〜花言葉をあなたに〜



「綺麗な花だな。」

小綺麗なショッピング街をぶらりと歩いていたヒノエは、 その一角にある小さな花屋の前で足を止めた。

「いらっしゃいませ。バラをお探しですか?」

「バラ? ふうん、バラっていうんだ…。」

「…?」

ヒノエの呟きに、応対に出た花屋の店員が営業スマイルのまま小首をかしげた。

「あ、いや…。」

こじんまりとした店先に、所狭しといろんな花が並べられているが、 その中でも一番目を引く場所に、このバラという花が置かれている。
他の花たちに比べて、ひときわ目立つ華麗なその咲き姿からすると、 この世界ではきっと名の知れた花なのだろう。

「贈り物ですか?」

ヒノエより少し年上な感じのその店員が、話を途切れさせまいと問いかけてきた。

「う〜ん…。」

ヒノエは、横髪に指を突っ込みながら、少し前のめりになって、その花を覗き込んだ。
確かに何か贈り物をと思って街に出てきたのだが、花を贈ろうと決めてきたわけではない。
だが、この花にはどこか心惹かれる。

思案顔のままバラを見つめているヒノエに、店員はここぞとばかりにいろんな種類のものを 取り出してきた。

「彼女、どんな方ですか。かわいらしい雰囲気の方なら、ピンクと白が混ざったこのバラ なんか素敵ですよ。」

彼女へのプレゼントだと決め付けている。

「ふうん、かわいい色だね。」

だがヒノエは、敢えて肯定も否定もせずに答えた。

「そうでしょう。ちなみにピンクのバラの花言葉は、『美しい少女』っていうんですよ。」

「花言葉? へぇ、そんなのあるんだ。」

「え? ええ…まぁ。」

さすがの店員も、そんなことも知らないのかと一瞬怪訝そうな表情を見せた。

(…っと。やべ。)

こちらの世界に来てまだ日が浅いので、ちょっと油断するとすぐにボロが出る。

「じゃ、こっちのはどんな意味があんの?」

店員の気をそらすべく、ヒノエは他の色のバラを指した。

「そうですね、赤いのは『情熱・純潔』、『貞操』とか『美しさ』なんて意味もありますけど、
一番ドラマチックなのは『あなたを愛する』でしょうね。
黄色はその反対で『別れ・飽きた』とか『不貞』『嫉妬』。
『友情』って意味もありますけど 贈り物にはあまりお勧めしませんね。それから白は…。」

「あ〜そのへんでいいから。」

店員の話のツボをついたらしく、そのまま放っておくと延々付き合わされそうなので、 ヒノエはさっさと遮った。

「じゃ、これちょうだい。でっかい花束にして。」

「あ、はい、ありがとうございます! 彼女、喜ばれますよ。 気前のいい素敵な彼氏を持って幸せな方ですね♪」

「いや、それほどでも…ふっ。」

店員のその言葉に気をよくしたヒノエだったが。

(…ん??)

店員のその言葉を反芻した次の瞬間、ハタとある事実に気がついた。

「悪い!ちょっと待って!」

同じ種類のバラをどんどん抜き取って束にし始めた店員を、ヒノエは慌てて制止した。







「これは確か…バラ…とかいう花でしたかね。」

ふらりと訪れた店の前で、金属製の大きな花瓶に入れられている花の束を覗き込む。

色とりどりのバラが、その美しい姿を互いに競い合うように咲き誇っている。

「あの〜すみません〜。」

店員が出てこないので、弁慶は店の奥に向かって声をかけた。


「……笑っちゃったわ。」

「そうなんだ、でも可愛いじゃない〜。なんか健気っぽいっていうか。」

「そうなのよ。……あ、いらっしゃいませ!」

店の奥でなにやら盛り上がっていた店員が、弁慶に気づいて慌てて出てきた。

「お忙しいところ、すみませんねぇ。」

「あ、いえ…失礼いたしました。」

弁慶ににっこりと笑いかけられた店員は、ほのかに顔を赤らめながらも バツの悪そうな表情で頭を下げた。

「いえいえ、構いませんよ。若いお嬢さん方の笑い声というのは明るくてよいものです。」

「はぁ…その…す、すみません…。」

弁慶の包み込むような笑顔とソツのない物腰に、彼と同い年くらいのその店員はタジタジになった。

「くすっ…。」

「あ、あの!何をお探しで…。」

弁慶のまなざしにノックアウトされ戦闘不能になった彼女に代わって、奥にいたもう一人の 店員が慌てて出てきた。

「ああ…。このバラ、綺麗ですね。」

「お客様もこちらのバラをお求めですか?」

「…も?」

店員の何気ない言葉尻に、弁慶は小さく首をかしげた。

「もしかして、先ほど話題にされていた方のことですか?」






「ふうん、赤毛の青年ね…。」

弁慶が言葉巧みに店員から聞き出した話によると、その男は赤いバラを1本だけ買って行ったらしい。

「最初は、大きな花束にって太っ腹な注文されたんですけどね、 『よく考えたら持ち合わせがなかった』って。可愛いでしょう。」

「赤いバラの花言葉は『情熱的な愛』でしたね。なるほど、そうきましたか。」

「は?」

「ああ、いえ。では僕はこちらのバラを頂きましょうか。僕も1本だけ。」

弁慶は一瞬思案顔をしていたが、すぐににこやかな表情に戻すと、店員にそう注文した。

「お客様も1本だけで…。」

先ほどの客と同じような注文をする弁慶に、店員は目をぱちくりとさせた。

「ええ。可愛いでしょ? ちなみに僕もあまり持ち合わせがありませんのでね。」

「あ、いえ、失礼しました! かしこまりました。」







「望美!」

髪の長い少女の姿を見つけたヒノエは、その後姿に声をかけながら近づいた。

「ヒノエ君! どこ行ってたの、姿が見えないから心配したのよ?」

その声に振り返った望美が、ホッとした表情を見せた。

「姫君に贈り物。」

ヒノエは望美の問いには答えず、彼女の横に立つと、その肩を抱き寄せてささやいた。

「え…。」

その行為に思わず身を硬くした望美に、ヒノエはくすっと笑みをもらした。

「さあ、姫君。受け取ってくれるかい、俺の心…。」

彼女の耳元でささやきながら、後ろ手に隠し持っていた贈り物を差し出しかけたとき。

「あ、いたいた、望美さん。」

聞き覚えのある、というより絶対に忘れようのない、更に言えば、聞こえなかったフリをして無視したくなる声が聞こえてきた。

「あ・・・弁慶さんっ。」

だが、ヒノエに抱き寄せられて頭から湯気を立てかけていた望美が、慌てて身を離して彼の方へ向き直ったので
そういうわけにもいかない。

ヒノエも仕方なく声の主の方へ視線を巡らせた。

「はぁぁ・・・・。ま〜た、あんたかよ。」

ここまであからさまに妨害されると、腹が立つのを通り越して呆れてくる。

「おや?お邪魔でしたかね?」

微笑みながら近づいてきた弁慶は、ムッとした表情で見ているヒノエを目の端に捉らえて、一瞬フッと不敵な笑みを浮かべた。

(…こいつ…っ。)

邪魔していると百も承知の上で言っているに違いない。

だが、すぐにいつものにこやかな表情に戻した弁慶は、
望美の前に立つと、少し顔を近づけて囁きかけた。

「望美さん、今日はあなたの大切な日でしたね。これは心ばかりの…。」

「あ、ちょっと待てっ。」

今までヒノエが占めていた位置をあっさり奪った弁慶に、ヒノエは慌てて制止をかけた。
このシチュエーションには大いに不満があるが、ここで引き下がるわけにはいかない。

「姫君…これが俺の気持ちだよ、受け取ってくれるかい?」

ヒノエが再び割って入ったが、弁慶も負けずに言葉を続ける。

「・・・・心ばかりの贈り物です。」

ふたりは同時に、一輪の花を差し出した。



「え…バラ? あ、ありがとう…。」

同時に出された色違いの花に、望美は少し戸惑った。

「なんで同じ花なんだよっ。」

「おや、奇遇ですねぇ。」

目を丸くしてすぐに三角にしたヒノエを、弁慶はしらっとした表情で受け流した。

「望美さん、バラの花言葉って知ってますか?」

「なんであんたがそれを言うんだよ、とことん邪魔だな。」

彼女の前では余裕を見せていたいところだが、頭の中でプチプチと音がしてくる。

ちなみに、ヒノエが差し出したのは真っ赤なバラ。
一方、弁慶が差し出したのは、それとは正反対の真っ白なバラだった。

「なんだ、不敵な態度で邪魔してくる割には、ずいぶん地味じゃん。」

それを見たヒノエは、フッと鼻で哂った。

「そうですね、でも気持ちは負けていませんよ。」

「ふ〜ん、ま、いいやけどさっ。」

全然よくないが、彼女の前で争って見せるのも格好が悪い。
それに同じバラならば、こちらの方が絶対的に華やかさで勝っている。

「…さあ姫君。」

ヒノエは、余裕の表情を取り戻し、望美に笑いかけた。
一方の弁慶も、全く引け目を感じずにっこりと微笑む。

「どうぞ、お受け取りください。」

二人は改めて、手にしたバラの花を差し出した。




「は、はぁ…。」

望美は、たまたま譲から聞いて知っていたバラの花言葉を思い起こした。

赤いバラは、よく知られている通り、「情熱的な愛」・「あなたを愛する」。
対して、白いバラの花言葉には控えめな意味のものが多いが、その中にひとつだけ意味深なものがある。

(確か、『わたしこそがあなたにふさわしい』…だよね。)

弁慶は、望美にさりげなくアプローチしつつ、同時にヒノエを牽制しているのだ。

美形のふたりが、それぞれにバラを持って微笑む姿は、ものすごく絵になる。
思わず吸い込まれそうになるこの構図、こっそり写真に撮って残しておきたいくらいだが。
今はそれどころではない。

(ど、どうすればいいんだろう…///。)

どちらを取るのか?
或いは、何も知らないふりをして、さわやかに両方受け取ってしまうのか?

にこやかに、だが、さりげない迫力で決断を迫る二人に、大汗の望美だった。



                                 Illustration by 紫翠様 (自由京)



おしまい。






誕生日のお祝いにと相方さんからイラストを頂いたのですが、
あまりに素敵で、そのまま飾るのはもったいなかったので
ちょこっと創作をくっつけてみました☆

お二人とも素敵な現代服をお召しなので
設定はこちらの世界。
花言葉というものが向こうの世界にはなかった・・のかどうかはよくわからないのですが、
バラはないだろうということで、ヒノエの反応はあんな感じになりました。
弁慶さんの方は勤勉家っぽいので、
どんどんいろんな情報を仕入れてるんじゃないかな〜と(^^)


それにしても、ヒノエにちょっかいを出す弁慶、という構図はおもしろい☆
病み付きになりそうです♪
・・ってか、すでになってるし^^ 詳しくはオフ本でどうぞvv
(さりげに宣伝☆ 笑)

(2008. 3. 11)