喧嘩するほど…
「おーう、ただいまー」 もう日付も変わろうかという夜、探索の帰りに施薬院へ寄ってくると言い残して一人帰宅するのが遅くなったハークスが漸く帰ってきた。 「あ、おっ帰りー」 「随分遅かったじゃない」 「ちょっとな」 些か疲れの見えるハークスに臨時で手伝いでもしてきたのかと推測するゼロ。 そして、カナタの視線はハークスの右手に携えられている見覚えのある箱に釘付けだった。 「ねえ、その白い箱・・・」 「ああ、施薬院で世話した患者が律儀に俺宛にお礼を持ってきてな」 「もしかして・・・」 「察しの通り。お前等の好きなミールフェンスのケーキだよ」 「うわあ・・・」 「へえ」 途端に目を輝かせるカナタとゼロに苦笑い。 「ちょうど五つあるから一人一個ずつな」 「「はーい」」 箱を手渡され早速どれがいいか選ぶ二人にリビングを見渡したハークスがそこに居ないメンバーの所在を尋ねる。 「そういえばソラッドとクロノは?」 「部屋に居るけど?」 ゼロのその言葉と同時に部屋の扉が開き、ソラッドとクロノが揃って顔を出した。 「お、おかえりハークス」 「随分遅かったな」 「あー、まあな」 本日二度目の問いにやっぱり苦笑いで返しつつ以外に目ざといソラッドが早速ケーキの存在に気づいていそいそと近寄ってくる。 「貰い物か?」 「ああ。一人ひとつだぞ」 「そうか。あ、俺それがいい・・・・」 「駄目。早い者勝ちだからね」 「む、じゃあこっちのロールケーキにしよう」 ゼロとカナタほど主張はしないがソラッドも結構甘味好きだ。 嬉々としてケーキを選ぶギルドマスターに肩を竦めてハークスはコーヒーを淹れるためにキッチンへと向かう。 「俺は残り物でいいからクロノも選べよ」 「いいのか?」 「俺は甘味に執着ないからな」 「そうか。ではお言葉に甘えて」 テーブルに向かうクロノを見届けてハークスは今度こそキッチンに入っていった。 「結構美味かったな」 「当然でしょ。ここエトリアでもかなりの有名店だしね」 「そうなのか?」 「そうなの。ハークスいい貰い物したよ。情けは人の為ならずってね」 「それだと俺に当て嵌まらねえじゃねえか」 「カナタ、どうしたんだ?」 それぞれケーキを食べ終わってコーヒーで一息ついていたところ、一人まだケーキをつついているカナタ。 「えへへ。こんな美味しいケーキ食べ終わるのが勿体無くて」 「みみっちいよカナタ」 「ぶーいいでしょ。ほっといてよ」 「いいけどね。じゃ、僕はそろそろ寝ようかな」 コーヒーを飲み干して軽く伸びをしたゼロが欠伸を零しながら立ちあがる。 「明日は探索は休みだ。一日ゆっくりしてくれ」 「りょーかい」 二階の自室に向かうゼロを見送った四人もそれぞれに動き出す。 「カナタ、ケーキは食べてしまわないのか?」 「うん。後半分は明日のお楽しみvあ、食べたりしないでよ?」 「「「しないって」」」 睨み付けるカナタに呆れた三人だったが。 翌日。 「あああああーーーーー!!」 「どうしたカナタ!」 「何かあったのか!?」 駆けつけたメンバーが見たのは、開け放った冷蔵庫の前で呆然としているカナタで。 何となくそれに嫌な予感を覚えた三人はそろりと一番最後にキッチンに到達したゼロを振り向いた。 「・・・何?」 理由も無く三対の視線を受ける意味が解らずゼロの眉間に皺が寄る。 不機嫌そのものの声色に反応したのは目を見開いて突っ立っていたカナタだった。 「・・・・ゼロ、冷蔵庫に入ってた僕のケーキ、食べた?」 「ああ、残してたやつでしょ?食べたよ」 「・・・・・・・・・どうして?」 「何でって・・・いらなかったんじゃないの?」 そのあっけらかんとした返答に思わず目を覆ってしまった三人である。 肝心のカナタは俯いて、僅かに肩を震わせている。 固く結ばていた口元が微かに動く。 「なに?聞こえない」 小さすぎて聞き取れなかったゼロがカナタに歩み寄るのを見ていた三人は今度は仲良く耳を塞いだ。 途端に響く、声。 「ゼロのバカーーーー!!!!」 「ッ!?」 カナタの美声で至近距離で叫ばれたゼロの思考が暫し止まる。 キーンという耳鳴りが落ち着いてきた頃漸くその意味を理解したゼロは当然の如く反論した。 「何だよいきなり!耳が死ぬかと思ったじゃないか!」 「そんな役に立たない耳なんか死んじゃえばいいんだ!」 「なっ、それどういう意味!?」 「僕、勿体無くて食べれないって言ったよね!」 「は?・・・・ああ、そういえば」 「後のお楽しみにとっておいたのに!」 「そんなの知るわけ無いだろ!だったらちゃんと名前でも書いてなよね!」 「っ、っ、・・・!」 そのあんまりなゼロの言い草にカナタはとうとう言葉を失った。 そして。 「ゼロなんか大っ嫌いだーーー!!!」 閑静な住宅街に響き渡る大声に、苦情が・・・・と頭の痛いハークスとそれを肩を叩いて慰めるソラッドとクロノである。 「って訳でしばらくここに泊めて」 「・・・・・はい?」 こちらファウンスの拠点、カインのお屋敷の玄関先である。 出迎えたのは都合のいいことにこちらも休日だったらしい屋敷の主本人だ。 「えーと、つまりは家を追い出されたと」 「ちょっと人聞き悪い事言わないでよね。出されたんじゃなくて出てきたんだよ」 頑としてそこは譲らないらしいゼロにどっちも変わらないんじゃ・・・と密かに思うカインである。 「あーまあ別に部屋はあるから構わないけど・・・」 「けど何」 「行き先は告げてきたか?」 「あんた莫迦じゃないの。家出に行き先告げるやつが何処にいるんだよ」 「・・・・・そうですね」 ふん、と小ばかにしたような目で見上げるゼロになんだかなーと遠い目になる。 「とりあえず中に入れてくれない?客を玄関先に立たしたままなんていい度胸してるよね」 「・・・・気づきもしませんで・・・・」 もうゼロに何かを言うのは諦めたカインが大人しくゼロをリビングに案内する。 あれ、俺ってなんかメチャクチャ弱い?なんて思考が頭をよぎったが必死に頭を振って否定する。 俺は普通だ。ゼロが非常識なんだ! しかし見透かしたように君って動かしやすいよね、なんてしれっと言われてしまいしばらく立ち直れそうに無いカインだった。 「あれ、ゼロさん?」 「お邪魔するよ」 「カディに会いに来られたんですか?」 「別に」 「?」 リビングには現在人は居らず、奥にあるキッチンから顔を出したルーンが不思議そうにゼロを見る。 綺麗な緑色に見つめられて少々罰の悪くなったゼロが顔を逸らしてしまったのでルーンは後ろにいたカインに説明を求めた、のだが。 「実はな、ッあ痛ァ!?」 「ちょっと暫くこっちに泊めてもらう事にしたから」 「・・・・ここに、ですか?」 「そう」 足を押さえて蹲るカインを尻目に普通に会話を進める二人。 「・・・・・まあ、カインがいいなら僕にとやかく言うことは出来ませんが。ソラッドさんには言ってきましたか?」 「・・・子供じゃないんだから、」 「言ってないんですね・・・。わかりました。連絡はこちらでしておきましょう」 「な、ちょっと余計な事は・・・」 「それと」 「・・・・・何」 「自分が悪いと思ったら自ら謝ることが大切ですよ?」 「・・・・・・・・・誰か言った?」 「何をです?」 「・・・・・・あんたも結構イイ性格してるよね」 苦虫を噛み潰したようなゼロの言葉に返答は無く、ルーンは肩を竦めてキッチンに戻っていった。 「ルーンに隠し事は出来ないっていうのに・・・俺蹴られ損じゃないかー・・・」 「うるさいよ」 仮にも泊めてもらう相手にゼロは何処までも尊大だった。 「・・・・ゼロ?」 すっかり沈んだカインを放っぽって悠々とソファに寛ぐゼロに訝しげな声が掛かる。 「カディ」 「どうしたんだ。カルジェリアで何かあったのか?」 「何、僕がここに遊びに来ちゃいけないの」 「いや、そんな事はないが・・・」 どうにも話が繋がらないゼロにカディセスの視線が床でめそめそしているカインに向く。 (どうしたんだ、ゼロは) (俺のこの状態はスルーですか。・・・喧嘩したんだってさ。カナタと) (喧嘩?) (カナタのケーキを知らずにゼロが食っちゃったって話) (・・・・なるほど?) アイコンタクト終了。 「二人とも何してるの」 「いや。それより今日は休みなのか?」 「そうだよ。それから暫くここに泊まるからよろしく」 「・・・・・・そうか」 深くは聞かず頷くに留めたカディセスにゼロは満足そうだ。 「ルーン、今日のおやつ・・・、あれ?」 「お邪魔してるよ」 「珍しいお客様・・・。どうかしたか?」 「そろそろ説明がめんどくさいよ。何で一人ずつ出てくるのかな」 「・・・・ん。じゃあいい」 ひょこりと顔をだしたフィレンはゼロに邪険にあしらわれるも頓着せず、本来の目的を果たす為にルーンのいるキッチンへと姿を消す。 「・・・・・ここのギルドも随分個性的だよね」 「そうか?」 「特にあのギルドマスター。何者?」 「さて、な。何か言われたのか?」 「・・・・・・・・別に」 ふい、とそっぽを向くゼロにやっと席に着いたカインとまたしてもアイコンタクト。 (俺が説明しようとしたら邪魔されて、でもあっさりばれてるみたいなんだよな) (まあ、ルーンだからな。それで?) (悪いと思ったら謝った方がいいぞって諭されて) (・・・・なるほど) 「さっきから何なのさ。見詰め合っちゃって気持ち悪いよ」 「うぐ」 ストレートに引かれてダメージを受けるカインとは別に溜め息ひとつで終わらせるカディセス。 そうこうしているうちに良い匂いと共に大きな皿を持ったルーンとトレイにティーセットを乗せて持つフィレンがリビングに現れる。 テーブルに皿が置かれるとそこには綺麗に盛り付けられた今日のおやつが。 フィレンからティーセットを受け取ったルーンが五つのカップに紅茶を注ぎ、それぞれの前に丁寧に置く。 「今日も美味そうだなー」 「ドライフルーツのパウンドケーキと苺のシュークリームだよ」 「・・・・いつもこんなの食べてんの?」 「休みの日は三時にティータイムが習慣になってるよな」 「ルーンのお菓子、おいしい」 「・・・そういえば、ハクトは?」 「施薬院に顔を出してるはずだ。帰りは遅くなるそうだが」 「ハクトの分・・・」 「大丈夫、ちゃんと除けてるよ。さ、どうぞ。ゼロも遠慮しないで食べてね」 「・・・どうも」 ルーンの口調が砕けたものになっている事に反応したゼロだったが目の前の美味しそうな甘味に気をとられまあいいかと流す事にしたが、あっさりとカディセスが口に出した。 「珍しいな。言われる前にルーンの敬語がとれるなんて」 「え?・・・・・ああ・・・・気を悪くしたならすみません、ゼロさん」 「は?何で謝るのさ。別に話し方なんて気にしないよ」 「それより理由が知りたい」 「えぇ?何でそんな事気にするの・・・・?」 しきりに視線をうろうろさせて粘っていたルーンだったが興味津々な目に見つめられてはあ、と大きく溜め息をつくとゼロを映して眉を下げる。 「えっと・・・こんな事言うと不快かも知れませんが・・・・」 「・・・・なに」 不快と聞かされていい気分になるはずもなく、何を言われるのかと眉間に皺を寄せて身構えたゼロにルーンは何故か苦笑を零す。 「その素直な性質が・・・・何というか、子供みたいで可愛いなー、と」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 途端にカインとカディセスから押し殺した笑いが聞こえゼロの眉間には益々深い皺が刻まれる。 「く、くくっ、ルーンの、敬語は・・・・ははっ、年上仕様というわけか」 「ふっ・・・・・くく、確かに。・・・ガッシュとかには既に崩れてるもんな・・・ぷっ」 「・・・・・・・・・・・いい加減その口閉じないと沈めるよ」 「あ痛アッ!?」 ゼロの席から遠かったにの関わらずカインが有言実行とばかりにテーブルに沈められた。 (・・・何で俺ばっかりー!!) 「すみませんゼロさん。余計な事を言いました。とりあえずお茶にしましょう。折角の紅茶が冷めてしまいますし、甘味はお好きでしょう?」 「ルーン、もう食べていいか?」 やり取りの最中大人しく待っていたらしいフィレンがルーンにお伺いを立てる。 それに柔らかく笑って頷くルーンにいそいそとフィレンの手が皿に伸びた。 ゼロの視線がお菓子の上を彷徨い息を深く吐くと、可愛らしいピンクの生クリームと切られた苺がはさまれたシュークリームをひとつ摘んで口へと運ぶ。 「・・・・・・おいしい」 「だろー?」 「ふーんのおふぁふぃはいふもおうふぃい」 「フィレン、口の中に物を入れて喋らない」 「ん」 まるで小さな子供を相手にするようなルーンとフィレンの会話に少々頭が痛くなるゼロ。 「僕ってあれと同類なワケ?」 「素直な分フィレンの方がかわいてえッ!またかよ!」 「君はその素直すぎる口を矯正したほうが日々穏便に生きられると思うよ」 「・・・・ゼロよりはまし・・・・な、なんでもない!」 またしてもぽろっと余計な事を言ったカインをジロリと睨むと慌ててそっぽを向いてそ知らぬ顔でパウンドケーキに齧りつく。 「まあ、ルーンに他意があったわけではないしそろそろ機嫌を直さないか?」 「・・・別にいいけどね。このお菓子に免じて許してあげるよ」 「だと。よかったな、ルーン」 「はい。有難うございます」 淡く笑むルーンの、その眦にやっぱり子供を見るような慈愛の色を見つけて罰が悪くなったゼロは一心にお菓子を食べる事で誤魔化した。 同日、夜。 客室を用意してもらったゼロだったが現在カディセスの自室のベッドにて寛ぎタイムだ。 当の本人は机に備えられている椅子に座って本を読んでいる。 それを見るともなしに眺めていたゼロだったがおもむろに口を開くと小さな声でぼそぼそと喋る。 「・・・大体、ケーキ如きで大げさなんだよカナタは」 「うん?」 「好きならとっとと食べちゃわないから盗られる破目になるんだ」 「・・・それで?」 「・・・・・・・ねえ、カディ」 「ああ」 「明日、ミールフェンスに付き合ってよ」 本に目を通しながら片手間に相槌を打っていたカディセスが本を閉じて視線をゼロに移す。 暫し何かを考える仕草をすると軽く頷いて回答を口に乗せる。 「ミールフェンス・・・・確か表通りにあるケーキ屋だったか」 「・・・・何で知ってんのさ。カディって甘いものに興味なかったでしょ」 あっさりと店の正体を見破られたゼロは考えが見透かされるようで面白くない。 「元情報屋に何を言ってる。・・・まあ、そこの依頼を受けた事もあったが」 「ケーキ屋の依頼ってどんなのさ?」 「その季節、何処の果物が美味しいかとか何処の小麦粉が良質だ、とかな」 「そんな事も調べてたの」 「仕事だからな」 肩を竦めて立ち上がったカディセスがゼロが寛ぐ壁際のベッドの淵に腰掛ける。 「で、カナタに謝る気になったのか?」 「・・・・・ケーキを食べちゃったのは事実だからね」 「謝れば許してくれるだろう。基本カナタはお人好しのようだしな」 「わかってるよ」 「ふむ。で、いつに行く?」 「決まってるでしょ」 「ならもう寝た方がいいな」 「寝坊しないでよ」 「それはこっちのセリフだろう?」 からかいを含んで不敵に笑いあうとおやすみ、と言い残してゼロは部屋に戻っていった。 「やれやれ。ゼロもまだまだ子供だな・・・・」 時刻は夜十時。寝るには少々早い時間だったが、明日に備えてカディセスは部屋の灯りを落とした。 「ほら、カナタ」 「あ、ありがと」 渡されたマグカップを両手で支えたカナタは先ほどから深くソファに沈みこんでちらちらと時計を確認している。 ゼロが家出をしてから既に一日半が経過している。 現在午後三時前。おやつタイムにはちょうどいい時間だ。 「ゼロが心配か?」 「し、心配なんて別にしてないよッ。だって、ルーンたちの所にいるんでしょ?危ない目になんか遭い様が無いし、ファウンスはみんな優しいから不自由なんてしてないだろうし、それにルーンの作るお菓子はおいしいし・・・・・」 隣に座ったソラッドに問われ反射で反論したカナタだったがその言葉尻にだんだんと元気がなくなってくる。 「あー・・・つまりは帰ってこない心配をしてるんだな?」 「だからっ・・・・・・帰って、来ないのかな・・・・・」 とうとうしょんぼりと顔を俯けてしまったカナタにソラッドは困ったなと頭を掻く。 ゼロはギルドを辞めるつもりは全く無いだろうし一日頭を冷やせば戻ってくるだろうが、いつものポジティブさは何処に行ったのか、よっぽどゼロに大嫌いだと言ってしまった事を気にしているのか今日は終始この状態だ。 「大丈夫だ。ゼロは絶対帰ってくる」 「そんなの、わかんないよ・・・・」 「仲間が信じられないのか?」 「そんな事無い!」 「なら、信じて待つ事だ」 「・・・・うん・・・」 「・・・・・・・おまえら・・・・・」 「ふむ。中々感動するシーンだな」 高々家出で帰ってこないだけで大げさすぎるだろと芝居のようなセリフで会話をする二人に突っ込みたいハークスだ。 あと、横で真顔で真剣に頷くクロノにも。 「あのな、子供じゃねえんだから一日二日の外泊くらいどうって事ないだろが。おまけに今回は行き先がわかってんだし」 「だって・・・・もうすぐ三時になっちゃうんだよ?」 「いや、三時過ぎたからって帰って来なくなる訳じゃ・・・・・」 「・・・・・・・ただいま」 時計の単身と長身がちょうど直角になったとき、カナタの待ち望んだ声が聞こえた。 「ゼロ!」 半泣きになりながら玄関に駆け寄るカナタにゼロがきょとんと一度瞬きをする。 「・・・・・・・なあ、ジャスト三時なんだけど」 「まあ、ルーンだからな」 「なんだあの子供。超能力でも持ってんのか?」 「かもな」 「今度研究させてもらうか」 「・・・・やめとけ」 苦笑を浮かべるソラッドに括った様子はなく、非常識な勘を持つ子供に戦々恐々なハークスだ。 「ごめんね、ゼロ。大嫌いなんて言って。あれ、嘘だからね?」 「・・・・・なんでカナタが謝るのさ。なんの為に僕が・・・・・」 「?」 「〜〜・・・はぁ。・・・もういいよ。ほら、これ」 「なに、・・・・!」 手渡された箱は淡いピンク色で側面には金色の文字でミールフェンスと綴られている。 「これ、まさか・・・・・」 「結構苦労したんだからね。朝の六時から並ぶの」 「朝の六時って・・・・なにしてたんだお前」 「その中のケーキ。通しか知らないんだけど、毎日限定五十個で朝七時から発売されるにも関わらず毎回数分で売り切れるっていう幻のケーキ」 「・・・・・マジか」 「マジ」 目を丸くしてカナタの持つ箱を見つめるハークスに大真面目に返すゼロ。 「・・・・・・くれるの?」 「当たり前でしょ。何の為に買ってきたと思ってるのさ。・・・・これでも、悪かったと思ってるんだからね」 「ッ有難うゼロ!大好き!」 「うわっ、ちょっ、ケーキが潰れる!」 片手に箱をぶら下げたまま飛びつくカナタに慌てたゼロがハークスに目配せでどうにかしろと訴える。 それにいい笑顔で頷いたハークスはカナタから箱を取り上げて中身を覗く。 「へえ。これは豪華だな」 「美味そうだな」 「ふむ。この飾りつけはきっと春をイメージした空間の象徴である・・・」 「それはいい」 「む」 引っ付くカナタを放って三人でケーキを囲む様子に焦れたゼロが自らカナタを引き剥がしに掛かる。 「ほらカナタ!ケーキ取られるよ!」 「えッ!・・・ああーっ!!だ、駄目ーーー!」 「な、なんだ!?」 「それ僕が貰ったのに!」 「え、だって・・・・カナタ、五つも食べたら太るぞ?」 「・・・・え、いつつ?」 漸く離れた重しに溜め息をつきながらゼロも輪に加わってくる。 不思議そうに見上げるカナタにニヤリと笑う。 「だって、これ限定物で買えても一人二つまで・・・・」 「そうなのか?」 「まあね。今回は特別。カディを連れてったんだけどそこの店主と顔見知りでね。世話になったからっておまけでひとつくれたんだよ。やっぱり持つべきものは友達だね」 「・・・・・お前、朝の六時からカディセスを連れまわしたのか・・・・」 「ふん。カディはその程度で機嫌悪くするほど心狭くないよ」 「お前と違ってな」 「・・・・・ふーん。ハークス、ケーキ要らないんならそう言いなよね」 「あ、いや、いる!いります!」 「じゃ、さっさとコーヒーでも淹れてこれば?」 「・・・・・・・・仰せの通りに・・・」 はああ、と地の底にまで届きそうな思い溜め息をついてハークスはお茶の準備をするためにキッチンへと向かった。 「今回はファウンスに世話になったな。またあとで礼をしに行くぞ」 「僕も!僕も一緒に行く!」 「・・・・なんでさ」 「だってゼロずるいよ!昨日あんなに美味しいお菓子あっちでたくさん食べたんでしょ!?」 「お菓子?」 「昨日、カインと共にルーンが菓子折り持参でゼロの事を報告に来たぞ。そのときに貰ったパウンドケーキとシュークリームは実に美味かった」 「・・・・わざわざ?」 「そう。だからゼロも一番迷惑を掛けているんだから一緒に礼に行くぞ」 「・・・・いいけど」 なんだか腑に落ちないまま席に着くと間も無くハークスがトレイを片手にリビングに現れる。 それぞれの前に置かれた空のカップに注がれるのは綺麗な紅茶色の液体。 「・・・コーヒーじゃないの?」 「貰いもんだけどな。ケーキにはこの紅茶が合うんだと」 「・・・・・・もしかして、それもルーンが?」 「・・・・・ふ」 一体何処まで見越してんだと複雑な表情で黙る二人。 「どうした、食べないのか?」 「食べるよ。・・・・カナタ、食べたくなったらまた買ってきてやるから残さずに全部食べなよ?」 「うん・・・・・・本当に有難う、ゼロ」 「・・・・・どういたしまして」 こうしてファウンスを巻き込んだゼロの家出騒動は円満に幕を閉じた。 おまけ 「俺今回全く出番が無かったぞ・・・・?」 「作者がお茶会のシーンで出す機会なくしちゃって、結局そのまま入る隙間が無くて始終外出中って事になっちゃんたんだって」 「・・・・・で、間に合わせにここか?」 「さすがに出番なしは可哀想だと思ったんじゃない?」 「だったら今すぐ俺をだして書き直せーー!!」 「はいはい。無理言わないの、ハクト」 おしまい。 |
08.09.04 |
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