もしもの話  .









例えばもし、俺の体力が満タンだったなら。
なんて、考えないこともない。

だから、一度、仲間に聞いてみようと思った。
もし、俺が呪いにかかってなかったら、どう思う?って。

休日の今日、宿でくつろいでいたフィリアートは、眉を下げて少し唇を尖らせた。

「ロディが呪いにかかってなかったら、僕らは顔見知りのまま別れてただろうね。…そんなこと考えられないよ。寂しいもん」
「…ふうん」
「ふうんって!自分から聞いといてひどい!」
「いや、悪い」

そうだよな。
こいつと旅するきっかけになったのは、俺が無茶して倒れたからだ。
その時はまだ呪いに体を蝕まれていることに、気づいてなかった。
お節介だったフィリアートは、目の前で倒れた俺を律儀にも介抱したわけだ。
以来、こうやって一緒に居る。

そのまま宿を出て、大通りを歩いていくと、広場に出た。
緑が多く、遊ぶ子供たちの声がそこかしこに響いている。
そんな中、見知った髪色を見つけて近づいた。

「タクト、ちょっといいか?」
「…ロードか。何だ?」

アルディスを探しているのか、きょろきょろと辺りを見回していた彼女を捉まえて、先の質問をしてみた。

「また、随分と急な問いだな。…ふむ、それは…嬉しいことこの上ないが。カーレスが苦しんでいるのは、よく知っているから。…しかし、その問いで、どんな答えを受け取れば貴方が満足するのか…私では役不足なようだな」
「え、そんなことは…」

答え。
そういえば、俺は仲間にどんな答えを求めているんだろうか。
考えていなかったことを言われて、戸惑う。

「ないことないだろう?冷静に観察する目で見られても、そうとしか思えない。まあ、カーレスのそれはクセのようなものだというのも、この旅の間に知り得たことだがな」

どうやら、俺はいつも人の話を聞いている時は表情を消しているらしい。
そして、その鋭い目がこちらの内心を探っているようで異様に目立つのだと、アルディスに言われたことがある。
フィリアートと話している時は、そうでもないらしいが。

「…悪い」
「いや。ただ、もしもの話ではなく、私は呪いが解けることを信じているよ」
「ああ。ありがとう、タクト」

自分の意見ははっきりと包み隠さず言う彼女の言葉は、素直にありがたかった。
そこまで俺のことを理解してくれているということだし、信じるというその言葉も、心の底からのものだということも分かる。
いつの間にか、旅をしている間にこんなにも仲間との距離は縮まっていたのかと、嬉しく思った。

「そうだ、アルディスを見かけたら、一度宿へ戻るよう言ってくれ。手紙が届いているんだ。私は、宿で待機していよう。少し、疲れてしまった」

そう言って笑う彼女は、暗にアルディスを見つけるまで戻ってくるなと言っているんだろう。
歩けなくなるほど体力を消耗する恐れもある俺にそんなことを言うってことは、つまり。

「気ぃ使ってくれてんのか、ただの嫌がらせか判断しかねるな…」
「ふふ、気を使っているに決まっているだろう?呪いに負ける貴方ではないはず。しっかり歩き回って少しでも抗うことだな」
「頑張るよ…」

最近になって、アルディスの提案により俺も体を動かすことにした。
倒れる回数は増えたが、それでも何もせずに衰えていくよりはマシだと思ったからだ。
それが功を奏しているのかは分からないが、体調はすこぶる良好だ。

そうして、俺がアルディスを見つけたのは、もう日も沈みかけた頃だった。

「なあ…お前、一体どういう行動して…」
「あれ?ロディ。随分疲れてるね」

俺の愚痴交じりの問いは、揶揄するようなアルディスの声に遮られた。
もう一度聞く程重要なことでもないので、そのまま流す。
というより、聞いたところで帰ってくるのはろくでもない返答だろうと思ったのが本音だ。

「で、そんなに疲れてまで僕に何か用?」
「あ、ああ…タクトが呼んでた。お前宛ての手紙だと」
「手紙…。誰だろう」

海を臨む山の頂で、整備された塀の上に座っていたアルディス。
探し回ったのもあるが、俺にとどめを刺したのはここに来るまでの登り階段だ。
さすがに休憩しようと、近くのベンチに腰掛ける。
反対に、アルディスは塀から降りた。

「僕、帰るけど背負おうか?」
「いや…大丈夫」

自分より体格の小さな人間に背負ってもらうのはプライドが…。
それでも、本当にどうしようもない時は頼ってしまうんだろう。
断ると、アルディスは頷いて踵を返した。
そこでふと本題を思い出して、引き止める。

「アルディス!…お前は、もし俺が呪いにかかってなかったらどう思う」
「…何それ。全員に聞きまわってるの?」

逆に問い返されて、素直に頷く。

「ふうん…。もしロディが最初から便利だったんなら、今までの諸々な手間も省けて随分楽だっただろうね」

視線を俺から外し、淡々と語るアルディスのその言葉は、紛れも無く彼の本音だった。
そこから一拍置いて、真っ直ぐ俺を見るアル。

「だから、僕にとって道具以上の存在にはならなかったと思うよ。他人なんて、信用できないから」
「アルディス…」
「正直な言葉が欲しいんでしょ?皆もきちんと答えてくれたんじゃない?不安なのは君だけじゃないんだ。このままロディの呪いが悪化してくのを見てるだけなんて自己嫌悪が激しくて仕方ない」
「アル」
「別に、君のためじゃないよ。あくまでも僕は僕のために解呪法を探すんだ。今更もういいだとか、それこそふざけるなって話だ」
「アル、ごめん」
「…分かったら、もう二度と馬鹿なこと聞かないで」
「ん…。約束する」

アルディスは、俺に答えをくれた。
この問いの正体は、今後に不安を覚えた俺の弱さだったんだ。
それを正確に汲み取った聡いアルディスは、だからこそ本音をぶつけてきた。

俺だって、この呪いとはもう十数年の付き合いになる。
解けなかった場合の結末がどうかなんて、ずっと前から考えてきた。
いざという時のその覚悟はとうの昔に出来ていたはずなのに、今の仲間に会って、また覚悟が揺らいでしまったらしい。

「アルディス。サンキュな。なんか俺、やっぱお前のこと好きだわ」
「…あんまり嬉しくないけど、ありがとう。それ、フィルトに言ってあげたら?」
「却下!うし、タクトにも言ってくる」
「言ってくるってどうやって…」
『ルーラ!』
「…うわー…ずるい…」

そんな呆れた声を聞いて、次には俺は宿屋の前に居た。
呼びに行った奴が目的の人間より先に帰ってくるのもおかしな話だが、こういうのは照れが来る前に言っておくに限る。
タクトの部屋の扉を開けて、一息に言う。

「タクト!俺お前のこと好きだからな!」
「はあ!?」
「ちょ…っ、ええ!?」
「…あれ、お前も居たのか」

てっきりタクト一人だと思っていたのに、先客としてフィリアートが居たことに驚く。
二人は仲良く茶を飲んでいたらしく、タクトはカップを持ったまま固まっている。

「ああ、深い意味はないから。さっきアルディスにも言ってきた」
「…心臓に悪い奴だな」
「ごめんごめん」
「ロディーっ!僕は!?僕には!?」

そう、これを予想していたからこいつには言いたくなかったんだ。
でも今までで一番世話になってるのはこいつで、これから一番必要なのもこいつ。
あんまり調子に乗らせたくはないが、まあ、たまにはいいだろう。

「はいはい、お前も好きだよ」
「うわーん!ロディいいい!!!僕も大好きだよっ!」
「どわっ!?」

投げやり気味に、でも確かに好きだと言ってやれば、あろうことかタックルをかましてきやがった。
もちろんのこと体力を浪費していた俺はそのまま後ろに倒れる。
そのタイミングで、すぐ傍の部屋の扉が開いた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

フィルトを押しどけようとしながらも、中々離れてくれず、暫くアルディスと見詰め合ってなんとも言えない雰囲気になる。

「…ねえ、二人とも。TPOって知ってる?」
「知ってる。…ってか俺は悪くねえ!」
「ロディー!」
「ええい、鬱陶しい!」

ぎゅーと抱きついたまま離そうとしない遊び人の頭を押したり引いたり叩いたりしてみたがびくともしない。
そうこうしている内にアルディスは、先ほどフィリアートが座っていた椅子に座った。
目の前のカップに紅茶を注ぎながら、向かいのタクトに話しかけているのが聞こえる。

「いやあ、今日も平和だね」
「…そうだな」
「じゃなくて、助けろよ!」

やっぱりこいつらの根本は変わってない気がする、と、改めてそう思った。
そうしてできれば、これからも変わって欲しくない、とも。














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09.03.27
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