弟は八葉。
俺は取り立ててお堅い人間じゃないつもりだ。
自分で言うのもなんだが、寺の子供たちにはそれなりに人気もあるし、頼りにされてもいる。
僧兵としての働きにも手を抜いたことはないから、目上の連中にも目をかけてもらっている。(と思う・・・。)
イサトのように見習なんてあやふやな立場ではないし、あいつより遥かに人望もあるはずだ。
礼儀というものだって、それなりにわきまえているし、
貴族連中が嫌いだってことはイサトと同じだが、それも場合によりけりだと思う。
だいたい貴族中心の社会なのだから、反発したって、それは結局自分に返ってくるだけだ。
その辺りが、まだ青さの残るイサトと俺との決定的な違いだろう。
要するに。
何が言いたいかというと。
こんなことを言うと、弟に嫉妬してるなんて思われるからあまり言いたくはないのだが・・・。
つまりだ、俺のように出来た人間がいるのに、何故、よりにもよってイサトみたいなのが
八葉なんかに選ばれたのだろうか、と。
それが不思議でならなかった。
誤解のないように言っておくが、俺は、イサトより自分の方が八葉にふさわしいなどど思って
弟を妬んでいるわけではない。
どこぞのやんごとなきお方とは違うのだ。
・・・あ、いや、これは余計なことを言ってしまった。
ゴホン。
やんごとなきお方か・・・。
そういえば、現東宮のあのお方は、慈悲深くお優しい上に、人間的な器の大きさを感じさせられて
誠に人の上に立つにふさわしいお方だと思わされる。
あのような方こそが、この世界を救ってくださる神子様をお護りする、八葉にふさわしいのではないだろうか。
そして、『この世界を救って下さる神子様』・・・それはとても尊きお方。
そうだ。そう思って露ほども疑っていなかったのだ。
つい先日までは・・・。
あの、どこからどう見ても、女童としか見えないあどけなさの残る少女。
なんでも、イサトと喧嘩したとかで、朝っぱらから一人で屋敷を飛び出し、
行方をくらませることによって、好きな男の気を引こうとしたらしいのだが。
・・・・・幼すぎる。
やることが・・・・。
その男だけでなく、周りの多くの人間をも巻き込んでしまうということに気づかなかったのだろうか。
あんなんで神子が務まるのか!?
・・・・・・・・。
まあ、あの神子様を見て一つだけ納得できたことがある。
あれなら、イサトみたいなのが八葉でもおかしくはないのだと・・・。
そういえば、その好きな男というのが、どうやらイサトらしいのだが、
確かにあそこまでお転婆な少女には、イサトみたいなのがちょうどいいのかもしれない。
常識人間の自分としては、彰紋様のお気持ちが気になるところなのだが、
お優しいあの方は、二人の間にわり込もうなどという邪まなお考えは、全く持っておられないらしい・・・。
☆
「あれ、ここ・・・どこだ?」
ふと気づくと、広い川沿いの土手の上にいた。
余計なことをうだうだと考えながら歩いていたせいか、いつのまにか道を外れてしまっていたらしい。
少し視線を下げると、浅い川の手前に、こじんまりと開けた河川敷が映った。
寺を出てからさほど時間が経ったようには思わないので、たぶん加茂川の上流あたりだろう。
ちょっとした使いを頼まれて出てきたのだが・・・。
まあ、急ぐ用事でもないので、のんびりと行くことにしよう。
そう思い直し、懐に手を突っ込んで、まだ暖かみの残る包みを取り出す。
出掛けに近所の女童が持ってきてくれたのだが、どうやら南瓜で出来た菓子らしい。
(このあたりに、俺の人気の度合いが垣間見えるというものだ。)
illustration by 樹原様
それをひとつ、ぽいっと口に放り込みながら、俺は土手沿いに少し歩調を落として歩いた。
たまには、川のせせらぎを聞きながらゆっくり行くのも良いものだ。
南瓜の甘味が口に広がる。
そうしてしばらく歩いていると、どこからか、ドボン。バチャン。という何かが沈むような・・・
なんともマヌケな水音が聞こえてきた。
「ん・・・・・?」
ふと河原に目を向ける。
すると、黄色っぽい水干に身を包んだ少女が、川に向かって石を投げているのが見えた。
どこかで見たような気がするのだが、あれはたぶん・・・・。
だが、何で一人で川に石なんか投げているのだ?
・・・・と思っていたら。
どこからか、これまたよーーく見覚えのあるヤツが駆けてきた。
何やら大事そうに両手の中に包んでいる。
それを彼女に見せて得意そうにしているが、どうやら小石をいっぱい抱え込んでいるらしい。
そして、ひとしきり自分が選んできた小石について説明していたが、
今度はその中のひとつを手にとって、投げるマネを始めた。
上手投げしてみたり、下手から投げてみたりしながら、いろいろと手ほどきをしているらしい。
そのうち、自信満々の表情をした少女が、小石をひとつ手に取ると下手投げに放った。
格好だけはそれなりに決まっている・・・・・が。
ドボッ!
・・・・あれは・・・・川底に突き刺さったんじゃ・・・ないか・・・?
男の方も、がっくりとうなだれている。
だが、少女はと見れば、がっかりするどころか、えへへ。と能天気に笑っているらしい。
・・・・・・。
誠に気の毒な・・・いや、微笑ましい光景だな・・・・・うん。
「さて・・・。」
これ以上眺めていて、気づかれても面倒なので、その場を後にする。
南瓜の菓子を横取りされたりしたら嫌だしな・・・。
相変わらず、清清しい音を立てながら流れていく川音を聞きながら、
残っていた菓子を頬張りつつ、てくてくと歩く。
確かにあの二人なら、相性ぴったり───。
まだまだ危なっかしい感じもせんではないが、なんとなく、大丈夫だろうという気にさせられる。
彰紋様には誠に申し訳ないが、あの方が入り込む余地はないだろう。
そして・・・彼女は、あのお方の手に負える相手ではない。
先日は何の前触れもなく、突然、東宮様に直接お目にかかった為に、気が動転してしまい、
ひとりで空回りしてしまった感も無きにしも非ずで・・・。
落ち着いて考えると、我ながら赤面モノだったりするのだ。
ということで。
今は、遠目に見守ろうと思っているわけなのだが・・・・。
しかし・・・。
「・・・あんなふうにのんびりと、川面で小石なんか跳ねさせてていいのか・・・?」
ふと不安になる。
神子様、そして天の朱雀殿・・・。
京の平和は守られるのでしょうか・・・。
☆
「燃え上がれ、火炎陣!!」
そのとき、唐突に張り詰めた声が響いてきた。
と同時に、ウォォォという、この世のものとは思えない雄叫びがあがった。
「な、なんだ・・・!?」
慌てて先程の場所まで駆け戻ってみる。
すると、先程までのほのぼのとした風景は一転し、
なんと怨霊とおぼしきものが、神子と八葉の手で封印されるところだった。
禍禍しい気を発散させていたそのモノは、次第に浄化され、その表情までもが満たされた風に変わったかと思うと
やがて、小さな札の形となって収まった。
「よっし! いっちょあがり!!」
イサトが、片手を振り上げてガッツポーズをしている。
土手の下からは再び、加茂川の水音が先程と何ら変わらず、気持ちの良い響きで聞こえてきていた。
それにしても、驚いた・・・・。
彼らはいつも、あんなのを相手にしていたのか!?
しかももう、何事もなかったかのように、散らばった小石を拾い集めて笑い合っている。
「・・・はは・・・。」
手にしていた錫杖を杖代わりにしながら、俺は再びその場を離れた。
落としかけた菓子の包みを、慌てて懐に押し込む。
今見た光景は、さすがに少し堪えたようだ。
・・・・前言撤回。
やはり、滅びに捕らわれたこの京の街を救ってくれるのは、彼らの他にはいない。
ああ、そうだ・・・。
抜けるようなこの青空も、煌きつつ流れていく清らかな川も、人々の温かな営みも・・・
何の憂いもない健やかな世界の中で、永遠に変わらずにいて欲しい。
いつも、そう切に願っている。
ふと立ち止まって白い雲を見上げると、その先に、先程の彼らのあどけない笑顔が重なった。
がんばれよ、神子様。
そして────
八葉殿・・・・・・!
〜fin〜
前回書いた「若葉の煌き」で登場させた、半オリキャラのイサトのお兄さん・・・。 意外と評判がよく、嬉しいことにラフ画まで頂いてしまいましたvv ・・・で、気が付いたら、調子に乗ってこんなもの書いてました〜(苦笑) オリキャラを主人公にするって・・・いいのだろうか、と思いつつ(大汗) そして、私にしては珍しく本人の語り調です(^^; 番外編的作品なので、ちょっと毛色を変えてみようかと思いまして・・・☆ イサト兄目線になっていただけたでしょうか? ( 2004.8.18 ) |