油断か慢心か判断ミスか・・・・いえ、貴方に限って慢心はないかと思いますが・・・・・どちらにしろ愚かな事です」 「ルーン」 「樹海に挑む以上仕方がないと仰いますか?・・・・それもまた、愚かな事」 「ルーン」 「貴方は一瞬でも諦めた。自らが傷つく事を容認した。その結果がこれですか」 「ルーン・・・・俺が悪かった。・・・・だから、泣くな」 ソラッドの頬に落ちる暖かい透明な滴。 表情を一切変えず、嗚咽すら漏らさずに静かに零れ落ち続けるルーンの涙にソラッドが優しく手を伸ばす。 「心配かけて、すまない。片目は見えなくなったけど・・・・それだけだ。俺はまだ生きてる」 「いいえ。心配なんてしていませんよ」 目尻から溢れる涙を拭う手をそのままに、ルーンも漸くソラッドを開放しながら痛々しい包帯に覆われた左目に手を添える。 「・・・・心配すらさせてもらえなかった。知った時には全てが終わった後だ、・・・・ソラッド」 「・・・・・ルーン」 「・・・・ゴメン。解ってる。これは俺の八つ当たりで我侭で、自己満足だ」 一度目を閉じたルーンがソラッドの額に自らの額をくっつける。 ソラッドは微動だにせず、二人は至近距離で見詰め合う。 「・・・生きていてくれて、よかった」 呟いて再度閉じられた瞳からまた一滴頬を伝った。 「・・・・それにしても、びっくりしたね」 あの後。 涙が止まらないらしく、不思議そうに瞬きを繰り返すルーンを落ち着かせる為にソファに座らせていたのだが。 「確かに。ルーンがあそこまで激昂するとは予想外だったな」 「なんともまあ背筋が寒くなる怒り方だったがな」 決して声を荒げる事の無い怒気は幼い子供には不釣合いだ。 「コレに懲りたら二度と大怪我なんてしないことだねソラッド?」 「・・・・・・海より深く反省している。だからそう突付くな」 「・・・・無理じゃねえか?うちのメンバーに知れたらまた説教喰らうぜ?多分」 叱られる、というのはそれだけ心を傾けてくれていると言う事。 有り難いと思いつつも、もういいじゃないかと耳を塞ぎたくなるのが本心なソラッド。 「・・・・・勘弁してくれ・・・・」 「自業自得でしょ?諦めるんだね」 頭を抱えたくなったが今は動くとまずいので、さらさらと朱金の髪を梳く事でごまかす。 「・・・・・・ん・・・」 「おっと、もう少し声を落とすか・・・」 「ふふ、可愛いよね。やっぱりまだ子供なんだ・・・。いつも大人っぽいからあんまり意識した事ないんだけど」 ソラッドの膝に頭を乗せてルーンが穏やかに眠っている。 泣き疲れて眠る様は正に子供そのものだろう。 「・・・多分起きたら物凄い落ち込むだろうな」 「落ち込む?何故」 「失態だー、って」 「・・・・・・よくお解りですね」 小さな声にも関わらず耳に入るよく通る声。 肩を跳ねさせたハクトの視界でソラッドの膝から緩慢な動作でルーンが起き上がった。 「すまん、起こしちまったか?」 「あ、いいえ。こちらこそすみません・・・・。ご迷惑を」 ハークスへの返答が不自然に止まったルーンを不振に思い、ソラッドが顔を近づける。 「ルーン?どうした?」 「・・・・・・僕、もしかして、ソラッドに、ひざまくら・・・・・」 「ああ、座ったままだと寝難そうだったから」 あっさりと寄越された解答に見開かれた目元が段々と赤く染まっていくのをソラッドは新鮮に思いながら見つめていた。 「・・・・・・・うわー恥ずかし・・・。喚いて泣いて疲れて眠っておまけにソラッドに膝枕・・・・失態だ」 「別にいいだろう。今回は俺が悪かったんだ、ルーンが気に病む必要はない」 「いえ、そうじゃなくて・・・・・あー・・・・もう・・・・」 頬を押さえて俯いてしまったルーンに、今日は意外な一面ばかりを見ているなと少し楽しくなったソラッド。 「・・・・・どうして笑ってるの」 「いや?可愛いなと思って」 くす、と笑みを浮かべながらルーンの赤く染まった頬に手を添える。 「ッ、ハクト!」 「うおッ!?な、なんだ?」 「これ以上は本当にお邪魔になるから、帰るよ!」 「へッ!?」 急に立ち上がったかと思うとハクトの腕を引っつかんで玄関へと早足で向かうルーン。 後ろから見ると耳まで赤い。 「今日は本当にご迷惑をお掛けしました。すみませんがこれで御暇させていただきます」 最後はやっぱり律儀に挨拶をして、ルーンはハクトを置いて外へと出てしまう。 「・・・・あー・・・えーと、そういうことだから、兄さん今日のところは帰るな」 「あ、ああ。・・・・大丈夫か?」 「大丈夫だって。ちょっと混乱してるだけだろ。普段滅多に甘えるなんて事しねえ奴だから」 じゃ、と手を振ったハクトを見送って暫し沈黙が訪れる。 「・・・・・後日改めてファウンスに行くか」 「それはいいが・・・・・ルーンをからかうのはやめてやれよ?」 「・・・・・・そんな事しないぞ?」 「にやけ顔で言われても説得力ねえよ」 |
08.10.15 |
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