どう、と砂塵を巻き込みながら鈍い音が響いた。 「勝者、アイオロス!!」 途端、周りからわぁ、と盛大な驚嘆と歓声の声があがった。 訓練生達が己の心・技・体をぶつけ合う場所であるコロセウムで、今日1番の注目カードの対戦が今終 わったのである。 もうもうと土煙が舞う中央の部分、その中にはまだ少年と呼ぶのすら足りないであろう幼子の影が2つ あった。 I am God Child 「いやはや、流石は黄金候補生の中でも1番の有望株のアイオロス殿だ、何と見事な力であろう」 「いやいや、アイオロス殿も凄いが、サガ殿もまた同じく素晴らしい!あの優麗とさえ言える様な技と 動きには、何時見ても惚れ惚れするばかりだ」 「とにかく、あのお二人が将来聖域の柱を担ってゆく事に間違いはあるまい」 「本に、素晴らしくも頼もしい子供達だ」 思い思いの感想を口にする観客達は、最後に意見が一致したのを確認すると、一様に中央に目線を戻し て豪快に笑いあった。 本日対戦していたのは、聖域でも将来黄金聖闘士になるのは確実であろうと持て囃されているアイオロ スとサガの両名で。 滅多にない2人の対戦が見れるとあってコロセウムは普段の倍近い観客が犇いていた。 そうした観客が口々に幼き戦士達の勇士を褒め称えている間に、話題の本人の2人はゆっくりと動いた 。 「大丈夫か、サガ?」 「・・・あ、あぁ大丈夫だアイオロス」 「今日は俺の勝ちだから、コレで51戦中26勝25敗で俺の勝ち越しだな」 「フフ、等々追い越されてしまったな・・・私の方が早く修行を始めたのに、これでは差をつけられる のも時間の問題だ」 「そんな事無いって!今日だって俺ギリギリで勝てただけだし、運が良かっただけさ」 (運・・・ではその運とやらはお前の味方だったというわけか) 「どうしたサガ?」 「いや、何でもない」 フルと首を振ったサガは今だアイオロスに投げ飛ばされたまま地べたに座り込んでおり、アイオロスは 駆け足でサガに近づくと太陽のような笑みを浮かべたまま手を差し出した。 「ホラ、サガ掴まれよ」 瞬間、サガの顔が歪む。 アイオロスが何をやっているのか訳が分からない。 そんな風に思い、つい意識せず怪訝な顔をしてしまった。 しかしそれは、刹那より小さい反応だったのでアイオロスは全く気づく様子も無かった。 「・・・いや、わざわざ手を貸してもらわずとも一人で立てる、大丈夫だ」 わざとアイオロスの手を無視するように流すと、サガは言葉通りに1人ですっくと立ち上がった。 「では今日の勇者達よ、互いに礼!」 審判の掛け声に合わせ、2人は聖域の風習に則った互いを敬う敬意のポーズを取り、互いに握手を交わ した。 「アイオロス様万歳!!」 「サガ様万歳!!」 「二人の戦士達に神のご加護在れ!!」 観客達は2人が手と手を取り合った瞬間盛大なる歓声を浴びせかけた。 アイオロスとサガはというと、幼いながらも十分に聖域の仕来りと礼儀を知り尽くしている故、自分達 を慕ってくれている民達に向かって、笑いながら手を振った。 周りをグルリと見渡しながらサガはその零れんばかりの可愛らしい顔を微笑みで染め、しばらくは手を 振り続けていた。 が、その観客の中にある人物を見つけた瞬間、サガは氷のナイフで心臓を貫かれたかのように固まって しまった。 (やはり・・・・見られていた) 薄い希望が打ち砕かれ、薄薄感じていた予感が的中し、サガは五月蝿いくらいに自分の心の蔵が脈打っ ている事に気づいた。 ドクドクと耳障りな血液の音は、ザラリと耳にも流れていて、どんなに気を散らしても聞こえてくる。 サガはさっきアイオロスに負けた瞬間からこの絶望を恐れていたのだ。 「・・・サガ?どうした気分でも悪いのか?」 「・・・・大丈夫だ、気にしないでくれアイオロス」 「気にするなって言っても・・・」 サガは強靭な精神でアイオロスに悟られぬよう平常の笑みを浮かべて、それ以上の介入を拒んだ。 これでは流石のアイオロスもこれ以上どうすればいいのか判りかねる。 そう思っているうちに、サガはパンパンと己の修行着に付いた埃を払うと、クルリと踵を返して言った 。 「では私はこれで、そろそろお暇させていただくよ」 「えぇもう帰るのか?たまには俺ん家来て遊んでけばいいのに」 「すまないアイオロス・・・また今度だ」 アイオロスはつれないサガの返答に少しだけ不満そうに唇を尖らせ、チェと呟き、しかしスグに何時も の笑みで持って返した。 「じゃ、また明日なサガ!!」 「・・・・・あぁまた今度会おう、アイオロス・・・」 淡々と言葉を紡ぐサガの顔は、既に感情を取り去ったあとの空虚な表情だった。 「ただ今戻りました・・・」 カチャリと静かに扉を開け、サガは音を忍ばせて家の中に入る。 ここは聖域内のやや外れに位置した閑散とした佇まいの家で、今現在のサガの帰る場所だった。 そう、サガには帰らなくてはいけない場所があった。 遠方から召集された候補生達などは、聖域の各施設や師の下で暮らすのが聖域の常であった。 其れに対し、アイオロスやサガのような聖域で生まれた者達は、教皇の恩情によって家族と共に暮らせ る事を許されていた。 帰りたくても帰れない他の候補生達から見れば、サガ達のように帰る場所がある事は羨望の対象であっ ただろう。 しかしながら、 教皇のその心使いが、果たしてサガにとって最良の選択であったかと問うたとしたら。 答えは否、だった。 「サガか」 「・・・はい、父上」 もう夕暮れ時だというのに、明かりの一つも点けていない室内は、まるでサガの小さい体を飲み込むか のように緩やかに侵食する。 奥の部屋から聞こえた実の父親の声に小さく反応したサガは、言われる前にその父の元へと急いだ。 キィ・・・ 少しだけ開いていた扉を重々しく開けると、父親は粗末なベットの縁に腰掛けていた。 よく見知った、父親の寝室だ。 父親は、先程コロセウムで幽玄のように佇みながらサガとアイオロスの戦いを見届けた後、サガと目が 合ったのを確認してさっさと去っていったのだった。 冷たい、酷く冷えた酸い匂いがサガの鼻腔を不快に馴らす。 サガも、父親も、両者とも水面下の奥に沈む泥のように無表情だった。 しばらくの沈黙を破ったのは、父親の方だった。 「サガ」 「はい」 「お前またあのアイオロスとかいう子供に負けたそうだな」 「・・・・・も、申し訳」 「あぁ、あぁ、そんな謝罪などいらん、サガ・・・お前何故負けたのだ?お前の方が先に修行を始めた というのに」 「・・・それは」 サガは内心恐怖に怯えながら、それでも懸命に声を絞り出す。 父親は普通の、本当に知らない人から見たら普通の父親のような表情で穏やかに笑った。 「サガ、お前恥かしくは無いのか?後からやってきたぽっと出の年下の子供に負けて、そして挙句哀れ みのように助けの手まで出されて・・・・」 神の子と呼ばれたお前が何と嘆かわしい事だ そう言いながらクツクツ嗤う父の顔は、瞳だけが恐ろしいまでにガラス球のように冷え冷えとしたもの だった。 「・・・・父上、お許しください、次こそは必ず勝利を我が手に・・」 「サガ」 「・・・・っ」 あっさりと言葉を遮られたサガは、いよいよ来る事象を思い出し、僅かに息を止めた。 「サガ、解っているのだろう、さぁ早く服を脱いでそこに立ちなさい」 「・・・はい父上」 まるで心臓を魔物の手で鷲掴みされているかのような痛みを覚えながら、サガは先程アイオロスと戦っ たままの修行着をスルリと脱いだ。 その下からは、子供特有の滑らかな白い肌が覗き、サガの深い蒼の髪によく映えた。 だが、その陶磁器のような肌にはよくよく見ると、背中と言わず、腕と言わず、体の彼方此方に薄い桃 色の線がミミズのように這っていた。 「サガ、私は悲しいよ、出来の悪い子にはお仕置きを与えなくてはいけない」 ピン、と嫌でも聞きなれた乾いた皮の音が、サガの後ろから聞こえた。 その間も、サガはぼんやりと思考を別の所に持っていっていた。 私はサガ、幼い頃から聖域でただただ聖闘士になる為だけに育てられた存在。 アイオロス、彼は女神のため民のため聖闘士になろうとする少年。 私はサガ、偽りの偽善で民の視線を集め続けなければいけない存在。 アイオロス、彼は生まれながらにして太陽の輝きを持ち、皆を幸せに導いてゆくであろう少年。 私はサガ、幼き頃から神の子供と呼ばれ、崇められてきた存在。 アイオロス、だからきっと、彼こそが神の子供、なの、だろう。 あぁ、アイオロス。 だけれども、だからこそ、私はお前にだけは負けれれないというのに。 私の存在価値はそこにしか在り得ないというのに。 運命すら、きっとお前の味方なのだとう、と私は思う。 瞬間、ヒュ、と言う風斬音が空を舞った。 「一体今の私のこれの何処が『神の子』だというんだ?」 END 気が向いたらカノンを交えて続き書くかも(オイ) 意味解らなかったら御免なさい。私も意味プーです(死) 虐待サガに萌えてしまっただけの作品・・・(汗) |