手のひらの曙光4





「あ〜、相変わらず見てらんねえぜ。 あ、ちなみに今のは、恥ずかしくて・・って意味だからな?」

そのとき突然、聞き覚えのある快活な声が降ってきた。

驚いた彰紋と花梨が、慌てて離れつつ辺りを見回すと、少し離れた木の太い枝の上に、
器用に腰掛けつつ片足をかけ、腕組みまでしたイサトが、斜めに構えてこちらを見ているのが見えた。

「イ・・イサト・・・・!」

呆気に取られてみつめる彰紋のかげで、花梨は慌てて涙を拭っている。

「よお、元気そうじゃねえか・・・っと!」

イサトはそう言いながら、弾みをつけてそこから飛び降りた。
反動で木の枝がゆさゆさと揺れる。

「イサト・・・ここは神泉苑ですよ、そのようなこと・・・。」

神の宿る泉と同様に、それを取り巻く庭も丁重に扱うべきものだ。
久方ぶりに会ったのだから、まず無沙汰を詫びたいところだが、これは見過ごせない。

だが、開口一番に小言を言い出した彰紋を、イサトは片手をひらひらと振って遮った。

「あ〜、相変わらずクソ真面目なヤツだな。 八葉と龍神の仲なんだからいいじゃねえか。細かいこと気にすんな。」

彰紋の忠告を聞くつもりは、全くないらしい。

「それにしても、どうなることかと心配してたんだけど、いつのまにかうまく纏まってんじゃんか。
・・・・・良かったな、花梨。」

「・・・イサト君・・・。」

彼女の兄代わりだと自負するイサトにとって、ここしばらくの花梨の様子は、やはり放っておけない状況だったのだろう。
彰紋のかげに隠れている花梨を覗き込んで、ニッと笑っている。

涙は拭ったものの、まだ泣き笑いのような表情をしている花梨の頭をぽんぽんと軽く撫でたイサトは、
だが、斜めに覗き込んでいた体勢を戻すと、表情を改め、彰紋を正面から見据えた。

「それはいいとして、彰紋、おまえにはいろいろ言いたいことがある。」

「はい・・・。」

女房から取り戻した文の中には、彰紋がイサトに宛てたものも何通かあった。
ということは、当然、彼にも全く連絡を取っていなかったことになる。

弁解の余地はいくらでもあるのだろうが、結果として花梨をあそこまで傷つけてしまった今、
敢えてそのようなことはしたくはない。
責めはいくらでも受けよう・・そう覚悟を決めた彰紋は、イサトの前で頭を垂れた。

だがイサトは、そんな彰紋をしばらく見ていたが、おもむろに、ふっと表情を緩めた。

「・・・と言いたいところだけどな、おまえにもいろいろ事情はあったんだろうし・・・。
それに今は、そんなことしてる場合じゃないんだよな。」

そう言うとイサトは、ふと思い出したように、きょろきょろと辺りを見回した。

そのとき、それに呼応するかのように、神泉苑の入り口付近が、にわかに騒がしくなった。

「あ、やべっ! もう嗅ぎつけやがったか。」

「イサト・・・?」

その様子に、状況が飲み込めない彰紋と花梨は、ポカンと彼を見つめたが、
そんな二人に視線を戻したイサトは、呆れ顔で彰紋を見た。

「彰紋、おまえ黙って抜け出して来るのはいいけど、拠りにもよって泉水に後を任せるなんてな、荷が重すぎなんだよ。
周りの奴らをうまく騙して引き止めとくなんて芸当、あいつにできるわけねえだろ・・。すぐにばれたらしいぞ?」

イサトの話によると、どうやら、彰紋がこっそり抜け出したことを知った例の古参女房が、
紫姫の館に直々に怒鳴り込んで来たらしい。
花梨の心配をして早くから館に来ていたイサトが、それを知ってすぐに館を抜け出し、
一足早く二人の居場所を探し当てたようだ。

「花梨、おまえにも言いたいことあるんだ。なんだ、その格好はっ・・。
おまえも下手な変装して抜け出すんじゃねえよ。館の女童が、着物がなくなった〜ってベソかいてたぞ?
・・・・って、ああもう、そんなこと言ってる場合じゃなかったな。」

「彰紋様・・・!」「皆で手分けをして・・・」などと言う声が、風に乗って微かに聞こえてくる。
そういえば、乗ってきた牛車を入り口に待たせたままにしていた。
あのような大路に、いかにも高貴な人物が使いそうな牛車を堂々と置いていては、
ここにいますと、大声で言っているようなものだ。

「しまったな・・・。」

彰紋は、今ようやくそのことに思い至り、眉を曇らせた。
とはいえあの時は、そこまで気を回す余裕など皆無だったのだから、ある意味仕方がない。

「ほら、こっちだ。 あいつらは俺が引き付けといてやるから、さっさと逃げろ。」

イサトが、彼らが近づいてくる方向とは、逆の方向にある出入口を示した。
だが、彰紋は一瞬考え込んだ後、イサトのその提案に首を振った。

「・・・・・いえ、逃げて解決することではありませんし、第一、逃げなくてはならない理由がありません。
彼らには、八葉としての僕の立場をきちんと話して来ます。」

彼らにとって、東宮の身が大切だというのはよくわかる。
だが今は、八葉として、そして何よりも花梨を護れる存在としての自分でありたい。

彰紋は、覚悟を決めて、近づいてくるざわめきの方を見据えた。

「・・・ったく、なにカッコつけてんだよ、馬鹿!」

だが、イサトはそんな彰紋の主張をあっさりと却下すると、彰紋の襟を後ろから引っ張った。

「あいつらに捕まってみろ、またなんだかんだと理由を付けられて、
八葉として動くなんて、今度はいつできるか、全然わかんねえぞ。」

今日一日くらい姿をくらませて、花梨とふたりでゆっくり過ごして来い・・・。
彰紋の耳元でそう言うとイサトは、ついでに花梨も引っ張って、ふたりを反対側の出入口の方向へ押しやった。

「ちょっとは心配させてやれ。その方が、後でおまえの言い分に耳を傾ける確率が増すってもんだ。」

「イサト・・・。」

ニッと笑う彼を見ていて彰紋は、たまにはそれも良いかもしれない・・・とふと思った。
確かに彼の言うとおり、あの女房たちに、ちょっとした反抗を試みるのも悪くない。
自分たちの文のやりとりを堰き止めたのだから、そのくらいしても、バチは当たらないだろう。

「そうですね・・・花梨さん、一緒に逃げましょうか。」

彰紋は、花梨を振り返ってにっこりと笑った。

「・・・え・・・///。」

一緒に逃げる・・・その言の葉に、艶っぽい響きでも感じたのか、
それを聞いた花梨が驚きつつ、頬を染めた。

「あ〜〜もう、いいからさっさと行けよ! 続きは人里離れた場所へでも行ってからにしろ。」

イサトが、やってられねぇ・・という顔をしながら、二人を追いやる。

「すみません、イサト。・・後を頼みます。」

彰紋は、ここへ来るときに被っていた薄衣を拾い上げながら、彼を振り返った。

「任せとけって! 泉水なんかよりよっぽど役に立つってとこ、見せてやる。」

イサトが自信に満ちた表情で、親指を立てて見せた。
その姿に苦笑しながら、彰紋は花梨を伴って、その場を離れようとした。

「あ、そうそう、彰紋!」

その後姿にイサトが声をかけた。

「・・・・?」

「おまえ、いい具合に弾けて来たんじゃねぇか? ・・・その調子で頑張れよ!
・・・さてと・・・。」

なんだろう、と振り向いた彰紋にそれだけ言うと、
イサトは彰紋の返答を待たずに、追っ手の方に向き直って錫杖を横に構えた。

「・・・・・ありがとう。」

その背中に再び笑顔を向けた彰紋は、花梨と共に、出口を目指して駆け出した。












「イサト君、大丈夫かしら・・・。」

彰紋に手を取られ小走りに駆けていた花梨が、出口にさしかかったとき、ふと振り返りって呟いた。

「そうですね、でも彼なら心配ないと思いますよ。」

どうやって追っ手を足止めするつもりなのかは知らないが、彼なら大丈夫だろう。
もし、おかしいと思われたところで、彼が彰紋の仲間であるとは、まずわからないはずだ。

そう考えて、花梨に相槌を打っていたとき、突然、風に乗って、
術を放つイサトの声が高らかに伝わって来た。

「燃え上がれ・・・火炎陣!!」

それと同時に、「うわぁ!」「きゃーー!」という悲鳴やどよめきが聞こえてきた。


「「・・・・え・・・・??」」

彰紋と花梨は、思わず互いの顔を見合わせた。

いきなり出現した炎の渦に、神泉苑の中はちょっとしたパニックになっているようだ。
「ここから先は一歩も通さねえぜ!」などと叫んでいるらしい声も微かに聞こえてくる。

「イサト・・・・・llll。」

彰紋は思わず頭を抱えた。

確かに追っ手を足止めすることはできるだろうが、あのように派手に通せんぼをしてしまっては、
その先に重要な手がかりがあると丸分かりである。

それに・・・。

「ここは神泉苑・・・ですよ・・・。」

いくら龍神の加護を受けている八葉とはいえ、やっていいことと悪いことがあるような気がする。

「イサト君、大丈夫・・・かしら・・・・・。」

先ほど同じ言葉だが、微妙に違う意味合いで、微妙に引きつりながら花梨が呟いた。

「大丈夫・・・でしょうかね・・・あ・・はは・・・。」

大丈夫だと言い切ってしまえないところが哀しい。

「ですが、それは後ほど考えるとして・・・とりあえず今はこの場から離れましょう。」

彰紋は気を取り直すと、花梨の手を握りなおした。
今ここで内裏の連中に捕まってしまっては、手段はともかく、あれだけ頑張ってくれているイサトに対して申し訳ない。

「・・・うん・・・。」

彰紋の手の温もりを改めて意識したのか、花梨がほんの少し頬を染めてうつむいた。
そんな彼女が、たまらなく愛しい。







すっかり夜が明けた街の大路を、二人で駆け抜ける。
ピンと一本筋の通った空気が、頬を撫でては過ぎていく。

遅咲きの木だろうか、時折漂ってくる金木犀の香りを感じながら彰紋は、
この女性(ひと)を護りたいという想いを新たにしていた。

東宮という立場を取り巻く状況は、いろいろと込み入ったことも多い。
だが、その全てを投げ打ってでも、この身を彼女に捧げたい・・そう思う日も、いつかやってくるのかもしれない。

「それも・・いいかもしれませんね・・・。」

「彰紋君・・・?」

思い出したようにくすりと笑った彰紋を見て、花梨が首を傾げた。

「いえ・・・なんでもありませんよ。」

彰紋は、そんな花梨ににっこりと微笑みかけると、遠く、京の街を取り囲んでいる山並みに目を向けた。
色とりどりに紅葉した木々が、美しい錦を作り上げている。

思いがけず手に入った花梨との時間。
神子や八葉という肩書きは外して、彰紋と花梨という素の二人として過ごせる貴重な一日だ。

「どこへ行きましょうか。」

内裏からの追っ手をかわしながら・・となると、それなりに限られては来るだろうが、
このように浮き立つ気分を感じるのは、初めてだ。

「彰紋君と一緒なら、どこへでも・・・。」

彰紋の楽しそうな様子が伝わったのだろう、花梨も嬉しそうに微笑んだ。
久しぶりに見たその屈託のない笑顔に、気持ちがスッと晴れていくように感じる。


京の大路の上に広がる秋特有の高い空が、青く眩しく輝いて見えた。



〜fin〜




前作「内なる夜明け」の続きという位置づけなので、締めにイサト君に登場してもらいましたv
でも、前作もそうだったのですが、
彼が出てくるとどういうわけか朱雀組の友情物語っぽくなってしまうようで・・(苦笑)

ま、この話は、元はといえば、
怪我をして帰ってきた東宮様に対して、その後、内裏の人間はどう対応するのか・・というのが
テーマの一つだったので(実はそうだった・・笑)、どうしても恋愛要素が少なくなってしまいました(^^;

とはいえ、恋の始まりって、こんなものかな?とも思ったり(笑)

さて・・・追っ手を撒いたふたりはどんな休日を過ごすんでしょうねぇ・・・。
ふたりの行方がちょっぴり気になったり?

( 2005.12.15)




























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