海と空と心のモチベーション



「うわっ、さすがに日差しがまぶしいな。」

あれからすでに2ヶ月。
鬱陶しかった梅雨もようやく終わりに近づいている。

期末テストも無事終わり、珍しく晴れた日曜日。
いつかの海辺に彼女を誘ってみた。

まだ海開きされていないせいか、あるいは、昨日まで雨が降っていたせいか、7月の日曜のわりには人出が少ない。

「海、きれいだねー。」

夏至を過ぎたばかりの太陽の光を存分に受けた海は、初夏とはまた違った力強い輝きを放っている。

「泳ぎたいなぁ。」

波打ち際で沖を眺めながら、がため息混じりに言った。

「おまえ、泳げるのか? 結構鈍そうだけどな。」

「失礼だなぁ、泳げるよ。」

「浮き輪持って、バタ足か?」

ニッと笑いながら言う瑛に、彼女が頬を膨らませた。

「じゃ、夏休みになったら泳ぎに来ようよ。あっと言わせてやるんだから。」

小さくガッツポーズをして、「瑛くんなんかに負けないもん!」と意気込んでいる。

「へぇ…言うなぁ。よし、受けて立つ!」

ということは、これでひとつデートの約束をゲットだ。

(よしっ。)

「…あ、水着どうしようかなぁ。競争するんなら、やっぱりスポーティなのがいいかな。」

「え…。」

それはちょっと…かなり…寂しいものがある。

「ええと…スポーティってさ、スクール水着みたいなのとか…言わないよな?」

「ん〜、似たような感じかな。競泳用っぽいの。かっこいいんだよ。やっぱ、服装から気合を入れなくっちゃね!」

が今度はピースを作って嬉しそうに笑っているが、瑛は両手を軽く上げて遮った。

「あ〜のさっ。おまえそういうの無理っぽい。ほら、顔がもや〜っとしてるから、
服も水着もほわ〜とした感じの方が似合うと思うぞ、絶対。うん。」

「もや〜」とか「ほわ〜」とか、自分でも何が言いたいのかよくわからないが、
とにかく、彼女はパステル系のかわいい服の方が似合うと言いたい。

「じゃ、どんなのがいいの?」

は、瑛の言葉に怪訝そうな顔をして、首をかしげながら聞いた。

「あ〜そうだな、例えばだけど…。フリルがついてて、色はパステルカラー。
形はセパレートで、でもビキニみたいなんじゃなくてパレオがついてて…。」

「瑛くん、なんかすごく具体的…だね。」

ふと気付くと、彼女がじとっとした目でこちらを見ている。

「海とかプールとか行ったら、女の人の水着ばっかり見てるんだきっと…。」

「え、違うって。」

瑛は、思いがけないそのセリフに驚いて、彼女を見た。

「瑛くんのこと取り巻いてる女の子たちって、美人ばっかりだもんね。
セクシーな水着姿には困らないよね〜。」

はプイと顔をそらせて、ふくれっ面をしている。

「なんだよ、それ。」

だいたい、セクシーもスポーティも苦手だ。
いや、それ以前に。

「俺がいつ、あいつらと海に行ったって?」

「知らない。」

「じゃ、いい加減なこと言うなよ。俺が一緒に行きたいのは…。」

だが、瑛が一瞬言いよどんだ隙に、は寄せてきた波に手を突っ込み、瑛に向かってバシャっと跳ね上げた。

「…えっち!」

「痛てっ。…ってなんでそうなるんだよっ。」

かけられた海水が目に入ったらしく、しみる。

「今、あの子達の水着姿、いっぱい想像したでしょ。」

「はぁ!? してない。」

「した、絶対した。」

「し〜て〜な〜い〜。」

瑛は、大股でに近づくと、その手首をつかんだ。

「いい加減にしろよ? いつかみたいに、砂の上ですっ転んでも知らないぞ。」

今回は手加減もしているし、足元にも気を配っているから、あんなことにはならないが。

「それとも、その口、塞いでやろうか?」

さして深く考えもせず、ちょっとした脅しのつもりでそう言ったが。
その言葉に彼女は、みるみる赤くなった。

「え。あ、いや!」

そんな風な反応をされると、自分の言った台詞の意味を改めて想像してしまい、こちらまで恥ずかしくなる。

「と、とにかく…つまんないこと言った罰だ。」

慌てて彼女の額に軽くチョップを落とし、ごまかす。

「…たっ。」

「他のヤツはどうでもいいんだよ。俺がどういう思いで学校に行ってるのか知ってるくせに。」

「…あ…ごめん。」

瑛の言葉には、ハッと我に返ったように動きを止め、小さく呟いた。

「お、いい返事だ。」

少しうつむいてしまった彼女の頭を、苦笑いしながらぐりぐりと撫でる。

「て、瑛くん、髪っ…。」

「気にしない。どうせ風で乱れてるだろ。」

そう言って、自分の髪も撫でてみる。






海からの風は、緩急をつけながらも絶えず吹いている。
そのせいで、今朝なかなか直らなかった寝癖が、ここぞとばかりに跳ねているに違いない。



「それは置いといて、だな。
水着はさっき言ったようなヤツ。公園通りのソフィアってブティックにあるから今度見て来い。」

「え?」

思わず、具体的な店名まで出してしまった瑛に、彼女が目をぱちくりとさせた。

「あ、いや、わざわざ水着を見に行ったわけじゃないからっ。たまたま見かけて、おまえに似合いそうだなって
思っただけだからっ。」

とは言ったものの、女性向けの商品がメインの店に何をしに行ったのか、そこに突っ込まれたらかなり困る。

(これは、まだ渡せないし。)

ポケットに忍ばせているのは、小さなアクセサリー。
期末テスト中に誕生日を迎えた彼女への、心ばかりのプレゼントだ。
面と向かうと照れるので、渡すのは、別れ際にさりげなくの予定。

ということで、今はごまかさねばならない。

近くの店に行く途中で、ウインドウに飾ってあったその水着を見たとか、
あの店に少しだけ置いてある男物を見たかったとか、あるいは…。

ごまかすための理由を、フル回転で考える。

「瑛くん、わたしと一緒じゃないときも、そんなこと考えてくれてるんだ。同じだね、わたしと。」

「え?」

「ううん! じゃ、今度一緒にそのお店へ行こ。」

「あ、ああ…うん。」

あれこれ考えを巡らせていたのに、拍子抜けしてしまった。
それ以前になにか意味深なことを言われたような。

「じゃあ、来週はショッピング。その次はもう夏休みに入ってるから、泳ぎに来ようね。」

彼女がくすぐったそうな笑顔を向けた。

「ああ、そうだな…。」

「えへへ、瑛くん独り占めだ〜。」

照れくさくなったのか、は茶化すようにそう言うと、くるりと回転して水平線の方を眺めた。

その後姿を眺めながら、7〜8月のカレンダーを思い浮かべてみる。

8月最初の日曜が、確か花火大会。
泳ぎに行くのが7月3週目だから、4週目が空いている。

「ってことは、その日は浴衣を見に行くかな…。」

買えるだけの財力があればの話だが。

となると、この先1ヶ月の休みの予定は埋まったことになる。
まだ自分の中で勝手に決めているだけだが、嫌とは言わせない。



「あ〜、夏だなぁ。」

瑛は、の横に並ぶと、海に向かって大きく伸びをした。
太陽の匂いがする。
潮の香りを含んだ夏の空気を存分に吸い込むと、体中にエネルギーがみなぎって来る。

「ちょっと歩くか。」

振り返って手を差し出すと、は一瞬戸惑った顔をしたが、そっと瑛の手を握った。

「手…つながない主義じゃなかったの?」

彼女が照れ隠しのように笑いながら、問いかけた。

「時と場合と、相手による。」

「ふ〜ん…?」

(ふ〜ん…って…。)

その反応にこけそうになる。
今さりげなく、おまえは特別と言ったのだけれど。

(伝わってないよなぁ、この調子じゃ。ほんと鈍いヤツ。)

まあ、いい。
これからゆっくりと時を重ねていけば良い。

さきほどが言った言葉を思い出す。
それはそのまま自分にもあてはまることだ。

「行こう。」

瑛は彼女に微笑みかけながら歩き出した。

まぶしい陽射しと潮騒の響き。通り過ぎていく爽やかな風。


───俺もおまえを独り占めさせてもらうよ、


夏はこれからだ。



〜fin〜






こちらは、「グラデーション」をコピー本として発行したときに
おまけとして書いたものです。 
次の花火大会(夏祭り)編を意識して、ちょっぴりの序章っぽくしてみましたv

「グラデーション」は先にブログで公開していたので
そのまま本にしたんじゃ、つまらないと思ってたところへ
相方さんが表紙絵を送ってくれて…。
そのイラストを見て一気に書き上げました☆
毎度、わたしの創作意欲を刺激してくれて感謝です♪

( サイト掲載日 2009. 3. 8 )