触れていいかと問われたので、言われるがままに手を差し出した。 自身の定位置となっているソファで寝転んでいたら、不意にそう言われたのだった。 ぼやけた視界には絨毯に座り込んでにこにこと笑うアホ毛がひとつ。 おそるおそる聞いてくるそれに、何を今更と一方通行は思う。 いつもいつも、この手を無遠慮に触れてくるのは、彼女の方からだというのに。


「どうかしたか」
「え、えっと、なんでもないよってミサカはミサカは答えてみたり」
「質問が間違ってたなァ。なにがあった?」


 思わぬ質問に戸惑ったのか、打ち止めは目を大きく見開いた。 本人はうまく隠していたつもりなのだろうが、少女の縋るような触れ方に感じた違和感を、一方通行は拭えなかった。 案の定、目の前の顔はふにゃりと情けなく歪んで、表情を隠すようにう俯いてしまった。


「あのね、夢を見たんだよって、ミサカはミサカは―――」


 最後の方はよく聞き取れなかったが、夢とは、きっとロシアの出来事の反芻だろう。 帰ってくると約束しなかった自分と、不安そうな顔で見上げてくる打ち止めを思い出す。 あまりにもその存在が大きすぎて、たまに忘れそうになってしまうが、彼女自身はまだ子供なのだ。 平和な日常を過ごす今も、不安に駆られたって仕方が無い。

―――そんなことさえも、自分は忘れてたのか。

 自嘲気味にため息をひとつ吐けば、その体はぴくりと反応した。 まさか自分が呆れられたとでも思ったのだろうか。 そうだとすれば、それこそ馬鹿らしい考えだ。 脳内で描いた仮定に抗議するように、一方通行は打ち止めの細い指に自分の指を絡ませていく。


「一方通行?えっ、あの、」


 戸惑っている声などお構いなしに自分が転がるソファへと小さな体を導けば、ぱちぱちと瞬く目を視線が噛み合った。


「俺は今から寝る。だからお前もまた寝ろ」
「いきなりの理不尽な展開に追いつけないんだけどって、ミサカはミサカは訴えてみたり…」
「うるせェ。こうやってれば嫌でも離れらンねーだろ」


 もう不安になる必要などない。 そんな意味を込めて繋ぐ手に力を入れると、応えるように打ち止めもぎゅっと握り返してきた。 「おやすみなさい」とか細い声がして、しばらくしてから聞こえる寝息に、本人も気付かないうちに表情が和らいだ。 腕の中の安眠を邪魔するわけもいかず、一方通行もまどろみに身を任せる。 ガチャリ。 ドアが開く音と愉快そうな女の声が介入してきたが、今は気にしないことにしておこう。

夢のあと