「お前は何時までたっても餓鬼だな」

俺のおふざけに対して説教した後、あんたは何時も溜息と共にそう言い放つ。
その言葉を聞いて、苛立つ自分と、安心する自分。

「俺はもう立派な大人ですぜィ。前言撤回してくだせえ」

苛立つ自分は自然と口から抗議の言葉を吐き出す。

「そうなんです。俺ァ餓鬼だから、あんたに思いっきり、甘えさせてくだせえ」

安心する自分は心の中で言葉を綴る。

あんたに大人として、一人前と認めてもらいたくて、唯一の取柄である剣の腕を磨いて、あんたの邪魔 になる奴らを斬っている。
あんたに昔のまま、あの貧乏道場に居た頃みたいに、甘えさせてもらいたくて、ワザと仕事中にふざけ ている。

その矛盾はごく当たり前に、当然のような顔して、衝突することなく俺の中に居座っている。

「お前はもっと大人になれねぇのか」


「俺はとっくに大人ですよ」「俺は餓鬼のまんまがいいんです」





△モドル













それでも




怒鳴られて、胸倉をつかまれる。
もしくはやっぱり怒鳴られて、押し倒される。

俺の名前を呼びながら(寧ろ叫びながら)、その拳を振り上げて。
正に人間サンドバックと呼ばれるに相応しい自分。
その末路は当然、腫れ上がった頬と切れた唇から血を流す自分の姿。

最近ではもうすっかり、その痛みにも慣れてしまって。
寧ろ快感にすらなりつつあって。
まるで俺、Mみたいじゃん!?みたいな感じでショックを受けて。

それでも。

例えば怒りで赤く染まった頬だとか。
(私服の時は)大胆に捲くれあがった裾から除く驚くほど白い太腿だとか。
この時だけは俺にだけ向けられる、俺(を殴ること)しか頭にないその瞳だとか。

そうゆうのに視線が釘付けになって。
ああやっぱり俺はこの人のこと、好きなんだな〜なんて改めて思ったりして。

殴られてる最中にそれってどうよ?って自分でもわかってるんです。

でも、どんなに自分に言い訳したって(先のM発言もそうなんですけど)

それでも好きなんだから、ホントどうしようもないんです。





△モドル













冷たい




長くて綺麗で真っ黒なその髪は、見た目どおりひんやりと冷たくて。
他人に触られるのが大っ嫌いなアンタのその髪が、見上げた先で動きにそって さらさらと流れるのを見るたびに、触りたくて堪らなかった。

だからいつもアンタが寝てる間に、そっと触る。

その刀の刃の冷たさに似た、夜の闇みたいに真っ黒な髪は、俺が梳くたびに、やっぱりさらさらと流 れるのが何故か無性に嬉しかった。

それはもう、時間にしては少し前のことだけど、俺の中では昔のこと。







「ってなわけで、これが若かりし頃の土方さんでさぁ」
「へ〜多串君って昔は長髪美人さんだったんだ。勿体無いな〜、こんなに綺麗な髪を・・・。いや、 今も変わらず美人さんだけどさ。ところで沖田君、この写真くれない?」
「そうなんでさぁ。俺も切った当時は随分嘆いたもんですぜ。タダでは上げれません、1枚1000円で どうですかい?」
「そうだよな〜、わかるよ。俺だって生で見たいもん。1000円は高いって。せめて500円でどうよ?」
「ええ、でも切った本人は頭が軽くなったって喜んで。無邪気なもんですよ、一体何人の男がそれで泣 いたと思ってるんでしょうねぃ。700円。それ以上はまけられませんや。こっちも秘蔵の品、出してき てるんですから」
「うわ〜想像しやすいな、それ。多串君って変なとこ天然だからな〜。まあそこが可愛いんだけど。 じゃあ700円で4枚ちょうだい。ヅラと毛玉、それに高杉のヤローに1枚5000円で売りつけてやる。 あいつら馬鹿の癖に金はあるからな」
「確かに土方さんは可愛い人でさぁ。んじゃ毎度有り・・・・って、あ」

「おら総悟、この野郎!巡察中にどこ行ってやがんだ!毎回毎回仕事舐めてんのかテメーっ!! ・・・・って銀髪!おま、何やってんだこらぁっっ!」





△モドル













の人




綺麗な人だと、初めて見たときからそう、思っているのです。
綺麗で、冷たくて、暖かくて、そして悲しい人だと。


漆黒の髪と服。それと対照的な白い肌。
血のように紅い、その瞳は、まるで朔の夜のように静かに、それでいて全てを焼き尽くす焔のように。
刀のように、触れれば斬られそうな雰囲気を纏いながらも、母親に縋りつく幼子のように、この体を抱 きしめてくる、その腕をそっと撫でる。
ぴくりと震える、その背を感じて、まるで恋を覚えたての生娘のように、自ら腹を痛めて生んだ子を 抱く母のように、胸の奥が熱く高鳴るのを感じるのです。

あの人は私に何も言わず、そして私もあの人には何も告げません。
あの人は私に何も求めず、そして私もあの人には何も求めません。

ただただ、一夜限りの温もりと、その体を包み込むこの腕を。
その冷たい髪を撫でる掌を。


綺麗な人だと、初めて見たときからそう、思っているのです。
綺麗で、冷たくて、暖かくて、悲しい、そして愛しい人だと。





△モドル













い血




血の色ように紅い満月が、暗闇の中に浮かんでいる。
虫の音さえ聞こえぬ静まり返った闇は、風さえも吹く事はなく、まるで時が止まっているかのような 錯覚さえ覚える。
蝋燭に灯された火が、ゆらゆらと濃い影を作った。
影は手に短刀を掲げ、もう片方の手にある生贄に振り下ろす。
あっけなく刺しぬかれた箇所から、黒い、液体が流れ落ちる。
まだ、風は吹かない。周囲に流れ落ちる液体の、ぽたり、と滴り落ちる音が響く。
そして間を置いて、そこに朗々した声が響き渡った。

「エロイ〜ムエッサイム、エロイ〜ムエ ッサイム、我は体を求めたり・・・・土方のから」

「ちょっとまて           ッッッ!!!!」

怒声と共に、ぱしーんっと勢いよく襖が開けられ、あっさりと夜の冷やされた涼しい風が部屋に流れ 込んでくる。
それと同時にずかずかと部屋に上がりこんだ土方は、部屋の中心に立つ沖田の胸倉を力任せに掴んだ。

「お前今何やってた!?お前今何やってやがった!!?ええおいっっ!!」

吐けっ!と、がくがくと沖田の体を揺らす。が、当の本人である沖田は全くの涼しい顔で口を開い た。

「なにって見たまんまでさァ。魔方陣描いて呪文を唱える事によって妖魔を呼び出しその力であんたを 発情状態に陥れそのエロくなった体を美味しく戴こうと・・・・」
「黙れっ!黙りやがれっっ!!口を開くんじゃねえっっ!!」
「吐けって言ったのアンタだろィ。全く我侭なお人でさァ」

ふぅ、とこれ見よがしな溜息を吐く沖田に、土方はブチブチッと切れる。

「テメッ・・・!誰が我侭だコラッッ!!夜中に屯所でこんなことしてる奴に言われたかねえよっ!! つか何だよこの部屋はっ!ゴミばっかり散らかしやがってっ!!」

部屋の中にはカレンダーの裏にのたくった落書きがされた紙切れ、非常用の蝋燭、短刀型のカッターナ イフ、そして何やら黒い液体で染まった塊が転がっている。

「ゴミたあちょっと失礼ですぜ。これは立派な呪具なんですから」
「これのどこが呪具だ!ただのゴミだろうが!」
「だから呪具だって。あれが魔方陣であれが雰囲気作りの為の蝋燭。行灯じゃあ雰囲気が足りねぇんで 。それにあれが生贄刺す為の短刀で、あれが生贄」
「カレンダーの裏に描いた落書きと非常用の蝋燭と作業用のカッターとぼろ布同然のぬいぐるみだ っ!しかも何だあの黒い液体は!?墨じゃねぇか!畳を汚しやがって何考えてんだっ!!」
「墨って失礼ですねィ。あらぁ血の替わりでさァ。昨日立ち読みした本に妖魔呼ぶには黒い血が必要だ って書いてあったから、替わりのもん、用意したんでさァ」

黒い血なんてあるわけねぇでしょ?まあ天人の中には黒い血の奴もいるかもしんねえけど、一々見つけ るのに一人一人斬ってくのも面倒臭いし。でもあれも結構作るの苦労したんですぜ? ぬいぐるみの中に墨汁入れたナイロン袋を山崎に縫いこませて・・・・。
と目の前で淡々と喋っているこの男を、怒りの為に真っ白になっていく思考の片隅で土方は心底、斬 りたいと思った。
もうすぐ東の空から、朝日が昇ろうとしている。





△モドル