「要するに、おまえたち二人が同じような夢を見ていたために、二つの夢が互いに干渉しあい、
ひとつのものとなったのだ。言い換えれば、夢の中で逢瀬をしたとでも思えばよい。」
お互いを意識しているのが明らかなのに、
どういうわけか一定の距離を保ったままの二人を見比べながら、泰継が言った。
夢の内容は頑として明かさない二人だが、その様子から内容がほぼ同じなのだろうという察しは付く。
「夢の中で逢瀬って・・・。じゃあ、あれはほんとのことだったの!??」
頬を押さえた花梨が、1〜2歩後退りをする。
それが何を意味しているのかは不明だが、そのことに干渉しようとも思わないので
泰継は、自分の見解だけを端的に述べた。
「事実かそうでないかは、大した問題ではない。要は、おまえたちがどう捉えるかだ。
夢の中はもちろん現実ではない。とはいえ、そこで意思の疎通をすることが出来たのなら、
それは現実となんら変わりないのではないか?」
夢の中で会って話しただけなら、確かにそうだろう。
だが・・・。
勝真と花梨は揃って、顔を赤らめた。
なんとなく、お互い相手を見ることが出来ない。
「な、なんだよ、一体どんな夢見たんだ? いや、なんか聞きたくねえような気もするけど・・・。」
「ええ、気になりますね・・・。ただのデートではないのですか?」
何か感じ取ったらしいイサトは、二人につられるように頬を赤らめながらあさっての方を向き、
幸鷹はくそ真面目な顔をして、頭をひねっている。
「べ、別に変な夢じゃないさ! ・・・行くぞ、花梨!」
これ以上、興味の対象にされるのはまっぴらだ。
勝真は、おもむろに花梨の手首を掴むと、少しはなれたところでおとなしく待っていた馬に向かって、歩き出した。
「え、あの・・・?」
「勝真・・・・!?」
当の花梨を始め、その場にいた全員が、その行動の意味を掴みかねて見つめている。
だが、そんなことにはお構いなしの勝真は、花梨を横抱きに抱え込むと、反動をつけて一気に馬に飛び乗った。
「きゃ!?」
「お、おいコラ、勝真!!」
「今日の供は私達ですよ!?」
イサトと幸鷹が慌てて駆け寄ってくるが、それより一瞬早く、勝真は馬の腹を蹴った。
「じゃな!」
「ちょっと待てぇぇぇーーーーー!!」
ふわっと空気が動く。
先ほどまでは冷たいと思っていた風が、今はとても心地よく思える。
驚いてしがみついてきた花梨をしっかりと抱えなおすと、勝真は一気にスピードを上げた。
何事か叫びながら、追いかけてきていたイサトたちの気配が、あっという間に消える。
自分にしっかりとしがみついている花梨から、ほのかな香が漂う。
その香りと、彼女のぬくもりは、凍えていた勝真の心を、芯から暖めてくれるようだった。
☆
「おまえ、やっぱり俺のこと避けてたんだな・・・。」
「ご、ごめんなさい・・・///」
洛中を抜け、ほどなく現れた加茂川の手前で速度を緩めると、勝真はそのまま川に沿って馬を歩かせた。
穏やかな日の光が速い流れに反射して、時折、川面をキラリと光らせる。
「いや、この場合、謝るのは男の俺の方かも・・・。なんだか、勢いで無理やりやっちまったような・・・。」
「か、勝真さん・・・!」
花梨が慌てた様子で、勝真のセリフを遮る。
自分ひとりが見ていたのではなく、勝真と共有していた夢だったなんて、ますます彼の顔がまともに見られない。
ごめんなさいと謝ったものの、今もこの場から走って逃げたい気持ちでいっぱいなのだ。
それなのに、勝真の腕は花梨をしっかりと捕らえて離さない。
「あ、あの、勝真さん。ゆっくりと馬を歩かせているのなら、もう離してくれてもいいんですけど・・・。
私なら、たてがみを持ってますから・・・。」
やんわりと離してくれと頼んでみるが・・・。
「そんな危なっかしいことができるか。もっとも、おまえが俺にしっかりと抱きついててくれるのなら、離してもいいが?」
あっさり却下された。
「だ、抱きついて・・・って・・。」
意味深なセリフに、思わず勝真を見上げると、彼はにやりと笑いながら花梨を見ていた。
「やっとこっちを向いたな。」
「え・・・。」
「ずっと・・・逢いたかった・・・。」
勝真がまっすぐなまなざしで見つめてくる。
「あ、会いたかったって・・・毎日顔を合わせてたじゃないですか・・・//」
その瞳に、胸の奥がドクンと揺れる。
思わず顔を伏せようとしたのに、どういうわけか目を逸らせない。
「俺は、俺を見つめてくれるおまえに逢いたかったんだ。」
勝真の顔から笑みが消え、代わりに瞳が微かに熱を帯びる。
「愛しい女のすべてを愛したいを思うのは自然なことだ。あれは、ただの夢じゃなかったと俺は思ってるよ。
あの時、おまえは俺を受け入れた・・・・・違うか?
なのに何をそんなに恥ずかしがって、おまえは俺を避けようとするんだ?」
「そ、それは・・・。」
それはきっと、男性側の理論だ。
誰にも見せたことのない、自分さえも知らない姿を見せた後で、平静でいられるはずがない。
「わ、私一人の夢だと思ってたし・・・でも、勝真さんも見てたなんて・・・///」
今にして思えば、自分が勝手に見た夢だと思い込んでいたときのほうが、ずっとましである。
それなのに、当の勝真に抱きすくめられ見つめられ、そして、しどろもどろになりながらも尚、
彼から目を離せないのは何故だろう。
「花梨、答えになってない。」
勝真は、手綱を握っていた方の手も離し、両手で花梨を包み込むと胸の中へ抱き寄せた。
本当は彼女の気持ちは何となくわかる。
だが、ここ数日ずっと遠ざけられていた反動は、押さえることが出来ない。
腰のあたりを抱き締められたせいで上向き加減になった花梨が、
瞳の中に戸惑いを宿しながら、こちらを見つめていた。
艶やかな唇が、一際鮮やかに浮かび上がって見える。
「勝真さん・・・。」
花梨の困惑気味の声がもれる。
「・・・・・・・・。」
自分を呼ぶその声を聞きながら、勝真は無意識のうちに、その唇へ向かって顔を近づけた。
懐かしい香り。
ずっと感じたかった香り。
いつしか周囲の音が消え、二人だけの愛しい時間が流れていた。
カツカツという蹄の音が、規則正しく響いている。
どこへ行くという当てがあるわけではないまま、馬は、加茂川を上流に向かってゆっくりと歩いている。
勝真の腕の中で、花梨は顔を赤らめたまま、その胸に身を預けていた。
そんな彼女が今はとてもかわいい。
「とんでもない夢を見たと思って恥ずかしがってたのか? それならいっそのこと既成事実にしちまうか?」
口づけひとつで、ここまでウブな反応をする彼女を、モノにするつもりなど毛頭ない。・・・今のところは。
だがもう少し、困った顔を見ていたくて、勝真は花梨の耳元でささやいてみた。
「・・・!! か、か、か、かつざ・・・・////」
案の定、更に焦った花梨は、半ば顔を引きつらせながら、慌てて勝真の胸から離れようと身を捩った。
そんな彼女が、可愛くておかしくて、思わずもっといじめてみたくなる。
「なんなら、このまま例の丘へ行ってもいいんだが・・・?」
だが、純情派の彼女には、少々度がきつかったらしい。
「か、勝真さん! 私、ここで下ります、下ろしてください!
今日はイサト君たちと一緒に出てきたから、二人のところに戻らなくっちゃ!!」
身を捩ったときに一瞬緩んだ勝真の腕の隙間から、花梨は地上に向かって飛び下りようとした。
「え!? ちょ、ちょっと待て!」
今度は勝真が焦る番だった。
慌てて彼女の身体をしっかりと捉まえると、再び馬上へ引き上げる。
「じょ、冗談だよ・・・。」
「勝真さんが言うと冗談に聞こえません!」
花梨は、顔を赤らめたまま、プイと横を向いてしまった。
「そうか?・・・って、どういう意味だよ、それ。」
どうもこの件に関しては、完全に信用を無くしているらしい。
無理もない、と言えなくもないが、所詮夢の中の出来事である。そこまで警戒されるのは心外だ。
「おまえなあ、俺にだって自制心くらいあるぞ?」
現実世界で同じ状況になった時、同じ行動に出るとは限らない。
・・・・いや、たぶん・・・。
・・・きっと・・・。
・・・・うーん、やっぱりちょっと自信ないかも・・・?
言った後で、思わず思案顔になってしまう。
「・・・勝真さん、眠る前のこと覚えてないでしょ。」
そんな勝真を軽く睨みながら、花梨が言った。
「え・・・眠る、前・・・?」
そういえば、いつの間に眠ってしまったのだろう。目が覚めてみたら、花梨を抱きしめていたのだ。
・・・ただ抱きしめてただけじゃないのか?
そもそも、どこからどこまでが夢だったのか・・・?
気になる。ものすごーく気になる。
「お、俺・・・・なんかしたか・・・・?」
勝真が真剣な顔で、覗き込んでくる。
本当は、その後見た夢に比べれば、どうということのない些細な行動だったように思う。
だが、初めて自分が優位に立てたこの状況、早々と手放してはもったいない。
「知りません!」
花梨は、勝真から顔を逸らして、何も教えるつもりはないという態度を取った。
彼にはしばらく悩んでいて貰おう。
勝真とそういう関係になることが、イヤという訳ではない。
ただ、もう少しだけ、待っていて欲しい。
そう、せめて、神子としての務めを全うするまでは・・・。
そんな様子をしばらく眺めていた勝真だったが、ふと前を向くと、だれにともなく小さく呟いた。
「そうだな、待っててやるよ。・・・あの日、そう決めたからな。」
遥か北の方に連なる山々の頂が、ところどころ白く雪化粧をし始めている。
「え?」
花梨がきょとんとした顔で聞き返してきたが、それには答えず、勝真はおもむろに馬の腹を蹴った。
「きゃ!?」
「久しぶりに遠乗りにでも行くか!」
バランスを崩しかけた花梨をしっかりと支えながら、スピードを上げる。
「か、勝真さん、荒っぽすぎます〜〜!///」
慌ててしがみついてきた花梨が、必死に文句を言っている。
だが、馬を操る勝真の役得ということで許してもらおう。
「おまえが自分から、俺に抱きついてくるのは、こういう時くらいだからな!」
illustration by ぱーぼぅ様(the Lunarcook)
冬が終われば、やがて春がやって来る。
そのとき、自分はどうしているのだろう。
今は何も想像できないが、どんな状況になっていようとも、こいつの傍だけは離れない。
決して、離さない。
ピンと張り詰めた空気の中、この身を穏やかに包み込んでくれる香りを、
これからもずっと感じつづけるために──────。
〜fin 〜
あ〜、やっと終わった〜♪ ふと気が付くと半年以上かかってしまってて・・・ 申し訳ありませんでした(><) 書き始めたときからラストのイメージはあったのですが、 中間がなかなか埋まらず、しばらく放置状態になってました(^^; 書きあがってみたら、なんてことない話なのですけどね(苦笑) そうそう、式神イサトが勝真さんの心の内を覗いてしまったことで、 泰継さんにも伝わってしまったのだろうと取れるかと思いますが、 泰継さん・・式神の特殊能力にばかり力を注いだ結果、 自分とのコミニュケーションの方をすっかり忘れてたようで・・・ 読んで頂いたらわかるかと思いますが、全く伝わっておりません(^^; まあ、もう一度具現化させて、彼(?)の口から聞けばわかるのでしょうけど(笑) ・・・それはまた別のお話・・ということで♪ (どうもうちの泰継さんはオトボケタイプになってしまうわ・・・) ということで、長らくお付き合い頂き、どうもありがとうございました☆ (2004.12.28) |