わたしにとってあなたはいつまでたってもあなたでしかありえないのです






集団と人における思想の不一致






「彼は変わってしまった」

試衛館からの同士である山南や永倉、そして近藤さえもが、最近そう呟く。
同じ立場である原田はそうゆうことに無頓着であるし、腹の底ではどう思っているかは別として、そう ゆうことを表には出さない。ああ見えて秘密主義なところがあるのだ。そして藤堂は、同じ風に思って いるだろう事は間違いなさそうなのだが、口に出して言う事はせぬ性格だった。

「もう昔の彼とは別人のようだ」

何故かそうゆうような愚痴話にも似たことを、それらの面々によく聞かされる沖田は、相も変らぬにこ にことした微笑を絶やさずに付き合ってはいるが、しかし彼らの言っていることを全く理解できなか った。
彼らの言うところの「彼」とは即ちこの新撰組の副長であり、同じく試衛館で学んだ同士でもある 土方歳三、その人を指す。
なるほど、彼は京において知らぬものがいないほどの存在になり、敵は愚か味方からさえも、鬼、と 恐れられている。
しかしそれがどうしたとゆうのか。
多摩でいた頃の悪巧みをしていそうな、それでいて無邪気な顔をして笑うバラガキであった土方は、今 では無表情に感情を見せず、法度に従い冷酷に隊士を粛清する。
だからなんだとゆうのか。
沖田にとって土方は、まだ自分が元服もせぬ惣次郎であった頃から今に至るまで、変わることなく、 それが土方であった。例え周りがなんと言おうと、沖田にとって今目の前にいる彼自身が、土方歳三 であった。
しかし幾ら沖田自身がそう言い張ろうとも、周りはそうは思わない。今居る土方も土方なのだと理解し ている者は、沖田が知っている範囲では斎藤と井上、それに監察方の山崎や島田くらいである。 それも斎藤や井上はまだしも、山崎や島田などは江戸での土方を知らぬからそう思うのかもしれない。 しかしそれでも彼らは今の土方に忠誠を誓っている。
沖田も今に至ってはその事に関して、誰かに説こうとは思わなかった。いや、最初から誰かに理解 してもらおうとは微塵も思っていなかったのかも知れない。
だからこそ巡察等の仕事がないときは、土方の部屋の縁側で、寒い時や天気が優れぬ時は部屋の畳の上 に寝転がって、菓子を片手に暇を潰すのが常であった。
そんな沖田を例の四人を除く皆は、「物好きな」とか、「変わった人だ」とか好きなように言ってい る。そして山南などは「土方君の仕事の邪魔をしてはいけない」など言って、暗に止めさせようと しているのもわかっている。
しかし沖田は全く気にしない。非番の日さえも土方の部屋に一日中居るか、もしくは八木家の童達と遊 んでいるかのどちらかであった。
そして沖田が部屋に訪れるたびに、その部屋の主である土方は、

「又来たのか」

と眉間に皺を寄せ、文机に向かったまま言う。
だから沖田も微笑んだまま、その背に向かって、

「ええ、又来ました」

と返す。
しかし沖田は迷惑そうに言った土方が、自分が襖を開け、その部屋に足を踏み入れて先の言葉を交わす 間は、その手に持った筆を止めることを知っている。
その書類や資料である書物以外は入っていないような戸棚の中に、実は自分が菓子を切らした時のため に、自身は食べぬ菓子を常備していることを、そして時折居心地のよさに思わず寝てしまう自分の体に 、自身の羽織をかけてくれることを知っている。
それだけだ。
しかしそれだけで充分だった。
沖田にとって目の前の土方が、変わらず土方だった。
それは例え鬼と呼ばれようと、笑顔を見せぬようになろうと、それだけは変わらなかった。





△モドル