美しき思い出なんていらない。欲しいのはいつもアナタが傍にいる現実。









世界の中心でをさけぶのは無理だから学校でさけぶ









少し前まで真冬並だった寒さが漸く和らぎ、その季節に合った陽気な空気が満ち始めた。
それに伴い街のどこそこで風に舞う薄紅色の花びらが視界の中に入るようになり、それを認識して初 めて、ああもう春になったのだな、などと気付く。もうとっくに厚手の上着は着なくなっていたのに。
約一ヶ月前に卒業式を終えた自分は、もう数日すると自宅から電車で半時間の場所にある高校に入学 することになっている。義務教育は終わった身だ。
それなのに今こうして、まだ母校なんて言うには余り実感の湧かない、卒業したての中学校に向かっ ているのは、斜め前の家に住んでいる幼馴染が今そこにいるからだ。
暇を持て余して訪ねたその家に、しかし目当ての人物は居らず、その幼馴染に良く似た顔立ちのお姉 さん(当然のことながら、此方の方が数段温和そうだが)(何せ彼は女顔にも関わらず、目付きが鋭 すぎる)が言うには、もう卒業したにも関わらず、元担任が返し忘れたモノあるので、それを取りに行 ったらしい。
相変わらず変なところで律儀だ。そんなもの、忘れたあっちに持って来させれば良いだろうに。 俺だったら躊躇わずにそうする。
しかし彼はそんなこと、思い浮かべもしないんだろう。そう思い、自然と口の端が上がる。
そしたら足が自然と、その幼馴染のいる方向に向いて歩きだしていたのだ。
春休みにも関わらず、部活動の為に開け放たれたままの校門を潜ると、薄紅色の花びらが自己主張を 始める。校門から靴箱のある生徒玄関までは、桜並木が続いている。今の季節は見事だが、初夏に入る と同時に逆の意味でも見事になる、自慢の並木だ。ちなみにその初夏のこの場所の名前は「毛虫地獄」 、又は「尺取虫トンネル」と言う。
そこを抜けると生徒玄関が口を広げているが、もう既にそこには自分の出席番号のついた靴箱はない。 左に曲がって来客用の玄関に向かう。
そこで、目当ての人物に会った。
「なんでテメェがここにいるんだ」
「なんでって、冷てぇですねィ。折角お迎えに来たってのに」
「頼んでねえよ、そんなもん」
薄紅色の花びらが舞う中で、目の前の人は酷く浮き上がって見えた。彼自身の色彩はモノクロで、 その癖その薄紅色がとても似合っている。
「いいじゃねぇですかィ、別に。来ちゃいけねえとも聞いてやせんぜ」
「あーそーかよ」
そう言いながら溜息に似た息を吐く。それを見て、やっぱり自然と口の端が上がった。
「何ニヤけてるんだよ、ったく」
「いいじゃねぇですかィ、別に。ニヤけちゃいけねえとも聞いてやせんぜ」
「煩せぇ黙れ」
少し高い位置から見下ろすように向けられた鋭い視線(残念ながら平均身長以上の彼に対して、俺 は平均以下だ)(しかし両親は高い方なので、後1年の内に抜く予定有り)を無視して、彼の手元 に目をやる。
持っているのは、少し大きめの封筒。
「で、なんだったんで?忘れ物ってのは」
問い掛けに軽く眉根を寄せながら、封筒を俺の目の前にかざす。カサリ、と封筒の中から音がした。
「あぁ・・・・修学旅行の時の写真だとよ。申し込んどいて、受取日に休んだからな」
「そういやその日、アンタは面接で公欠だったねェ」
学校が雇った同伴カメラマンの撮った写真。廊下に貼り出されたそれを、一緒に申し込んだ記憶が ある。その写真の受取日に、この人は推薦受験の面接(目付きが悪いのに彼は成績優秀だ) (お陰でこっちは同じ高校を受験するのに必死で勉強する羽目になったのだ)で 公欠だった。後日渡すつもりが、引き出しの中に入れたまますっかり忘れてしまっていたのだろう。 あの元担任なら、ありそうな事だ。
「見せてくだせぇよ、それ」
「いいけどよ・・・・ここでか?」
つーか持ってるだろ、お前。同じの買ったんだからよ。
呆れたように呟かれた言葉。確かに俺が写っている写真は、必ずといって良いほどこの人と一緒だ。 自然、買う写真も同じになる。それは昔からそうだったし、これからも変えるつもりはない。
「まあソレは置いといて。場所は、そうですねィ・・・・・屋上、にでも行きやせんか?」
ふと、一面の青が頭に思い浮かんだ。在学中はよくお世話になった場所(主にサボリスポットとし て)だ。
「はぁ?家じゃなくてか?」
「折角来たんだから堪能しやしょうぜィ。美しき思い出を」
もうたぶん、来ることなんてなくなるでしょうし。
付け加えた言葉にぱちぱちと瞬きをして、それは結構珍しい表情だったから思わず抱締めたくなったけ ど、彼が頷くのを大人しく待つ。我慢は慣れている。
「しょうがねぇなぁ・・・・」
そう言って微笑んだ人に、やっぱり薄紅色はよく似合っていた。





△モドル