修学旅行の意義



「お待たせ〜!」
「おまえなあ、遅いぞ・・・」

「わりぃわりぃ、待ったか?」
「ううん、今来たとこ〜。」

ホテルのロビーのあちらこちらで、待ち合わせをする生徒たちの声が聞こえる。
今日は修学旅行の中日、自由行動の日だ。

自由行動の目的とは、
『団体行動で回りきれなかった場所、あるいは団体で観光した場所に関連のある土地・建造物を訪ねることにより、
より一層の見識を深めること』にある。
少なくとも、教師・氷室零一の辞書にはそう書いてある。


が、しかし------。


今、目の前で待ち合わせをしている生徒たち、その多くが男女のカップルという状況を見る限りでは
彼らにそのような意識があるとは、到底思えない。

今日は、自分もゆっくりと京都の史跡を回るつもりであったが、教師として、引率者として
そんな悠長なことは言っていられないようだ。


「諸君! 自由行動の目的とは、古都に対する見識を深めることにある。
よって、これから特別に課外授業を行なう。希望者は集まりなさい。」

氷室は、ロビーの中央に腕組みをして立つと、声を張り上げた。

いつもなら、十数名の生徒が集まってくるはずである。


が-------。


氷室の声を聞いて、その場にいた生徒たちは一瞬動きを止めたが、次の瞬間には
蜘蛛の子を散らすように、氷室の周りから逃げていった。



「・・・・・・・・。 なぜだ?」



あんなに騒々しかったロビーが、今や、生徒たちがそこにいたという痕跡すら残さず、静まり返っている。

相変わらず腕組みしたまま、仁王立ち状態の氷室が、ふとフロントに目をやると、
笑いを必死でこらえているらしい、数人のフロントマンの姿が目に映った。

氷室がこちらを見ていることに気がつくと、何事もなかったかのように、そそくさと動き始めたが・・・
心なしか肩が震えている。



なぜひとりの志願者もいなかったのか、分析し、まとめた後に、対策を練るのが正道というものだが、
なにせ今は、時間が限られている。

「全く、嘆かわしいことだ。こうなったら・・・・。」

精力的に観光地を回って、生徒たちを見つけ出し、直々に講義をしてやろう。


氷室は、フロントマンたちをひと睨みすると、颯爽と身をひるがえし、ホテルを後にした。










「うっわ〜、すっごいねえ!!」
「そやろ? これが、『清水の舞台から飛び降りたつもりで・・・』っちゅう諺にもなっとる清水寺や!」

ちょっと待て、それは諺ではない。いわゆる慣用表現というものだ。
訂正してやろうと氷室が振り向くと、意外にも、はばたき学園の制服が目に入った。
我が校の制服で、関西弁というと・・・。

「ねえねえ、姫条くん! ここから飛び降りたら、気持ちいいだろうねえ。」

女生徒が欄干から身を乗り出して、下を覗き込んでいる。

「ア、アホ言え! そら、飛んでる時は気持ちええかもしれへんけど、そのままあの世行きや!
あくまでも『つもりで』や、『つ・も・り』!!」

どうきいても冗談で言ってるとしか思えない女生徒の言葉を間に受けて、姫条があたふたとしている。

「冗談か真剣なのかの区別もつかんとは・・呆れたやつだな。」

見方を変えれば、姫条の『その女生徒を想う度合い』を示しているといえなくもないのだが、
今の氷室には、そのようなバロメーターの持ち合わせなどない。

ともかく今は、ここにいる生徒たちに、この寺の縁起・建築法・その名の由来などを講義してやらねばならない。

姫条と女生徒、そして、この近くにいる数人の生徒たちを集めようと、氷室が近づいたとき
意外な内容の話が聞こえてきた。


「そもそも、この寺はな、平安時代に建てられたもんなんやけど、
音羽の滝っちゅう、霊験あらたかな水を祭ったもんで、そっから清水っちゅう名前がついたんやで。
ほんで、この建物は寝殿造りいうて・・・」

なんと姫条が、もっともらしい説明を女生徒にしてやっている。

ガイドブックか何かの丸写し・・に聞こえなくもないが、それでも暗記しているだけ大したものである。

「うむ、なかなか宜しい。」

ここは自分が出て講義するまでもない。
他にも廻るべき観光地は山ほどあるのだ。





illustration by 京井明美様




「姫条、ちょっと来なさい。」

氷室は、つかつかと彼に近づくと、いきなりその腕をつかんだ。

「え・・・? う、うわっ! 氷室!!・・・せんせい!?」

心なしか呼び捨てにされかけたような気がするが・・・。ここは捨て置こう。
氷室は、そのまま姫条をひっぱって歩いた。


「ななななな、何すんねん!!・・・ですか!」

彼女の肩に腕を廻そうと、歩み寄りそっと手を伸ばした・・・その瞬間の腕をつかまれた姫条は、
不覚にも、思いっきりパニクった。

間に入られた女生徒の方も、豆鉄砲を食らったような顔をしている。



「姫条、修学旅行の目的とは、なんだ?」

「は、はいぃ・・・?? い、いきなり湧いて出て、何言い出すねん・・・!」

「姫条?」

「あ、はいはい・・・。ええと、そりゃあもちろん、意中の子とのデー・・・」
・・・デート、がこの人の求めとる答えなわけあれへんわな。

姫条はすばやく頭を回転させると、模範解答を探し出した。
「ええとですね、文化財を見て回って、勉強すること!ですよね?」

なにが起こっているのか、さっぱりわからないが、とにかくさっさと解放してもらわねば困る。
なにせ今日は、彼女との大切な一日なのだ。


「表現が稚拙だが・・・まあいいだろう。
この旅行の目的とは、古都の史跡に触れ、その由来、歴史を紐解くことだ。」
氷室は、ここぞとばかりに演説調で言った。

「ああ、そうです、そうですぅ! 紐をほどいたらええんですよね! ほんなら、俺らはこれで・・・」

姫条はとっとと逃げようとしたが、氷室はその腕をガッチリとつかんだまま、離そうとしない。

「そこでだ、君の持っているその知識、一人の生徒だけに教えていたのでは、効率が悪い。
もっと多くの生徒に広めたまえ。」

そう言うと氷室は、姫条を近くにいた女子グループの方へ引っ張っていった。



「ええっ? ちょ、ちょっと待ってえな、先生!! ええねん、一人のためだけで! 
そのためにがんばってんから!! ・・・頼むから離して!!」

姫条が何事か喚いているが、氷室は聞くを耳持たず、どんどん歩いていった。








「あ、氷室先生!」
「きゃ〜、姫条く〜ん!?」

そこにいた女子グループの生徒たちが、黄色い声を上げている。
姫条が、女生徒たちに人気があるというのは、どうやら事実らしい。
女子に取り囲まれるのも、慣れているのだろう。
これは、好都合だ。

「諸君、今日は一日、彼に案内してもらいなさい。意外なことだが、姫条は古都に関する見識が深いらしい。
皆、彼に付いて歩き、しっかりと学んで欲しい。」

「うっそぉ〜〜!」
「まっじぃ〜〜?」
「いや〜ん、超ラッキー〜〜☆」

女生徒たちは、姫条を取り囲んで、口々に喜びの声を上げている。
察するに、彼女達もちゃんとした案内役が欲しかったらしい。

「意外な・・は余計や! ・・いや、そやのうて。 ちゃ、ちゃうねん!
 いや、喜んでくれるんは嬉しいねんけど、今日は・・・!」

姫条は、赤くなったり青くなったりしながら、それでも一応は女生徒たちの相手をし
また一方で、おろおろと彼女の方を見ている。
その彼女はというと、相変わらず呆然と突っ立ったままだ。

「君。何をボーっとしている? 君もちゃんと姫条について歩き、見識を深めるように。」

氷室が声をかけると、その女生徒はハッと我に返ったように、目を大きく見開いたが、
次の瞬間、これ以上はないというくらい悪意をこめて氷室を睨むと、くるっと背を向けて離れていった。



「ああーーー!! ちょー待ってえー!!!」



姫条の悲壮な声が響いたが、女子グループに取り囲まれ、身動きが出来ないうちに彼女の姿は見えなくなった。

「そ、そんな・・・! やっとの想いで俺から誘うた、初めてのデートやったのに・・・。」

語尾が微妙に涙声になっている。


「いったい、どうしたと言うのだ?」
あの女生徒の行動には理解しがたいものがある。
・・・が、まあよい。
一人より数人の方が、姫条も知識の披露のし甲斐があるというものだろう。

気を取り直すと、氷室は姫条に改めて向き直った。

「問題ない。姫条、もっと自分に自信を持ちなさい。
他の教科はともかく、京都に関しての君の知識は他の生徒より勝っているようだ。
その力を存分に発揮するチャンスではないか。」

生徒に自信を持たせるのも、教師の役目である。

「では、任せたぞ。」

氷室は、力強く姫条の肩をたたくと、その場を後にした。




「そ、そんな、殺生なあ〜〜〜〜! 問題大ありや〜〜〜!!!」




今度はどこからどう聞いても、涙声になっている姫条の叫びが響いたが・・・・。
幸か不幸か、氷室の耳には届かなかった。


教える立場を経験するということは、彼にとっても良い勉強となることだろう。

「うむ。」

自分の采配に大満足で頷く。




「さて、次の目的地は・・・。」

秋の風をまとい、颯爽と古都の街を行く氷室であった。




〜fin〜





さて、調子に乗って書いた、ときメモ「修学旅行シリーズ」第2弾。
いかがでしたでしょうか?
って、おい! ただのギャグじゃんか!!
・・・・氷室先生のファンの方ごめんなさい〜(><)
別名、「氷室おじゃま虫編」でした///


イラストは京井明美さまに描いて頂きました!
ここではサイズを小さくして載せましたが、頂き物部屋に元のサイズのものを飾っていますvv