「・・・ったく、見てらんねえぜ。」
その時、ふいに快活な声が響いた。
「え・・・? イ、イサト!?」
声のした方をたどっていくと、少し離れた木の下で、錫状を抱きかかえたまま腕を組み、
幹にもたれながらこちらを眺めているイサトの姿があった。
「神子、無事か?」
その背後からは、なんと泰継までもが姿を現した。
イサトの前を通り過ぎ、無駄のない身のこなしでこちらに近づいてくる。
その肩の上には、小さな白い鳥がちょこんととまっていた。
「その鳥は・・・。」
あれは確か、先ほど花梨の背の上でさえずっていた小鳥。
意識を取り戻した彰紋を見て飛び去っていったが・・・泰継が放った式神だったのか。
だが泰継は何も言わずに、こちらに近づいてくる。
彰紋は慌てて、抱き寄せていた花梨の背を離した。
二人の声に驚いて顔を上げた花梨も、その声の主を交互に見つめて唖然としている。
「泰継さん・・・。イサト君も・・・どうしてここに?」
だがそれには答えずに、二人の傍らに片膝をついた泰継は、まず花梨に注意を向けた。
「神子・・・・。ああ、大事ないようだな。一瞬、おまえの気が途切れたので何事かと思ったが・・・。
あそこから落ちたのか、その程度のかすり傷で済むとは・・・運がよい。立てるか?」
「あ、はい・・・、私は大丈夫です。でも、彰紋くんが・・・。」
花梨は再び、泣き出しそうな表情になった。
泰継は、そんな花梨に小さく頷いて彰紋に意識を移したが、すぐに眉をひそめた。
「おまえの運は、あまり良くなかったようだな。肩の骨にヒビが入っている。足も・・捻挫したか。」
「何、とぼけたこと言ってんだよ。運がどうとかじゃなくて、彰紋が花梨を身体張って守ったってことだろ!?」
泰継の後ろまで来て、様子を見ていたイサトが呆れ半分に口を挟んだ。
「意外とやるじゃねえか、おまえ。」
彰紋に視線を移したイサトは、そう言って不敵な笑みを見せた。
だが、その表情の中には、先日のような棘は感じられない。
「ほら。」
「は・・・・?」
泰継が施した応急手当が終わったのを見て、イサトが、彰紋の目の前に手を差し出した。
だが彰紋は、その唐突な行動の意味が理解できず、その手とイサトの顔を交互に見比べた。
「ったく、にぶいヤツだな・・・! 手を貸してやるって言ってんだよ。」
照れも手伝ってか、イサトはいきなり彰紋の腕を掴むと、グイッと引っ張り上げた。
「ちょ、ちょっと、イサ・・・・」
イサトが引っ張ったのは右腕だったが、急に動いたせいで左肩に思い切り振動が伝わった。
「痛っ・・・・!」
「イサト、無茶な事をするな。相手は仮にも怪我人だぞ。」
「あ、悪りぃ・・・。」
『仮』ではなくて、思いっきり怪我人なのですが・・・と思いつつ、イサトの肩を借りて何とか立ち上がる。
肩も足首も、泰継がしっかりと固定してくれたので、ゆっくりと動けばさほど痛みを感じない。
「問題ないようだな。では、私は一足先に神子を連れ帰る。
後で迎えを寄越すが、帰れるところまでは自力で戻って来い。・・・では行くぞ、神子。」
彰紋とイサトにそう言って、泰継は花梨に向き直ったが、それまで黙っていた花梨が抗議の声をあげた。
「そんな・・・! 彰紋くんを置いて先に帰るなんて出来ません。私も彰紋くんの手助けをしながら帰ります!」
強い決意をこめて、花梨は泰継を見つめた。
だが、泰継はその程度の瞳には全く動じない。
「神子、それでは本末転倒なのだ。我々にとって一番重要なのは、おまえを守ることだ。
満足に動けぬ八葉の傍へ置いておくことは、出来ぬ。それは彰紋もよくわかっているはずだ。」
「だって・・・わたしをかばって怪我したのに・・・。」
必死に訴えるが、全く聞き入れるつもりのなさそうな泰継の様子に、花梨が涙目になる。
その姿に、小さな愛しさを感じながら、彰紋は口を挟んだ。
「花梨さん、僕なら大丈夫ですから・・・。泰継殿の仰るとおりですよ。」
自分を想ってくれる花梨の気持ちはとても嬉しいが、今のこの状態では、彼女の役には立てない。
それどころか、もし何かあったら足手纏いになるだけだ。
自分は神子を守る八葉。彼女の重荷になることだけは避けたい。
それは切実な思いだ。
「あなたは先に帰って、僕を安心させてください。ね?」
彰紋は花梨ににっこりと笑いかけた。
だが。
その後の泰継のセリフに、3人が同時に固まった。
「それに大事ないとはいえ、あちこちに傷を作っているではないか。美しい顔が台無しだぞ。早く帰って手当てをした方が良い。」
微かに微笑みながら、さらりと言う。
「「・・・・・え?」」
「美しい・・・・。」
「顔・・・・。」
「なんだ? 何か問題があるのか。」
固まったまま、自分のセリフを反復する彰紋とイサトに、泰継は不思議そうな顔を向けた。
「い、いえ、問題は・・・。」
「ねえけど・・・・。」
「美しい」という言葉自体には何の問題もない。( どちらかというと、「かわいい」の方が合っているとは思うが。)
問題なのは、その言葉がこの陰陽師の口から発せられた、ということなのである。
彰紋をイサトは思わず顔を見合わせた。
「そうか、ならば良い。ではイサト、彰紋は任せたぞ。」
だがそう言うと泰継は、二人とは違う意味でフリーズしている花梨をひょいと抱え上げ、
あっという間に斜面を登って行ってしまった。
「・・・・・あ! こら、泰継!!」
先に我に帰ったイサトが声を上げた時には既に、二人の姿はすっかり視界から消えていた。
☆
「ったく・・・。なんで俺、こんなことしてんだよ・・・。俺は、花梨が心配で駆けつけたんだぜ?」
彰紋の右腕を自分の肩に回して、その身体を支えながら、イサトが必死に斜面を登る。
「すみません・・・。」
これはもう、謝るしかない。
負傷した肩と足では、杖を付くことも踏ん張る事もできない。
イサトに頼る以外、方法がないのだ。
「泰継のヤツ、あんなに簡単に登れるんなら、こいつも引っ張り上げてから、行けってんだ!
なんか偉そうなこと言ってたけど、結局おいしいトコだけ持っていきやがって・・・・。」
イサトが杖代わりにしている錫杖が、カシャンカシャンと音を立てる。
そうしてどうにかこうにか無事に登りきった時には、二人の息はすっかりあがっていた。
「こ、ここで泰継の寄越す迎えとやらを待ってようぜ。さすがにちょっとキツかったぜ・・・。」
イサトはそう言うと、少し開けたその場所にごろんと寝転がった。
「そ、そうですね・・・。」
同感である。
大半をイサトに頼っていたとはいえ、この急な斜面を登ってきたせいで、また怪我が疼き始めている。
「あの・・・イサト? なぜ僕と花梨さんが、ここでこんな状態に陥ってるとわかったのですか?」
彰紋は先程から気になっていたことを口にした。
優秀な陰陽師である泰継が、神子の異常を察知し、式神を飛ばして探し当てたのは理解できる。
だがイサトは今日、泰継とは全く別行動をとっていたはずである。
「なんでって・・・そりゃあ、花梨への愛ゆえに決まってんだろ。」
「・・・・・・。」
「って、マジに取るなよ。今の俺は、かわいい妹を心配する兄貴ってトコだ。
ま、これからどうなるかは、わかんねえけどな。」
そう言ってクッと笑ったイサトは、続けて言った。
「感じたんだよ、おまえの気がプツっと途切れるのを。もちろん花梨のも感じたけどな。
どうやら同じ四神を守護に持つ者同士は、他のやつらより強く繋がってるらしいな。なんかキモイけどよ・・・っと!」
仰向けに転がっていたイサトは、足を持ち上げて反動をつけると、小さく弧を描いて身体を起こし、きれいに着地した。
「そうですか。ご迷惑をおかけしてしまって・・・。」
偉そうなことを言ったくせに、結局、彼に助けて貰う事になってしまった。
恥ずかしさと気まずさが入り混じった彰紋は、思わずイサトから視線を逸らせた。
「ひとつ言っとくけどよ。」
そんな彰紋の様子を見ていたイサトは、彰紋の前に立つとこちらを見下ろした。
「おまえ、もうちょっと自信持った方がいいぞ。あんな状況になったのも、元はといえば花梨が原因なんだろ?
おまえは全力であいつを守った・・・、そうなんじゃねえのか?」
「・・・・・。」
「それなのにどういうわけか、おまえは自分を責めるばっかりで、逆に花梨を悲しませたんだ。そこのトコわかってるか?」
『嫌いにならないで・・・』
そう言って泣いていた彼女の、悲しそうな顔が甦る。
「すみません・・・。」
「俺に謝ってどうすんだよ。」
イサトは彰紋の前を離れ、今登ってきた斜面の上に立つと、下を流れる川を覗き込んだ。
「ま、いいんじゃねえか? なんか恥ずかしくなるようなセリフ言ってたし。」
「え・・・・///」
その言葉に彰紋は、一瞬青くなり、その後すぐに赤くなった。
「あ、あのイサト・・・・。 あそこには、いつからいたのですか・・・?」
おそるおそる聞いてみる。
「ん? そうだな・・・おまえが『供に付きたくない』とかなんとか言ってた辺りからか・・・。
あ、言っとくけど覗き見してたわけじゃないぜ? なんか、取り込み中っぽかったから、遠慮してただけだ。」
いや、それはれっきとした覗き見だ、と思う彰紋。
そんな彰紋の心の中を知ってか知らずか、イサトはこちらを振り返ると、にやりと笑った。
「認めてやるよ。」
「え?」
「花梨がおまえを必要としてるんなら、仕方がない。」
「イサト・・・。」
「あ、誤解すんなよ!? 全面的に任せるとか言ってるわけじゃねえからな。俺は俺で今までどおりやらせて貰う。
ただ、目障りだとか不愉快だとか・・・もう言わねえよ。」
どこからか、小鳥達の楽しげなさえずり声が聞こえてくる。
この小さな峡谷をねぐらにしているのだろう。
「さてっと、行くか。」
イサトが、林の中へ続く道に目をやりながら、吹っ切れたような表情で言った。
「泰継殿の迎えを待つのでは・・・?」
「あんなのあてになるかよ。あいつも花梨しか見えてないようだしな。
待ってる間に日が暮れちまう。歩いて帰ったほうが早いぜ。」
大丈夫か、と言いながらイサトは彰紋を支えて立たせた。
「それにしてもおまえ、こんな状態で帰ったら大変だな。」
ゆっくりと歩き出しながら、ふいにイサトがおかしそうに笑った。
「何がですか?」
「だってよ、東宮様がこんな怪我して帰って来てみろよ、内裏の中、大騒ぎになるんじゃねえか?」
「あ・・・・////」
「怪我が治っても、しばらくは外出させてもらえないかもな。」
あり得る。大いにあり得る・・・・!
「ま、心配すんな。花梨は俺がしっかりと面倒見るから。おまえは何も心配せずにゆ〜〜〜っくりと休め。」
イサトは、さも楽しそうに、くっくと笑っている。
「イ、イサト、内裏ではなくて、紫姫の屋敷に連れて行ってくれませんか? お願いですから・・・!」
帰りたくない。ものすごーく、帰りたくない!
「うーん、でもなあ・・・ここからだと内裏の方が近いんじゃないか?
紫姫の屋敷まで連れてったせいで、怪我が悪化したなんて言われたらイヤだしな〜。」
もっともらしく真顔でイサトはそう答えたが、彰紋をからかっているのは一目瞭然だ。
「イ、イサト〜〜〜///」
抗議と嘆願の入り混じった彰紋の叫びが、小さな峡谷にこだまして消えた。
〜fin〜
すっかり朱雀組の友情物語になってしまいました〈笑) そして、泰継さん・・・・おいしいトコ取り・・・(^^; 東宮様メインのお話ですが、なかなかライバルは多そうで、 前途多難って感じです〈笑) 花梨ちゃんの心は、彰紋君に傾きかけているようですが。(^^) 短編として書いておりますが、こういう恋の始まり的なお話は つい先が気になってしまいますね〜〈笑) いえ、今後どうなるかは、全くわかりませんが・・・。 (2004.6.12) |