紅葉の舞をあなたと3
「花梨さん…あまり煽らないでください…。休ませてあげねばならないのに…逆にあなたが欲しくなってしまう。」 囁きながら、彼女の唇を求めようとしたとき。 「ごほんごほんごほん…っ。」 これでもかというくらい、無粋な咳払いが聞こえた。 「あの〜、僕は消えた方が良いのでしょうか…。」 ふと見ると、彰紋が困ったように視線を彷徨わせていた。 「神子様っ、どうなさったのですかっ!?」 「なんだ今の物音はっ。」 そのとき、廊下の向こうからバタバタと足音が聞こえたかと思うと、紫と深苑が姿を現した。 「え、幸鷹殿?」 「な…んだ、その出で立ちは…。」 こちらも、突然登場した幸鷹にあ然として動きを止めた。 「そういえば紫姫、幸鷹さん重病だって言ってたよね…?」 紫の姿を見た花梨が、ふと思い出したように言った。 そしてハッとしたように幸鷹に意識を戻す。 「…っ、もしかして幸鷹さん、まだ体調が悪いのに無理して私のところへ!?」 「大丈夫ですよ、花梨さん。二日ほどですっかり良くなりましたから。そのあとも何故か丁重に看病されてましたが。」 それより今は彼女の方が心配だ。 「でも、あれから何日も経ってますけど…。どうして?」 「ええ、そこが私も不可解でして…。」 二人で首をひねりながら紫を見る。 そんな二人の様子に深苑がため息をついた。 「紫、もう意地を張るのはやめて、いい加減、認めてやれ。」 「わ、わたくしは別に意地を張ってなど…。ただ、神子様をお守りしたかっただけですわっ。」 「八葉から神子を守るのか?」 深苑の言葉に、紫は口を尖らせてプイと横を向く。 「紫、幸鷹の格好をよく見てみろ。あの秩序のかたまりみたいな男がこんなことになるんだぞ。抑えつけても無駄というものだ。」 深苑は、今度は紫に向けてため息をついた。 「確かに…。普段の幸鷹殿からは想像もできませんね。」 それまで成り行きを見守っていた彰紋が、くすくすと笑った。 「僕の想いもどうやら天には届かないようです…残念ですが。」 「彰紋様…。」 笑いを納め寂しそうに目を伏せる彼に声をかけたものの、幸鷹にできることはない。 相手が東宮様といえど、譲ることなど出来るわけがないのだ。 「わかりましたわ…。わたくしも、神子様が体調を崩されるほど悲しまれるのは元より本意ではありません。幸鷹殿の…監禁を解きます。」 「や、やっぱり監禁されてたんですか、私…。」 紫の言葉に、今更ながら引きつり笑いが浮かぶ。 「ですが幸鷹殿っ、神子様がお務めを全うされるまでは、決してお手を出されませんようっ。おわかりですねっ!?」 紫は幸鷹に向かって啖呵を切ると、クルッと向きを変えて去って行った。 「あ、はい…。」 その後ろ姿を見送りながら、幸鷹は、ずれかけた眼鏡の縁を持ち上げて苦笑いを浮かべた。 「花梨さん、薬湯です。飲めますか?」 彰紋と深苑も撤収し、二人きりになった部屋で、花梨は再び褥に横になっていた。 「今宵は私がお側に付いていますから、ゆっくり休んで養生してくださいね。」 「ほんとですか…っ。」 薬湯に顔をしかめていた花梨は、その言葉にパッと表情を明るくした。 「ええ。西の離れ屋に閉じ込めていた詫びにと深苑殿が取り計らってくださいました。」 ただし、絶対に不埒なことをするなという条件付きである。 「いくらなんでも熱を出して寝込んでいる女性に手出しなどしませんよ…。」 同じ藤原一族なのに、今は一番信頼されていないような気がする。 微かに苦笑いを浮かべていると、花梨が横から覗き込んできた。 「幸鷹さん、さっきから気になってたんですけど…。髪も着物も…なんていうか、ずいぶん乱れちゃってますけど…大丈夫ですか?」 そう言いながら花梨が、幸鷹に手を伸ばした。優しく髪を梳くように枯れ葉を取り除いてくれる。 「何があったんですか?」 「そうですね…強いて言うなら、あなたを取り戻すために戦った…というところでしょうか。」 その手の心地よさに目を伏せながら、ちょっとした脱出劇を思い出していると、その言葉に花梨は目を丸くした。 「た、戦った!?」 「言葉のあやですよ。」 くすっと笑いながら、花梨の手を捉える。すると思いがけず互いの顔が近づいていた。 「…あ…。」 熱で潤んだ瞳が、幸鷹を見つめている。 「……っ…。」 わずかに火照った頬、そして距離の近さに驚いたのか、微かに開かれた唇。 「花梨さん…。」 貴族社会の中でいくら有能だと讃えられていても、今この状況で己を律するに足る自制心は持ち合わせていない。 「ゆ、幸鷹さんっ…紫姫に…怒られちゃいます…。」 花梨は、幸鷹の瞳の奥に熱がこもるのを見て、焦って腕を引っ込めようとした。 たが、幸鷹の手がそれを許さない。 「花梨さん…ひとつ教えておいてあげましょうか…。あなたが逃げれば逃げるほど…拒否すればするほど…逆に男心は煽られてしまうのですよ。」 「幸鷹さん…。」 わずかに抵抗していた花梨の腕から、力が抜けていく。 それを感じ取りながら顔を近づける。 「ずっと…あなたに触れたかった…。」 幸鷹が掠れた声で囁くのと同時に、熱を持った唇がゆっくりと重なった。 数日後。 「よお、花梨。体調は戻ったそうだな。良かったな。」 紫の取り次ぎを経た勝真が、部屋にやって来た。 「久しぶりに共に付いてやろうかと思って来たんだ。」 「これは勝真殿。朝早くからご苦労さまです。」 そこへ幸鷹がひょこっと顔を出した。 「幸鷹…?なんだ、そっちこそずいぶん早いじゃないか。」 「はい。なにせ神子殿と一緒に暮らしてますので。」 「………はぁ!?マジかよっっ。」 「ちょっと幸鷹さん、誤解を招くような言い方しないでくださいっ。勝真さん、違いますよ?幸鷹さんはあれからずっと西の離れにいらっしゃるんです。」 花梨が慌てたように顔の前で両手を振った。 「毎日あなたのお顔が見れますからね。仕事に通うにも不自由はありませんし、共に付けと言われればいつでもご一緒できますから。」 監禁さえされなければ、こんなに便利なことはない。 「私も、毎日幸鷹さんに会えて嬉しいです。」 そう言って花梨も幸鷹を見上げ、二人で嬉しそうに微笑み合っている。 その頭の上にはお花畑が広がっていそうだ。 「………。」 「じゃあ今日は、幸鷹さん、勝真さんと一緒に京の街を…。」 そう言いかけた花梨を、勝真は食い気味に遮った。 「あー悪いっ、俺、用事があったの忘れてた。すまんが、今日は二人で出掛けてくれ。じゃあなっ。」 「え、勝真さんっ?………あー、行っちゃった…。みんなどうしたんでしょうね?」 昨日はイサトがやって来たが、やはり早々に帰って行った。 おとといは泉水が、その前は頼忠が…。 「さぁ…。どうされたのでしょうね…。」 自分たちが原因だとは夢にも思わぬ二人。 だが更に数日後、その異常事態に気付き、看過しがたしと判断した紫姫によって、幸鷹は屋敷を追い出され、しばらく来るなとまで言われるのだが。 今は仲良く、楽しそうに出かけて行く二人だった。 〜Fin〜 |
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