ミトーのシクロ親子

ベトナム名物の中にシクロという乗り物があります。自転車の前に座席が取り付けられていると言えばいいでしょうか。
乗車料は交渉次第。事前に交渉が成立していても、いざ降りようとすると法外な値段を吹きかけられ、拒否すると仲間が出てきて袋叩きに遭い身包み剥がれたなんて恐い噂も聞こえてくるので、ホーチミンでは乗るのをためらいましたが、ミトーでは他に交通手段がありません。
ミトーのバスターミナルでは、バスを降りるやいなや、客引きのおじさんにつかまりました。予算を聞かれて、1$と答えるとがっかりしたふうでしたが、一台のシクロを呼んでくれました。でも、そのシクロの運転手さんは高齢で小柄、メコンクルーズの乗り場までの道中、座席に乗っているのが申し訳なく感じられました。目的地に着くと、シクロの運転手さんは「1時間1$で街を案内するけど、どうだ?」と言います。私は船に乗るからと断ったのですが、彼はクルーズが終わるまで待っていると言います。老体に鞭打って自転車をこぐおじさんのシクロで観光をするというのは気が進みませんでしたが、1時間1$は妥当な値段だし、まじめそうなおじさんが熱心に勧めるので、OKしてクルーズに出ました。
クルーズから戻ってみると、待っていたのは別のシクロでした。私は、また値段の交渉をし直さなければならないのかと少し憂鬱になりましたが、「1時間1$でいいの?」と尋ねると、若い運転手は「わかってる。さっきのドライバーは僕の父だ。彼はもう60歳だから疲れてる。かわりに僕が案内するよ。」と爽やかな笑顔で答えました。写真に写っているのが、その息子さんのほうのシクロドライバーです。
彼は礼儀正しく、物知りで、素晴らしいガイドでした。写真の建て物はカオダイ教の寺院ですが。カオダイ教についてや、建て物に描かれている絵の解説を流暢な英語で実に詳しく話してくれくれました。私が英語を理解できない時には、私が「分かった。」と言うまで繰り返し、表現を変えながら説明してくれるのです。「ベトナムのことを正しく理解して欲しいから、分からなかったら何度でも聞いて下さい。」と彼は言います。外側をひととおり見終わると、彼は庫裏に行って僧侶を呼び、寺院の玄関を開けてもらってくれました。 中まで見せてくれたのです。帰り際、彼がちゃんと賽銭を入れて帰るのを見て、 私は自分の配慮の無さを恥ずかしく思い、慌ててポケットから小銭を出そうとしましたが、 彼は「あんたはいいよ。」と笑っていました。
彼は、日本では夏休みはいつまでなんだと聞いてきました。 私の職場では1週間だと答えると、「あなたは学生じゃないの?」と驚いていました。 いくつだと聞くので、35才だと言うと、「僕と同じだ。」と言います。 私なんかのように苦労せずに生きてきた人間は、彼から見ると子供に見えたのでしょう。 確かに、彼の方が人間として大人です。 彼のように頭も良く、 人柄も良い青年が1時間1$のシクロドライバーをしているのは不思議な気がしました。
色んな所へ連れて行ってもらい、最後はバスターミナルの切符売り場まで送ってくれました。 現金でもバスには乗れますが、ちゃんと切符を買って乗らないと、 たちの悪い車掌は外国人と見ると高い料金を請求してくるのです。 そこまでフォローするところが彼の誠実な人柄を物語っていました。