Happy Cristmas
「つりぃ…?」
「そう。もうすぐ年の瀬でしょ。私たちの世界じゃ、お正月の前にクリスマスっていうのがあってね…。」
屋敷の庭に面した簀子縁で望美が懐かしそうに話すのを、ヒノエは庭との間を隔てる高欄にもたれながら聞いていた。
年の瀬、師走の庭は、常緑樹がいくつかあるだけで閑散としている。
ここに雪でも積もっていれば、それはそれでまた趣き深いものになるのだろうが、茶色の地面がむき出しの今は、
寒々しいだけである。
「ふ〜ん。確かに、こんな時期に祭りがあれば、楽しいだろうね。」
「お祭りとはちょっと違うんだけど…う〜ん、似たようなものかな?」
望美が苦笑いを浮かべている。
どうやら、ヒノエがイメージしているものとは多少ずれがあるらしいが、見たことも聞いたこともないのだから、
想像の仕様がない。
「けど…要するに、『つりぃ』ってのは木に飾りをつけたものなんだろ?」
それならば、なんとなく想像が付く。
「うん、そう。キラキラした星型の飾りとか、小さなぬいぐるみとかで飾り付けるの。」
「へ〜、楽しそうだね。」
嬉しそうに話す彼女に、ヒノエも自然と頬が緩む。
「譲くんに頼んでみようかなぁ。でも料理と違って、さすがに無理かな。」
そう言って望みが首をかしげたとき、話題に上った彼の声が聞こえてきた。
「先輩〜、みなさん〜、食事の用意が出来ましたよー。」
「あ、は〜〜い! ヒノエ君、行こっ。」
そういうと望美は、ぱっと立ち上がった。
「う〜ん、こんなもんか?」
屋敷の一室で、ヒノエは一点を睨んでいた。
「ヒノエ、食後の甘味はいかがですか?」
そこへ譲がプリンを持って現れた。
食事をさっさと済ませたヒノエは、皆が終えるのを待たず一足先に出て来たので、デザートがひとつ余ったらしい。
「ああ、悪りぃ。そこ、置いといて。」
「何してるんですか?」
譲は、彼の前に置かれた物体を見た。
「つりぃ…ってやつなんだけどさ。」
「つりぃ…って。もしかして、クリスマスツリーのことですか?」
「ああ、そんな名前だっけ?」
ヒノエがずっと睨みつけているその物体を、譲は改めて見つめた。
「これが…ですか……。」
そこにおかれているのは、どう見ても盆栽。
どこから持ってきたのか知らないが、こんもりとした松の木だ。
「で、これは何ですか?」
譲は、その盆栽に乗せられた星型のものを指した。
「あ、これは俺の子供のころの宝物。熊野の海で取ったヒトデとこっちは貝殻。綺麗だろ?」
「え、ええ…まぁ…。」
どうやら、ツリーの飾り付けらしいが。
なんか違う、絶対に違うっ。
だが、そう思いながらも、真剣なヒノエにそれを告げられない譲。
そうこうするうちにヒノエが、今度は小さな人形を取り出した。
色褪せてはいるが、れっきとした日本人形だ。
「あの…もしかしてそれも…。」
譲は、若干引きつるのを感じながら、ヒノエに問うた。
「ああ、これもこうやって…。お、なかなかいい感じじゃん? なっ!」
「そう…かもしれない…ですかね…?」
譲は、思わず後ろへずり下がりながら、引きつり笑いをした。
「つりぃ」に見立てられた盆栽の、そのてっぺんにはヒトデが乗せられ、周りには大小さまざまな貝殻、そして
中心部には古びた日本人形。
「おまえの力なんか借りずに出来たぜ。」
だがヒノエは、引きつっている譲に向かって、ふふっと不適な笑みを見せた。
「さて、夜も更けてきたし。姫君が眠るのを待って、枕元に置きに行くとするか。」
「え、先輩の寝所に入り込むんですか? しかもそれを持って!?」
譲は思わず、素っ頓狂な声を上げた。
「悪いかよ。彼女が言ってたぜ? 年に一度、赤い服を着た男が寝所にやってきて、「つりぃ」に下に贈り物を置いていくんだって。」
ヒノエは、胸を張って自分を指した。
「え。あ…。」
赤い。確かに赤い衣だ。
「しかし…。」
どうやら望美は、未だにサンタの存在を信じているらしい。
「なんだよ、なんか文句あるわけ?」
(先輩…。ヒノエ…。)
なんだかもう、どうでもよくなってきた。
「ヒノエ、ひとつだけ言わせて貰っても良いですか?
サンタクロースは子供たちの夢なんですから、決して狼なんかになっちゃ駄目ですよ!」
「はぁ…?」
それだけ言い放つと、譲はさっと踵を返して出て行った。
「なんなんだ、あいつ。」
この「つりぃ」に何か問題があるのだろうか。
それとも…。
ヒノエは、彼が出て行った戸口を見ながら首をひねった。
「狼?」
ヒノエはその言葉をしばらく反芻していたが、やがてポンッと手を打った。
「あ、そっか。そのまま俺が贈り物になっちゃうって手もあるわけだよな。」
贈り物にと思っていた小奇麗な和紙を放り投げ、ふっと笑みを浮かべながら、満足そうに「つりぃ」に目を向ける。
「待ってなよ、姫君。」
そんなこんなで更けていく年の瀬の夜。
次の日の朝、見られるのは、幸せそうなバカップルか、それとも「つりぃ」と譲を巻き込んだ修羅場なのかは、
神のみぞ知るのだった。
おしまい。
2年ばかり前にブログで公開したものです。 ファイルを整理していたら出てきたので クリスマスネタってことで、ちょうどいいと思って取り出してきましたが。 なんなんだ、これは…(^^; ヒノエに色気の欠片もなくてすみません//。 ヒノエを書きたかったのか、譲だったのか、もうよくわかりません(^0^; クリスマスなのに、ただのギャグだし。ははは…(大汗) (サイト掲載日 2009 .12. 25) |