第七話  .









山の麓で野営をし、早朝に山を越え始めて、カザーブに着いたのは日も傾いた頃だった。

「…旅人か。ようこそ、辺境の村へ」
「こんばんは」

村の入り口に立っていた男の人に挨拶をして、村の中に入る。
あの人、背中に大きな剣を背負っていた。

「警備の人かな」
「こんな辺境の村に?まさか」

ロードに尋ねると、真っ向から否定された。
じゃあ何、と聞き返せば、今度は唸る。

「そんなことより…どっかで見たことある顔だったような…」

思考に耽るロードには何を話しかけても、云やら寸しか返ってこない。
僕は諦めて、宿屋を探すことにした。

「あれじゃないか?」

タクトの指差す先、確かにINNと書かれた看板が見えた。
中へ入って二部屋頼もうとするも、一部屋しかないという。

「いい?タクト」
「ああ。野営も一部屋も変わらんだろう」
「うわー大雑把。じゃ、一部屋お願いします」

鍵を受け取り、部屋へ行って荷物を降ろす。
今日は大きな山を越えたから、足腰の疲労がひどい。
フィリアートなんかはすぐにベッドに飛び込んだ。
反対に、途中からフィリアートの背中に乗っていたロードは元気だ。

「ほら、フィルト。その格好のままベッドに入ったらベッドが汚れちゃうでしょ」

ロードはフィリアートの隣のベッドに座り、引き続き考え込んでいたため仕方なく僕が注意する。

「アルくーん、着替えさせてー」

ベッドに伏せた顔を上げることもなく、愚図るフィリアート。
僕はため息をついてその後頭部を小突いた。

「そんな大きな子供に使う時間はありませーん。何か食べる物貰って来るから」
「あー、うん。お願ーい」
「アルディス。私も行こう」
「ありがと」

タクトを連れ立って部屋を後にする。
二階に位置している部屋から、調理場のある一階へと向かった。

「やはり人数が居ると部屋も賑やかだな」
「まあね。下手したら二人の面倒見なきゃいけなくなるけど」
「ふふ。それも楽しそうだ」
「…物好きだよね、タクトって」

ロマリアの一件で髪を切って以来、タクトは更に遠慮がなくなったように思う。
それを僕はいいことだと捉えたけれど、たまについていけなかったりして。

「美味しそうだね」
「そうだな」

宿屋の主人から分けてもらったのは、人数分のパンと何日も時間をかけて煮込んだ特製スープ。
それから大盛りの野菜サラダの上に切り分けられた肉が乗っていた。
それぞれ分担して四人分を持ち、部屋へ戻る。
すると、そこには着替えてベッドに突っ伏すフィリアートの姿しかなかった。

「フィルト、ロードは?」
「思い出した!って言ったかと思いきや、窓から外に飛び出して行ったよー」
「…窓からとか…とことん常識破りだなあの人は…」
「居ないのなら、ロードの分はどうしようか。冷めてしまっては美味しくないだろうし」

タクトがトレーからテーブルへと料理を移しながらぽつりと零す。
そうだよね、僕、食べ物取ってくるって言ったよね?
うん、聞いてなかったにしろロードが悪い。

「じゃ、僕が食べる」
「お前な…」
「何だよ、その溜息…」

不味くなってから食べられるなんて、食べ物だって本望じゃないはず。

「まあまあ。ロディの分は追加料金で貰って来るからさ。アル君は二人分食べていいよ」
「やった」

ベッドからのろのろと立ち上がったフィリアートも席に着いて、三人で食事を取る。

「それにしても、フィルトがロードを止めないなんて珍しいね。いつもなら這いつくばってでも着いて行くのに」
「さすがにもう体力の限界!行き先はさっきの傭兵のところだろうから」

パンを齧る手を止めて肩を竦めるフィリアート。
そんな彼を見ていてつい、魔が差した。

「浮気かも。元彼とか?」
「な、なんだって!?うわーんロディー!僕というものが居ながらーっ!!」

ガタン、と音を立てて立ち上がり、駆け足で部屋を出て行く彼の体力の限界とやらはまだ上にあるらしい。
そんなことを思いつつ、抜け目がない僕の手はフィリアートの分の皿も引き寄せた。

「三食目ゲットー」
「…どいつもこいつも…!」
「いや、だってほんとに行っちゃうとは思わないじゃないか」
「ある程度の予想はしていた癖に」
「否定はしないよ、うん」

それにしてもこのスープ、本当に美味しいなあ。
姉さんにも飲ませてあげたい。

賑やかな部屋から一転、僕とタクトが隣り合って皿とフォークがぶつかる音だけがする。
タクトと二人で居るのなんてしょっちゅうだったから、別に会話がなくても気にならない。
言い換えれば安心してるって言えるんだけど。

「アルディス、口元が汚れているぞ」
「ん…?」
「逆だ」
「ああ、ほんとだ」

でも、タクトはどうなんだろう。
賑やかなのが楽しいって言ってたし、悪いことしちゃったかな。

「ごめんね」

タクトからの返事はない。
たぶん、僕が何のことについて謝っているのか伝わっていないから。
それでもいいやと思って、そこで口を閉ざした。

結局三人分をペロリと平らげた僕は四人分の食器を調理場まで運んだ。
帰り際に主人に暇つぶしにでも、とトランプを渡される。
カードゲームなんて、したことがない。
タクトなら何か遊び方知ってるかな。

「タクト、トランプ貸してもらったんだけど…」
「ん?ああ、久しぶりだな。少し遊ぼうか」
「どうやって遊ぶの?」
「トランプは大人数向きだからな、二人だと…」

そう言って、タクトに色々な遊び方を教えてもらう。
今まで遊びには縁がなかったけれど、純粋に面白いと思った。
そうして暫く二人で遊び、日もすっかり落ちた頃にタクトが立ち上がった。

「風呂に入ってくる。お前はどうする?」
「僕は二人を待とうかな」
「そうか」

いつ帰ってくるか分からないけれど、あまりにも遅いようなら一人で入ろうと思う。
とりあえず、と頭の中でさまざまなトランプの遊び方を整理する。

「ただいまー。おい、アル。こいつに余計なこと吹き込んだんだって?」
「おかえり。やだなあ、ちょっと思ったことが口に出ちゃっただけだよ」
「アル君の意地悪ー嘘つきー」

タクトがお風呂から上がる前に二人は帰ってきた。
それぞれ僕に不満があるらしいけど、僕はそれどころじゃない。

「お、トランプか」
「一人でできるのってあったっけ?」
「うん。占いだって」

さすがタクトというべきか、遊びのルールも完璧に覚えていて、カード一枚一枚の意味まで丁寧に教えてくれた。
こんな記号と数字しかないカードにそんな意味があったなんて、と衝撃を受けたばかりだ。

「出た」
「なんだって?」

最後に引いた一枚のカード。
これが占いの結果だ。

「身近な人に危険が迫る、ってとこかな。過去、あるいは現在進行形かも」
「アル君の身近な人…?やっぱタクトかな」
「姉さんかもな?」
「ね、姉さんだったら僕にはどうしようもない…っ」
「ロディがアル君へこませた…。ハッ!もしかせずとも僕が騙された仕返しだね!?」
「はいはいそうそう」

フィリアートの都合のいい解釈を軽く流すロード。
実際僕はこの結果を深く受け止めてはいない。
所詮はカードだし、専門職ならともかく占ったのはこの僕だ。
もう一度やれば違う結果が出るだけの、ただの遊びでしかない。

「そういえば、フィルトの分のご飯も僕が美味しく頂いたから」
「…だろうと思って適当に食べてきたよ。つくづく計算し尽されてるよね、アル君の言動って」
「え、そんなことないよ」
「あるだろう」
「…あ。おかえりタクト」

お風呂上りで短くなった髪の水分をふき取りながらタクトが僕の手の中にある一枚のカードを見る。
教えてくれたタクトももちろん、結果なんて一目瞭然で。
眉をひそめて呟いた。

「不吉だな」
「やらなきゃよかった?」
「いや、最近は緩んでいたし、気が引き締まっていいんじゃないか。それより、お前らも早く風呂に入って来い。汗臭くて仕方がない」
「あ、ひどい」
「はは!しゃーない、行くかー」

ロードに引っ張られるようにしてお風呂へ向かう。
脱衣所で服を脱いでいると、ロードが思い出したように話しかけてきた。

「そういや、アル。あの傭兵がお前と話がしたいってさ」
「僕と?何で?」
「あー…口が滑ってお前が勇者だってこと話したんだ」
「ふうん…珍しいね、ロディが口を滑らせるなんて」

目を泳がせて白々しく答えるロードを、僕は半眼で見やる。
いつもどこか冗談めいている彼だけど、あからさまな嘘は分かりやすい。
嘘に気づかれていると分かったロードは素直に観念した。

「…正直に言えば、あちらさんがお前のこと知ってるって」
「最初からそう言ってくれればいいのに」

それにしても、僕ってそんなに有名だったっけ?
この世界じゃ勇者はマイナーだから、極力目立たないよう行動してるつもりなんだけど。
もしかしたらロマリア王が周囲に吹聴したとか?
…あり得る。あの王はずいぶんとお調子者だったし。

「でもまあ、いい人だったよ。僕はちょっとしか話してないけど」
「確かに第一印象は悪くなかったけど…」

黒髪黒目。あまり表情は動かなかったけれど、愛想はよかったように思う。
そうして浴場で汗を流した僕らは、部屋へと戻った。

「タクトはもう寝てるみたいだねー」
「でも、風呂入ってすぐ寝るのもなあ…」
「じゃあ、トランプしたい。もちろん、タクトを起こさないよう静かに、だけど」

僕の提案を快く受けてくれた二人と、髪が乾くまでポーカーをした。
何も賭けないのはつまらないからって理由で朝食のおかずを賭けて。
遊び人だからか、運だけは異様に高いらしいフィリアートの圧勝は面白くない。
でもそれもまたトランプの面白さなんだろうと思う。
明日は明日でどうせフィリアートは朝食を食いっぱぐれるだろうし、賭けたおかずも食べてしまって問題はないだろう。

そろそろ寝ようかということになって、皆自分のベッドへと潜り込む。
お風呂で少し癒されたとはいえ、山越えで疲れた体だ。
すぐに眠気はやってきたけど、眠りに着く前にやっておくことがあった。

(ディス? …ディス。答えてよ)

いつものように今日のことを報告したくても、ディスはあれ以来僕の呼びかけに答えてくれない。
不意に、トランプ占いの結果が僕の脳裏を過ぎった。

まさか、ね。













08.11.15
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