Let me live
「賈ク、貴方の意見が聞きたいな」
結局いつも我を通すのが郭嘉のやり方で、賈クは黙っているのが常だった。
多少気に食わない部分もないではではないが、郭嘉の読みは外れない。
乗っかっておくに越したことは無いのだ。
そうしていれば戦には勝ち、万事上手くいく。
郭嘉も、賈クが表立って反論しない事を知っている。
だから、この軍議で殊更賈クを指名する意味は只事でない。
郭嘉は微笑んでいたが、その胸中はささくれていた。
(貴方にしては珍しく、何か言いたそうだね)
穏やかな表情で、郭嘉は賈クを睨みつける。
賈クなら容易く、郭嘉の仮面の下を見透かそう。
面食らったふりをして、肩をすくめるけれど。
「俺ですか?」
先ほどから賈クの目つきが険しい。
いつもは涼しい顔をして、議論を眺めるだけなのに。
時折こちらを突き刺すような視線で射抜いている気さえする。
無性に腹が立って、賈クを舞台に引きずり出した。
彼は嘘つきだから、面倒そうな仕草は見せない。
やれやれ、と大仰に立ち上がった。
妙な空気が室を支配する。
賈クがこういった場所で意見を述べることは稀だからだ。
さぞかしいたたまれなくなっているかと思えば、堂々として不敵な佇まいだった。
「俺は反対です」
場が凍りつく。
賈クはそういう行為を嫌うが、今日は敢えてそうした。
そうしたって、この石頭は考えを曲げぬかもしれない。
「袁家はもうガタガタです、早急に攻めればかえって結束するやもしれない」
主君・曹操も動かせるかもしれない。
場の同意は十分に得られている。
そう、拙速が過ぎると言いたいのだ。
(何を焦っている、なんて聞くまでもないがね)
「遠征を重ねても国が疲弊するだけです。
ここは一先ず、内向きの事に力を入れませんか」
平生はおとなしいくせに見事な演説だ、と郭嘉は心中毒づいた。
年の功なのか、人心を掌握する術はよく心得ている。
結局、敵わないのだ、彼には。
それが余計に郭嘉を走らせるという事まで、気づいていようか。
「貴方でも、臆病風に吹かれたりするんだね」
「まあね、」
郭嘉の露骨な嫌味にも、賈クは笑って見せる。
曹操は決定を保留したまま軍議を解散した。
袁紹を官渡で下し、ひと息に追撃するという郭嘉の提案も、内政の取りまとめを勧める賈ク以下多勢の意見も一旦、預ける形となった。
「郭嘉殿、」
賈クが少しためらうように、口ごもる。
返答が分かり切っている事を、わざわざ聞くのは実に馬鹿馬鹿しい。
郭嘉は笑った。
「本当に死ぬぞ、かい?」
北や南は、体の弱い郭嘉には危険な地だった。
風土病が蔓延しているからだ。
即座に死に至るものではないが、遠征中は薬もなく、病をねじ伏せるだけの体力が無ければ、生きて戻れない。
「・・・多分、あんたの意見が通る」
それはそうさ、と郭嘉は思った。
曹操は主君だが、郭嘉の最大の理解者に他ならない。
覚悟を通させる方を選んでくれるだろうと確信していた。
賈クだって、そんな事くらい承知していたはずだ。
だからあの時、自分でも驚くほど熱くなっていた。
だが郭嘉は、淋しい、と思った事には気づけないでいたのだ、そう、賈クは気づいていたというのに。
「まあ仕方ない、」
ため息混じりだが、吹っ切ったふうに賈クは言った。
自分の努力でどうにもならないことを嘆くのは愚の骨頂。
賈クはそういう男だ。
だから郭嘉が「自分の努力でどうにもならない状態」に陥る可能性に飛び込むのを止めずにはおれなかった。
郭嘉が餓鬼のように駄々を捏ねているなんて微塵も思っちゃいない。
そう見えるのと、本人の思惑とは別の話だとも分かっている。
(貴方は、本当に優しいのだね)
次に賈クが言うことを、郭嘉は既に知っていた。
痛む、胸が、その奥の心臓がきしむ。
でもどうしたって口から出ていかない。
今でもそうなのだから、きっと「その時」もそうだろう。
郭嘉はただ、言葉がわからぬかのように微笑んだまま、賈クの薄い唇から紡がれる言葉を待った。
あとがき
ケンカさせてみたかった
本当は生きていたいけど、何もせずに死にたくない、っていう郭嘉のジレンマ。
タイトルはQUEENの楽曲から。