桜色の夢占い
春爛漫の光の中。
薄紅色の花びらが僅かな風に揺られて、はらはらと舞う。
木々の間を縫って落ちてくる日の光の中、絶え間なく舞い落ちる様子はまるで、
薄い桜色のカーテンが何枚も風に揺れているかのように見える。
「・・・わぁ・・・。」
「あまり遠くへ行くなよ」という勝真の声が聞こえたが、幻想的とも言えるその風景の中、
花梨は、音もなく降ってくる花びらを受け止めることに夢中になっていた。
その時、ふいにキラリと光るものが目に入った。
なんだろうと思いながら目を凝らしてみると、小さな水面が見えた。
「・・・池?」
木々の陰にひっそりと存在していたその小さな池は、澱みもなく、驚くほど水が澄んでいる。
その水面にも、可憐な花びらが舞い降り、微かな波紋を描いていた。
そっと手を沈めてみると、地中からの湧水なのか、透き通った冷たさを感じる。
「春だなあ・・・。」
手の動きに誘われるように近づいてきた一枚の花びらを水ごとすくいとった花梨は、
ほのぼのと湧き上がってくる嬉しさを抑えきれず、頭上に向かって手を放り出した。
小さな水滴となった池の水が、日の光を反射しながら降ってくる。
「あはっ・・つめた・・・・。」
「ぎゃ・・冷たっっ!!」
その時、ふいに背後から怒声が聞こえてきた。
「な、何するんですか、人が気持ち良く寝てるのに〜!」
「・・・・・・?」
どこかで聞いたことのある声に首を巡らせてみると、なんとなく見覚えのある若い男が、
それまで横になっていたのか、上体だけを起こし、半分振り向いた格好で、こちらをにらんでいた。
先ほどの水しぶきを思いきり浴びたのか、額から水を滴らせている。
どうやら、跳ね上げた水の大半を、彼の頭上に見舞ってしまったらしい。
「あ・・・ごめんなさい・・・・。」
「・・・ったく、もう・・・・。」
彼がここで昼寝をしていたことを知らなかったとはいえ、これは素直に謝るしかない。
謝罪を聞いたものの、さすがにすぐには収まらないのか、なにやらぶつぶついいながら、
手拭いで頭をごしごしと拭いていた彼だったが、
「あれ・・・あんたは確か・・・。」
ふと花梨に気がついたらしく、手を止めた。
「・・・確か、龍神の・・・・。」
「へっぽこ陰陽師?」
「・・・・・・へ・・・・・・・?」
「・・・・・・え・・・・・・・?」
またまた、別の方向から聞こえてきた声に、今度は二人して首を巡らせる。
そこには、この陽気に耐えかねたのか、両肩とも上着を落とした勝真が、
桜の木に手をかけ、体重を半分預けながら立っていた。
「あ! ヒマ人の八葉・・・!」
その姿を見た陰陽師と呼ばれた男が、勝真を指さしながら叫んだ。
「誰がヒマ人だよ。」
「あなたこそ、『へ』の付く形容詞をつけるのは止めて下さい。」
「あの・・・お知り合い・・・なんですか?」
いきなり睨み合いを始めた二人の険悪な雰囲気を何とかしようと、花梨が割って入った。
「知り合いなんて大層なもんじゃないさ。」
勝真はそう言ってフンッとそっぽを向いたが、それとは対照的に陰陽師の方は、花梨の言葉に反応してきた。
「そうなんですよ〜。腐れ縁っていうか、恋の掛け渡し役っていうか?」
「いつ、あんたの世話になったんだよっ。」
勝真が反論したが、それはあっさり無視されている。
「あなたとも会ったことあるでしょ。ほらぁ、『や』の付くお名前の方と一緒だった時に・・・。」
「『や』・・・? ああ、泰継さんですか?」
よく見ると、彼の衣の前面には大きな大極図が描かれている。
「ああ、泰継さんの同僚の陰陽師さんですね!」
「同僚?」
そう言われた陰陽師は、一瞬ぽかんとした表情で花梨を見たが、すぐに気を取り直して口を開いた。
「ああ、そうそう! 同僚の陰陽師です〜。
全く泰継さんにも困ったもんですよ・・・自分の手に負えなくなると、全部この僕に押し付けてきて。
今も、彼の尻拭いをしてるところなんですよ〜。」
顎に手を当てて、もっともらしく頷いている。
「あんたなぁ、泰継に聞かれたら間違いなく、呪符退魔の一発あたりお見舞いされてるところだぞ。」
勝真が呆れ顔でそう言ったが、本人は全く意に介していないらしい。
「あ、それはそうと。神子さん、あんた、この人とくっついたんですか? 僕の占い当たりました!?」
「占い・・・?」
「そうそう、ここ! この場所でしたよね、ヒマ人さん?」
しっかり無視していた勝真を振り返り、にまにまと笑っている。
「う・・・うるさい、へっぽこ陰陽師!」
対して、勝真の方は、どういうわけか微かに赤らんでいる。
「ふ〜ん・・・まだ言いますか。 ねぇ、神子さん、以前この場所で、ぼ〜っとしてたこの人を見つけたことあるでしょ?」
勝真を軽くあしらった彼は、相変わらずにんまりとした笑顔を見せながら、花梨にぐいっと迫ってきた。
「え・・・ええと・・・。」
その迫力に押されて、花梨は記憶の糸を手繰り寄せようとした。
花に包まれて華やいでいる今は、かなり雰囲気が違うが、言われてみれば、この場所には見覚えがあるような気がする。
「おまえは余計なこと、考えなくていい。」
だが、何かを思い出しそうになった時、目の前にあった陰陽師の顔がいきなり消え、視界が真っ暗になった。
「・・・・・・・・・??」
なんだか懐かしいような香りがする。
「こいつに馴れ馴れしく近づくな。」
勝真の声が、頭上から降ってきた。
いや、鼓膜を通してというより、振動として直接伝わってきたような気がする。
よく見ると、水色の襟の合わせ目が目の前にあった。
背中には、僅かな重みと温もりを感じる。
こ・・これは・・・もしや・・・・///
「おんやぁ〜? 既にらぶらぶ〜ってやつですかぁ? へ〜よかったじゃないですか。
これはもう『僕のおかげ』以外の何ものでもありませんね〜。」
いきなり抱きしめられて硬直している花梨の後ろで、
くすり・・というより、にんまりと笑っているらしい陰陽師の声が聞こえた。
『らぶらぶ』などという言葉をどこで知ったのか知らないが、その表現に、顔の熱が一気に上がる。
勝真の胸に顔を押し付けているおかげで、気づかれないのが救いだ。
「あんたなあ、どこをどう解釈すれば、そういう結論になるんだ。」
「あれ? らぶらぶじゃないんですか?」
「そうじゃなくて! 『あんたのおかげ』ってヤツがだよ!」
さすがに泰継の弟子。(なのか?)
脱線トークが冴えている。
「だいたいあんなもの、占いっていえるのか? ただの確率じゃないか。」
あの時花梨がやってきたのも、冷静に考えれば、この陰陽師が行なった占い(ということにしておく)の気配を
泰継が辿って来ただけである。
その泰継と花梨が共に行動していたのは、『偶然』ということになるのだろうが。
「感謝心のない人ですねぇ・・・。それはまぁ、置いておくとして。」
これみよがしにため息をひとつついた彼は、意外とあっさり引き下がると、視線を勝真の胸元へ移した。
「その神子さん、大丈夫なんですか? なんか、頭から湯気が上がってるみたいですけど。」
「え・・・う・・わっ・・・!?」
言われて初めて花梨を抱きしめていることに気づいたらしい勝真が、慌てて腕を解いた。
「・・・・ぇ・・・・。」
急に支えを失ったせいで、花梨はふいによろけた。
突如として視界が開け、目の中が薄紅色でいっぱいになる。
きれいだな〜・・・。
そう思って見ていると、体がふわ〜っと浮くように感じた。
視界の端には、なぜか大慌てで何か叫んでいるらしい勝真と、陰陽師の姿が映ったが、
すぐに、音もなく舞う花びらの中に消えた。
気持ちいい────。
( 何するんだ )
( のぼせちゃいましたか〜 )
( 余計なこと・・・ )
( かわいいですねぇ )
( あんたのせいだぞ )
( 僕に任せてください )
( 触るなよ!)
( 綺麗な花びらを乗せて・・・ )
( うるさい!! )
脈絡のない言葉が、切れ切れに聞こえてくる。
だがそれも、桜色の風の中に溶けて遠くなっていった。
花が舞う
柔らかな光を受けて
きらきらと輝きながら
花が舞う
甘く優しいときを過ごし
新しい実を結ぶため
花が舞う
薄紅色の季節の中で
やっとみつけた大切な人
決して離さないでと囁きながら
───花梨・・・───
ゆるやかに揺れる花のベールの向こうに、人影が現れる。
「勝真さん?」
その名を口にすると、その影はみるみるうちに鮮明になって、花梨の前に現れた。
───花梨、俺のものになれ・・・───
「え?」
───その心も・・・体も・・・・。───
「なっ・・・ちょっと待ってください、いきなりそんな・・・っ。」
思わず後退さるが、どういうわけか彼の姿は更に近づき、目の前に広がる。
───花梨・・・愛してる・・・・。───
「ちょっと・・・・。」
「待ってってばーーー!!」
力を込めて思いきり突き飛ばすと、手の平に妙にはっきりとした抵抗を感じた。
「うわっっ!!」
一瞬遅れて聞こえてきたその声に、ハッと意識が覚醒する。
急には定まらぬ焦点を無理やり合わせると、未だ夢の中か、目の前を大量の花びらが舞った。
だが、それが収まったあとには、仰向けに倒れこんだらしい勝真の姿が映った。
「・・・・・??」
「・・・痛っ・・・いきなり何するんだ・・・。」
後ろにあった木の幹に頭をぶつけたのか、勝真は後頭部を押さえながら身を起こした。
「で、でも・・・勝真さんが無理やり・・・その・・・しようとするから・・・・。」
「はぁ・・? 俺が何をしたって!?」
明らかに怒っている。
彼のその不機嫌そうな表情に、襲われかけた辺りまでが夢だったのかと、納得した。
「・・・ご・・・ごめんなさい・・・なんでもないです・・・・。」
急に顔が赤くなるのを感じて思わず下を向くと、胡座をかいて座ってる勝真の膝が目に入った。
「・・・・・・?」
「・・・ったく・・・寝ぼけてたのか?」
勝真の声が、またしても頭上から降ってくる。
そして、真横には水色の着物の襟元・・・。
「か、勝真さんっ・・・わたし・・・どこで寝てたんでしょ・・う・・・。」
微妙に声が裏返っている。
「どこって・・・。俺が抱いてたんだが?」
「だ・・・抱いて・・・。」
先ほどの夢の中の勝真がオーバーラップして、またしても頭から湯気が昇りそうになった。
「それにしても、いきなり倒れるから驚いたぞ。疲れてたのか? それともはしゃぎすぎか?
・・・・ん? まだ顔が赤いようだが・・・。」
「だ・・だ・・だ・・大丈夫ですー! 何でもありませんっっ。」
心の中を見透かされそうで、大慌てでのけぞると、再び桜の花びらがぱぁっと舞った。
よく見ると、胸元に花びらがいっぱいくっついている。
目覚めた時と今とで、大半は払い落とされたらしく、すぐ横の草の上にも大量に落ちていた。
「・・・・・??」
「あ、それ、早く払い落とせ。例の陰陽師が気付けの呪いだとか言って、おまえの上に乗せたんだ。」
とはいえ見習の域を出ない腕前の上に、『恋愛成就も兼ねている』などと言う。
気付けと恋愛成就が同じ呪いだなんて、どう考えてもいかがわしい。
花梨を抱き寄せ、余計なことをするなと制してみたものの、気を失っている人間を抱え込んでいては
思うように抵抗できず・・・。
「すぐにでも払いのけてやりたかったんだが・・・。その・・・俺が払ってやってもいいものかどうかと・・・。」
どうしたわけか、勝真は急に歯切れが悪くなった。
「・・・・・? どうしてですか?」
「どうして・・・と言われても・・・その・・・・。」
勝真は、花梨の胸元に一瞬目をやったが、慌てて視線をそらせた。
ふてくされたように仏頂面をしているが、必死で照れを隠しているようにも見える。
「・・・・・??」
胸元についている花びら。
────胸元に・・・。
「・・・あ・・・・///。」
「い・・いいから早く払い落とせよ。
あいつの妙な術の気配を辿って、泰継がやってくるとまた厄介だからな、もう行くぞ。」
「え、もう帰るんですか? せっかく来たのに・・・。」
僅かな風にもはらはらと舞う桜を眺めながら、花梨は肩を落とした。
「もう・・って言われてもなあ。 ほら、あれ見てみろよ。」
言われて勝真の示す先に目をやると、満開の花をつけて折り重なっている枝々の間から、キラリと光る太陽が見えた。
「うそ、もうあんなに傾いて・・・?」
が〜〜〜ん・・・。
一体どのくらい眠っていたのだろう。
「どうして起こしてくれなかったんですかーっ。」
支えてくれていたのは嬉しいが、思わず文句を言いたくなる。
「おまえが口を開けて気持ちよさそうに寝てるから、起こすのは可哀想かと思ったんだよ。」
そう言いながら、勝真はさっさと歩き出した。
「え・・・。口・・開けて寝てたの・・・!?」
慌てて追いかける。
「ああ、ぽか〜んとな。 おかげでつい目が行って、思わず襲いそうに・・・。」
「・・・え・・・?」
「ああいや! 桜の美しさに目を奪われて、だな・・・。」
何やら焦っている上に、微妙に顔が赤らんでいるように見える。
だが、美しい桜という言葉に、より多く気を惹かれた花梨は、改めて辺りを見回した。
「もう、散っちゃうんだ・・・なごり惜しいな・・・。」
「また・・・連れて来てやるよ。」
勝真が振り返らずにそう言った。
どんどん歩いていくので、ついていくのに精一杯で、その表情は見えない。
「でも、今度来た時には葉桜になってますよ。」
競歩状態になりながらも、花梨はもう一度、桜の園を振り返った。
「誰が今年のことを言ってるんだよ。」
相変わらず歩調を緩めずに歩きながら、勝真がぼそっと言った。
「来年また連れて来てやるさ。 再来年も、その次も・・・ずっと・・・。」
正面から向き合っていたらきっと、勝真の微妙に赤らんだ仏頂面が見られたことだろう。
だが、幸か不幸か、花梨には彼の背中しか見えていなかった。
「はぁ、それは嬉しいですけど、一年も先の話ですか。」
そんな先ではなく、今ここの桜をもっと愛でたい・・・。
今、花梨の頭の中は、それだけでいっぱいだった。
「おまえ、俺が言った言葉の意味、全く理解していないんだな・・・。」
大きなため息と共に肩を落として、勝真が呟いた。
少し速度が落ちたので、追いついてその顔を覗き込んでみると、どうしたことか、恨みがましい視線が飛んできた。
「え・・・ええと・・・・??」
思わず困惑していると、そんな花梨を見て、勝真はふっと表情を緩めたが、
またすぐに速度を上げてすたすたと歩き始めた。
「今は考えなくていいさ。 これからゆっくり教えてやるから・・・。」
何やら意味ありげなことを言っているようだったが、その後は桜の園を出るまで
勝真は何もしゃべらなかった。
桜の並木を抜けると、霞みの多い春にしては珍しく、青く抜けるような大空が広がっていた。
〜fin〜
勝真さんお誕生日記念フリー創作です☆ (ひとことメール・BBSなどでひと言ご報告いただけると嬉しいです) 短編として書くつもりだったのに、 「恋占い」の時に使った場所をイメージして書いていたら、 例の陰陽師さんがしゃしゃり出てきて、いつのまにかあの話の続きになってしまいました。 しかも、誕生日記念なのに、そういう話題は一切ナシ〜ですみません(^^; その代わり、四月といえば爛漫の桜、ということで、 話の背景にこれでもか、というくらい描かせて頂きました〈笑) それにしても、へっぽこ陰陽師 (略してへっぽこさん)は 書いてておもしろいキャラです。 かなり脚色してるような気もしますが・・・(^^; そして、毎回綺麗に振り回されてくれる勝真さんもスキv そうそう、へっぽこさんがかけた呪いですが、 寝顔を見て襲いそうになった勝真さんと、夢の中で奪われかけた花梨ちゃん・・というところに、 少しだけ恋愛成就の効果(?)が現れております。 果たして、彼が泰継さんに認めてもらえる日は来るのか!? 以下次号! ・・・・・・・・・じゃなくて! 花梨ちゃんが勝真さんの真意に気づくのはいつなのでしょうか。 機会があったらまた書いてみたいと思います☆ (2005.4.18) |