「ん・・・・・。」

冬の昼間は短い。
太陽が少しずつ熱を失い、辺りは急速に冷気に包まれようとしている。

その冷たさに勝真は、ふと意識を覚醒させた。

(眠ってたのか・・・?)

頬を撫でるわずかな風が、ピンと張り詰めている。

だがそのわりに、身はとても暖かい。

(・・・・・?)

ふと見ると、勝真の胸の中で、花梨が猫のように丸まって、すやすやと寝息を立てていた。

「・・・おい、花梨・・・。風邪引くぞ?・・・しょうがないなあ。」

自分が先に眠ってしまったことは棚に上げて、勝真は花梨の寝顔を見つめた。

「そんなに安心しきって、眠るなよ。これじゃ、何にもできないじゃないか。」

茶色がかった柔らかな髪を、そっと撫でる。











優しさに満ちた感覚が、ゆっくりと行き交う。
その感覚に、花梨はふと目を覚ました。

「俺は焦りすぎかな・・・。でも、おまえをしっかりと捕まえておきたいんだ。」

(・・・勝真さん・・・?)

口から発せられた言葉が、胸を伝わってくる声とシンクロする。

「おまえが、他のやつらと一緒に出かけてるとき、俺がどんな気分でいるかなんて、きっと知らないんだろうな。」

花梨が目を覚ましているとは、露ほども思っていないのだろう。
独白のような呟きが続く。

「誰にも渡したくない。・・・俺のものにしてしまいたい・・・。」

だがそんな言葉とは裏腹に、勝真の手は、相変わらず花梨の髪の上で優しく動いていた。

(勝真さん・・・。)

花梨は、勝真の手の平から、彼の想いが伝わってくるのを感じた。
心の深いところに染み渡っていく。

気が付くと、瞳から熱い雫があふれ出ていた。

鼻の奥がツンとする。
次第にくすぐったくなってきた。

(あ、あれ・・? ど、どうしよう・・ちょ、ちょっと待っ・・)

「・・・ハックシュッ!」










「うわっ?」

勝真が驚いて手を離した。

「あ、か、勝真さん、おはようございます!」

花梨は、慌てて涙を拭って身を起こすと、勝真に微笑みかけた。
今、目覚めたことにしておこう。

「あ、ああ・・。冷えたか? こんなところで寝てるからだぞ。」

自分のことは、棚に上げて勝真が言う。

「何言ってるんですか! 勝真さんがいきなり寝ちゃったんでしょ。」

「ん? そうだったか? ええと、何してたんだっけ・・・。」

勝真は、眠る前の記憶をたぐり寄せようと頭をひねった。


「か、勝真さん!! 寒くなってきたし、もう帰りましょ! ね!?」

思い出されるのも、なんだか気恥ずかしい。
なにしろ、気持ちが通じ合ってから、まともに二人きりになったのは、今日が初めてである。

(いきなりそんな関係になっちゃうなんて・・・困るもん。)

心の準備、というものがいるのだ。

(・・・それに、ここ外だし・・・。って、何考えてるの、私!!)



「行きましょ、勝真さん!!」

赤面してくるのがわかる。
花梨はさっと立ち上がると、くるりと方向を変え、馬がつないである方へ向かって歩き出した。



(だ、だいたい、勝真さん、どういうつもりだったのよ?)

冷静になって考えれば、理解に苦しむ行動だが。

・・・どういうつもりも、こういうつもりも、本能のまま。
きっと本人は、何も考えていなかったのである。










「待てよ、花梨。」

勝真は、慌てて腰を上げた。
さっきまで腕に中にあった花梨のぬくもりが逃げそうで、思わず両腕を抱く。

「俺の腕の中で『おはよう』・・・か。次にそのセリフが聞けるときは、ちゃんと中身が伴ってて欲しいもんだな。」

振り返ってこちらを見ている花梨の頬が、心なしか火照っているように見える。



「やっぱり、ちょっと急ぎすぎかな。・・・もう少し待っててやるよ。」

勝真は、苦笑まじりに微笑んだ。



















「神子! 勝真殿も。今、お帰りですか?」

屋敷の門をくぐったところで、ばったりと泉水に行き会った。

「お札探しは順調ですか? 次は北の札ですね・・神子、その節は、どうぞよろしくお願い致しますね。」

少し不安を滲ませながらも、穏やかな微笑を湛えて、泉水が花梨に話しかけて来た。

「泉水さん、ええ、がんばりましょ・・・」

「まだ、東の札も手に入っていないのに、もう北の札かよ?」

だが、答えかけた花梨をさえぎって、勝真が割り込んだ。
花梨を背に追いやって、泉水をにらんでいる。

「え、あの・・・すみません、何かお気に障りましたか?」

札を手に入れる過程で、何か大きな障害にでもぶつかっているのだろうか。
泉水は慌てて、言葉をつないだ。

「そ、そうですね、まだ東の札で苦労されている神子に、このようなことを言って、余計な心労をおかけしてしまいました・・・。」

「別に、気に障ったわけじゃないが。」

障っているではないか・・・。

何が気に入らないのか、苦虫を噛み潰したような顔をしている勝真を見て、泉水は逃げたくなった。


「それに苦労なんかしてないさ。今日だって、二人して寝てただけだ。」

腕組みをし、そっぽを向いた勝真が、相変わらずぶっきらぼうな調子で言い放った。

「そ、そうですか、それなら良いので・・・。」



・・・・・はい??



「ね、寝て・・・?」

ふと神子に目をやると、夕日に照らされた彼女は、微かに頬を染めているように見えなくもない。


い、いつの間にそんな関係に・・・!?

(や、泰継どのぉぉ、私はいったいどうすれば・・・!?)


泉水はさっきとは違った理由で逃げたくなった。
いや、もう逃げてしまおう。

「そ、そうですか、ではこれからもがんばって下さい! では、私はこれで!!」


妙に裏返った声を残しながら、泉水はそそくさと走り去った。






二人はしばらく、呆気にとられたまま泉水を見送っていたが、やがて勝真がぽつりと言った。

「なんだよ、あいつ・・。挙動が不信だぞ。」


それをいうなら、勝真は言動に不備がある。


「それにしても、ほんとに寝てただけだったな・・・。せっかく『でぇと』ってヤツをもっと楽しむはずだったのに。」

微妙に意味を取り違えているらしい勝真が、がっかりしたように言う。

「デ、デートですよ!? 二人で一緒にいれば、立派なデートです!」

花梨は焦って、訂正した。
勝真の言う『でぇと』(要するにいちゃつくこと。)もその広い意味の中に含まれるのだろうが、限定されては困る。


「そうなのか? じゃあ、二人きりで部屋の中ぼーっとしてるだけでも、でぇとか?」

勝真がまじめな顔をして、問い掛けてくる。


二人きりで部屋の中・・・。な、何か他意はあるのだろうか・・・////








「あ、あの、勝真さん、今日はとっても楽しかったです!」

強引に話を変えてしまおう。


「あ、ああ。」
・・・寝てただけじゃなかったか?

喉元まで出かかったが、なぜか妙に焦っている様子の花梨を見て、勝真は思い留まった。


「えっと・・、今度デートするときは、お買い物にでも連れて行ってくださいね!」

「買い物か・・・? 俺はどちらかというと、今日みたいな人気のない・・・」

言いかけて、ふと口をつぐむ。


この笑顔を見ていられるのなら、自分の欲望はもう暫くしまっておこう。


「え・・・?」

「あ、いや・・・。そうだな、たまには息抜きに、市でも見物に行くか。」


自分と一緒にいるだけで喜んでくれるのなら、それでいい。
ぱあっと顔を輝かせた花梨を見て、勝真は改めてそう思った。








〜そうだな、もう少し待ってるよ。

           おまえが、俺に追いついてくるまで〜








--fin--







ああ、なんとか思い留まってくれたようで助かった・・・。
なにせ、裏部屋のないサイトですから〜。(笑)
前編の勝真の行動が賛否両論っぽかったので、後編は微妙に書きにくかったかも(^^;
結局、当り障りのない感じに落ち着いてしまいました・・・(汗)
(肩透かしを食ったと思われた方、すみません///)
ただ、彼のハンターのような猛々しさだけでなく、愛しいものを守り慈しむ優しさも表現したかったので・・☆
(言い訳っぽい・・?笑)
さてさてこのシリーズ、まだ続くのかしら・・?(^^;
(2004.1.1)