agreement
穏やかにオレンジ色から鮮やかな紫色に変わりゆく空を見上げ、アイオロスは隣にいる麗人を見やっ た。 「綺麗な空だな、サガ」 「・・・そう、だな。・・・・・うん、綺麗だ」 突然話しかけられたサガは、ハッとしたようにアイオロスを見やり、ボンヤリとアイオロスと同じ方 向に視線をやった。 「・・・・?サガ?」 何時もと違い、歯切れの悪いサガを、不思議そうに見てくるアイオロスに、サガは眼を切なそうに伏 せた。 「いや、・・・・・13年間星見をするためにスターヒルで毎日のように夜空を見ていたのに、不思 議と綺麗と感じたことは1度としてなかった・・・・」 アイオロスのいない13年間、サガは生きているだけの死人のようなものだった。 見る景色も花の匂いも、何ものも心に響くことのない空虚な日々。 愛する人のいない世界は、サガの思考に何の感動も与えなかった。 アテナに蘇えらせてもらってから1ヶ月あまり、サガは最初頑なにアイオロスと会うのを拒んでいた が、アイオロスの必死の呼びかけで、最近になってようやく顔を見せてくれるようになった。 「サガ・・・・」 愛しい者の名を呼び、意識せずその貫けるような白い頬に手を寄せようとする。 サガは、アイオロスのしようとしていることにいち早く気づくと、慌ててアイオロスの手を押さえ、 フルフルと首を横に振った。 「サガ?」 「アイオロス、私はお前に触れてもらう資格などない罪人だ」 「馬鹿な。サガ、お前はもう許されているんだ!もう自分を責めるのは止めてくれ・・・!」 アイオロスは掴まれた手を逆にグイと引いた。バランスを崩したサガが、そのままアイオロスの体の 中にポスンと収る。 「っ・・・!アイオロス、離してくれッ・・・・」 慌てたサガは、必死の色を含ませながらグイグイとアイオロスから距離を取ろうとする。 「サガ・・・サガ!俺の手の中はそんなにイヤか?」 それを聞いたサガは、とんでもないことだ、と言わんがばかりに強く首を振る。 「そんなことあるわけがないっ・・・アイオロス、お前は素晴らしい人間だ。私が触れる事自体がも はや罪なのだ・・・・」 「なんでそんなことを言うんだサガ・・・」 途方に暮れた子供のような顔をするアイオロスの顔を見て、サガはそれ以上に悲壮な表情を滲ませた 。 「お願いだ、アイオロス・・・私を哀れと思ってくれるなら、離してくれ・・・・頼む・・・・」 最後は消え入るような声で言い終えると、サガはもうそれ以上見られたくない、という風に顔を伏せて しまった。 その様はまるで無心に母親に許しを請う幼子のようでもあり、同時にこれから処刑を行われる罪人のよ うでもあった。 震える肩の中に、かすかな怯えと恐怖を感じ取り、アイオロスはそっとサガを開放した。 同時に強い疑問も感じた。 サガは一体何に怯えている?自分に対してというよりはむしろ・・・・・ 「では、これにて失礼いたします。次機教皇殿・・・・・」 小さく体をたたみ、恭しく礼をはらい終えると、先程歩いているうちに到着しかけていた双児宮の中 へと足を向けた。 頼りなげな背中は、それでも明確な拒絶を表し、アイオロスは軽い絶望を味わう。 (サガ・・・俺たちはやり直す事は出来ないのか?何がお前をそんなに頑なに追い込んでいるんだ・ ・・?) 口から出しかけ、さっきのサガの様子を廻らせ結局そのままにした。 事を急いではダメだ、今はきっと時期では無いんだ。これから時間はあるんだ、きっとサガも分かっ てくれる・・・・。 自分らしくない、消極的な考えだ、と自分でも思ったが、過去の二人の触れあいに多少自惚れだろう とも自信を持っているアイオロスは、ゆっくりと自宮の人馬宮へと向かうべく階段に足を向けた。 サガは一歩一歩歩きながら、内心恐怖に怯えていた。 よりにもよって双児宮の目の前で、さっきの一連の出来事を遣らかしてしまったことに対して酷く後 悔していた。 恐らくダメだろうと心の中で殆ど占めている絶望と、いや、もしかしたらという微かな希望。 震えそうになる手を必死で押さえ、自分の宮へとゆっくり入っていく。 ギィと重苦しい扉を開け、ひっそりとした部屋へと足を運ぶ。 誰の気配も無い。どこかへ出かけているのだろうか? 無意識の内に止めてた息を、重く半分だけ吐いた。緊張はやや解け、着替えようと服に手をかけよう とした。 「帰ってきたら、『ただいま』だろう、サガ?」 「ひっ・・・・」 後ろから自分と何ら変わらぬ声が聞こえ、サッと振り返ると、カノンが、壁に体を預けながら、薄ら 笑いを浮かべて立っていた。 ああ、やはりダメだった。 一瞬のうちに絶望に打ちひしがれる。 懸命に眉を寄せ、それでもキツイ調子を込めてカノンに語りかける。 「・・・カノンッ・・・!自分の家で気配を消すなど・・・・」 「ああ、結構上手いだろう?人目を忍んで生きるのは昔からお得意でなぁ、おかげで人ん家の目の前 でイチャコラシーンなるものも見ちまったしなぁ?」 強烈な皮肉を含ませながら、それでもカノンの唇はニヤリと口の端を上げ、形だけの笑みを形作る。 自分と同じ顔。同じ声。それなのにサガはこの目の前にいる弟がたまに全くの他人に見える時がある。 自分もあのように同じ角度で唇を吊り上げれば、カノンと同じ顔になるのだろうか?そう思い、いや、 とすぐさま否定した。 カノンは根本的に自分と何かが違うのだろうと思う。それは優劣などで図るものではないが、それこ そがサガがカノンを恐れるただ一つの要因だった。 「俺に何も言わず出て行ったかと思えば、あのクソ野郎と仲良さ気に帰ってきて、挙句ラブシーンだ もんなぁ、なぁサガ?」 ニヤニヤと笑っているそれは、決して形通りの意味を持たないことを知っているサガは、苦しげに顎 を引いた。 こういうときのカノンは得てして怒りに満ちているのが常だった。しかも驚くほど激しい程の。 「何とか言ったらどうなんだ、兄さん」 「っつ・・・・!」 サラリとした蒼銀の髪を一房握られたかと思うと、思いきり引っ張られて、思わず痛みの声をあげた 。 「俺との約束、忘れたとは言わせねぇぞ。あの愚鈍なクソ野郎とは縁を切れっていったろうが!?」 突然咆哮し、カノンは本来黙っていれば美しいはずの己の顔を、怒りでグシャリと歪めた。 「・・・・っ、分かっている・・・、分かってるからカノ・・・」 ドンと勢いよく突き飛ばされ、悲鳴をあげる前にカノンが上から圧し掛かってきた。 「どこが分かってるんだよ?こんなに体中にあの野郎の臭い残してきやがって・・・!」 グイと乱暴にサガの胸元辺りの布地を掴み、捻り上げると、ビリビリと情けない音をたて、それは裂 けていった。 「ひっ・・・・っつ!カノン・・・・ヤメ・・・!」 「あいつの臭いの染み付いてる服なんて身に纏うな。虫唾が走る・・・!!」 フン、と興味なさげにはき捨てると、忌々しげに哀れな服の残骸を投げ捨てる。 サガは状況についていけず、それでもアイオロスに対する言葉だけは撤回させたいと悲壮に願った。 「カノン・・・・私の事は何をしても構わない。だが、もう人を・・・周りを傷つけるのだけはもう 止めろ・・・!」 「ああ、兄さんは相も変わらずの聖人君子だな!周りじゃなくて、アイオロスを庇いたいだけのくせ に、この淫売が!」 叫ぶや否や、カノンはグイとサガのローブの裾から腕を差し入れ、下肢を割り開くように高々と持ち上 げた。 「やっ・・・・やめ!」 青ざめて体を引こうとするサガを、より強い力で押さえつけてカノンは、またニタリと笑った。 今度は怒りではなく、暗い楽しみを乗せた、欲情した雄の笑いだった。 「止めないよ、兄さん。これも契約の範囲の中だろう?」 カノン、もう周りに、聖域に仇名すのは止めてくれ。 そのためならば何でもしよう。 私はお前の人生の全てを奪ってしまった。 だから私はお前に出来うるかぎりのことをしたいと思っている。 お前の望むものを叶えてやりたいと思っている。 だったら兄さん。 俺はサガが欲しい。 サガだけでいい。 お前しか欲しくない。 お前以外の世界の何ものにも俺は興味が無い。 だからお前の心に巣食うもの全てが憎い。 全部ぶっ潰してやりたいほどに・・・・! 蘇えってから間もなくのこと。 サガとカノンはお互い13年ぶりに一緒に生活を初めたが、カノンのサガに対する執心ぶりは常軌を 逸していたといっても過言ではないものだった。 宮から出ることを許さず、特にアイオロスと会うことを絶対的に許さなかった。 サガが自宅にいる時はカノンが代行で業務を行っていたが、どうしてもカノンとアイオロスが顔を合 わせる時は、周りは気が気ではなかった。 アイオロスがサガについて喋るだけで、そのまま戦闘が勃発しそうなぐらいカノンは怒り狂った。 「その喉笛潰してやろうか、この糞餓鬼が!!!」 その度、他の黄金や教皇が止めに入り、何とか事なきを得ていたが、そんな大きな事件は自宮にいる サガにも伝わってきた。 折角女神から慈悲深い恩赦を頂き、罪深い我が身を悔いているサガにとって、それは身を引き裂かれ るぐらい辛いことだった。 自分が原因で、またもやこの聖域に迷惑をかけている。その上アイオロスにまで、弟は牙を向けてい るらしい。 サガは何とかして弟の愚行を止めたいと思った。 「カノン、もう聖域に仇名すのは止めてくれ。女神に恩を仇で返すようなまねをしてはいけない・・ ・」 「聖域、じゃないだろ?アイオロスに迷惑かけんなって言いたいんだろ?」 皮肉な笑顔を浮かべるカノンの表情には、サガの懇願などは何一つ響いていない様子だった。 「カノンッ・・・」 「ハッ・・・!そんなのゴメンだね、アイツなんぞ何度殺しても足りんぐらいだ!」 「カノン!何という事を・・・・!」 「俺から兄さんを奪っていった糞餓鬼と聖域なんざクソ喰らえだ、何なら今から人馬宮にいってアイ ツの首ちょん切ってサガの目の前に差し出してやろうか?」 「ばッ・・・馬鹿な・・・!」 思わず声を荒げ叱咤するが、カノンに浮かぶ憎悪の顔は、本気以外の何ものでもない。 「どう思う?俺が本気で叛乱を起こせば、聖域はどうなるかな?全滅とまではいかなくても、数人の 黄金と女神ぐらいはぶっ殺せるんじゃねぇかな?」 だが、まず真っ先に殺してやるのはアイオロスだがなぁ? 楽しそうに笑いながら、その内容は背筋が寒くなるもので。 「カノン!血迷ったか!?私はお前が聖闘士としてやっと改心してくれたと思っていたのに・・・・ !」 「さぁーて、どうだろう?13年間海闘士として生きてきた俺と、13年間おっ死んでただけで、頭 ん中14歳のまんまの木偶の坊、戦ったらどちらが強いと思う?サガ」 眼にギラギラと殺意を込めて笑う弟の様子に、サガは知らず顔面が蒼白になってゆく。 このままでは、本気で弟はアイオロスに、聖域に叛乱を起こすだろう。 それだけは避けねばならない。たとえ自分の身に代えても。 「何が望みだ?カノン、お前は一体何を望んでそんな暴挙に出ようとする?結局どんなに足掻いても 、人一人に世界など手に入らないことぐらい、私たちが一番良く知っていることだろう・・・・!?」 「あぁそうさ、俺は世界なぞ1度も望んじゃいない。俺が欲しいのは、兄さん、アンタだけだ。だか ら兄さんが居ない世界なぞ何の価値もないし、手に入らないのなら、この命すら意味が無い・・・!」 それならば、サガの心を占めている忌々しいものを破壊してやる。全部、全部だ。 「・・・・カ・・・ノン」 カノンが語れば語るほど、サガの顔色は悪くなってゆく。 あぁ、ダメだ。私はこの弟を止める力が足りない・・・・・・ 13年前、その手を振り払い、弟の暴挙を止めようとして行った自分の行為が、結局何をもたらした かを思い出し、絶望に打ちひしがれた。 あの時、弟を捨てさえしなければ、自分の大罪も、カノンが引き起こした惨事も無かったろうに・・ ・・・。 サガは、すでに罪と罰の鎖に絡め取られていた。もはや正義の名の下に、偽善で目の前の弟を殴り倒 して止めるということすら、今のサガには出来なかった。 「カノン・・・・ならば取引をしよう」 痛々しい色を込め、切り出すサガにカノンは怪訝な表情で聞き返す。 「取引?」 「私が望みというならば、カノン。この身をお前にやろう」 「サガ」 「だからカノン、聖域に・・・彼に牙を突き立てる真似は絶対にしないでほしい・・・・」 悲壮な顔のサガを見て、カノンはヒクリと唇を捻った。狂喜に顔を引きつらせようとして失敗したか のような。 「ハッ・・・・!本気かサガ、何と魅力的な申し出だ・・・・ハハ・・・!いいぜ、その話乗った。 だがな、サガ。俺も一つ条件を出させてもらうぜ?」 「・・・・・何だ?」 「契約違反だからな・・・ペナルティだぜ、兄さん」 「っひ・・・・!あぁ・・・っ」 薄く笑いながら、カノンは腰を前後に激しく揺らした。 サガは絶え間なく零れ落ちる自分の声を嫌悪し、思わず手で口元を押さえようとしたが、あっさりと カノンに阻まれた。 「ダメだぜ、サガ。声ちゃんと聞かせろよ」 「ふぅ・・・・・んん!」 声にならない声を出しながら、サガは嫌嫌というように首を拙く振る。 サガの蒼銀の髪が、澄んだ湖のように床で艶やかにうねる。 「ちゃんと言っただろ?アイオロスとは絶対に結ばさせやしないって・・・!だから兄さんに行動の自 由を与えてやったのに、全く眼を離すとスグこれだ!」 溢れる怒りのまま、打ち付けるように下肢を突くカノンに、サガはただただその身の下で嬌声を上げる しかなかった。 サガは、カノンを止めるただ一つの方法として、自分の身を奉げた。その夜から、カノンとの自分の 間には、神をも冒涜するかのような欲に満ちた所為が始まった。 サガは思考もままならない頭でボンヤリと思った。 カノンが止めなくても、もはや罪と汚辱に見舞われたこの体を、今更どの面さげてアイオロスに奉げ れようか。 この弟は見事サガを絡め取ることに成功したのだ。 奥の深い所を数度擦られて、サガはビクリと震えた。 「やっ・・・・カノッ・・・・そこダメ・・・!」 「知ってるよ、ここが弱いんだろう?兄さんは」 全く同じ顔のはずなのに、成熟した雄の臭いをさせた弟の顔がニタリと笑い、サガの内部を激しく揺 さぶった。 「ひぃっ・・・・っああああ!」 もはや理性も羞恥心も吹っ飛んだサガは、清廉な普段の姿からは想像もつかない痴態ではしたなく喘 いだ。 そんなサガの様子を見て、カノンは心底嬉しそうに、満足げに笑った。 あの、高潔であれ、と普段息巻いている優秀な兄が、自分を体に銜えて泣き叫んでいると思うだけ で、狂ったようにイってしまいそうになる。 この顔を知っているのは自分だけでいい。 自分たちに何をしてくれるでもない聖域にも、ましてや、あのようなクソ野郎になどにも渡しはしな い。 ショートしそうな熱い思考のなかで、何度も何度も繰り返す。 「サガ、・・・兄さん。アンタは俺のもんだ。誰にも渡したりはしない・・・・!」 「ふぁっ・・・あんっ・・・・!」 サガは、グチャグチャに乱された下肢のせいで、もう明朗な言葉すら発せなくなっていた。虚ろな蒼 の瞳には、やはり同じ顔をした弟の顔をボンヤリと浮かぶ。 カノンは荒い息を飲み込むと、さらにグイとサガの腰を引き寄せた。 「出すぜ、サガ」 「っつ・・・あ、やめ・・・・!」 イヤだという間もなく、カノンは欲望の証を、サガの腹の中にぶちまけた。 「やぁぁっ・・・・ひぁ・・・ん」 その刺激から逃れる様にサガは首を仰け反らせ、涙に濡れた瞳を見開いた。 開けた窓から、すっかり夜になった夜空が見えた。 ついさっき、アイオロスと共に見て美しい、と言った紫の空は無く、今在ったのは、どす黒く汚れた 闇色の空しかなかった。 END これ裏かしら? カノンの狂気が全然足りてないと思う今日この頃。エロの文才欲しい・・・・; |