サガは昔から一つの物事に熱中するととてつもなく長い傾向があった。

13年前のある時期にもあることにハマッって皆を巻き込んだことがある。

そのあることとは「耳かき」だった。








earwhisper








「うっ・・・・サガ・・・それは・・・?」
双児宮の談話室に低く呻るシュラの声が響いた。
サガはキョトンとした顔でシュラのいる方へ視線を投げ掛ける。
ゆったりとしたソファに腰掛けながら手にしているのは何の変哲もない耳かき棒。
サガは久しぶりに訪れた安息日を満喫し、黙々と耳掃除をしていたのだ。
「何と問われても・・・見ての通り耳かきだが・・・・・シュラ?」
清廉な声で名を呼ばれ、シュラはハッとしたように顎を引いた。
どうやら自分の方が可笑しな反応をしてしまったのだろうと気づき、バツが悪そうにサガの隣に腰を降 ろした。
「いや・・・・何でもない。ただ・・・昔のことを思い出しただけなんだが・・・」
やや喉に引っかかった言い方をするシュラの科白にサガは怪訝な顔をする。
が、すぐに思い立ったかのように。ああ、と短い母音を漏らした。
「昔とは13年前のアレのことか?シュラ」
「う・・・・・・・」
図星をつかれたのか、シュラはますます普段から険しい顔を渋めた。

13年前、黄金の面々がまだこの十二宮で平和に暮らしていたとき、サガは何の切欠があったのかは判 らないが、耳かきにハマッしまい、自分だけでは飽き足らず、周りの黄金候補生たちの耳掃除まで次々 に制覇していった過去があった。






「・・・・一体此れは何なんだ?」
シュラは切れ長の眼を軽く見開き、誰に問うでもなくポカンと言葉を発した。

本日の修練を終えたシュラは、訓練所の後始末の当番の日だったので、1番遅くに宮に到着した。
疲れきった肢体を重く上げ開いた扉の先には、大分前に先に帰っていった黄金候補生たちがウジャウジ ャとサガの周りを取り囲んでいた。
そのこと自体は大して珍しいことではない。訓練が終わったあとはいわゆるオフタイムで、皆が眠る時 間まで一つの場所に固まり、緩やかな時を過ごすことは、至極よくあることだった。
問題なのはその中心に位置するサガの膝に、ちょこんとミロの頭が乗っかっていることだった。つまり は膝枕の体制。
「ああ、お帰りシュラ。お疲れ様」
シュラの帰宅に、サガはふわりと微笑むと同時に、暖かい声色を乗せて中に入るように促した。
その何時も変わらぬ優しい空気に一瞬シュラは己の衝撃を払拭させられそうになるが、いいや、と慌て て再度同じ質問をサガに投げ掛ける。
「・・・・・サガ、何をしてるんだ?」
「耳掃除だ。最近これをするのが楽しくてな。ちょうどいいから皆のもついでにやっていたところだ」
普段端正なその美貌は静の美しさを誇っているが、この時のサガが珍しく年相応の、ウキウキしている かのような幼い笑みを浮かべながら答えた。
そう、サガは昔からそういう帰来があったのだ。元々生真面目で細かい作業を好み、また完璧にこなす ことを主義としているサガは、時折その作業自体に没頭する性質を持っていた。しかも傍から見たら少 々理解に苦しむ事象で。
2週間前は宮のシミが気になると言い出し、染み抜き作業に熱を上げていた。さらにその前はセーター の毛玉取りに快感を見出したらしく、わざわざ古いセーターを引っ張り出しては、その細い指先でせっ せと毛玉を取るのに情熱を注いでいた。
周りから見れば、イマイチその楽しみは判りがたい。
むしろジッとしていることが苦手なミロなどから言わせれば、あのようなものは逆に拷問だとでも言い そうだが、サガにとっては決してそうではないらしい。
内に内にへと意識が篭もる傾向にあるサガは、淡々と単調な繰り返し作業をすることで、ある意味リフ レッシュになっているそうだ。
とりあえず周りも、サガのその癖は特にこれといって周囲に被害を及ぼすものでも無し、むしろやって 損は無い程度のことに留まっているので、好きなようにさせている。
しかし、今までと大きく違うのは、サガがとうとう物に対する作業から、人へ施す作業へと移行したこ とだろう。
思考を廻らしていたシュラは、ミロの甘えた声色で一旦遮られた。

「ねぇ〜サガァ〜〜早くしてよ〜〜〜」
「あ、あぁ、すまないミロ。途中だったな」
「へへへぇ〜〜〜v」
ミロは得意中の得意の、子供特有の甘えた声でサガの注意をシュラから自分に戻すことに見事成功した 。
よくよく見れば、ミロはサガの膝枕にご満悦の様子で、まるで巨大な猫のようにクシュッとサガの膝に 頬を摺り寄せた。
「ミロ、動くと危ないからジッとして・・・・」
きゃあ、と悪戯がバレた幼子のようにミロは笑いながら声を出すと、サガの言う通りにピタリと止まっ た。
なるほど。普段村人や雑兵ら、外の者達はミロを可愛らしい天使のようだと言っているが、この様子を 見ればさらにその見解は深まって人気上昇すること請け合いだとシュラは苦々しく思った。
フワフワとした金に輝く巻き毛や、クルクルよく回る碧眼。感情を包み隠さずストレートに出す様など は、往々にしてまるでキューピッドのようだと言わんがばかりだ。
が、どうにも今目の前でサガの膝枕と耳掃除を満喫している子供をシュラは可愛いとは思えなかった。
むしろ天使なんてどんでもない。コイツは天使の面を張った、超がつくぐらい性質の悪い小悪魔にしか 見えなかった。
この無邪気そうな笑顔の裏には、正に邪気しか存在しないことをシュラは長い付き合いの中でまざまざ と見せ付けられ続けてきたのだ。
ミロは自分の魅力を十二分に理解している。理解したうえで、子供故の特権なるものを駆使して、ミロ は何時も大好きなサガに甘えまくってきたのだ。
今現在も、シュラに意識が飛んだのを敏感に察知し、サガの注目を素早く戻すと、シュラの方をチラと 見上げ、フフンと意地悪く小悪魔の笑みを投げ掛けてきた。
(コイツ・・・・・!)
思わす拳に力が入ってしまうのが自分でも感じる。
このクソガキ!と言いそうになる唇を懸命になって抑えた。
おそらくそれを実行して、不利になるのは自分だということも、とうの昔のうちに分かってることだ。
「さ、ミロ、終わったよ」
二人の攻防など知る由もないサガは、仕上げにフッとミロの耳に息を吹きかけ、立ち上がるよう促した 。
(な・・・・・・)
サガにとっては何気なく行った行為だろうが、シュラはまた軽くショック状態になった。
(今の『フッ』ってなんだ、『フッ』って〜〜!)
内心は結構な荒波なシュラなのだが、如何せんシュラの元来の性質と仏頂面が相まって、周りから見た ら何ら変化は無いように感じられた。
「えぇ〜もう終わり〜〜〜?もっとこうしていたい〜〜」
くすぐったそうにしながらも、サガの行為が気持ちよかったらしく、もっともっととミロがせがんでい る。
「ごめんねミロ、でも次はシュラが残っているし・・・・」
「は?」
不意にでた自分の名にシュラは裏返った声が出てしまい、慌てて口の端を結びなおした。
「だから、後残っているのはシュラだけなんだ。他の皆はもう終わったよ」
そう語りかけるサガの声を受け、そのまま近くにいた、年の近い友等に視線を投げ掛けた。
疑問の色を持つシュラの瞳を受け止め、シュラの悪友のデスマスクとアフロディーテはその通りだと頷 きを持って返した。
「マジマジ、お前がチンタラ片付けやってる間に、俺等全員制覇してんぜ〜」
もう耳スッカスカ〜と、デスマスクは小指を耳に突っ込んで苦笑いぎみに口角を上げた。
「人にやってもらうのもなかなかいいものだったな」
相変わらず美少女と見まごうばかりの顔を、無表情な冷たい色で染めながらアフロディーテが呟いた。
しかし、めったに感情を表に出さないアフロディーテの顔が、心なしか嬉しそうなのは、きっとシュラ の気のせいではないのだろう。
恐らく、アフロディーテはサガだから、耳掃除などという行為を許したのだろう。
だから正しくは「人にやってもらう」ではなく、「サガにやってもらう」のが素直に嬉しかったのだ。
他の奴が触ろうものなら、まず間違いなくそいつは薔薇の洗礼を遠慮なくその身に浴びることだろう 。
「ってわけで、お前が最後で、サガは黄金候補生完全制覇〜ってことよ」
デスマスクは、楽しそうに口を湾曲させ、クイと顎でサガの方を見ろといった。
「・・・・サガ?」
恐る恐る振るかえると、サガがニコニコ笑っていて、その様は「さぁ」と言わんがばかりだった。
「シュラもやるだろう?」
「い・・・・いや、俺は・・・・」
何故かシュラは、素直にサガの申し出を受け入れる気にはならなかった。
胸の奥がモヤモヤとして、酷く切ないかのような酸っぱい気持ちに支配された。
「どうしたシュラ?・・・嫌なのか?」
シュラの様子を伺っていたサガは、不安そうな顔で見つめてきた。
「いや、そうではないんだが・・・・」
サガのそういう顔には弱い。
自分の不用意な態度がサガを悲しませたらしい、そう思うと、自分のスッキリしない気持ちなど、他所 に置いておこうとシュラは思い直した。
「じゃ・・・・お願いする」
「シュラ・・・」
少し照れたように呟くシュラを見て、サガは本当に嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔だけでもシュラはドキリと胸が鳴った。
そうした微妙な空気に当てられ嬉しくないのは、さっきまでサガを独占していたミロだ。
もう甘えるだけではこの雰囲気は壊せないと感じたミロは、作戦とも呼べないような、思いつきの暴挙 に打ってでた。
「シュラ、何かサガにやってもらうの乗り気じゃなさそうじゃん、何ならオレがやってやるよ〜」
ニヤ〜と正に小悪魔の笑みを浮かべてシュラに近づいてきた。
「お前が?出来るわけ無いだろ、お前自分のことすら満足に出来ないだろうが」
正直嫌な予感しかしなかった。ミロの手には何も持たれていない。
道具も無しに一体どうやって耳を掃除するつもりなんだ。
そう思っているうちに、ミロは得意満面な顔で右手の小指を、まるで指きり拳万のように形作り、小悪 魔を通り越した魔王のような内容をサラリと言った。
「だから〜オレのこの爪でやってあげる!」
いつの間にかミロの小指の小さな爪は、攻撃態勢に入り、鋭利な刃物のようにニュッと伸びていた。
「ちょっ!テメッ!バッ・・・・ッ!!やめっ・・ギャーーー!!」

その後の12宮は、右へ左への大変な騒ぎになった。






「・・・・懐かしいな、確かあの後当の本人のミロが大泣きして大変だったな・・・」
「泣きたかったのは俺の方だ・・・本当に鼓膜破られるかと思ったぞ、あの時は」
過去に意識を飛ばし、まざまざと思い出しているのか、シュラはハアと大きなため息をついた。
「まぁ、ミロもあそこまで酷い惨事になるとは思っていなかったのだろう。まだ物事の善し悪しも分か らない子供だったし・・・」
(・・・・そうか?いや、多分それは違うぞサガ・・・)
ミロの本性を知らぬサガは、まるで手のかかる末っ子を思いやる兄のような表情で笑うが、シュラはミ ロは本気だったと今でも確信している。
「結局あの後うやむやのままで終わってしまったが、少し残念だったな・・・・シュラで完全制覇が止 まってしまった」
「あん時は結構血がドバドバ出てそれどころじゃなかったしな・・・・」
苦笑いを浮かべながらシュラは視線を空に向ける。どうやら本当にこの思い出はシュラにとって苦々し い記憶らしい。
サガもつられて思わずフフと笑った。が、次の瞬間何かを思いついたのか、あ、と声を漏らした。
「どうした、サガ?」
クルリとシュラの方に顔を向けたサガは、とても楽しそうにニコリと笑った。
(・・・ちょっと待て、この表情には見覚えが・・・・)
「そうだった。何も、あの時の記録を今この場で更新しても、何ら問題は無いはずだな」
一人納得しているサガは、普段なら見惚れるであろう美しい笑みを惜しげもなくシュラに向けて放った 。
「・・・・・・・・サガ?」
「今ここでシュラの耳掃除をすればいいんだ」
(やっぱり・・・・!)
見覚えあると思ったのも当然だ。さっき思い出していた記憶の中にこの表情のサガがいた。
どうやらサガは13年越しに、黄金候補生たちの完全制覇を今正にここで達成させようということらし い。
「シュラ」
囁きかける様な声色でサガはポフポフと自らの太股辺りを軽く叩いた。
その様は、まさに膝枕を促す体勢で、おいでおいでと手の動きがそれを示していた。
その仕草にシュラは、あの時以上に心臓が高鳴るのをハッキリと感じ取り、なんと無防備で魅力的な仕 草を取るんだ、と心の中で呟いた。
膝枕なんて、この年になってやるもんじゃないとは分かっていても、サガが誘うその行動には正直くる ものがある。
シュラも腐っても男。この魅力的な申し出に断る理由なんてさらさらないはずだ。
幸い今は二人っきりだし、この後もお互い予定はなく、あとは就寝を待つだけの身。
そう、なんら問題はない。ただ一つだけを除いて。

「シュラ?・・・やっぱり嫌なのか?」
またシュラが黙りこくってしまったのを見て、シュンとしたように眉根を寄せる。
(だからその顔は反則だ・・・・)
相も変わらずシュラは落ち込んでいるサガの顔を見て、サガにはとことん弱い自分を自覚する。
まるでサガは、自分だからシュラは嫌がっているのかと思い始めてるらしく、シュラは意を決してサガ に打ち明けた。
「違うんだサガ・・・サガが嫌とか、そういうんじゃない。そんな事絶対ないから」
「じゃあ・・・・なぜ?」
コトリと首を傾げ、言葉の続きを催促するかのようにサガはシュラを見やった。
シュラは珍しくふて腐れたような顔つきでポソポソと喋りだした。
「・・・・その、あの時以来、どうも耳に何かを入れるというのが苦手になってな・・・・サガの腕を 信用していないとか、そういうわけでは全然無いのだけれども・・・・どうも・・・」
どうにも歯切れの悪い科白をシュラは言いにくそうに綴る。
要はサガに堂々トラウマ宣言をしているようなもので、恋人の前ではカッコよくありたいと思う、普通 の男としては当たり前のプライドがそれを邪魔しているのであった。むしろシュラの場合だと、一般よ りもその信念が高いから、余計にだろう。
一方サガは、散々嫌がっていた理由が判明し、些か拍子抜けしたといっても言いすぎではなかった。
きっと本人にとっては大問題なのだろうと推察できるが、普段のシュラは何時も寡黙で男らしさに溢れ ているので、そのギャップに思わす笑みが零れた。
それを見て取ったシュラは、情けない自分を知られてしまったと、やはり言わなければよかったと早速 後悔し始めていた。
「だから言いたくなかったんだ・・・」
「いや、すまない。シュラ、私は別にそういう意味で笑ったのではないよ。むしろシュラにも苦手なも のがあったと分かって嬉しいよ」
慌ててサガはシュラの顔を覗き込み、機嫌を直してほしいと囁いた。
「サガ・・・・・」
どうやら軽蔑されてないらしいことが分かり、ホッとするシュラはゆっくり息を吐いた。が、サガの方 はそれだけでは終わらなかった。
にっこりと、それはもう美麗な笑顔のままシュラに訊ねた。
「ところで、シュラ」
「うん?」
「前に耳かきをやったのはいつだ?」
「・・・・・・・・・」
しまった、というような顔をしたままシュラはそのまま硬直してしまった。
「シュラ・・・・」
ん、というふうに、さきほどど同じようにポンポンと膝頭を叩き、しかしその仕草は、さっきよりも確 実に強制力を持った誘いだった。
「苦手でもなんでも、もはや聞いてしまった以上やらないわけにはいかないな」
「サガ・・・・・その」
「中耳炎にでもなったらどうする?それこそ皆に笑われてしまうぞ?」
「う・・・・」
「私の腕を信じろ。大丈夫、優しくするから。」
(イヤ、今のセリフおかしくないか?)
思わず心の中でツッコミを入れつつ、もはやこれ以上は無理だと思ったシュラは、やや体を強張らせな がらサガの膝に頭を乗せた。
その瞬間、フワリとサガの匂いを近くに感じ、思わず善からぬ方向に思いが飛んでいった。
サガの方はというと、あのシュラが、本当に珍しく緊張しているのを見てとって、本当に苦手なんだな と改めて実感した。
キュッと眼を閉じて、いつ始まるのかと身構える様は、正直言って
(可愛い・・・・・・)
と思ってしまったサガであった。きっとこんなことを言ったら、必要以上に年の差を気にするこの年下 の恋人は怒ってしまうのだろうか、そんなことを思いながら、作業に取り掛かりだした。


「さ、左は終わったぞシュラ、今度は右耳を出してくれ」
「ん」
何事もなく片方の作業を終えたサガは、すっかりくつろぎモードに入っているシュラに声をかけた。
最初のほうこそ緊張していたシュラだったが、すぐにサガの手先の器用さを感じ取り、今ではすっかり 安心して身を任せていた。
むしろシュラは、好きな人にやってもらう耳掃除がこんなに気持ちのいいものだったのか、今まで毛嫌 いをして大損をした、と思うようにまでなっていた。
シュラはサガの膝の上でゴロリと体を反転させ、さぁどうぞ、とばかりに耳を晒したが、これにはサガ のほうが固まってしまった。
「・・・・シュラ?」
「なんだ?」
「・・・・・こういう場合、普通体ごと移動させないか?」
さっきまでの体勢はごく普通の膝枕だったのだが、シュラは右耳を出せと言われて、さらにサガに密着 するかのように体を半回転させた。
これではサガの腹部にシュラが縋るような形で、流石に少し恥ずかしい、とサガは困ったように顔を赤 らめた。
「体移動させるのが面倒くさいんだ、このままでやってくれ」
一瞬、物臭な、と眉をよせたサガだったが、せっかくその気になってくれたのだし、このくらいは仕方 ないかと思い直し続行することにした。

「シュラ、終わったぞ、お疲れ様。・・・・シュラ?」
無事耳掃除が終わり、仕上げに耳にささやかに息を吹きかけ、埃を払った後、シュラに声をかける。
が、何やら返答が無いことを不思議に思い、そっと腕の中にある顔を覗き見る。
「・・・・シュラ、寝てるのか?」
耳を澄ましてみると、規則正しい息遣いか聞こえ、意識せずとも笑みが零れてしまった。
気持ちよくなってそのまま眠りについてしまったのだろうか。
「・・・・やっぱり可愛いかもしれない・・・」
ポソリと、誰にも聞こえないぐらいの小さな声でサガは呟いた。
そっとシュラの髪に手を這わせてみると、固めの髪がサガの指の隙間を通り過ぎていく。まるで子供を あやすかのようにサワサワと髪を梳きながら、コトリと耳かき棒を傍らに置き、そっとシュラのこめか みに軽く唇を落した。
「おやすみ、シュラ」
シュラが起きるまでこの体勢で待っていよう。
そう思い、体勢を整えようと上体を動かそうとした。が、それは思ったよりもずっと早くにまるで不意 打ちのようにサガに降りかかった。
フッと腰辺りに痛みは無いぐらいの力を感じたと思った瞬間。
視界がクルリと回転し、いつの間にか天井が視界の先に広がっていた。
「な・・・」
「形勢逆転だな、サガ」
先ほどまで寝ていたと思っていたシュラが、何故かサガに覆いかぶさるような形で涼やかに笑っていた 。
瞬間、何が思ったのか理解できななかったサガだが、明らかに寝起きではないだろうシュラの不適な笑 みをみて、キュッと顔を萎めた。
「っ・・・寝たふりをするなんて、趣味が悪いぞ、シュラ・・・!」
咎めるような響きの声に臆することもなく、シュラはさっきとは打って変わって楽しそうに声を立て て笑った。
「すまんな、結構得意なんだ。狸寝入り」
「・・・・・・っ」
なぜだか非常に悔しい。
さっきまではこちらが優勢だったのに、こういう場面になると途端にシュラは年上の自分よりも大人び た男の余裕を漂わせる。
悔しさと恥ずかしさも重なって、突っぱねるようにサガはシュラの腕を押し返した。
「お前の演技力が凄いのはよく分かった。さぁ、そこを退いてくれ。起きてるんなら、もうさっさと寝 室にいって寝ろ」
普段よりぶっきらぼうなもの言いは、サガをよく知るものならば直ぐに照れ隠しだということに気づく だろう。
シュラもそれを分かっているから、より笑みを強くした。
「それは無いだろう、サガ、あれだけ煽るだけ煽っといて何も無しとは、酷い話だとは思わないか?」
「なっ・・・・何を、私はそんなことは」
言い終わる前に、シュラはサガの耳元まで顔を近づけ、熱く湿った吐息をフイと吹きかけた。
「―――・・・っつ!」
思わずビクリと反応するサガに、シュラは耳元に唇を寄せたまま、低い低音で囁く。
「ホラ、こういう事やられてさ、さっきから俺はずっと我慢しっぱなしなんだが?」
ただでさえ、普段の日常動作すら妙な色香を感じてやまない愛しい恋人。
そのサガに、甘い匂いに包まれながら膝枕をしてもらい、髪を梳いてもらい、耳に甘い息を吹きかけら れて、止めにキスなどされた日にゃあ、それはシュラでなくとも堪ったもんじゃない。
寧ろ、よくぞここまで我慢したものだと、自分で自分を褒めてやりたい気分のシュラだった。
「なぁ、サガ、さっき面白いこと言ってたよな?」
「・・・・・っ?」
なにやら事態は自分に宜しくない方向に向かっているような気がしてならないサガは、恐る恐るシュラ の眼を見つめてみる。
「俺が可愛いだって?結構言ってくれるじゃあないか」
「―――――あ・・・・」
ヤバイ。あの時の独り言はしっかりと、この恋人の耳に届いてしまっていたらしい。
しかし、自分にすら聞こえるか聞こえないかぐらいの声だったのに、よくもまぁと変に関心してしまう 。
これもある意味黄金聖闘士のなせる技なのだろうか。
と、思っている間にも、シュラは易々とサガを組み伏せる体勢を取ろうとしている。
「し、シュラ・・・ッ!何を」
「お預けをあれだけくらったんだ。いいだろう?」
「いいも何も・・・・っ・・・んんっ・・」
そこから先の言葉は、シュラの唇によって発せられることはなかった。
性急に喰らいつくような口付けは、サガから理性的な思考を急速に奪い取っていった。
ゆっくりと、最後まで味わうように離れていった間には、透明な銀糸がツと光る。
「あ・・・・」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、耐えられないという風に瞳を伏し目がちにするサガは、シュラにとってか なりの劣情をさそう。
「可愛いのはサガのほうだろう?これからそれを解らせてやるよ」
薄く笑ったシュラの顔には、明らかに情欲が含まれている。
サガは、ものの見事にこの、普段実直で冷静とされるシュラの地雷原を踏んでしまったのだな、と自分 の浅はかさを少し悔いてみた。
シュラはというと、今の今まで自分にトラウマなんぞを植えつけたミロに対して、多少恨み辛みを抱え ていたが、こういうオイシイ状況を作ってくれるキッカケになったのだから、むしろ良かったのかもし れないな、と内心思っていたりした。
「大丈夫、優しくするから」
先ほどのサガの科白をそっくりそのまま引用したシュラは、今度こそサガの肢体をゆっくりと組み敷い ていった。
なんだかサガの方は「やられた」感が残るものの、これでシュラのトラウマが改善されたのかな?と思 ったら、まぁいいかと肩の力を抜いた。
結局シュラはそのまま双児宮にお泊りをしていったそうな。






END





なんだこら。てか誰だこれ。シュラという名のオリキャラか、こりゃ。
書き逃げ逃亡  ===3333




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