夕映えの野花
「神子殿!?・・・神子殿、お待ちください!」
はしゃぎながら駆けていく花梨を必死で追いかける。
だが、真横近くなった夕日を正面から受ける位置にいるため、
眩しくて目を開けていられない。
手をかざして何とか光を遮ろうとするが、夕日を受けたすすき野原は
それ自体が眩しく光り輝いているため、その手は何の役にもたたなかった。
今日も一日、無事に勤め終えた夕刻。
屋敷へ帰る途中、洛中へ入る少し手前で、頼忠と花梨は、とあるすすき野原にさしかかった。
無数のすすきが、白い綿毛のような穂を揺らしながら光るその光景は、
まるで浄土のような美しさを放っている。
「うわぁ、すっごい・・・!!」
歓声を上げながらその中に入っていく花梨を、最初は微笑みつつ追いかけていた頼忠だったが・・・・。
どうした加減か、急に彼女が走り出した。
「神子殿!? お待ちください!」
「頼忠さん、大丈夫ですからー!」
逆光の中、はしゃぎながら駆けていくシルエットだけがわずかに見える。
「神子殿・・・。」
小さくため息をつく。
いつもは気丈に神子としての務めに励んでいる花梨だが、そうは言っても、まだ多感な年頃である。
普段がんばっている反動からか、ふとした弾みに、とても少女らしい一面を見せる。
(そうだな・・・たまには息抜きの出来る時間も作って差し上げないと・・・。)
頼忠は小さく微笑むと、必死で追いかけていた歩みを止め、
花梨がいると思われる方向へ向かって、ゆっくりと歩き出した。
夕日に照らされたすすきがきらきらと光る。
一面のすすき野原の中で、クルリと身体を回転させてみる。
まるで大海原の中にいるようだ。
思いがけず出会ったすばらしい光景に、花梨は心が満たされていく感覚を覚えた。
大きく深呼吸をしてみる。
ピンと一本筋の通ったような空気が身体中に広がった。
頼忠が何か叫んでいたが、諦めたのか、ゆっくりと歩いてくるのが見える。
その姿を確認した後、彼に背を向け
小走りになりながら、どんどん進んで行くと、ふいに小さく開けた空間に出くわした。
すすき野原からそこだけぽっかりと切り取られたような、その場所の一角には、
白や淡いピンク色の小さな花をつけた草が群生している。
「うわぁ・・・・。」
思わず駆け寄って膝をつく。
何という草花なのだろう。
大きさを除けば、少し秋桜に似ているようにも見えた。
「神子殿!?」
ふいに、頼忠の切迫した声が聞こえてきた。
花梨が急にしゃがみこんだせいで、彼の視界から完全に外れてしまったらしい。
「頼忠さん、こっち・・・。」
彼に声をかけようと立ち上がりかけて、ふと思い留まる。
こちらからは彼の姿がよく見えるが、あちらからは逆光になっているらしく、
花梨を見失って焦っている様子がよくわかった。
それを見て再びしゃがみこむ。
「ふふっ・・・・。」
小さないたずら心が湧き出した。
先程まで、おぼろげながらにも見えていた花梨の姿が、どういうわけか、スッと消えた。
頼忠は驚いてその後を追おうとしたが、正面から入ってきた夕日に目を惑わされ、
その一瞬の間に彼女の姿を完全に見失ってしまった。
確か今、自分を呼ぶ声が聞こえたような気がするのだが・・・。
だがその声を境に、はしゃぎ声も呼びかけてくる声も、ぷっつりと途絶えてしまった。
「神子殿! どちらですか!?」
もう一度呼びかけてみるが、やはり返事がない。
(彼女の身に何か・・・!?)
あの方の身に何かあったら、ただでは済まない。
京を守る龍神の神子を、自分は守らねばならない。
・・・いや、違う。
一人の女性としての彼女を護りたい。
頼忠は、いてもたってもいられなくなり、先程聞こえた声を頼りにおおよその見当をつけて、走り出した。
すすきが金色の光の束となって流れてゆく。
すると、ふいに目の前が開けた。
と同時に、胸の辺りに軽い衝撃と、小さな悲鳴を感じた。
「・・・・!?」
頼忠が驚いて下を見ると、自分の身体にぶつかった反動で後ろへ弾き飛ばされる瞬間の花梨が、そこにいた。
咄嗟に手を伸ばして彼女を支える。
「神子殿!!」
そのまま頼忠は、無意識のうちに花梨の身を胸の中に抱き寄せた。
「神子殿、良かった・・・。」
ほんの一瞬でも、自分の前から消えて欲しくない。
どんな時でもその姿を、この瞳の中に宿しておきたい。
「心配・・・させないで下さい。」
花梨を抱く腕に力が込もる。
彼女を包む甘ずっぱい香りが広がった。
頬を寄せた彼の胸からは、早鐘のような鼓動が伝わってくる。
自分の身を案じてくれる彼の真剣な想いが、じんわりと伝わってくるのを感じる。
先程見つけた花を、小さな花束にして、彼に贈りたい。
せっかく贈るなら、そっと近づき、いきなり彼の目の前に差し出して驚かせてみたい。
そんな小さないたずら心だったが、必要以上に彼に心配をかけてしまったようだ。
彼の鼓動が次第に落ち着いてくるのをじっと聞いていた花梨は、ゆっくりを顔を上げた。
「頼忠さん、あの・・・・ごめんなさい・・・。」
「神子殿・・・・・。あ・・!」
花梨の身じろぎに、ハッと我に返った頼忠が、慌てて彼女への束縛を解く。
「も、申しわけありません、私は何を・・・・。」
頼忠は、花梨から一歩離れると俯き加減に目を逸らせたが、その視線は落ち着きなく動いている。
「謝らないで・・・頼忠さん・・・。」
花梨は両手で包んでいた小さな花束を、彼に差し出した。
「私の方こそ、心配かけてごめんなさい。ただ、これを渡したくて・・・。」
いきなり目の前に現れた花束に、頼忠は戸惑った。
「神子殿?」
「・・・頼忠さんに贈り物。」
だが、花梨が両手で包んでいた花束は、頼忠に抱きしめられたせいか、少ししおれていた。
「あ、ごめんなさい。あんまり綺麗じゃなくなっちゃった。私が頼忠さんを驚かそうなんて思ったから・・・・。」
「いえ、私の方こそ、とんだご無礼を・・・!」
頼忠は相変わらず、申しわけなさそうに目を伏せている。
その様子に、花梨は少し哀しくなった。
「だから・・謝らないで・・・。」
謝罪の言葉は、それだけで二人の距離を遠くしてしまう。
「私は・・・頼忠さんの優しさや、温もりを感じられて・・・とても嬉しかったんです。だから・・・。」
だから、もっと近くにいて欲しい。
気持ちが負けそうになった時、傍らで支えていて欲しい。
「頼忠さんにとって、私は・・・ただの『神子』ですか? それとも・・・ほんの少しでも『花梨』として映っていますか?」
「神子殿・・・・?」
驚いて花梨を見つめる。
哀しげに瞳を伏せる姿が、とても小さく見えた。
小さな花束を握りしめている両手が、微かに震えている。
それだけで、とても愛しく思えた。
頼忠は手を伸ばし、彼女の白い手をそっと包み込んだ。
「ありがたく頂戴いたします、神子・・・・いえ、花梨殿。」
彼女の手から、かわいらしい贈り物を受け取った頼忠は、それをそっと胸元に挟み込んだ。
「頼忠さん・・・?」
いきなり名前で呼ばれた花梨が、少し戸惑ったふうに目を大きく開いて見つめている。
「花梨殿。初めてお会いした頃、私はあなたのことをこのように名前でお呼びしていましたね。
でもそれは・・・あなたを完全には信頼していないが故のことでした。
けれども今は違います。今は、心の底からあなたをお護りしたいと・・・。
どんな時でも、あなたの傍にありたいと・・・。
・・・・もしもあなたが神子でなくても、この気持ちはきっと、変わりません。」
久方ぶりにその名を口にした頼忠は、自分の内面に小さく灯っていた火が次第に大きくなるのを感じた。
「神子としての務めを離れておられる時は、お名前で呼ばせて頂いてもよろしいですか?」
頼忠が、吹っ切れたような表情で、優しく微笑みながら見つめてくる。
その瞳に、花梨の胸の奥は、ドクンと大きく跳ね上がった。
「そろそろ戻りましょうか。」
頼忠がごく自然に手を差し出した。
それを見て、一瞬戸惑った花梨だったが、引き寄せられるように手を伸ばす。
頼忠の大きな手が、花梨の手をすっぽりと包み込んだ。
彼の温もりがゆっくりと伝わってくる。
(不思議・・・。頼忠さんのエネルギーが流れ込んでくるみたい・・・。)
自分の中が、急速に満たされていくようだ。
上目遣いにそっと見上げてみる。
その瞳に気付き、こちらを優しく見つめてくるその姿は、正面から夕日を受け、とても眩しく輝いてみえた。
また、がんばれる。
その瞳がみつめていてくれるなら。
これからも、きっと─────。
長く伸びたふたつの影は、洛中への道をゆっくりと歩き始めた。
〜fin〜
初書き、頼忠さんでした☆ この話は、ずいぶん前に書いた詩作が元になっていたりするのですが、 イメージが同じなだけで内容的には違う話になったかも・・(^^; にっこりと微笑む彼を書きたかったのですが、 なかなか笑ってくれなくて・・・・「こ、これは短編なのよ!」と焦った結果、 ちょっと強引な展開になった感も・・・///(大汗) 元になってる詩は、poem部屋に同名のタイトルでUPしてますので よろしければ、覗いてみてくださいね☆ (2004.5.14) |
1万HIT記念のフリー創作とさせて頂きます。
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