のむこう




「ああ、行っちまったなあ」

引き止めなかった 事を後悔していない、と言えば嘘になる。
本音としては、引きとめたかった。
普段言う事の ない、歳相応の無理な我侭を言ってでも、それこそ泣いて縋ってでも、彼を引き止めたかった。
しかしそれは自分にはできない。
彼の夢を知っているから。
彼のその胸にある、焦がれるよ うな思いを知っているから。
だから自分は、笑って見送ったのだ。

『ああ、それが あんたの夢を叶えることになるのなら、行ってきなよ』

それに俺が止めたからって、あ んた聞くのかえ?なんて、冗談交じりに。精一杯格好をつけて。
彼が安心すると言っていた、何 時もの笑顔を浮かべて見送ったのだ。

「今ごろどっかで、同じ空を見上げてるのかねえ ・・・・。なあ、歳さん」

澄み渡った青空に、彼の笑顔が見えた気がした。





△モドル


















俺の執務室の縁側に、斎藤がこちらに背を向けて寝転がって既に半刻がたっている 。仕事が終わるまで待て、と言ったのを律儀に守っているらしい。
幹部も含めた隊士達は、斎藤 の事を無表情で怖いやら、何を考えているのか分からないやら、無口で会話が成り立たないやら言っ ている。
しかし俺としては、こいつほど目で感情を表す奴も珍しいと思うし、考えている事も単 純で分かり易いし、俺の前じゃあ結構饒舌だったりするので、皆の言う事が理解できなかったりする 。
この前そう総司に言ったら、「それは土方さんだからですよ。特別です」と、一蹴された。
そんなことを思い出しながら、文机に向かって筆を動かしている振りをしつつ、後ろに視線を向 ける。
案の定さっきと同じ体制で寝転がっている斎藤の背中が見え、心なしかその頭と尻に、犬 の耳と尻尾が構ってくれない所為で拗ねて垂れ下がっているのが見える気がする。その内きゅんきゅ ん鳴きだしそうだ。
そんな想像をして、思わず小さく吹き出す。
すると斎藤が、頭を上げて こちらを向き、目だけで「仕事は済んだのか?」と聞いてくる。
それに伴い犬耳がピンと立ち、 尻尾がぶんぶんと振られているように見えて・・・・・。

「ああ、終わった。待たせた な。これからどこか一緒に出かけるか?」

と、思わず絆されてしまうのだ。





△モドル